第七話 蘇生
守りたいと思ったんだ。
守りたかったから、必死に戦った。
無気力で、透明のような俺だけど、琴羽愛叶は俺にとって大切な人なんだ。
だから、こんな結果は認めない。認められない。
愛叶が、死ぬなんて。
クラスメイトの笹屋に取り憑いたレヴィアタンを新たな力で屠り、窮地を逃れたが、レヴィアタンの発する障気に当てられた愛叶は意識を失ってしまった。
愛叶は、助かるのか?
「まだ死んではいないはずだ。
脈を計ったり心臓が動いているか確かめるといい」
エルミカの言葉にハッとなり、確かめる。
「脈は………ある。
だけど呼吸してねえ」
「ならばかなり危険な状態ということだ。
統間秋人。君はまだ力を残しているね?」
「ああ。余力はある」
「ならやれることはある。
君のありったけの聖力を琴羽愛叶に注ぐんだ。
彼女の体を蝕む悪魔の魔力を君の聖力で相殺すれば、彼女は目を覚ますはずだ」
「上手くいくのか?」
「それはわからない。
だが、成功したケースはある。君次第ということさ」
「なるほどな………。
他に方法を探してる時間なんかねえよな。やるしかねえ」
「君なら出来るさ」
エルミカのお世辞を軽く聞き流し、俺は両手を愛叶の頭に翳した。エルミカが言うには、愛叶が目覚めないのは外部から侵入してきた魔力が脳を攻撃し続けているためらしい。なら、同じく外部から聖力を注ぎ、魔力を消滅させ、ダメージを負った脳を癒せばいい。
簡単には、いかないだろう。しかし、やるしかない。
成功させなければ、愛叶を失ってしまうのだから。
「頼む。目を覚ましてくれ、愛叶」
聖力を注ぎ始める。
悪魔にしたような注ぎ方では聖力過多となってしまう可能性がある。だからゆっくり少しずつだ。
「………見つけた」
愛叶の中に潜む魔力。そいつを駆除する。
それはかなり難しく、砂場を全て振るいにかけて、砂鉄を見つけていくような感覚に陥った。
想像以上に量が多い。魔力の破壊は出来ても、もしかしたら回復させるだけの聖力が残らないかもしれない。
「くそ、頼む。
目を覚ましてくれ………!」
精密な作業はかなり精神的負荷になる。人の体内、しかも脳付近は寸分の狂いも許されないのだ。
「っし、これなら………!」
終わりが見えた。無限にも思えた魔力の駆除を無事にやり遂げた。
しかし、ここで誤算があった。
仮にもこの魔力は七体いる大悪魔のうちの一体のものだ。
そんな簡単には、行かなかった。
「なにっ!?」
突如、増殖し始めるレヴィアタンの魔力。そのスピードは凄まじく、聖力による駆除など間に合わない。
駆除するには、魔力の増殖力に負けない程の聖力を注がねばならない。
しかし、普通の少女の身体の中でそんなせめぎ合いを行っては、愛叶の体が保つはずがない。
けど、このままにするわけには、いかない………。
「統間秋人。何をする気だい?」
「一か八か………だ」
俺は己の全ての聖力を愛叶に注いだ。
淡い白いオーラは愛叶の全身を包み、溶け合った。
成功するかどうかはわからない。間違っているかもしれない。
俺は愛叶の可能性に懸ける。
「ああああああああああああああああ!!」
絶叫を上げる愛叶。
「負けるな、愛叶………!
お前が死んだら、俺も一緒に死んでやる………」
苦しむ愛叶は次第に落ち着きを取り戻す。
脈は………ある。呼吸も安定している。成功………したのか。
「何をするかと思えば………。
君は彼女が死んでも良かったのか?」
「良いわけねえだろ。
愛叶が死んだら俺だって死んでやる。そんな覚悟だった。
けど、これしか思い付かなかったんだ」
「まさか私が君にしたように、聖力を彼女に叩き込むとは………。
君の聖力で残った魔力を駆逐し、さらに彼女自身の聖力を増幅させて治癒させるなんてまともな思考では思い付かないよ」
「うるさいな。
………まぁでも、なんとかなって良かった………」
愛叶の顔色は段々と良くなり、それが完全に回復したとの合図のようだった。
全ての聖力を使い果たした俺にもう体力さえ残っておらず、その場に座り込んだ。
「しかし、信じられないな。
ただの人間がこんなにも聖力を保有するなど」
「知らねえよ」
愛叶の方を見ると、ぐっすりと眠っている。後遺症などの心配はないようだ。
さて、当面の危機は回避しただろうか?
忘れていたけれど、愛叶が目を覚ませば、ようやく俺の願望が叶うというわけだな。
エルミカの聖力による感情操作で愛叶に暗示をかけてもらう。俺と両想いになれるようにね。
え? やり方が汚い? 笹屋に言っていたことと矛盾している? はっ、世の中結果が全てだ! 誰にも文句は言わせねえ!
「ゲスの極みだな」
「なんとでも言え。持つべき力を使わないなんて宝の持ち腐れだろ」
「しかし、不可能だ」
「は?」
不可能? さっきできるって言ったよね?
「正確に言うと、この戦いで出来なくなってしまったんだ」
「いや、いやいやいや。なんで?」
「彼女………琴羽愛叶は魔力に身体を侵され、聖力を増幅することにより窮地を脱した。
その副作用で彼女は常人以上の聖力を保有するようになったんだ」
「それはわかるさ。
それのなにが関係あるんだよ」
「聖力が高いということは、聖力に順応しているということ。
つまり、耐性が付いたんだ。
これでは私の力をもってしても聖力を使用した暗示など不可能だ」
「なん………だと………」
「こればかりはどうすることもできない。
素直に諦めるんだな」
「は? え、いや………うそだろ、おい」
そんな………だって、それって俺の望みが叶わないんじゃ………俺はなんのために勇者になったの?
「そもそも勇者が見返りを求めるというのが」
「うるせえええ!!
まったくの無駄だったじゃねえかちくしょおおおおお!!」