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すっげー、厄介な女だな、私

 今日はお城に用事があり出かけていた。


「ローメル、今日は一人か」

 ビローチェが話しかけてくる。


「ええ。今日はみんな他の仕事があるの」

 いつもジーマさんと一緒に来ているのだ。今日は別行動。


「そうか、ならいい」

 ビローチェは頷き、元来た道に戻った。


 わざわざビローチェが私に確認をする。

 嫌な予感。


「いや、今の段階で王子に危害を与える決断を、エステメラルダがするとは思えない」

 あの葛藤はまだ続くはず。


 だが、気になる。

 ビローチェは単独で私と会っていた。

 ビローチェはエステメラルダの取り巻きであり、護衛。


 護衛が離れるほどの用事。


 城に提出する書類を持ちながら私は考え事をして歩いていた。

 すると


「ローメル」

「ランド王子!」

 王子が声をかけてくれる。


「忙しそうだね」

「とんでもありません。私は苦労らしい苦労もしていません。ありがたい話ですわ。領民に恵まれています」


 私の持ってきた書類は、直轄する領地の住民たちの税金書類。

 結構ごまかしが多かったり、そもそも税金の支払いをごねたりするので、貴族は苦労するのたが、うちは部下が優秀なので。


『笑顔で税金満額はらうかぁ!!! 泣き顔で家族の生首並べられるかぁ!!! 好きなほう選べ!!!』

 などという穏便なお願いで、皆様きちんと書類を出してくださっています。


 怖いからね、本当に。


「ローメルは、なんでこんなに優しくて真面目なのに、変な噂がたつのかな?」

 変な噂。まあ、部下がああならそら噂ぐらいたつでしょう。

 あと、私が転生前のローメルの行動はかなり酷かった。

 エステメラルダへの嫌がらせとかね。


「王子、噂は貴族の好物ですわ。名前が挙がるだけでありがたい話です」

「……ローメル、無理してないかい?」


 王子は、ゆっくりと私に近づき額に手を当ててくれる。

「……え?」


 手が、大きな手が、私の額に

「ローメルの真面目さは私がよく知ってる。無理しないで」

 そういって。

 抱きしめて


「……お、おうじ」


 こんな、抱きしめられるなんてされたら。

 私の胸が破裂するからぁ!!!


 ドキドキと高鳴る鼓動。

 逞しい身体。この人に包まれると、安らかな気持ちになる。そして、体中が熱くなって、ドキドキが止まらない。


「ローメル、私はね」

 耳元で聞く王子の声。


 優しい人、優しい声。この体温と、声にいつまでも包まれたい。

 わたしは、潤んだ目で王子の顔を見る……


「え?」

 天井。

 大理石の天井。

 反射されたその姿。

 背後に


「王子!!! 伏せて!!!」

 全力で王子を押し倒す。

 本来ならば、こんな小娘の力では押し倒すことなど不可能。

 でも、突然の力に、王子は転んだ。


 その刹那


「ああああああぁぁぁ!!!!!」

 肩を、痛みが


「ローメル!!!」

 王子が驚きかけよる。


 肩にあたったのは矢。

 天井で反射した姿は


 ビローチェ



「……あははは、どっちを狙ったか知らないけれど」

 あたしは倒れない。仁王立ちして王子を守る。


 背後は既にだれもいない。


「誰か!!! 襲撃者だ!!!」

 ランド王子が大声で呼ぶ。




 廊下は大騒ぎになった。

「姿は見ましたか?」

 側近の呼びかけに


「いや、見なかった。ローメルは?」

 王子から見えなかったのか。


 大理石の反射で見えた。

 背後にしても、隠れて射ったのだろうか。


 私は集まった人たちを観察していた。


 エステメラルダがいたが、ビローチェがいない。

 実行犯はすぐに顔を出さないほうがいいということか。


「いえ、背後からですので」

 注意深く、皆の顔をのぞいた。


 そして、祈るようにエステメラルダの顔を見る。


 エステラレルダの指示ならば、実行犯が確認されなかったことで、安堵の表情を浮かべるはずだ。


 でもエステメラルダは表情が変わらない。

 怯えた顔のまま


(演技できるタイプじゃない)

 天然なのだ。だからカチンとすることが多いのだが。


 でも、明らかに相好を崩した人間がいた。

 ホウファイ。


 エステメラルダの参謀

 つまり


(エステメラルダのために独断で攻撃した)


 私は現地で治療を受けながら、次の手を考えていた。




 館に戻ると

『お嬢!!!』

 皆が入り口で出迎えてくれた。


 黙って、扉を閉める。

 そして


「私が甘かった」

 そう、甘かった。平和ボケしている。


「お嬢、仇は必ず……」

 ジーマさんが言うが


「今すぐ、ビローチェをぶち殺してこい」

 甘い。毒とか甘い。

 向こうは独断で攻撃を仕掛けてきた。


 悪役のくせに、なにをグズグズしているのだ。私は。


「お嬢!!!」

 驚いた顔のジーマさん。


「叔父様ではないけれども、私に二度汚い言葉を使わせる気?」


「お嬢様!!! 失礼しました!!! 今すぐにでも!!!」

 ジーマさんが叫ぶ。


「ジャビラグラン。止めた私が間違っていた、ビローチェを肉塊に変えなさい」

「お嬢様!!! このジャビラグラン!!! 必ずや使命を果たします!!!」


「ガイゼン」

「ここに控えております」

「今回の襲撃はホウファイの指示だ。ビローチェは実行犯。ホウファイに地獄を味合わせなさい。レ〇プでもなんでもいい、セッ〇スのことしか考えられないメス豚に作り替えなさい」

「はっ!!! 全力で!」


「ジーマ、ビローチェが死ねば、次の護衛は誰になる?」


「……そうですね、ヴィルツかと」

「先制攻撃」


「わかりました」

 ぶち殺す。


 あの襲撃はどっちを狙ったか。

 それはわからない。

 でも

「王子の排除は間違いない」

 下手をすれば王子に当たっていたのだから。

 あわよくば両方殺そうとしていた。


 肩が痛い。

 異常な痛み。

 治療が足りていないのだろうか?


「速やかに動きなさい」



 私は部下たちに命令し、自室に戻った。

 包帯をとる。

 酷い腫れ。


「……薬が合わなかったのかな」


「あれ、また凄い毒」

 部屋に突然現れる魔族。


「アマダ、これは、毒?」

「うん。致死性の毒。強烈だよ、これ」

 アマダは突然現れる。

 それは慣れた。


「そう、解毒剤とか、あるのかしら」

「人間には無理じゃない?」

 くそ、こんなところで死ぬのか。


「僕なら、治せるけど?」

 ニコニコしながら喋るアマダ。


「代価は?」

 こいつは悪魔だ。魔族というよりかは、悪魔というほうがイメージぴったり。

 無償で救いなどするわけがない。


「僕の子供産んでよ」

 は?


「気に入ってるんだよね、ローメル。こんな頭いい人いないし」

 魔族との性行為?

 そもそも私から見たら、コスプレした男子中学生だ。


「まあ、とりあえず治してあげる。死なれるの嫌だし」

 そう言って、私の傷口に口づけをする。

 すると


「……痛みが」

 身体を駆け巡る爽快感。

 痛みが消えた。


「相手はエステメラルダ?」

「奴の部下だ。後手後手に回るとは愚か。反省してるわ」


「気にいってるよ、ローメル。さっきのは本気」

 にこーっと笑うアマダ。


「人間には惜しいよ。きっといい魔族になる」


--------------------------------------------------

(三人称)


「間違いなく毒は塗ったのよね?」

「ああ。確実だ」


 ビローチェとホウファイは密談していた。


「矢は深く突き刺さった。ならばあの毒でローメルは今日死ぬ」


「王子に当たらなかったのは残念だがな」

「簡単には上手くいかないわ」

 ホウファイはお茶を飲みながら


「私、ローメル嫌いじゃ無かったな」


「……あの性悪女がか?」

「ええ。昔は酷かったけどね。両親亡くなったあたりからかしら? 随分頭を使うようになったわ。私としては先にローメルを殺せて満足よ。このままでは厄介な敵になっていたもの。人としては嫌いじゃない。それだけ」


 二人はそのあと今後の打ち合わせをしていると

「あー、デートかな?」

 ニコニコしながらエステメラルダが来る。


「エステメラルダ、まだ起きていたのかい?」

 もう夜だ。皆寝る時間。


「なにかね、寝付けないの」

「ふふふ、そうよね。あんな怖いことかあればね」

 二人は襲撃したのは自分達だと伝えていない。


 エステメラルダは顔を曇らせ


「ローメル、大丈夫かな?」


「……心配したと、明日伝えれば喜ぶわ」

「……うん」ニコッとエステメラルダは笑い


「じゃあ、私は寝……」

 突然、エステメラルダは凍り付いたように立ちすくんだ。


「エステメラルダ!? まさか」

 ビローチェが騒ぐが、ホウファイが手で制する。


「『神卸かみおろし』よ、黙って聞きなさい」

 すると、エステメラルダは、残忍な笑顔を浮かべ


 《お前らここにいたら死ぬぞ》

 声とも違う、なにか特殊な音がエステメラルダから聞こえる。


「『神』よ、敵が来るのですか?」

 ホウファイが答え、ビローチェが構える。


 《暴風だ。暴風には逆らうな。身を潜めろ。風を斬りつけようと無意味だ》

 ホウファイは頷いた。


 だが、エステメラルダは、ニターと笑い


 《でなければ、無惨に死ね》



「ビローチェぇぇぇえええ!!!!!」

 外から大声。


「この声は、ジャビラグランか」

「……ローメルの仇討ちかしらね?」

 二人はこの襲撃は、ローメルが死んだ事による報復だと認識した。


 なぜバレたのかは分からないが、ローメルの部下は頭が悪い。


 適当に知り合い全部に喧嘩うっているのだろう。

 ぐらいの理解だった。



 だが

 《ローメルを舐めるな。風は奴から巻き起こる》

 愉快そうに笑うエステメラルダ。


「でいりじゃあああああぁぁぁぁ!!!! ビローチェ!!! テメエの存在を肉塊に変えてくれる!!!!!」


 ジャビラグランは素手で入口の扉を破壊した。

 ビローチェは、応戦しようとするが


「なにしてるの? 逃げなさい、隠れなさい」

 ホウファイは既に部屋から出ている。


「だが!?」

「『さもなくば死ね!』」

 エステメラルダの身体を乗っ取り、語っていた存在の口真似。


 ビローチェはその言葉をキッカケに、一気に走り出した。


「エステメラルダ! すまん!!!」

「大丈夫よ」


 二人はエステメラルダを置き去りに逃げる。


 逃げながらホウファイは言った。

「『神への攻撃は不可能だから』」



--------------------------------------------------





「お嬢!!! この度の失態!!! 命をもって償います!!!」


 ジャビラグランはエステメラルダの館に特攻したが、二人の姿を確認しながら取り逃したという。


 でも、それよりも気になる事がある。


「エステメラルダは、笑っていたのね」

「はい。悠々としておりました。それと、声、というか、なんというか。変わった音がしていまして」


 ジャビグランの答えは要領を得ない。

 でも、ジャビグランはこう見えてとても知性的な人だ。


 つまり、その状況で本当にエステメラルダは笑っていたし、声ともつかない奇妙な音を出していた。


「ジーマ、一体なんなのかしら? エステメラルダは多重人格? いえ、もっと深刻な」


「お嬢、それは俺には分かりません。ですが、ジャビグランからの報告で深刻な点は、『身を隠せ』という指示が飛んでいた点です。これは想定外。正直ビローチェはそれで良いですが、ホウファイに身を隠されたまま策を弄されると……」


 それだ。

 厄介極まりない。


 すると

「お嬢様! 私への命をお忘れですか!!!」

 ガイゼンが前に出る。


「ガイゼン、身を隠したホウファイを探し当てられますか」


「身を隠したならばこそです。このガイゼンに策があります」

 おお! 頼もしい!


「その為に媚薬を使わせて頂きたいのです。高価な買い物になりますが」


「構いません。全力でやりなさい。私が望むのは、高くて出来ませんでした、ではありません。全てを費やし、任務を果たした、だけです」


「はい!!!」




 その日の夕方、館の執務室に茶瓶があった。

「なにこれ? 栄養ドリンク?」


 ファイトー! イッパーツ!

 みたいなやつそっくり。


 変なにおいするなーと嗅いでいると


「お嬢!!! 大変です!!!」

 外からの怒鳴り声に思わず


「あっ!」

 ちょっと身体にかかった。


 大丈夫? これ?

 不快な匂いでは無いけれど


「どうしました?」

 ジーマさんが慌てていた。

 珍しい。


「王子が! ランド王子が! お嬢のお見舞いに来られています!」


 な、なんだってー!!!




 自分の寝室に王子を入れるというのがとても恥ずかしいので、執務室に来て頂きました。


「ランド王子、わざわざお見舞いなど」

「いや、元気そうな顔を見てとても安心したよ。ローメル」

 にこやかないつもの顔。


 本当にこの人といるとホッとするんだよね。

 うん。


 安心する。

 でもドキドキもする。


 でも、今日はなんかおかしいな。

 やけにドキドキするぞ。

 あ、そうか。自分の館に王子が来てくれているからかな。


 ドキドキもするよね。

 でも、ちょっと違和感。


 ランド王子もヤケにソワソワしてる。

 その、視線が、妙に……



『あんじゃあ!? よりによってなんでお嬢の部屋に置くんじゃクソボケェ!!!』

『ご報告するのを止めてたのは誰じゃあ!!! ゴミィ!!!』

 館内のいつもの喧嘩。


 うん、ちょっと正気に返った。


「すみません、王子。騒がしい館で」

「いや、それはいいんだ。それより、その……」


 王子は少し照れながら


「いつも綺麗だけれど、今日は一段と綺麗だね、ローメル」

 ぱああぁぁぁぁ!!!


 そんなぁ♪ 可愛い格好していたかな。急いで化粧は整えたけど。

 嬉しい。


 ランド王子はそのまま、近付いて

「……側で話したい。いいかな?」

 密着! 憧れの王子と密着!


 ああ、幸せ! 私幸せ……


「お嬢! お話中申し訳ありません!!! 大事なお話が!!!」

 ぐぬぬぬ! 空気を読むのだぁ! 部下達よぉ!


「客人の王子を差し置いてでもですか?」

 思わず問い掛ける。


 ジーマさんは申し訳なさそうに室内にはいり、私に耳打ちをした。


(お嬢、この部屋にガラスの瓶がありませんでしたか?)

 ガラスの瓶。

 うん


 指差す。


(良かった。これは強烈な媚薬なのです。ガイゼンが注文したものが、何故かお嬢の部屋に……本当に失礼しました)


 媚薬。

 ああ、媚薬ね。

 うん。私の疑問が晴れました。

 ありがとうジーマさん。


 つまりだ。

 私の今の発情と、王子の密着は、だ。


「ローメル」

「ひゃっ! ひゃい!!!」

 変な声が出る。


 媚薬、私の身体に引っ付いてるし、部屋中に撒いた気がするし。


「済まない、本当はこんなつもりじゃ。でも」

 ギュウッ! 抱きしめてくる。

 大きな身体。溶けそうな気持ち。


 でも、王子は。エステメラルダが好きじゃないの?

 それでも、私の身体は王子に抱きしめられて、多幸感に包まれる。


「ローメル、ローメル」

 耳元で囁かないで。

 わたし、心臓が


 暖かい王子の体温。

 その吐息。

 私の身体は脱力してしまう。


「王子、わたしは……」

 その刹那。


 ゆっくりと王子の顔が近付いて

 私は全てを受け入れるように目を閉じた。



--------------------------------------------------


 朝ちゅん。


 鳥の鳴き声。

 暖かな日差し。

 そして、隣にいる温もり。


「……ローメル、起きたか」

 ランド王子。

 ああ、夢ではなかった。


 その温もりは本物……。


「……んんん!!!」


「……あう…… ひゃん!」

 強く抱きしめられる。

 まだお互い裸なのだ。


「ローメル、昨日言ったこと憶えているか?」

 昨日?


「側にいるんだ、ローメル。今日城に来なさい」




 王子は朝お帰りになられた。

 私は水浴びをし、身支度を整える。


 城への呼び出し。

 その前にやることがある。


 そう思い執務室に行こうと扉を開けると


『チャーッス!!!』


 王子を見送るときは部下は誰も出てこなかった。

 彼等なりに気を使ってくれているのだろうか?


 そう考えると少し恥ずかしい。



 執務室に行くと

「お嬢、ボーゲン叔父貴が、ガンドーラ伯爵と抗争を始めました」

 行動が早い。

 さすがボーゲン叔父さん。


「抗争ね。具体的には?」

「ガンドーラ伯爵の領地に禁制の薬物をバラまいています。それにキレたガンドーラが叔父貴と部下を拘束しようと兵士を動員。それに対し、叔父貴と部下達は公然と逆らい、内戦状態です」


 いやー! 清々しいほど悪役ですね! 叔父さん!


 でもなぁ。私だって昨日のやったことは

「片思いの王子を媚薬を使って虜にした」

 という完璧な悪役ぶりですからね。


「ボーゲン叔父様はそれでいい。それで? ホウファイは時間がかかるのは分かる。他は?」


「はい。お嬢。まずはビローチェ。奴は目立ちます。既に潜伏場所の目処がつきました」

「近く?」

「いえ、なにをどう移動したのか。ここからかなり距離のある領地です」


「無理に深追いをしなくていい。こちらに戻ってきたら仕留めなさい」

「はい。次にヴィルツです」

 ヴィルツ。ビローチェがいなくなれば、次の護衛はヴィルツ。


「ええ。どう?」

「ビローチェと比較すると忠誠心が足りません。どうもエステメラルダの豹変に戸惑っているようです」


「……懐柔のしようがあると?」

「はい。ヴィルツはビローチェなどよりも本来は護衛向きなのです。それが好戦的で護衛というタイプではないビローチェが勤めていた。その事から言っても、おそらくヴィルツは抱えているものがあるはずです」


「分かりました。今日、城に行き接触します」



 城に着くと、真っ先に声をかけてきたのは、エステメラルダだった。


「ローメル!」

「心配かけたわ、エステメラルダ」

 部下達曰わく、エステメラルダはずっと私を心配してくれていたらしい。


「うん。良かった。それでね、聞きたいことが」

 エステメラルダはかなり不安気にしている。


「なにかしら?」

「ビローチェとホウファイ知らない?」


 じっとエステメラルダを見る。

 演技の様子はない。


 襲撃したジャビラグラン曰わく

「その場にエステメラルダはいた」のだ。


 だが、壮絶な笑顔を浮かべ、声ならぬ音を発していたと。


 つまり、その間の記憶はない。


「エステメラルダ、私にもビローチェとホウファイがいなくなったという話は聞いたわ。でもそれだけ。城に行けば分かるかな? と思ったんだけれど」


「……昨日から急にいなくなって……」


「……エステメラルダ、あなた一人なの? 他の人は?」

 エステメラルダは取り巻きが多い。

 単独行動というのは珍しい。


「うん。今はね。このあとミカルードと会うけど」

 この期に及んでもヴィルツは側にいない。

 相当ね。



 王子の部屋にノックする。


「ランド王子、ローメルです」

「ああ、入れ」

「失礼いたします」


 ドアを開けた途端



「わっ!?」

 王子に抱きしめられる。


「ああ、ローメル。よくきた」

「お、王子?」

 あの今朝までしてたじゃないですか?

 というか、もう媚薬効果ないでしょう?


「ローメル、こっちに住めないか?」

 単刀直入。


「わたくしは両親の跡を継ぎ、あの館を任せられています。王子のご厚意は嬉しいのですが……」


「また命を狙われるかもしれない」

「あの館のほうが安全ですわ、王子」

 実際そうなのだ。


 あの館は、特定の人間以外は絶対に近付かない。

 この城には敵も多い。


「……ローメル。明日も来い」

「はい」

 逆らわない。

 いや


「来るのは夕方からでいい」

 その言葉に、胸が高鳴った。



 帰り道。

 わたしはヴィルツに会いに来た。


「ヴィルツ」

「……珍しいな、ローメルがなんのようだ」

「エステメラルダの件」


「……っ!?」

 驚いたような顔。


「ホウファイが消えた、ビローチェが消えた。あなた、心当たりは?」

「むしろ、俺はお前にそれを聞きたいんだがな」

 皮肉気に言うヴィルツ。


「エステメラルダは多重人格なのか? それともなにかの呪いか?」

 カマをかける。


「!? ……そうか、知っているのか」


「ホウファイ達の失踪と関係が?」

 ここらへんは情報吸い上げるためのはったり。


 でも、ヴィルツにはてきめんだった。


「……俺は、ホウファイが怪しいと思う。ある時から、ホウファイはエステメラルダを『神』と崇め始めたのだ」

『神』


「笑いそうになるけど、冗談ではないのね。あの変貌を『神』と呼んでいるの?」


「あれは本物だ。エステメラルダの演技でもはったりでもない。だが、俺にはあれは邪悪なモノにしか見えぬ」


 かなり反発しているヴィルツ。


「手を組みましょう、とは言わないわ。でもね正直ホウファイにはかなり警戒しているの。私を襲った連中は、ホウファイの手のものよ」


「……エステメラルダは無関係か」

「エステメラルダはね。『神』の存在の指示かは知らない」


「いいだろう、ローメル。俺はエステメラルダは大切だが、ホウファイと『神』には懐疑的だ。手を組もう。正直俺も恐ろしいのだ」


 ヴィルツは頷き

「まずはホウファイを探し当てる」




 夜、アマダが遊びに来た。

「ベタベタするな」

 アマダはずっと私にまとわりついて、ベタベタしているのだ。


 せっかくの王子様のエキスが抜けてしまうではないか。


「ねえローメル。キスしていい?」

「いや」

 王子としたばかりなのです。

 いやです。


「えー。せっかく命救ったのになぁ」

 コスプレDC(男子中学生)にしか見えないのに、調子にのりおって。


「あのね、一個教えてあげる」

「なに?」

「魔族に狙われて無事だった女はいない」

 そう言って、長い、長い舌が、私の頬を撫でる。


「僕は気に入ってるんだ、ローメル。共にエステメラルダを打倒しよう」


--------------------------------------------------


 夢だ。

 それはすぐに気付いた。


 私は日本のオフィスビルにいた。

 保険会社のフロア。


 成果主義、ノルマの押し出し。

 皆が辛い顔をしている。

 でも、外にでたら満面の笑みで営業。


 それが私の生活環境。


 私は特に辛いとも思わなかった。

 私は無責任だった。


 ダメならダメでいい。

 やりたいことをやってやる。


 どうせ新入社員だ。

 失敗してもフォローされる。

 だから好き放題していた。


 その結果、私は新入社員の中で孤立した。

 和を乱す、言うことを聞かない。


 厄介な人間。


 そんな評判の中で私は生きてきた。


 そのオフィスビル。

 みな、諦めたような顔。

 そんな中で、私は。


 ああ、これは夢だ。間違いない。

 私の顔が見えた。


 嫌われている私の顔が。


 私の目は爛々と輝き、目の前の光景を喜んでいた。

 肉食獣のような顔で笑っていた。



『わたしは、信じた道を歩きますから』




「すっげー、厄介な女だな、私」

 先輩の忠告を聞かないわ、同僚と仲良くしないわ。独断専行で適当に物事進めるわ。


 そら嫌われるよ。


 変に成果だしたのかもっと良くなかった。

 その後の嫌がらせも凄かった。



 そう言えば、私はなんでこの世界に来たのか未だに分からない。


 こう言うのは死んで転生なのだろうが、死んだ記憶はない。


 長い、長い夢の可能性もある。

 でもねぇ。夢にしては



『チャーーーッス!!!』

 こんな訳の分からないシチュエーションにする必要無いでしょうに。

 なによ、部下が全員チンピラって。


「ジーマさん。ヴィルツとは協力関係が結べそうです」

「さすがお嬢。ガイゼンの報告はしばらくお待ちください。二週間は頂きたいと」

「二週間。頼もしいわ。期待しています」


「それと、エステメラルダですが、想定外に弱っています。チャンスかも知れません」


「……もう?」

 慎重にいきたいが


「仕留めるチャンスはそうはありません。これを逃すと、次はいつになるか」


「ヴィルツとの協力関係もある。必ず仕留めないとマズい」


 私の覚悟が足りないんだろうな。

 まだ、エステメラルダを殺せる覚悟が足りない。


 正直、ビローチェやホウファイが逃げてくれてホッとしているのだ。


 殺せと言ったが、私の覚悟はそこまで出来ていない。


 王子が殺されるぐらいならば、殺せぐらいの。


 でも

「ホウファイが先」


 ヤバいのはホウファイだ。

 エステメラルダはまだいい。


「お嬢、分かりました」

 素直に頷いてくれる。


「私は今日も城に行きます。夕方行きますから、それまで執務します。貯まっている書類を片付けるわ」


「お嬢、了解しました」



 一生懸命仕事をしていると、BGM代わりの怒声


『あんじゃあボケナス!!!』

『ゴミィ!!! 汚ねぇ唾とばすんじゃねぇ!!!』


 うるさぁい。


『お嬢の仕事の邪魔じゃあ!!! 黙らんかい!!!』


 騒がしい館。

 本当に。


 でもそんな中、突然のざわめき。


『な、なんじゃあ!!!』

『どのツラ下げてぇ!!!』


 部下達の叫び声。


 まさか


「エステメラルダが来たの!? それともホウファイ!?」


 すると

 《どけ、雑魚共》


 声じゃない。

 音だ。


 エステメラルダは不適な笑顔を見せ真っ直ぐ私の部屋に向かう。


「入れ」

 私の執務室に招き入れる。

 しかし、一昨日は王子、今日はエステメラルダか。


 《話がある、ビッチ》

 カチン。

「だれがビッチじゃ」

 エステメラルダの方がビッチじゃねーか。


 わたしは、王子一筋じゃ。


 《私の目的は王子の殺害ではない》

「本当に!?」

 それなら良いんだけど。


 《世界を守ることが目的だ。代替案がある》

「なに?」


 《アマダの子を産め》


 は?


「は?」

 そのまんま声が出る。


 《アマダの子を産めば世界は救われる》


「わたしが?」

 《そうだ。お前とアマダの子だ》


 なに言ってるのだ、この間抜けは


「あんたが産め」

 《私では意味がない》


 そもそも


「あんたは何者なのよ。エステメラルダを乗っ取ってなんなの?」


 《神だ》


「意味分からないし」


 《分かる必要はない》

 まあね


 《アマダと子を作らないならば、王子は世界を滅ぼす。いや、正確には王子ではない》


 私をゆっくり指差し


 《ローメルト・ファルニーズ・リストコールと、ランド=フィリップ=アルスペルド=バレッチェの子、アルドール=フィリップ=アルスペルド=バレッチェが世界を滅ぼす》


 わたしは、その言葉に卒倒しそうになった。

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