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震える鬼


* * *


 翌日早朝から宗次郎は徒歩で事件の起きた村に向かう。鬼の情報を集めながら。越前から越後に向かう宿場町の飲み屋で宗次郎は鬼の噂を聞いた。

「黒部のあたりから出た鬼が、沢をくだってきておるらしい」

「恐ろしや恐ろしや」

「この宿場町を目指しておるやもしれん。人を喰うために」

「くわばらくわばら。世も末じゃのう」

 なるほど、黒部か、鬼が出たのは。そう宗次郎は考え、沢沿いに上流に向かって黒部村を目指した。行く先々の村で、宗次郎は鬼について聞いたが、その風体は寺の坊主で、鬼のような形相で、痙攣して震えながら、「逃げろ、逃げろ」と言うらしい。宗次郎は魔将掌握の呪縛に耐えるならば、それなりの胆力であろうと思い、沢の途中の山道で鬼が出るのを待った。網を張ること三日、夜の帳も降りたころ、宗次郎はうめき声を上げながら近づいてくる者の気配を感じてその者の行く手を遮った。なろほど頭こそ剃っていないが、僧侶の格好だ。男は宗次郎に言う。

「逃げろ、逃げろ」

 沸き上がる殺人衝動を堪えているのだろう。男は歯噛みし、痙攣しながら踏ん張って仁王立ちしている。

「わたしは神羅衆の赤城宗次郎。鬼よ、そなたは」

「か、海音寺の将、五郎……なぜ逃げぬ?」

「わたしはそなたを助けに来たのだ。悪いがまずは倒させてもらう」

 宗次郎は刀を抜き、その刀の峰で数十発、震える鬼を打って気絶させた。その口に塩を詰め、酒を注ぎ込み、次いで酢を流し込む。鬼はむせながら起き上がり、胃の中の物を吐いた。それは黒々としている獣の臓物であった。鬼は荒い息を吐きながら、宗次郎に礼をいう。

「俺は海音寺将五郎。俺の中の鬼は?」

「お主に鬼などついておらぬ。これは呪いよ。葉山厳顔のしわざのな」

「呪術? なぜ俺を生かす?」

「話を訊いて、さぞかし胆力のある坊主なのだろうと思った。殺すには惜しいし、怨なくば殺さず。それが神羅舞心流」

「神羅舞心流?」

「呪術家殺しの田舎拳法よ」

「殺してくれ。一思いに」

「なぜ?」

「俺は妻子を、お時と正を殺した!」

「そうさせたのは葉山厳顔。お主がしたことではない」

「生きろというのか? 俺に?」

 海音寺はおいおいと泣きだした。宗次郎はその肩に手を置き言った。

「お主がその苦しみに耐えて生きること以上の供養はないのだぞ?」

「お時、正ぁ!」

 海音寺の絶叫が、夜の空に響き渡った。

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