前へ目次 次へ PR 23/37 善と悪[2] 何故なら、悪は悪でその行為によって必ず報いがあるからです。つまり善と悪は相反するものでありながら、善は善として作用反作用と釣り合いが働き、悪は悪として作用反作用と釣り合いが働き、最終的には悪は無くなるべきと考えられる行為だからです。それが利他愛を育てるためには欠かせないのは誰もが想像できます。 ──作用反作用の章で一歩でも一ミリでも進まないといけないと言ったのは、悪の分量を少しずつ減らさないといけないという事と同意です。