寝れない少女、楪鈴華6
え……
私が目を瞑っていたのはほんの数秒。その間に、”それ”は全て消滅してしまっていた。
目の前には黒衣を纏った小さな少女がいる。状況から見て、多分この人がやったんだろう。
「だ…れ……」
声を出そうにも、身体が震えてしまって上手く声が出せない。
だけどちゃんと聞き取れたのか、少女は頭を撫でてくれた。それを求めた訳ではなかったのだが、妙に心地よくて、穴が空いたかのように傷ついてしまった私の心を癒してくれた。
というか、この撫で方、なんか知っている。確か…確か……いや、思い出せない。とりあえず保留にしておこう。
少しして、ようやく身体の震えが収まり、まともに話ができるような状態になってから、私は少女へと語りかけた。
「あの…ありがとうございます。助けていただいて。」
「いや、大丈夫。怪我とかはなかった?」
「はい。……その、なんなんですか、あれは。」
「あれは…」
少女は一瞬何かを躊躇うが、正直に話すことを選択したみたいだった。
「あれは黒魔の眷属。」
「黒魔?」
「人の心に住み着く、所謂悪魔のような存在。まあ、私が勝手に呼んでるだけだけど。正式な名前なんて知らない。」
「悪魔…」
「そう。取り憑いた相手に悪夢を見せてくる、本当に厄介な悪魔」
「あれ、なんかあんまり怖くな…」
「それで今あなたがどうなっているかを忘れた?」
「怖い‼︎本当に怖い悪魔だ‼︎許せない‼︎」
「ええ。人の睡眠を邪魔するなんて、万死に値する。」
「それで、あなたは?」
「……死神。そう呼んでくれればいい。どうせすぐに忘れるのだから。」
「そうですか…」
死神ーーと名乗る少女は私に背を向け、もう話は終わった、とばかりにどこかへ行こうとする。
「どこに行くんですか?」
「黒魔ーーこの悪夢の根源を倒しに行く。そうしない限り、この悪夢は終わらないから。」
「っ…なら私も…」
「来ても戦力にならない。むしろ邪魔。」
バッサリと切り捨てられる。
「うぐっ…でも、その黒魔が私に取り憑いているんなら…私の問題でもあるから。誰かに任せっぱなしってのは嫌だ‼︎」
死神さんは少し悩み…
「分かった。ただし、どうなっても知らない。」
とだけ言った。
♢
「あの……黒魔の居場所、分かるんですか?」
「馬鹿にしてる?」
「いえ…そういう訳では…」
「じゃあ黙ってついて来て。」
「はい…」
私は今、私の実家の近くだと思わしき場所を死神さんと共に走っていた。
因みに私は足も早く無いし、短距離走よりは持久走の方がマシだが、体力は殆ど無い。
多分、それなりに長時間走り続けてる。多分、というのは、ついて行くのに必死でどれだけ進んだのかもよくわからないからだ。
「あ、あの…黒魔、あとどれくらいですか?」
「もう少し先…の筈。」
最初、あれだけ『私について来い‼︎』みたいな態度だった死神さん。しかし今は何やら焦っているように見える。
「あの…迷ってません?」
「うるさい。気配は確かにこっちからする。なのに…」
親指の爪を齧る死神さん。どうやらいつもの見つけ方で見つからない所為でイライラしているようだ。
「黒魔って、具体的にどんな形してるんですか?」
「形は、なんか黒い塊…だけど、あいつらも馬鹿じゃない。見つからないように、やられないように、しっかりと隠れてる。」
「そんな…」
つまり、透明にでもなったりして本気で隠れられたら見つからないんじゃ…
「安心して。別に存在を限りなく薄くしたり、とかはできないから。代わりに擬態する。」
「擬態?」
「虫とかでいるでしょ。木の枝や鳥の糞みたいな見た目してるやつ。ああいう感じ。」
「なるほど。それじゃあ物に注目すれば見つかるのか。」
確かに物に紛れられたら非常に見つけづらい。もっと周りに注目しないと…と考えていたのだが、
「違う。奴らが擬態するのは人間。寄生した人間が最も大切に思っている人間よ。」
私の考えの斜め上を行く、残酷な答えが返って来た。