第五話 嫉妬
「お前は、本当に大馬鹿モンだな」
溜め息混じりに呟く。
「そろそろ余裕も無くなってきた頃じゃないか?」
エルミカが俺の顔を覗く。
…………マジか。面倒な事になってきたなぁ。
笹屋の黒く染まった腕がブチブチと筋肉が断絶していくような嫌な音を発てる。
肉体の活性と増殖を繰り返しているようで、笹屋の腕は蛇のようにうねり、伸び出す。
腕は真っ直ぐ愛叶へと向かっていくが、聖力を溜めた腕で弾く。
先日のように聖力による浄化はされない。
この程度ではダメージは与えられなかったということか。
「…………っ!?」
笹屋の逆の腕は俺の視界に入らないように地面を這って伸び、片足を掴まれ、ぐいっ、と引っ張られ、地面に引きずられた後に上空へ投げ捨てられる。
天地は逆さまとなり、弾かれた拳を戻し、俺へと叩き込み、その一撃で地面へと叩き落とされてしまう。
直撃する直前に腹部に聖力を籠めたが、完全にはダメージを打ち消すことはできず、嗚咽にまみれた。
「秋人っ!!」
「く、来るな!」
近寄ろうとする愛叶に向かって叫ぶ。そこへ笹屋が遮る。
「こ、琴羽さん…………」
「ひ………っ、来ないでっ!!」
「ッ!?」
先程と同じように手を差しのべる笹屋だったが、愛叶はそれを拒否した。
その姿に笹屋の面影は一部は残っているものの、化け物には変わりはなかった。
人間を捨てたお前に、振り向いてくれるわけがないんだ。
「う…………うわあああああああああ!!」
両手で顔を覆い、叫び出す。
そして、見境なく愛叶を襲う。
その間に俺は割って入り、笹屋の悪魔の手から愛叶を遮った。
「もうやめろよ。
こんなことしたって無駄だろ?」
聖力を籠めた拳を笹屋の腹部に叩き込み、威力ではなく距離を取らせるために吹き飛ばし重視の拳。
やはりダメージは与えられていない。
徒手空拳では、ここらが限界ということか。
「オマエサエ…………オマエサエ、イナケレバ!!」
笹屋の意識が失われようとしている。
その前に俺は、言わなければならないことがある。
悪魔に意識を支配されかけていても尚、愛叶の事を想い続けている。
一体どれだけの年月を想い、重ねてきたんだ。
もったいないな、と俺は思った。
その想いは独りよがりで、青い。
今更、俺に相談してくるぐらい、どうしようもなかったんだろう。
悩み続けて、悪魔に魂を売るくらい愛叶を想って、俺を妬んだ。
「ほんっとに大馬鹿モンだよ…………お前!」
俺の声など、聞こえないのかもしれない。
けれど、言わずにはいられない。
「もったいねえよ、笹屋。
想いははっきりしてたのに、どうして間違ったんだよ!」
腕を伸ばしてくるが、それを掴み、逆に投げ飛ばす。
壁に激突し、さらに咆哮する。
「妬むよりも、恨むよりも、お前自身がやるべき事があっただろ。
やることやらずに…………逆恨みしてんじゃねえ!」
「ダマレダマレダマレダマレ!!」
笹屋は腕を伸ばすが、その拳は左腕一本で遮られ、俺には届かない。
まったく威力がない。
動揺している証だ。
「なんだよ、このへなちょこパンチは。
ムカつくんなら自分の手で殴ってこいよ」
素早く近付き、腹部に一発叩き込む。
ダメージはあまり与えられていないが、笹屋は怯む。
「お前さ…………俺に敵意むき出しだけどさ。
お前は愛叶に対して、なんか努力っつーか、アプローチの一つでもしたのか?」
「…………ナ…………ニ?」
「努力だよ、努力。
お前は愛叶と仲良くなるために、なにか行動に移したのかって聞いてんだよ」
笹屋はなにも答えない。
「なんの努力もせずに愛叶の隣に居ようだなんて烏滸がましいにも程があるだろ。
悪魔の力を借りて告白したものなんてノーカンだ。
告白ってのは己の度胸と覚悟が必要なんだよ」
一歩ずつ近付いていく。
右拳に力を籠める。
聖力は使わず、俺自身の力で。
「お前はそれをわかってねえ。
俺と張り合おうってんなら、己自身の度胸と覚悟を持ってから出直してこいっ!」
笹屋の顔面をぶん殴る。
拳の骨が軋み、皮膚は抉れる。
痛みで涙が出そうになるのをグッと堪え、笹屋に微笑みかけた。
「それでやっと俺とイーブンだ。
これから何をすべきかなんて、俺に言われなくてもわかるだろ?」
笹屋は沈黙した。
笹屋から涙が、流れた気がした。
「ウがああアアああアアああアアああアア!!!」
途端に苦しみ出した。
笹屋を覆っていた悪魔は徐々に霧散し、黒い塵となって笹屋の体外に放出されていく。
笹屋はついに悪魔を拒絶した。
「それでいい。
がんばれ、笹屋」
次第に笹屋の姿が現れ始める。
そして、ついに笹屋から悪魔を全て排出した。
「統……………間…………琴……………羽……………さん」
解放された笹屋は、すっきりしたように、微笑みかけてきた。
やれやれ、これで終わった。
慣れない事はするものじゃあない。
というか、自分で言っておいて、ほとんどブーメランだったな…………。
「ミトメナイ」
重く低い声がした。
笹屋の方へ向くと、どす黒い塵は未だに消えていない。
「なっ、まさか…………!」
どす黒い塵はオーラとなり、笹屋を中心に渦を巻く。
「コンナケッカ、ミトメナイ!!!」
渦の頭上から悪魔は姿を現した。
その姿は萎縮してしまいそうな禍々しいものだった。
そして、再びオーラとなり、笹屋を覆い尽くした。
「うわあああああああああアアアアアアアア!!」
笹屋から苦しみの叫びが聞こえる。
くそっ、ようやく憎しみから解放されたってのに!
どす黒いオーラは笹屋の体内に入っていき、消える。
その姿は、先程のものよりも更に禍々しく、笹屋の面影など、一切無かった。
黒く巨大な蝙蝠のような翼。笹屋よりも二回り大きくなった肉体。化け物のような四肢。悪魔らしい二本の角。
どこからどう見ても、悪魔そのもの。
「フハハハハハハハ!
どうも勇者よ。ボクはレヴィアタンだ」
礼儀正しい仕草で自己紹介をした。
しかし、馬鹿にしたような笑みを浮かべている。
「レヴィ…………アタン」
こいつが、笹屋を苦しめた正体か。
こいつが、俺の計画を邪魔したやつか!!
「お前は…………絶対にぶっ倒す!!」