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私の子供が世界を滅ぼすそうですよ

 エステメラルダは言いたいことを言い、帰った。

 まだエステメラルダの身体を借りた『神』の言葉のショックは抜けきらない。


 《ローメルト・ファルニーズ・リストコールと、ランド=フィリップ=アルスペルド=バレッチェの子、アルドール=フィリップ=アルスペルド=バレッチェが世界を滅ぼす》


 私の子供が世界を滅ぼすそうですよ。

 なのにアマダとの子は世界を救う。


「まず、あの『神』は信じるに値しない」

 冷静に考えよう。

 多分これは騙しあい。

 でも、正直すべて嘘というのもなにか違う気がする。


「お嬢、ガイゼンです」

「入りなさい」


 エステメラルダの側近にして知恵袋のホウファイを追っている部下。


「ホウファイを捕らえたという報告ではなく申し訳ありません。少し気になることがありまして」

「なにかしら?」


「わたしの用意した媚薬が、なにかの手違いでお嬢の部屋にいっていたと」

「ええ」


「量が減っています。お嬢、お使いになられましたか?」

 不安そうな顔をするガイゼン。


 うん、正解。


「少し部屋にこぼれました。その時、私にも触れました」

 ガイゼンの顔が引きつる。


 これ、まずいやつ?


「お嬢。その手で誰かと触れ合いましたか?」

「……ランド王子がいらっしゃったので……」


 ガイゼンは手で顔を覆う。

『オーマイ!!! ガット!!!』

 的な大袈裟なリアクション。


「お嬢、あの媚薬はまずい奴です。お伝えします」


 曰く。

 あの媚薬を摂取する人にはなんの効果もない。

 別に性的な高ぶりもない。


 ただし


 それを摂取した人間と接触した異性は、その人に対する支配欲が異常になる。


「口調が乱暴になったりしていませんでしたか?」


「……そうね」

 ばっちりしてました。


 あとですね。飲んだ本人はなんの影響もないって。

 わたしめっちゃドキドキしていたのですが。

 あれは天然なんですか。媚薬関係ないのですか。どれだけ。


「通常一日で薬の効果は抜けます。もう大丈夫だと思うのですが……」





 部下よ。

 嘘つき。



「ローメル、今日も寝かさないぞ」

 王子の部屋に入るなりこれ。

 いきなり抱きしめられたのだ。


「王子、あの。大変に申し上げにくいのですが」

 その興奮は媚薬の効果でして。


 そう答える暇もなく、王子は私の顎を掴んだ。


「お、おうじ! 話を」

「ランドと呼ぶんだ」

 そういってベッドに押し倒される。

 待ってくださいよ。 ローメルの記憶でも王子こんな肉食系じゃないし!


「お……ら、ランド」

「ローメル、身を任せろ」


 ランド王子は、私の服を乱暴に脱がせようとする。

 破れる! 破れますから!


「……自分で脱ぎます」

「そうか、それもいい」


 王子にじっと見られたまま脱ぎ始める。

 恥ずかしい。

 でも服が破られたらどうやって帰ればいいのか。


「美しい身体だな。煽っているようだ」

「……そ、そんな」


 あ、恥ずかしがっている場合じゃない。

「ランド、この前来ていただいた時に、部下の不手際で媚薬が部屋に撒かれていたのです」

「媚薬?」

「はい、男性にだけ効く媚薬です。王子の興奮はそのせいなのです」


「……言われてみればそうだ。あの部屋に行ってから身体がおかしかった」

「申し訳ありません。一日おけば抜けると言っているのですが」


「だがな、ローメル」

「はい」

「その高揚感はもう無くなっている」

 ああ、本当に抜けていたんだ。

 よかった。


「だが、それは関係なく俺は今、お前を抱きたい」


 



 あれから数時間経ったのだろうか


「……っ ら、ランドぉ」

 抱き合っての情熱的なキス。

 王子の舌がずっと私の中に入り、離れない。


 あれから三度も愛された。

 そして、今もこうしてキス。


「ローメル、あの館にいるのは許してやる。でも呼んだらちゃんとくるんだ」

「……はい」

 わたしは逆らうことなんて無理だ。

 こうやって抱きしめられているだけで、心がとろけていく。


「何度抱いても飽きないな。ローメル、まだできるな」

「……はい」

 私は王子のものを愛おし気に撫でる。


「ローメル、俺はお前を守るからな」

 そういって抱きしめてくれる。


 守る。

 そう、私も王子を。


「はい」

 守る。絶対に。


--------------------------------------------------


 館でいつものように執務をしていると

「お嬢、領民から意見書がありまして」

「会いましょう。こちらから行きます」

 この館は基本的にヤバい場所扱いなのだ。


 館に来い=命を覚悟しろ


 に等しい。


 なので、意見書があると自分から行くようにしていた。



 領民。

 私が任されている土地には500人程住んでいる。

 大きな街の一角を任されているイメージだが、畑とかもある。国へは毎年決まった額の税金を納めないといけない。


 で、この土地。

 住んでいる皆様が、税金逃れをすることもなく正しい会計をさせて頂いているおかげでかなり楽をさせてもらっている。


 税金自体も他の領地より安く、基本的には評判がいい。


 欠点は怖い人達。


「それで、意見書の中身は」

「はい。意見箱に投稿された手紙によれば、家畜の変死が相次いでいると」


 意見箱。

 私の部下達は基本的に怖いので、意見や苦情があっても言い出せないだろうと、設置したのだ。


 そして、その対応は私が行う。


 また、匿名でもいい。今回はちゃんと名前付きだった。



「領主様、わざわざ申し訳ありません」

 畑を耕している農家の人。


 家畜を使い畑を開墾しているのだが

「不気味な、不気味な死に方をしているのです」


 案内された先は

「グロッ!?」

 牛さんに似た生き物が死んでいる。

 その死に様は体内からなにかが爆発したかのようで、小屋全体に様々な臓器が散らばっていた。


「これは一体……」

「私のところだけではないのです。この区域で複数発見されています。領主様の土地では、私が最初になりますが……」


 ウイルス?

 しかしそんな病気しらない。

 異世界特有の病気だろうか?


 だとしたらヤバい。

 隔離しないと。


「変死が確認された他のものと、ふれあったりしましたか?」


「……ええ。このあたりで放牧させていますから」


 ウイルス性の病気。

 そう断定して対策をとろう。


「領地より見舞い金を出します。この区域で家畜を飼っている全ての者に」


「え!?」

 驚くその人


「代わりにこの区域全ての家畜は我々が買取ます。全てです。一頭たりとも残さない」


「そ、そんな!?」

「悲しみは分かります。戸惑いも分かります。ですが、これは病なのです」


「病!? これがですか?」

 ああ、そうだ。

 知識ないからなあ。

 ウイルスだぁ言っても。


 なので


「古い伝承にある病です。これはいずれ人にも感染する」


「本当ですか!?」

「だからすべてを処分します。火を使いなさい。この小屋もです。火を使い燃やしなさい」




 部下達は夜を徹して小屋や家畜の住んでいる場所を焼却していった。


 ウイルス性かどうかも分からないが、あれはなにかマズい。そう思ったのだ。


「王子にも相談しよう」

 他の区域でも病気は出ている。

 対策を進言すべきだ。




「変死?」

 翌日王子に報告したが、そのこと自体知らないようだった。


「ご報告はないですか?」

「ああ」

 そんなに重大な件だと認識されていないのか。


「ゴルダなら知っているかもな」

「はい。お会いしにいきます」


 ゴルダはこの国の内相。

 頑固なお爺ちゃん。

 私や部下達に対する印象は最悪。


 だからなのか

「あんなもの悪戯だろう」

 話終わり。


「しかし、調べた限りで七件です。連続して起こっています」


「全部近場で起こっている。悪戯の証拠だ」


 ウイルスや細菌の感染という考え方は伝わらないよね。

 でも、病気がうつるぐらいはこの世界でも言われているんだけど。


「病気だとしてもたかが家畜だ。気にするな」



 城からの帰り道、昨日の場所を訪れる。

「領主様、わざわざ」

「不安なのです」


 ウイルスか細菌だとして。

 燃やしたのは正解だったのか?

 更なる拡散を招かないか?


 不安がよぎる。


「この地域の皆に伝えてください。少しでも具合が悪くなったら医者を呼べと。金は全て私が負担します」



 もう夜に近いが部下達を集めた。


「領民達の様子を慎重に見てください。特に家畜の被害が出たところを」


『ウッス!!!』


 不安が去らない。

 私は部屋に戻り爪を噛む。

「……直感でしかないけど、多分あれはマズい……」


「だーいせーかーい。さすがローメル!」

「……アマダ」

 魔族の王子。


 正直ホッともした。

 こいつなら知っている。


「あの病は人に感染する」


「空気感染は家畜同士のみ、人間とは接触感染」

 感染。


「あなた『空気感染』という概念が分かるの?」

「それはローメルに言いたいな」


 私は現代知識付きだから。


「空気感染は難しい話じゃない。接触感染と言ってすんなり理解できるの?」


「ええ」

 接触感染。つまり


「家畜の肉や体液の直接摂取が条件」

「あの病は速攻で発病し破裂する。報告が遅れたら、対処が遅れたら、この領地は全滅していたかもね」

 アマダは楽しそうに笑う。


 この笑い方は


「知ってたな」

 こいつ、私の領地に病が流行りつつあるのを知っていた。

 知っていて黙っていた。


「だって、ローメルが頼ってくれるかなぁって思ってね。まさか、自分達で速攻で対処するとは。豪快だよね、家畜全部殺しちゃうんだもん。しかも炎を使ってね。完璧だ」


 ケラケラ笑うアマダ。

 笑い事じゃない。


「私の領地は守れても」

「他の領地は大変じゃないかな」

 マズい。


 国が大混乱になる


「放っておけばいい。エステメラルダが癒すさ」

 エステメラルダ。


「そんな力があるの?」

「『神』だもの」

 クスクス笑うアマダ。


「しっかし君は面白いなぁ。ホウファイも今頃叫んでるんじゃない?」


 ホウファイ。これはホウファイの策略。


「そうよね、あなたならホウファイの場所を知っている」

 こいつは魔族だ。

 化け物だ。


「セッ〇スしたら教えてあげる」

「しないわよ。優秀な部下が必ず探し当てる」


「本当に頼らないなぁ。恩を売ろうと思ったのに」

 アマダは笑いながら


「でもこうじゃなきゃね。安易に頼るような無能じゃ、飽きてすぐ八つ裂きにしてしまうからね」


--------------------------------------------------


 ボーゲン叔父さんとガンドーラ伯爵の争いは大事おおごとになっていた。


 ガンドーラ伯爵は大軍をもって、ボーゲン叔父さんを捕らえようと囲んだら、大砲をぶっ放したのだ。


 そう、大砲。

 この世界にも火薬あるのね。

 ボーゲン叔父さんは大砲を使い大軍を撃退。

 そのまま城を攻撃した。


 攻城戦のような形となり、援軍を呼んだガンドーラ軍と激突。

 これを撃退。


 今は国から援軍を出すべきか、みたいな話になっている。



 少なくともこの状況ではエステメラルダへの支援は無理だ。

 叔父さんは見事に役目をはたしてもらっていた。


 エステメラルダの孤立化。


 それによりエステメラルダは弱るだろうというのが目論見だった。

 王子への攻撃を止めるための策。


 だが、ここにきて色々変わってきた。




「まずはホウファイだ」

 領地に病気をばらまいたり、タチが悪すぎる。


「お嬢、ガイゼンが全力を尽くしております。もう少しお待ちください」

 そう、ガイゼンが頑張ってくれている。


「色んな角度から情報を仕入れましょう。私はヴィルツに会う」


 エステメラルダの取り巻きだが、彼女にとりついた『神』に懐疑的な男性。


 ジーマさんを連れ、ヴィルツに会いに行く。



「ローメル、何の用だ」

 忙しそうにしている。ヴィルツ。


「忙しそうね。出直すわ」

「助かる。今、領地に奇病がでてな。対応におわれている」

 奇病。


「まさか、体内から爆発したように破裂する病?」

「知っているのか!?」


「あれはホウファイがばらまいている病よ。うちもやられた」

「なんだと!?」


 驚愕の表情をするヴィルツ。

「すぐに焼きなさい。家畜は空気感染する。すべて処分しなさい」


「家畜もそうだが! 人間もだ!」

 マジか。


「人間へは、肉や血液を直接摂取しなければいい。病気のあった地区を隔離しなさい」

「わかった。すぐに動く! くそ!!! しかしホウファイはなにを考えている?」


≪慌てるな。病を癒す≫

 声ではない。音。


 振り向くとエステメラルダがいた。


「あなた」


≪ヴィルツ。迷惑をかけているな。ホウファイはローメルを舐めすぎだ≫

 ケタケタと笑うエステメラルダ。


「……あなたはなんなんだ。エステメラルダの身体にとりつき、なにをしている」

 ヴィルツの慎重な声。


≪私は『神』だ。世界を救おうとしている≫

 淡々と答える。


 ヴィルツは大量の汗をかく。


≪無理に信じなくていい。おぬしはローメルと行動したほうがいいかもしれぬぞ≫

 エステメラルダは笑いながら手を舐め


≪この身体は大分参っている。ホウファイとビローチェがいなくなり、ヴィルツも疎遠。

 他の取り巻きはあまり信じていないようだ。お前の目論見通りだよ、ローメル。今のエステメラルダに王子殺害の決断などできない≫


「ホウファイと、あなたがいる」

≪神は直接手を下せぬのだ≫



 信じがたいほどの大量の唾液を手に絡ませ、それを振り上げる


≪奇跡≫


 その三文字の言葉で



『おおお!!! 気分がよくなったぞ!』

『凄い!薬が効いたのかな!?』


 あたりからの喜びの声が響く。



≪病は癒すがな、人は殺せぬ。そういう制約だ。ヴィルツ、ローメル。これは我々の闘争だ。王子をめぐる闘争≫


「王子は殺させない」

≪ローメル、本当はお前を殺せば済むのだがな≫


 苦笑いをするエステメラルダ。


≪殺せぬ。死なないようにできている。実にお前は厄介だ≫

 そう言いながら楽しそうに笑う。


≪ヴィルツ、お主は去れ。それが良い≫


 そういって、エステメラルダは去っていった。





「ホウファイは、おそらくディバレス地方にいる」


 ヴィルツはあの一連の会話でエステメラルダとの決別を決めたらしい。

 今は私の屋敷にきて話し合い。


「あの恐ろし気な化け物を慕うなど無理だ。俺はエステメラルダからあいつを引きはがす」


 それは私の目的とも一致する。


 二人の目的はホウファイの排除。


「ここはホウファイの弟子が多くいる。恐らくかくまっている」

「わかったわ。そこに部下を送る」


「油断するな。奴は危険だ」


 私の部下も危険なので。


「信頼している部下よ。必ず使命を果たしてくれる」


 二人で話し合っていると


「お嬢、失礼します」

 ジーマさんが来る。


「どうしました?」

 一応ヴィルツはお客さんなので、ほいほい入られるとですね。



「ビローチェが死にました」



「……は?」

「え?」

 私とヴィルツが呆然とする。


「ビローチェは逃亡先で死にました。死因は体内から爆発する奇病」


「ま、まさか」

「……ホウファイが……?」



「この病はまずいです。お嬢、爆発的に蔓延しかねない。この国が滅びかねません」


 これは、まさか


「王子を、この奇病で殺すつもり……?」

 国民の大部分を道連れにしてでも王子を殺す。

 ホウファイの覚悟は、私の想定をはるかに超えていた。


--------------------------------------------------



 元保険会社営業の私を舐めんなよホウファイ。


「病をこの領地に入れるな! そして近隣の人々にも対策を伝えなさい!」

『ウっス!!!』


 部下たちに命じてとにかく病気の予防を啓蒙する。


 その間に私は城に行き交渉。


 相手は内相のゴルダ。


「今は忙しい」

 冷たい反応は知っていた。


 それはそうだろう。

 このむかつく小娘の言ったとおりに病が拡大したのだ。

 そら相手したくはないわな。


 状況が許せば私だって少しは時間を空ける。


 だがダメなのだ。

 このまま手をうたねば、この病は国中に蔓延する。


 そして王子は死ぬ。


 それを止められるのはゴルダなのだ。


「保険営業を舐めんなよ」

 冷たい反応やら、嫌悪の対応やら

 そんなもん慣れっこだ。


「忙しくなくなるまで待っております」

 私はゴルダの執務室のある廊下に座り込み、待ち続けることにした。


 座れるだけいいよ。



 ゴルダは実際忙しかった。次から次へと執務室に人が出入りする。

 中からは焦るような声がずっと聞こえる。


 ゴルダが的確な指示をしてくれればいいのだが

「……ダメっぽいな」


 部屋から漏れる声を聞くだけでダメなのが分かる。

 今議題に挙がっているのは原因の究明。


 確かに原因がわからないと対策も打てないのはわかるけど、原因の究明って、たぶんやるだけ無駄でしょ。


「……今日一日で話を聞いてくれるとも思えないな」

 毎日通おう。


「……あとはこの病の蔓延がどこまで迫るか……」


 エステメラルダにとり憑いている『神』にも話しないとなぁ。

 ああ、面倒くさい。

 やることが多い。




 予想通り今日は無理だった。

 ならば明日だ。

 もう夜。帰り道だが


「お嬢、お疲れさまでした」

 ジーマさん。


 迎えに来てもらったのだ。

 なにしろ夜道は危ないからね。

 もっと危ない人に来てもらった。


「明日も通うわ」

「はい」


 一緒に歩きながら


「お嬢、ボーゲン叔父貴に今回の病の件お伝えしたのですが、治療法に心あたりがあると」

「なんですって!?」

 もしそれが本当ならば、あのクソ面倒な『神』と交渉しなくてすむ。


 元々は『神』に、お願いしようと思っていたのだ。

「世界を救うからといって、無関係の人たちを病気で殺しまくるのはダメだろう」と


 でもなぁ、ああいう存在って

「王子生かしてたら全員死ぬでしょ? 5割生き残れば上等じゃない」

 ぐらい言いそうなの。


 あんな面倒なのと交渉なんて避けたい。


「ボーゲン叔父様にその治療法をお聞きするように。最優先で」

「かしこまりました」



 館に帰り執務をする。

 仕事は多い。

 城に行っている間も仕事は尽きない。


 特に今はジーマさんも病の対策に動いている。


 普段はジーマさんがやってくれていることも私がやるのだ。


「日本のOLを舐めるな」

 私は書類を速読しながら、決裁のサインをひたすらする。


「これも戦いだ」

 領地も守る。王子も守る。

 私の全能力を駆使して守り切る。



 翌朝、少しいつもより寝坊。

 昨日は遅くまで仕事したからね

「お嬢、無理はなされないでください」

 ジーマさんが心配そうに言う。


「大丈夫よ。今日も行ってくるわ。お迎えよろしく。あとボーゲン叔父様の件もね」

「かしこまりました」



 城に入るなりゴルダに「おはようございます」のあいさつをして廊下に座り込み。

 ゴルダは執務室にこもりっぱなし。

 あいつトイレにもいかないのか。


 すると

「……ローメル様、ずっとここにいらっしゃいますが……」

 ゴルダの部下が話をしてくる。


「ええ。ゴルダ様にこの病の対策でお話があるの」


「……ゴルダ様は意固地になっております。もし私からでよろしければお話を……」

 よし! ちょろい!


「是非、お願いいたしますわ」



 その部下の男性はジュリウスと言った。

 結構幼い。15ぐらいではなかろうか。結構な美少年。


 この世界は15でも普通に働くのだ。


「この病は、家畜から感染します。まず家畜同士は近くにいるだけで感染する。そして、人間への感染は、肉の摂取や体液の摂取により感染します」


「なんと。ではどうすれば」

「単純に食肉の禁止。そして奇病で死んだ家畜はすべて焼き払う。奇病で亡くなった人の死骸も同様です。絶対に触れない」


「……それで収まりますか……?」

「この奇病の対策には自信があります。とは言え証拠もなしにゴルダ様が頷くとも思えない。この書類にそのあたりの情報をまとめました」


 そこには、発病した区域と家畜の関連性をまとめていた。

 病気の蔓延は家畜のいる区域から始まり、広まっている。

 それを地図で絵にもした。


「……これで提案してみます」

「私の意見だと伝えなくていいです」

 こじれるだけだからね。

 この紙も単に渡しただけではごみ箱に捨てられて終わりだろう。


「そんな」

「今はこの病の終息が第一ですから」


「……ありがとうございます」



 ゴルダの件はジュリウスに頼んだ。

 あとはボーゲン叔父さんの治療法……



「ローメル!」

 廊下で声を掛けられる


「ランド王子」

 思わず微笑む。


「帰りか」

「はい。昨日からの用事は無事終わりました」

 これから館に帰り仕事をします。

 と言おうとしたが


「なら、このまま城に残れ。夕方からなら時間が取れる」


--------------------------------------------------


 替えの服がない。

「一回お城に帰って水浴びしたーい」

 いや、だって臭うでしょう?

 ちゃんと身を清めたい。


 そう思って立ち上がったら

「どこに行こうとする?」


「……お、王子」

 帰ってくるの早くないですか?


「あの媚薬というのは大分抜けた」

 確かに雰囲気が戻った気がする。


 でも

「……あの、それにしては」

 強引。

 こんな強引な人じゃ無かった。


「そうだな、率直に話をしよう」

 王子は椅子に腰掛ける。


「そもそもだ。伝えるのも申し訳ないのだが、俺は元々別の人に恋い焦がれていた。それはローメルにも気付かれていたと思う」


「はい。エステメラルダですね」

 王子もその態度を特に隠して無かったしね。



「ああ。なのだが、エステメラルダは最近おかしくなってきてな」

 ああ、『神』が乗り移ったの見られていたの?


 ヴィルツもそれ見てドン引きしてたし、エステメラルダも色々大変よね。


「そんな中でローメルを抱いたらな」

 ええ


「病みつきになってしまってな」

 病みつきって


 そして王子は私を抱きしめる。


「お、王子!? わたしはまだ、水浴びも……」

「そうだ、お主の匂いが病みつきになった」


 匂いが好きって、変態ですか!?


「そのままでいい。そのままがいい」

 私はずっと王子と愛し合っていた。


--------------------------------------------------



「ローメル!」

 館にボーゲン叔父さんがやってきた。


「叔父様、わざわざ来てくださるなんて」

 今は実質戦争みたいなことをしでかしているわけで、来るとは思わなかった。


「ガンドーラの事なら心配しなくていい。部下達が暴れている」

 ボーゲン叔父さんはその手に本を持っていた。


「叔父様、その本は」

「ああ、今の奇病には前例がある。治療法もあるのだ」

 凄いな叔父さん。

 まだ王宮はまともに手をうてていないのに、もう治療法まで分かるの


「試してみるのが一番だがな、なかなかグロテスクな方法だ」


 本に目を通す。

 グロテスクと呼んだ通り、その方法は酷かった。


「可愛いローメルにそんな本を読ませるのも本意ではないがな。だが賢いローメルならば、その本の解読が可能なはずだ」


 ボーゲン叔父さんは部下たちを睨み付け


「てめえら!!! 学が足らねーぞ! 本を読め本を!!!」


『うっす!!!』




「……多分、これが意味するところは……」

 私は自分の部屋に戻りその本の内容を吟味していた。


 現代知識を重ね合わせて考える。

 この病について。


「感染症、それも体内から炸裂するようなたちの悪い病」



 その本に書いてある治療法とやらは、死体を砕き、樽に入れ、666回転をさせる。


 これって

「血清を作ろうとしてるの?」


 666回、樽で回したところで血清など出来ない。

 でも、多分やろうとしたことはこういう事なのだろう。


 しかし

「円心分離機ない状況で、医療の素人が血清なんて作れないでしょ」



 私はエステメラルダの所に行った。

 目的は『神』なのだが


「ローメル……っ!」

 抱きつかれて泣かれました。


 よく考えたら仲の良かったビローチェが死ねばそらショックだよね


「ホウファイの姿も見えないし、ヴィルツも避けるし……」


 よく考えたらこの娘可哀想だな、うん。


「……変わらないのはローメルだけよ」

「……まあ、ほら。私は元々……」

 こら、鼻水を服でふくな


「……他にも取り巻きはいるでしょうに」

「……なんだか分からない事を言うの、みんな。『神』のことを私に聞いてくるし……」

 不気味そうに言う。


 ああ、そら不気味でしょうね。

 本人は記憶継承してないの分かるだろうに、本人に言ったのか。


「……あなたも色々大変ね。私は病の件で相談に来たのだけれど」

「……そう、わたしの領地にも来たわ。幸いすぐ無くなったらしいけど……」

 そう、ヴィルツと一緒に見かけたあの『奇跡』でエステメラルダの領地の病は癒えた。


「そのあたりの話が聞きたいの。あの病の治療法とか有るんじゃないかって」

「……わたしの所には、治ったという報告しかきてないわ」

 困惑した顔。


 というか、あの『神』全然でてこないな。

 呼びかける訳にもいかないし。


「治ったという人に聞き込みしていい?」

「ええ。わたしも行くわ」


 二人で歩く。

 しかし

「エステメラルダ、取り巻きはともかく部下は?」

 取り巻きと部下に囲まれていたエステメラルダとは思えない。


 1人で歩いている姿など見たことが無かった。


「……信用できない人が多いの」

「部下に?」


 取り巻きは分からんでもないが


「……この2ヶ月。『神』の啓示を聞いてから、おかしくなった人が多い」


 エステメラルダの表情が暗い。

 天然で明るいエステメラルダのイメージじゃない。

 相当参ってるらしい。


 その治った人に話をするが

「……苦しかった身体が突然治りまして」

 まあそうなんでしょうね。


 私は喋っているうちに『神』が出てくるだろうと思っていたのだが、出てくる気はないらしい。


「エステメラルダ、ありがとう。私の方でも調べてみるわ」


「……ローメル。これからもこうやって顔を見せてくれると嬉しいわ」

 天然で、天真爛漫なエステメラルダが弱っている姿を見るのは辛い。


「分かったわ。エステメラルダ」

 取りあえずはこの奇病、次は『神』だ。


 王子さえ守れれば、エステメラルダには恨みもつらみもない。



 最後まで『神』は出てこなかった。

 つまり自力だ。


 本を読んでいる最中

「手出しは出来ないよ」

 呼んでも無いのにアマダが来る。


「安心して、頼りにしてない」

「傷つくなぁ」

 ケタケタと笑うアマダ。


 全身真っ黒な、ハロウィンコスプレ男子中学生にしか見えないアマダ。


 魔族の王子。


「身体と引き換えに治療薬あげようか?」

「自力でたどり着いてやる。帰れ」


 円心分離機がない。

 そもそも血清の作り方などあやふやな知識しかないのだ。


 それで本当に作れるのか。


 自信はない。

 無いのだが、アマダに頼るのは無し。


 こいつは悪魔だ。


「本当にローメルは格好いいよね。治療薬は自力で作るか。そうじゃなくちゃ」

 手を叩いて喜ぶ。


「人間なんて肉塊以外の価値無かったんだけど、ローメルは本当に凄いよね。楽しみに見てるよ」


 私の予想だが、アマダの治療薬とやらは多分罠だ。

 他の副作用が出てきて、それを治すための薬がまた必要。


 そんな蟻地獄みたいな状況にして、最終的にはアマダの言いなりにならざるを得なくなる。


「神はクソだし、悪魔は陰険だし」

 部下はチンピラだし、憧れの王子様はベットヤクザだし。


「とりあえず病だ。あの奇病を治してやる」




「お嬢、執務中に失礼します」

 ジーマさんが入ってくる。


「なにかしら?」

「ジュリウスが参りました」

「通して」

 内相ゴルダの部下ジュリウス。


「ゴルダの気が変わったのならいいのだけれども」



「ローメルさん、なんとか隔離は理解されました。しかし治療法がなければ……」

 ジュリウスは美しい顔立ちを曇らせている。


「治療法はまだ検討中です。過去に類似する病がありました。しかしそこに記載された方法は色々問題なのです」

「……わたしにも見せて頂いてよろしいですか?」

「どうぞ」


 二人並んで本を読む。

 ジュリウスは難しげな顔をして文字をおっている。

 なかなかグロテスクな内容がつづいているからね。


「……ローメルさん、これなんて読むんですか?」

 読めなかったらしい。


「これ古代語でしょう? 読めないの?」

 この身体であるローメルは既に学んでいた。


「はい」

 大丈夫? あなた内相の部下じゃないの?


「仕方ないわね、読んでいくわよ」


 グロテスクな内容を読み上げるの嫌なんだけど。


「『死骸を砕くうえで、血をすべて回収するために…』」

 ギュッ


「……なによ」

 ジュリウスが腕にしがみつく。


「こ、怖いのです」

「……あ、あなた、内相の部下でしょう?」

 どれだけなんだよ。


「……怖いのは苦手でして」

 なにこの母性本能くすぐる感じ。


 でもなぁ、わたし年下趣味ないし。

 あ、過去の年齢考えれば王子も年下ですね。

 あれはノーカン。



 ある程度伝えた後に

「これを取りまとめて報告してみます」


「まずは隔離を進めてね。爆発的な感染を防ぐのが先」


「ええ。頑張ります」



 ジュリウスが去った後、私はまた仕事に戻る。

 仕事しながらも、治療法の考察も続ける。


「血清か……」

 作り方憶えてないし、そもそもあのウイルスだか細菌だかの血清なんて本当に作れるのか?


 細菌やらウイルスによって作り方違うだろうし。


 まずは隔離してもらって、被害の拡大を防ぐ。

 それにしてもこの病は発病から死までが早い。


「早く見つけ出さないと……」


 窓を見ると既に夕方。


「ご飯にしましょうか」



 ご飯は基本的に1人で食べる。

 部下達と一緒だとうるさいんですよ。

 色々とね。


 ご飯はいつもとても美味しい。

 今日はマッシュポテトみたいな食事。


 たまに肉も出るけど今は肉食禁止にしているので。


「まあ、これはこれで」

 美味しいよね。と思って食べていると。


「人間の食事って不思議だよね。美味しいのこれ?」

 アマダ。


「食事中に来るな」

「『神』なんにも言わなかったでしょう?」

「あいつらしすぎて別に驚きはない」


「治療薬は渡せないけどさ、情報はあげる」

 アマダは笑いながら


「ゴルダの部下が感染したよ」

 ……


「ほ、本当に?」


「こんなところで嘘をつく意味ないし。嘘つくならもっと効果的な場面で言うし」


 やばい。

 城の中で炸裂されたらどんな被害が出ることか。


「ジーマさん! 城に行きます! 護衛をお願いします!」




 夜に城に乗り込む。

 ジーマさんは

「皆で乗り込みましょう」

 皆って


「どんな障害が出るか予測できません。夜に城にいく。それだけでトラブルが多い。ましてやお嬢のおっしゃる発病人がでるとなれば大騒ぎです」


 20人の部下達。


「てめえら!!! 命かけてもお嬢を守るぞ!!!」

『うっす!』



 領地から城に向かう。

 街を通っていくが

「ローメル様だ!」

「ローメル様!」


 周りから人が出てくる。

 怖い部下達に囲まれてるのに、なんで? と思ったら


「ローメル様! 奇病の事はご存知ですか!?」

「ローメル様の領地は対策されたと聞きました!」

「国はなにもしません! ローメル様! 対策を教えてください!」


 すがるような人々。

 かなり不安な様子。


「国も対策すると約束してくださいました。これからもう一度お願いするところです」


「国は信用出来ません!」

「ローメル様! 今対策を!」


 なんでこんなに慕われてるの?

 とジーマさんを見ると


「……エステメラルダが、同じように懇願され、私じゃ分からないから、頭の良いローメルに聞いてくれ、と伝えたようです」

 なに言ってるんだ、あの娘。


「お嬢、ここは民衆を落ち着かせるべきです」

 わたしは頷き


「家畜を全部焼きなさい! 病の大元は家畜です! 肉食は禁止! 感染した人間もすべて隔離! 人間へは接触感染です! 感染したものとの接触を避けなさい! 火で燃やしなさい!」


 その言葉に

「火だ!」

「家畜を焼け!」


「お嬢、何人かここに残します。暴動にならないようにコントロールさせますので」

「ええ、お願いします」



 城に近付く。

 そして、その入口で異変に気付いた。


「衛兵が、いない」

「お嬢、我々の囲みから離れないように」

 部下達に囲まれる。


 城から響く叫び声。


「大変だ! 病が! 病が!」


 もう、城の中で病が炸裂した。


「ジーマさん、火打ち石と油はありますよね」

「はい」


「患者をみたら、遺体を見たら問答無用で燃やせ!」


 私は部下達に命令をくだし、城の中に入った。

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