表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

戦国サバイバル~徳川家康に転生したので楽勝だと思っていたら影武者ルートだった件について~

作者: ソルト

逆行転生物ネタの3つ目です。とりあえず読みきりで作りました。4つ目は当分書けそうにありません

お断り 昨今小説家になろうにて無断転載される事例が発生しております。






其の為此処にてお断りしておきます。






この作品は 私ソルトが書いたもので小説家になろうにのみ投稿しアルファポリス・ツギクルにリンクが張ってある以外は無断転載になります。



















 気が付いたら{ホワイトアウト}になってた。


 どうやら死んだと言う事が判った。


 神様が居るらしい事、生まれ変わらせてくれると言う事がなんとなく判った。


 そんなに大それた望みは無いけどいい暮らしはしたいし綺麗なお姉さんと仲良くできる人生にして欲しいよね。其の願いをかなえてくれる?歴史上の有名人?……徳川家康?マジですか?


 徳川家康といえば誰でも知ってる歴史上の人物だよね、時代劇や小説で脇役で出てくる武将より別格の知名度の持ち主だ。後の織田信長、豊臣秀吉と合わせて三英傑と呼ばれておりそれ以外の武将の様に小説の主人公にしても知名度が無いからタイトルに名前入れるななんて哀しい事は絶対に言われない。


 転生して暫くはそう思っていたんだ。


 でもおかしな事だとはうすうす気が付いてた。なんで産まれた家の暮らしが貧しいのか、確かに衰えたりと言えど松平家は三河の領主の家なのだ、こんな狭いボロ家に暮らすのはおかしいだろう。


 ある日家にボロボロの衣を纏った坊主がやって来た。


 坊主はじろじろと俺を見て親に言った。


「中々賢そうな面構えだ、いいだろう買った!」


 そして俺は売られた。





 それからは修行の日々だった。経を読むのは当たり前、商家や豊かそうな家の前に立って施しを受けて回り、日々の糧を稼ぐ、子供の方がそういうのには向いていると聞かされた。


 坊主は諸国を巡り色んな所に顔を出した。ある時は大きな城下の寺に出向きそこに滞在して歩き回る。その間は俺は施しを受けて回り、その内施しを受けた家の情報を集めてくるように言われた。


 家や店の者たちとの会話、その地の領主の話やうわさ話になっている事など、いろんな事を聞いては書き記し渡す。その為に文字の書き方は最初に教えられていたんだ。


 おかしい、なんかおかしい、これは本当に徳川家康なのか? 神様が間違えて転生させたのかと寝る前に自問自答する日々だった。それ以外の時には考えないのかって? そんな余裕は無いんだよ! 油断すればころりと死ぬ世界、正に修羅の国其のものだ。

「おい、お前の名前はこれから次郎三郎だ、世良田次郎三郎とこれからは名乗れ」


 ある日坊主が俺にそう言って侍らしい格好をさせて俺を連れていった。


 場所は駿河の国と判った。これまで全国いろんな場所に行かされたからな。自然に判る様になった。



「その小僧が例の……か」


(こ・怖ええ、なんだこの坊主は)


 俺はある寺に連れて行かれ其処の住職らしき坊主の前に座らされた。


「ふむ、肝は据わっておるようだの、次郎三郎と言ったな。そなたはこの儂の弟子となり見聞を広げるのじゃ」


 顔は笑っているのだが目がまったく笑っていない。背筋に汗が滲んできた。


「し・師よ、御名前は?」


 この言葉を搾り出すのが精一杯だった。


「ふむ、問いが出来るか、良きかな・良きかな、儂は太原雪斎と申す生臭坊主よ」


 た・太原雪斎! と言う事はこれは!


「お前は儂の下で修行し立派な武将になるのだ。そう三河の松平家嫡男として、そして今川の御屋形様の忠実な武将としてな」


 な・なんだってー、影武者ルートだったのか! 神様も意地が悪すぎる!


「ですが、松平家嫡男と言っても自分は……」


「素性も知れぬ出自だと言いたいのか? お前の生家について教えてやるとするか」


 雪斎の言うことには、俺の生家である世良田家は新田義貞で知られる新田家の一族なのだとか、だが南北朝の戦いで敗れた新田一族は足利家に追われ姓を変えて世を忍んで生きてきた。


 世良田もその一つで、願人(肉食妻帯している修験者)として暮らしていたと言う。


「だがお前の父親は修行中に谷に落ちて死に、生活に窮した家族はお前を我が手の者に売ったのだ」


「何故自分を買ったのですか? 自分は修行も碌にしていない小僧だったはずです」


「全ては今川の為、儂が育てた芳菊丸(今川義元の幼名)の為よ、お前のような子供を引き取り修行させて各地の情報を集めさせる、情報は財産じゃ、それを使って今川を強く大きくするのが儂の野望よ、今川が海道一となり何れは天下の宰相となる、それが儂が生涯をかけるに値することなのじゃ、じゃがお前にはそれ以外に役に立つことがわかったのでな」


「それが松平家の嫡男ですか?」


「よくわかっておるではないか、先年織田より取り返した竹千代とそなたが瓜二つだと聞いてな、絶好の機会じゃと思ったのだ、三河の松平家の当主が今川に忠実な人物になれば大きな力となるからな」


「竹千代では駄目なのですか?」


「駄目だな、あれは完全に織田に染まっておった。織田の嫡男吉法師とか言ったか、あの者は大した逸物よ、恐らくは当主の信秀よりも優秀だな。代替わりをした後は織田は手に負えなくなるかもしれんな」


 その読みには激しく同意です。もちろん禅師とは違い未来を知る故ですけど。


「すでに手は打った。今頃、本物は岡崎より付いてきた者たちと共に仲良く極楽に行っておるだろう、其れがせめてもの慈悲というもの」


 うげ、すでに竹千代ほんものは亡き者か、前世で読んだ{家康の影武者}という漫画にもなった作品では入れ替わりは関が原の合戦の後だけどこの世界では竹千代時代か!


「安心せよ、替わりの御付は岡崎からやってくる、竹千代おまえに会ったことも無い者達だから問題は無い」


「左様ですか、ですが家族はどうするので?さすがに誤魔化されないでしょう」


「竹千代の祖母に当たる華陽院か、確かに彼女はこの駿河に居るが彼女も竹千代を見たのは赤子の時以来じゃからな、大丈夫じゃろうがもしも疑うようなら……」


 消すということか、今川の手の内にあるのならその辺は自在というわけだな。


「母親の方も水野家に戻され再嫁したが織田方では会うこともあるまいし、父親の方も既にこの世に居らぬ」


 どうやら手の者が広忠の傍に居て消したようだ。


「そう言う訳で心配するな、お前は竹千代として振舞っておれば良いのじゃ」


 もちろん今川の思惑に逸れた動きをすれば消されるのか。


「この事は、師以外の今川家中の皆様はご存知なので?」


「秘密じゃ、御屋形様も御存知では無い、この事我が一存にて行いし事よ、左様心得るように」


「はっ!」


 とんでもない秘密だな、だが雪斎かれも知らないことがある。


 それは次郎三郎おれが転生者である事、未来を知る者である事だ。



 今川での人質生活は一言で言えば優雅、いかなる時にも其れが求められる。


 和歌や蹴鞠等した事も無いのにしなくてはならない、唯あの{うつけ}の所に居たせいで知らなかった事に対しては逆に同情されて懇切丁寧に指導してくれた。特にあの今川氏真は非常に親切で田舎者といじめられると思っていたのに拍子抜けしたよ。


 ま、いじめが無かったわけでもない、特に孕石とか孕石とか陰湿に田舎者呼ばわりしてきやがる大事な事なので二度呼んだ、いつかこの恨み晴らさでおくべきか。


 御付の家来たちは一新された、山で事故に会い死んだ事にされて、恐らく本物の竹千代と共に眠っているのだろう、南無~。


 その為俺の顔を知らない者たちばかりで気が楽である。


 国許では城代をやっている連中が好き勝手していそうだが、知らんがな。


 正直今だ雪斎が健在なので迂闊な事は出来んのだよ。


 小さな違いはある物の大凡歴史は俺の知るとおりに流れているようだ。という事は桶狭間も当然ああなる訳で、動くとしたらそれからだよな。



 数年が経ち俺は結婚した。相手は歴史通りに関口親永の娘・瀬名姫だった。


 話が出たとき雪斎に相談しに行った、この頃雪斎は病で伏していたのだ。


「よき話じゃ、受けるが良い」


「良いのか? 俺は竹千代ではないのだぞ」


「お前は既に松平次郎三郎元信、元服と同時にその名乗りになり妻を娶る。そうして今川に忠実な藩屏となり御屋形様に天下を取らすのじゃ」


「師よ……」


「御主が影であることを知るものはすべて居なくなった、これからはお前が儂の配下を統率せよ」


 ここまで俺は雪斎に忠実に動き続けた、その為に彼の信頼を得たようだ。しかし、真実を知るものをすべて粛清するとは……


 遠くない未来に起こる桶狭間、其れが来るまでは俺は演じ続けよう。忠実な松平元信という男を。


 瀬名姫との婚儀が無事に終わり二人だけになる、彼女は転生前の俺の持つ美意識からしても十分な美少女である。年が二つ上というのは置いといてもだ。


「元信様、不束ながらこの瀬名、妻として元信様を支えていく所存、どうか可愛がって下さい」


 まだ初心な彼女に罪悪感を感じながら、俺たちは名実共に夫婦となった。



 太原雪斎が亡くなった時、元信は大いに嘆き慟哭したという。かけがえの無い師を失った為だろうと皆噂し、義元は弟弟子にあたる彼に益々好意を持つようになっていた。


 その後初陣を飾った元信は僅かな時間であったが子供にも恵まれ穏やかな時を過ごした。だがその時は迫りつつあった。


「皆の者、これより今川は悲願の尾張への侵攻を開始する。此度こそ織田を叩き尾張を我が物とするのだ」


「「「「「「おおっー!!」」」」」」


 評定の広間は興奮の坩堝と化していた。


 ようやく体制が整い尾張への侵攻が決まったのだ。尾張を支配するのは織田家であったが元々今川一族が守護を務めていた事から領地の奪還という面が強かった。


 義元は興奮する家臣たちを満足そうに眺めて松平元康(先年元信より改名)に声を掛ける。


「元康も先手を勤める身、励めよ」


 これに元康は頭を下げ答える。


「承知仕りました、元康は粉骨砕身し御屋形様を尾張にて凱旋できるように勤めまする」


「良くぞ言ったそれでこそじゃ!」


 何も知らない義元は破顔して傍の氏真に話しかける。


「このように若き武将が育っているのは目出度いことよ、必ずや氏真を支える者となってくれよう」


「御屋形様、ありがとうございます。元康、頼りにして居るぞ」


「ははッ! お任せください」


 慇懃に礼をする元康に対して益々上機嫌になる義元であった。


 その後酒が運ばれて宴となり終わってから屋敷に戻ったのは随分夜も更けていた。 遅くなると使いを出していたのに瀬名が起きていたのに元康は驚いた。


「こんなに遅くまで、寝ておれば良かったのに」


「殿がお帰りになるまで待ちますわ」


 その健気さに元康は驚く、彼女については高慢な悪女だという知識があったのだがこれまでその様な事はまったく感じられなかったからだ。


(後世の言い伝えって当てにならないものだな……今川が滅んだからそうなったのか)


 彼女を抱き寄せながら元康は思う。


(彼女を不幸せにしたくない)と。




 出陣が決まり元康も岡崎衆と合流する為に三河の大樹寺に来ていた。


 本来の居城である岡崎城に入らなかったのは城代に遠慮して……という訳でなく下手にあの城に帰還すると岡崎衆が暴発しかねないと報告を受けていたからであった。


 その報告を受けて元康は呆れたが、先代の広忠を失った後に彼らは残された竹千代を慕うあまりの事と聞かされた彼は内心で思う。


(家康の家臣たちの忠誠の高さは後の世までの語り草になったほどだけど度が過ぎているんだよな、これに本音では手を焼いていたんじゃなかろうか本物の家康も)


 里帰りの時の彼らの狂乱に近い歓迎振りを見てドン引きだった元康は具足をつけた状態で床机に腰掛けて思う。

 この度も集まってくる者たちの高揚振りを見て心が冷える一方であった。


 (こりゃ早いとこまともな家臣を増やさないとな)


 内心でそう思いつつにこやかに彼らを迎えるのであった。



「我等岡崎衆には尾張侵攻への先手と言う栄誉が与えられた。ここで手柄を立てれば松平家の今川での地位は磐石な物となり三河の旗頭として……」


「彦右衛門! その様な事は言うな! 我等は今川に良い様に使われる為に出陣するのでは無い!」


 元康が竹千代と入れ替わった後に駿府に来て近侍した鳥居元忠が今回の出陣の意義を説明しようとすると岡崎に残っていた家臣が口を挟み、それに同意する声が口々に上がる。


(思っていた以上に頑迷固陋な連中だな)


 元康はこのやり取りを醒めた眼で見ていた。


「この戦に勝たねば我等の明日は無いのだ! 戦うのみ!」


 同じように駿河に来て仕えていた本多忠勝が噛み付いた。彼らは元康が影武者とは気付かずに忠信を持って仕えて呉れており数少ない味方であった。


 このままでは纏まらないと感じた元康は口を開いた。


「そなたらが危惧する事は判る。だが儂は今川の一族から妻を娶り御屋形様の信頼も得ている。今川は松平を必要としているのだ。今川の尾張制覇に貢献し三河に松平ありとされれば必ず御家は栄え皆々に報いる事も出来よう、そなたたちの力を馳走してくれ」


 この発言は功を奏し、皆従って出陣することになった。表面的にはである。



「岡崎に居る者達は我等がどの様な思いでいるのか判らないのです!」


 評定の後駿河からの側近たちのみになった時、本多忠勝がはき捨てるように言った。


「彼らは過去の栄光の時代が忘れられないのですよ、殿の祖父に当たる清康様の時代の事をね」


 鳥居元忠が悔しそうな顔をしながら言う。


「尾張を御屋形様が攻め取ればその様な声は出なくなるだろう、それよりもこの戦で我等が活躍せねば御屋形様の期待を裏切る事になる。それは避けたい、元忠、忠勝、やれるな?」


「その事についてはお任せを」 「我等が衆を引っ張って行きます」


「うむ、任せたぞ」


 彼らが退出した後元康はおもむろに手を二回打った。すると隣から部屋にするりと入る者がいた。


「聞いていたな」 「はい」 「調べてもらいたい」 「なんなりと」


 目の前で頭を下げる僧形の男に指令を与える元康であった。



 やれやれ、思った以上に三河武士って面倒くさい連中だった。本物の家康もこの後井伊直政や榊原康政とか重用していくのはこの為なんだろうな。今は入れ替わった後に駿河に来た本多忠勝や鳥居元忠等が頼りなんだよな。彼らは俺が入れ替わりとは知らない為かいい具合に教育せんのう出来たので岡崎に残っていた奴らとは違って良く世の中が見えている。そうなるように色々連れ回して教えた甲斐があるというものだ。


 さて、このままの流れでいけば桶狭間の戦いの流れになるよな。流れに任せたいところだが問題がある。


 織田信長が俺を偽者と見破る可能性だ。恐らく、いや間違いなく見破られる。それに今の俺を影で支えている連中、雪斎の作った{組織}は俺が偽者と知るものは居なくなっているが、あくまで{今川}を支える為の組織という事だ、その長たる俺が今川を裏切ればどうなるか、良くて離反、悪ければ粛清されるな。


 となればここは今川を勝たせる、最低でも義元を死なせないようにするしかないのだがその後の展開が読めなくなるな。


 織田信長がここで義元を討ち取れないと尾張の完全な統一も出来ないだろうし、美濃も取れない事になり、結局一大名で終わるかもしれん。それどころか天下統一が行われないか大幅に遅れるかもな。


「まあ、悩んでもしょうがないな」


 戦場を完全にコントロールするのは難しいし、今の松平勢では大したことはできないだろうしね。


「とりあえず義元を死なせないように注力するか」


 明日は出撃だ。早く休もう。



 岡崎を発った松平勢は取り決めどおり進軍し、義元本隊と合流する。総勢二万と呼号する今川軍の威容に元康の家臣たちは圧倒されたようだった。


「元康には大高城へ兵糧を届けて貰いたい」


 義元から与えられた指令は元康の知る通りの物であった。


「ははっ、直ちに」


 素早く本陣を出た元康は鳥居元忠と本多忠勝を呼び寄せる。


「我々松平勢には大高城への兵糧輸送の任が下った、そなた達は手勢を率い寺部城に向かい城下に放火等して参れ」


「敵の注意を寺部城に向かわせるのですな」


「そうだ、織田勢が寺部城に向かっている隙に大高城に本隊が向かう、任せたぞ」


「御意!」


 自分の部隊へ走り去る二人を見ながら元康は大樹の傍に立った。


「状況は?」


「はっ、織田信長の動向は手の者が掴んでおります、また今川本隊の方にも潜り込んでおります」


「よろしい、信長に動きがあれば知らせよ」


「はっ!」


 大樹の傍らで交わされた会話を聞いたものは当人たち以外だれも居なかった。



 尾張 清洲城


 前日の軍議で篭城か出撃で揉めていたこの城に急使が飛び込んだ。


「丸根と鷲津の砦に今川勢が襲来!」


 この報を聞くや否や飛び起きた織田信長は出陣を命じる。この時{敦盛}を舞った後身支度を整え熱田神宮に向かう、到着時には僅か供は五名であったが続々と集まり三千の軍勢となった。


「此の侭我等は善照寺砦に向かう!」


 向かいながら信長は傍を走る小男に話しかける。


「禿げ鼠、梁田からの知らせがあれば直ちに動くぞ!」


「承知!」


「今川義元! 兵の多寡が戦の絶対的な差では無い事を教えてやるぞ!」


 信長は吼える。


 その目は遠くの獲物を見据えていた。



「織田勢は善照寺砦に集結! 数は三千程です」


「判った、その動向は押さえているな」


「はっ、間違いなく」


「では、あちらに伝えてくれ……」


 矢張り桶狭間の戦いは始まろうとしていた。だがそれは俺にとっては死刑判決を受けるようなものだ。絶対に阻止する。


「忠勝! 皆を集めよ!」


 兵糧を無事に持ち込んだ大高城の一角に松平勢の将が集まった。


「皆の者、織田勢が最後の足掻きをしてきた、当主織田信長が出陣し、御屋形様の本陣に切り込むとの知らせが入った」


 俺の声にどよめきが起こる。


「我が松平勢はこれより城より出でて織田勢を追撃する」


「お待ちを!」 「我等が今川にこれ以上肩入れする事はありませぬ」


 重臣たちは口々に止めに入る。だが。


「ここで動かずにいつ動くというのだ! 織田勢は長年の宿敵、我等で討ち取り松平の名を挙げる好機ぞ!」


 俺の激に忠勝が答える。


「出撃だ!」


 俺たちは向かう、戦場いくさばへ。



田楽狭間



「あれは間違いなく今川義元の旗印です」


「良くやった梁田よ、皆々! あれに見えるは敵の総大将の陣! 打ち掛かり手柄首を挙げよ!」


「「「おう!」」」


 豪雨の中死闘が始まった。


「こいつら織田勢か!」


「防げ! 御屋形様に近づけるな!」


 奇襲に今川勢は必死の抵抗を試みるが勢いは完全に織田方にあった。


「今川の陣に綻びが出来たぞ! 大将を狙え!」


 織田勢から武者たちが雪崩れ込む。


「大将は! 今川義元は何処だ!」


 彼らは大将が座っていたであろう幔幕の中の主の居ない床机を発見する。


「掛かったぞ! 銅鑼叩け!」


 後ろに控えていた武将が指示すると銅鑼を持った兵たちが打ち鳴らす。


「右より今川勢が!」「左からも!」


「正面に新手が!」


「挟まれた? 罠か?」


 突入した織田勢を三方から新手の今川勢が襲い掛かる。


「後ろにも軍勢が! 旗印は井伊勢です!」


 その言葉を聴いた信長はすぐに決断する。


「権六! 右に向けて逃げるぞ! 進め!」


「応! 掛かれ! 皆掛かるのだ!」


 傍に控えていた柴田勝家が吼える。掛かれ柴田の名は伊達ではなかった。


「殿!殿しんがりは某が!」


「犬千代! 居ったのか!」


「御免!」


 織田家を放逐されていた信長の側近であった前田利家が井伊勢に掛かっていく。


 織田勢の奇襲は失敗に終わった。



 善照寺砦近くの山林


 織田勢は散りじりになりながらもようやくここまで戻ってきた。数は既に五十人を切っている。それでも信長を中心に柴田勝家や佐々成政などが付き従っていた。


「何とか虎口を逃れたか」


「早く、善照寺砦に入りましょう」


「犬千代も皆も帰らなかったな」


 そう言いながら進もうとすると鬨の声が上がる。


「旗印は松平です!」


「是非にも及ばずか」


「殿、お逃げくだされ、この柴田勝家、死にたい者から掛かってまいれ!」


  松平勢に打ち掛かる柴田勝家は正に鬼人であった。



「信長の首は見つかりませんでした」


 新たに作られた今川本陣で首実検が行われた。


 柴田勝家、佐々成政、それに前田利家も討ち取られた。


 だが、信長は討ち取れなかった。


「元康、そなたの策のお陰で命拾いしたぞ」


「亡き師が用意してくれた策でございます。何かあったらこの袋を開けよと」


 俺は用意していた錦の袋を取り出す。その中にあったのは信長を嵌めた包囲策{釣り野伏せ}である。もちろん本物の雪斎ししょうの策ではない、師の代理で書を書いていた祐筆役の坊主に書かせた物で予め用意して置き本陣に詰めていた朝比奈元長に配下の坊主を使って渡したのであった。


 そして松井宗信、蒲原氏徳、井伊直盛らが伏兵を勤め見事織田勢を撃破したのであった。


「信長を討ち取れなかったのは残念でした」


 本当に残念だ、俺の正体を見破れる存在を生かしてしまった。


「なに、手勢の殆どを失ったのだ、もはや信長は死に体よ」


「このまま尾張に雪崩れ込めば何れは頸も獲れよう」


 皆は勝ち戦に喜んでいる。


「殿、信長を取り逃がし申し訳なく」


 本多忠勝が申し訳なさそうに言うが。


「何を言う、そなたはあの{掛かれ柴田}を討ち取ったではないか、そなたの働き嬉しいぞ!」


 そう言って肩を叩く。そうだ、良くやってくれた。信長はしぶとい、簡単には討たれないだろう。


 これで歴史は変わるだろう、今川義元は討たれずに、織田家はこのまま滅ぶかもしれない。


 だが後悔はしていない、徳川家康として天下を取れるかどうかは判らないがこの戦国の世泳ぎきってみせる。


「新しい馬印を作ろうか」


「どの様な物ですか?」


「{厭離穢土 欣求浄土}だ、この戦国の世は誰もが己の欲望の為に戦をしているから国土は穢れ切ってしまっている。その穢土を厭い離れ、永遠に平和な浄土を願い求めれば必ず仏の加護があるという意味だ」


「よき思案にございます、必ずや殿はそれを成しますとも」


 元忠が破顔する。


 こうして桶狭間の戦いは今川が勝利し、尾張侵攻作戦は本格的に始まった。


 天下は統一できるのか? そして家康かげむしゃは覇者になれるのか? それは誰にも判らない。 ただ流れる時間だけが知っているのかも知れない。



ご意見感想がありましたらお願いいたします


連載前提ですが直ぐにはご希望に添えないかと思います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 連載になったら嬉しいです(^_^)
[一言] 遅まきながら乙です。 影武者徳川家康は手垢がつくほど読み返しましたのでこういう話はご褒美です。 捨て童子松平忠輝とクロスしてる部分なんかはニヤニヤして読み返しました。
[一言] 影武者徳川家康とはまた違った、骨太な感じの主人公に好感触。 史実を躊躇わす投げ捨てるのもグッド。 これは素直に続きが読みたいと思ってしまいました。 難しいかもしれませんが、気が向いたら執…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ