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第八話 七大悪魔

 遥か昔、まだ世界という概念すら存在していない頃、神は二つの生命体を生んだ。

 その二つは生まれて間もない頃からいがみ合い、衝突を繰り返していた。

 やがて二つの生命体は力を得た。

 一つは光と融合し、光の聖霊となり、一つは闇を乗っ取り、闇の権化となった。

 それらは後に『天使』と『悪魔』と呼ばれる存在だった。

力を得たために闘争は激化し、ついに神を呼び出すこととなる。

 神は三つの世界を創り出し、『天使』と『悪魔』を別々の世界へと追い込んだ。そこで世界という概念が生まれた。

 『天使』の世界は『天界』と呼ばれ、『悪魔』の世界は『魔界』と呼ばれた。

 そして『天使』と『悪魔』の果てなき闘争の地となった脱け殻の世界、そこにはなんの力を持たない脆弱な生命体、『人間』が生まれ、『人界』と呼ばれることとなった。


 『天使』と『悪魔』の闘いは未だに終わりを告げることなく、『人間』を巻き込み、さらに続いていく。





 魔界にはなにもない世界である。

 比喩などではなく、本当になにもないのだ。

 悪魔達の無意識に発する魔力や障気と呼ばれるものが漂い、厚い雲となって世界を覆い、水は干からび、草木はどこにも存在しない。

 その死の世界にたった一つだけあるものが、城である。

 城といっても西洋の城のように凛々しいものではなく、巨大な岩石を積み上げ、無理に城の形を造り出した無骨なものだった。イメージで言うなら日本風の城に近いだろう。

 その城の最奥には、死の世界とは不釣り合いな神々しい施設があり、天国や地獄、あの世、魂の還る地、様々な呼ばれ方をするそれがそこにはあった。

 とても機械的で魂や聖力、魔力を保管する本体から太いパイプが伸びており、無数に並ぶ透明で液体の入った縦長の容器に繋がっていた。

 その隣には横長の石机があり、七つの椅子が用意されている。

 その一つの蛇の刻印のついた椅子の上にある縦長の容器が激しく泡立ち始めた。


「あら、誰か死んだようですね」


 蠍の刻印のついた椅子に腰掛ける漆黒のドレスを着た女が発した。


「どうせまたレヴィアタンだろ?

 あいつは弱いくせに油断してすぐ死にやがるからな」

「おいら、レヴィアタンきらい」


 かなりの筋肉質だが、熊の刻印のついた椅子の隣に怠そうに寝そべっている男と、豚の刻印のついた椅子に収まりきっていないずんぐりむっくりとした舌の長い大男。

 他にも人間と変わらない姿をした者が数人いた。


「………………本人が死んでいると思って好き勝手言ってくれるな」


 泡立っていた容器から黒い塵のようなものが現れ、生首が出現する。

 その正体はレヴィアタン本人だった。


「うお、顔だけ再生させるなんて器用な真似するな」

「それができるだけ死んでいるということですね。

 威張れることではありません」


 悔しそうに顔を歪めるレヴィアタン。


「油断しただけだ!

 乗っ取っていた人間の魔力が弱くならなければ確実に殺せていた!」


 レヴィアタンは叫ぶが、誰にも相手にはされていない。

 敗北してからそんなことを言ったとしても、他者からは負け犬の遠吠えにしか聞こえない。


「くそっ、体さえあれば………!

 おいっ、ベル! 魔力が必要だ、どこかそこら辺にいる手頃な悪魔(やつ)を殺して魔力を集めてこい!」

「いやだ。おいら、レヴィアタンきらい」

「なんだと………!?

 ならアスタロトやアスモデウスでもいい!」

「ああん?

 なんで俺が負け犬のために動かなきゃなんねえんだ?」

「お断りします」

「き、貴様らぁぁああああああ!!」


 正に一触即発といったところだった。

 手足があれば、レヴィアタンは確実に同胞に向けて攻撃していただろう。

 そんな最悪な雰囲気の中、竜の刻印のついた椅子に座る武将のような男が立ち上がった。


「黙れいぃっ!!!」


 一喝。

 それだけで空間が揺れ、直後に静寂が訪れた。

 わずかに魔力が込められており、弱い悪魔ならこれだけで消滅していただろう。

 

「レヴィアタン、これはお前の失態だ。

 大人しく回復を待て」

「だけど、このままじゃオレの気が済まないんだ!」

「二度も言わせるな、レヴィアタン」


 腰に差していた剣を抜き、レヴィアタンの入った容器に(きっさき)を向けた。


「………………!」

「貴様をこのまま復活させなくてもいいのだぞ。

 貴様は『転生のシステム』を我々が掌握しているからと調子に乗りすぎて無様に敗退を繰り返している。

 そろそろ灸を据える頃合いだ」


 レヴィアタンの顔は引きつり、サタンこ威圧感の前に何も言えなくなる。

 七体の大悪魔に力の序列はない。

 皆同時に生まれ、それぞれが人間が持つ負の感情をより強く吸収し、それを力とすることを身に付けた。

 しかし、それは魔界での話に過ぎない。

 本来の肉体で魔界から他の世界に移動する術のない悪魔だが、それをクリアするたった一つの術が、肉体への憑依だった。

 既に他の世界に存在している肉体の全てを奪い、乗っ取ってしまえば他の世界でも肉体を得たも同然であるからだ。

 しかし、それには大きな枷がある。

 それは他の世界の肉体を奪うには、自身の司る負の感情を強く抱いていなければならないからだ。

 さらにその世界での力量は肉体の負の感情の強弱によって左右される。

 レヴィアタンの場合は『嫉妬』。そのため琴羽愛叶(ことは えと)への想いから強い嫉妬を生んだ笹屋を選んだのだ。

 しかし、統間秋人(とうま あきと)の説得により嫉妬の感情そのものが揺らいだものとなり、レヴィアタンは肉体を得ても大幅に弱体化してしまったのである。

 七体の悪魔に力の序列はないことは事実だが、限定的な場合でしか生まれないレヴィアタンの『嫉妬』よりも、日常的に数多くの人間が生み出すサタンの『憤怒』では肉体を得た力量の差はかなり違ってくる。

 それはレヴィアタンだけでなく、他の大悪魔にも言えることだった。

 つまり、実質的な序列の一番は間違いなくサタンであった。

 

「俺はなにも貴様をこのまま退場にさせるつもりはない。

 機を待てと言っている」

「機………………?」


 そう言うと、サタンは剣を鞘に戻す。


「奴の計画は既に始まっている。

 貴様は奴の命があるまで待機だ」

「! まさかあいつ、動き出したのか?」


 興味の無いように居眠りをしていたアスタロトが上体を起こした。


「貴様の言う勇者は我らの計画の阻害となり得るのか? レヴィアタン」


 アスタロトの言葉に答えるつもりはないらしく、レヴィアタンを問い詰める。


「…………」

「あ、ああ。

 奴がどんな反応をするかわからないが、あの勇者は底が見えなかった。

 放っておけばさらに強くなるかもしれない………」

「そうか。

 ならば早急に対処すべきか」


 レヴィアタンからすれば自分の手で始末をつけたいところだったが、三度も同じことを言えば、恐らく本当に命は無い。

 そのために内心、くそ、と毒ずくだけに留まった。


「マモンを送る」


 今は空席となっている狐の刻印のついた椅子を見る。

 

「マモン?

 それは過剰すぎるのではなくて?」

「あまり七大悪魔(おれたち)を人界に送ってるとあの組織が黙っちゃいねえんじゃねえか?」

「おいら、あいつらきらい。

 何回も殺された」

「過剰なくらいが丁度良い。

 確実に殺せればな」


 そう言ってサタンはその場から去った。

 残された者達は重い空気の中、マモンの席を見つめる。


「これで確実にお前を殺した勇者は死ぬな」

「………………ふん、もうどうでもいいことだ」

「嘘つくなよ。

 まぁどうにもなんねえか。お前はそこから動けねえし、勇者に送る刺客は災厄の化け物だ。

 万に一つの可能性すらねえ」


 アスタロトの言う事は間違いなく、『強欲』故に狂い、意思そのものが存在しなくなってしまった悪魔――――

 レヴィアタンにとって苦汁を舐めさせた勇者(統間秋人)を直接殺すことができないのはかなり悔しかった。

 しかし、アスタロトの声も聞こえなくなるような疑問がレヴィアタンを支配していた。

 勇者(統間秋人)が扱っていた剣に見覚えがあったのだ。

 魔界や悪魔にとって特別なものではないはず。

 しかし、確かにこの目で見たと気が遠くなるほど生きたレヴィアタンの直感が言っていた。

 ということは、それはもっと別の特別なものだ。

 レヴィアタンでさえ疑問に思うことを奴は見逃すだろうか?

 もう一つの空席の椅子を見つめ、計画の先を見据え、レヴィアタンは一人笑った。

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