第九話 デート
「いつまでそうしているつもりだい?」
寝そべる俺にエルミカが問う。理由なんか分かりきってるだろうが。
「何もする気にならない。
世界というのは非情だ」
「スケールがでかくなったね。
君達人間は下らない事ですぐ気落ちするが、それでは非生産的ではないか?
明るく生きろとは言わないが」
「お前ら長寿っつーか不死身野郎と違って人間は繊細なんだよ。
一分一秒を必死に生きてるだけに心は思いの外脆いんだ」
「なるほど。扱いが難しいわけだな」
「おい、こっち見んな」
どうやらエルミカはまだ人間がどういうものなのかわからないらしい。
つーかね、勇者になって死ぬ思いをしながらも悪魔と戦っていたのも全て願いの為だった。愛叶と両思いになるってのはまぁ我ながら動機としては弱いとは思うけど、俺にとってはそれが全てだし、命を懸けるほどの価値があったんだ。
それなのにそれが不可能となったわけだ。見返りが返ってくる可能性も無く、勇者となった意味はまるで無し。これが落ち込まずにいられるかよぉおお!?
もう俺に構わないでくれよ。ふて寝させてくれよ。
エルミカの呆れ顔が目に浮かぶが、しばらく放っておいてほしい。
その時、家のインターホンが鳴った。
「………………」
俺の今の下宿先に俺以外の人はいない。
つまり、客が来れば俺が出るしかないのだが、気が滅入っているこの状態に客の相手は酷なのだ。
居留守を使おう。この結論まで一秒もかからなかった。
しかし、インターホンは一回では済まなかった。
ピンポーン、ピンポーン、ピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポンピンポン
うるせえぇぇぇええええええええええ!!
誰が見ても明らかな不機嫌顔でようやく重い腰を上げ、一つどころか十くらい文句を言おうと扉を開けた。
「おはよ、秋人」
「え、愛叶!?」
文句など頭から飛び、思いのよらぬ相手につい破顔した。
「誰かいるの?
会話してるように聞こえたんだけど」
「え、いや、誰もいないよ?」
愛叶に先日の騒動の記憶はない。
愛叶だけでなく、あの日関わった人間全てだ。
この間のような騒動が世間に広がってしまえば、俺やエルミカは動きづらくなってしまう。当然の対処だ。
しかしな、それなら俺の望みを叶えることは容易いのではないか? という疑問が湧いてくるが、記憶を弄るのと暗示を掛けるのとでは全く違うらしい。
記憶を弄るのに槍のようなものを使っていたしな。
そんなことは置いといて、一体愛叶は何をしに来たのだろうか。あの日の事を綺麗さっぱり無かったことになったんだとしたら、俺達はまだ仲直りすらしていないことになるんだが。
「話をしたかったんだ」
「話?」
「うん。この間さ、一緒に帰ったじゃない?」
笹屋とレヴィアタンに襲われた日か。
「その日のこと、どうしても思い出せなくて。
多分、なにか話したよね?」
完璧に記憶を失ってますわ。
なんか意識すると余計に悲しくなるな。まぁ仕方がないことではあるけれど。
「あ、愛叶。その時のことなんだけど、ごめんな」
「なんのこと?」
へあ? 覚えていないのか?
――――――君がまたぶつくさ言うと思ったからね。君達の喧嘩の要因となった出来事も記憶から消しておいたよ。
エルミカからの声。
マジか。そんなことができたのかよ。
それなら蟠りが無くなっているのも納得。俺の望みの半分は叶っていたということになる。
「ねえ、私から質問したのになんで勝手に納得してるの?」
「あ、ごめん。
………………えっと、何を話してたってことだっけ? あれは確か――――」
告白しようとしたな。
…………このタイミングで言えるわけがないだろう。
「んー? 俺も覚えてないなー」
「嘘つくにしてももっと上手くやりなよ」
一瞬でバレた。何故だ。
「自分からその時のことって言ってるのに覚えてないだなんて言い訳通じるわけないでしょ?」
自分が思っていたよりも苦しい嘘だったようだ。
さて、どう切り抜ければいいだろうか。
「なあ愛叶」
「なに? ようやく話す気になった?」
「過去に拘りすぎるのは、良くないんじゃないか?
過去は所詮過去。過ぎ去りし思い出のあの頃には戻れないんだ。
そんなもののためにいつまでも心を馳せていると時間が勿体ないと思わないか?
俺達若人がするべきことは後ろを振り向いて立ち止まることじゃないんだ。
前を向いて、未来を見据えて歩むことじゃないのか?
この話はこれで切り捨てて、将来の話としようじゃないか。
そうだそうしよう。
そういえば愛叶は進学先決まったのかい?」
「とてつもなく強引すぎる話題変更をありがとう。
どうしても話したくないっていう気持ちは嫌っていうほど分かった」
理解できたようで良かった。
しかし納得はしていないようで、膨れっ面になりそっぽを向いてしまう。愛叶がやっても可愛いだけなんだけど。
それにしても、記憶の操作か。暗示といい天の使いとやらは相当なんでもアリのようだ。
一瞬、脳の奥底でチクリと痛覚が反応する。
何故だろうか。疑問はすぐに消えてしまった。
「そういえば、おじいちゃんがたまにはご飯食べに来いって言ってたの思い出した」
「唐突だな………。
そうなのか。その内行こうかな」
俺は七年前に両親を失ってから児童養護施設で暮らしていた。
そして、愛叶も同じ施設にいた。
小学校を卒業する頃に、実の祖父母が愛叶を引き取った。なんでも愛叶の両親とは勘当同然だったらしく、愛叶の存在を知ったのもその頃だったらしい。
そこで三年ほど離ればなれになってしまっていたが、それはまた別の話。
愛叶のおじいさんは俺にあまり良い印象はなかったと思うんだけどな………。
「まぁとりあえず、長く立ち話もなんだから上がるか?」
「あの日の事を話してくれるんなら上がろうかな」
「よし、じゃあ散歩にでも行こうか」
「頑なに話したがらないね」
話したところで今の愛叶じゃ信じようとしないだろうし、凹むだけなのは目に見えているのでね。
どうせならということで大型ショッピングモールに行くことに決まった。
すなわち、デートである。
勝手にテンションが溢れてくる。意気揚々と準備をしていると、エルミカが話しかけてくる。
「悪魔の動きがあるかもしれない。
用心を怠らないようにね」
「ふん、悪魔ごときにデートの邪魔などされてたまるかよ」
「その意気だ。
特に琴羽愛叶と共にいる時にはね」
「は? おいそれどういう意味だ」
「そんな顔をすることはないだろう。当然のことだ。
彼女は七大悪魔と接触し、自覚していないが聖力が増幅した人間だ。
そんな彼女が君と共に行動していれば聖力に反応して再び大きな力を持った悪魔が君達を襲うかもしれない。
用心に越したことはないんだ」
「んだよ………それ。
おい、愛叶が一人の時はどうなんだよ」
「彼女の聖力自体は増幅したとは言え微々たるものだよ。
彼女自身を狙う悪魔はいないだろう」
その言葉で、少しばかりホッとした。
しかし、困った。愛叶と一緒に入ると悪魔と接触するリスクが高くなるということだな。
「…………答えはなんとなくわかるが、一応聞くぞ。
俺から聖力を消したり封印したりすることはできるか」
「不可能だよ。
解放した聖力は永遠に君に宿り続ける。
それは琴羽愛叶も同様だよ。
………………まぁ例外はあるけどね」
予想通りの答えに舌を打つ。
「じゃあ俺は勇者になった時点で戦いは避けられないわけか。
しかも願いは叶わない。契約違反だろうがよ」
「こういうリスクが発生することは予想できていたはずだよ。それを怠ったのは君だ。
今更私に文句を言ったところでどうにもならないしね」
再び舌を打つ。
「とりあえず、お前が本当に最低な野郎ってのは再確認した。
もう勇者活動なんてたくさんだ」
「君がそんなことを言ってもレヴィアタンを撃退した事実は無くならない。
既に悪魔は君に目をつけているはずだ」
「関係ねえよ。向かってくるならぶっ倒す」
軽く言い争いとなり、エルミカを置いて家を出た。
そして間もなく、エルミカの予想通りの事件が起こる。