第五十三話 「風の宿命(前編)」
今回、番外編的な要素も含んでいます。
アデムの故郷、アジリア一族の住む集落。
そこは、アデムが旅だった時とは様変わりしていた。
民家はボロボロ。
花は全てかれてしまっている。
アデムは何故このような状況になっているのか理解出来なかった。
ガサッ。
物音がする。
アデムが振り向くと、そこには老人が立っていた。
身体中傷だらけだ。
「副長老!」
アデムはその人物を知っていた。
アデムの祖父にあたる人物である。
「おお、アデム。帰ってきてくれたか。」
副長老は身体を震わせ、涙を流した。
「一体、何があったというのです。僕がここを出た時は、こんな状態じゃなかった!」
老人はある建物を指差す。
神力の祭壇。
そこは、長老と副長老、そして救世の魔石の一つ、カプリコーンを手にした者だけが入れる神聖な祭壇だった。
「お前の兄、ハゼムは変わってしまった。救世の魔石が持つ魔力に取り付かれてしまったのだ。」
アデムは詳しい話を聞く事にした。
アデムはカプリコーンを兄であるハゼムに譲り、集落を出た。
カプリコーンを手にしたハゼムは必然的に一族のトップとなる。
ハゼムはカプリコーンの真の力を知り、驚愕した。
その圧倒的な力に初めの頃は恐怖していたが、次第に心情に変化が現れ始めた。
破壊を快楽と感じる。
ハゼムはいけにえと称し、一族の人間を次々と殺していった。
それを止めようとした長老も−。
「生き残った人間も集落から出ていった。もう、アイツを止められるのはお前しかいないんじゃよ、アデム。」
アデムは怒りではらわたが煮え繰り返りそうだった。
神力の祭壇。
ハゼムはその中の神の玉座に座っていた。
アデムに良く似ている。
全てを破壊しようとしている邪悪な目を除いては。
アデムが祭壇の中に入ってきたのを見て、ニコリともせずにハゼムは言った。
「久しぶりだな、アデム。」
アデムはニッコリと笑う。「やあ、兄さん。元気そうだね。」
ハゼムは満足そうな表情をする。
「風の便りでお前の話は聞いている。政府の中小部隊を次々に潰して回っているそうだな。」
アデムは頷く。
「エリクシールとかいう魔石で人狼と化したらしいな。全く、愚かだ。」
ハゼムはアデムを見下している。
「兄さん、今日は頼みがあって来たんだ。」
アデムはハゼムの首にさがっている緑色の魔石を見る。
カプリコーンだ。
「その救世の魔石、僕に返してくれないかな。」
ハゼムの表情が変わる。
「・・・貴様も元の身体に戻るために更なる力を欲するか。」
「まあ、それもあるけどね。」
アデムは魔石を発動させる。刀・虎鉄だ。
「友と約束したんだ。彼らに力を貸してあげたい。」
ハゼムは立ち上がり、救世の魔石を発動する。
「力づくでも奪う、というわけか。」
カプリコーンは綺麗な青い刀身をしている。
「兄さんが、一族のため、世界のためにカプリコーンを使って入るなら、こんな手段に出るつもりは無かったけど・・・ひど過ぎるよ、あんた。」
アデムは虎鉄の風の力により、超突風の刃を発生させた。
「カマイタチか・・・。くだらん。」
ハゼムがカプリコーンを一振りすると、カマイタチは消えた。
「アジリア流剣術・カマイタチ。そんな基本技で俺を倒せると思ったか。」
ハゼムはアデムの首元を狙う。
一撃で殺すつもりなのだろう。
アデムは身体を伏せて、攻撃をかわす。
そこから、ハゼムの身体に刀を突き刺した。
しかし、そこにはすでにハゼムの姿は無かった。
「これがカプリコーンのスピードだ。」
背中を斬られるのを感じた。
浅かったらしく、出血はほとんど無い。
「俺は、カプリコーンの真の使い手。あの時の長老の判断は間違っていたのだ!」
ハゼムがカプリコーンを振ると、カマイタチが複数発生した。
アデムは虎鉄で何とか防ぐ。
アデムが攻撃に移ろうとしたその時。
ハゼムの姿は消えている。
「な・・・どこに!」
突然、アデムは何かに斬られる。
「ぐ・・・。」
切り傷が出来た場所からハゼムの位置を推測し、そちらを向くがハゼムの姿は無い。
再び、何かに斬られた。
アデムがそちらを向いても、そこには誰もいない。
また斬られ、アデムは振り向く。
するとまた斬られる。
アデムの身体は傷だらけだ。
傷が浅い所を見ると、じわじわなぶるように殺すつもりなのだろう。
アデムは攻撃に耐え切れず、膝を地面につく。
肩で息をしている状態だ。
ハゼムの姿が現れる。
「我が一族に伝わる風の剣を、自らアレンジした技。それが今の風似だ。」
アデムはハゼムに刀を突き刺そうとしたが、ハゼムの姿はまた消えてしまった。
「今ので隙をついたつもりか。甘いな。」
姿の見えないハゼムの攻撃を受けつづけるアデム。
そして、ハゼムは心臓を狙って刀を振り下ろした。
アデムはその攻撃を刀で防いだ。
「どうやって避けた。」
ハゼムは表情には出さないが、相当な屈辱らしい。
「どうやら、その技は斬られてからダメージを受けるまでに少し間が開くみたいだね。だから僕が斬られた方を向く時には兄さんはすでに、別の方向にいるってことだろ。」
アデムは刀を構える。
「見せてあげるよ。僕の力を。」
次回 兄弟の対決。