第四話 悪魔の能力
「愛叶、話があるんだ。少しいいか?」
帰りのホームルーム後、すぐに愛叶を呼び出した。
振り返ると愛叶の髪はふわりと靡き、憂いを帯びたような表情で「うん………」と頷いた。
教室を出るところで、ふと視線を感じ教室を見回してみたが、気のせいだったようだ。
学校から出て、俺と愛叶は歩きながら話した。
「愛叶………この間のことは、本当にごめん」
ここまでの喧嘩は久しく、まともに顔を見れなかった。
「笹屋ってやつ知ってるか?」
「クラスメイトでしょ。話したことはないけど」
一週間前にあったことを全て話した。
信じてくれるかどうかわからないけど、このまま両想いになったって、蟠りはずっと残っていくだろう。
下らない事でも、傷つけたことに変わりはない。
「ごめん。
愛叶を渡したくなかったんだ」
流れに身を任せ、思っていた事を正直に言葉にする。
「俺にとって愛叶は………大切な人だから」
あれ、このまま告白できるんじゃ?
ちなみに、愛叶と両想いにする方法は実にシンプルな方法だ。
エルミカは持ち前の聖力を使い、脳細胞にも影響を与え、記憶や感情をコントロールすることができるらしい。
つまり、暗示ということだ。
ただし何時でもできるわけではなく、俺に対して一定値以上の好意を持っていない限り、その暗示は中途半端なものとなり、暗示が解除されてしまうこともあるという。
その為に好感度は少しでも上げておいた方がいい。
俺は立ち止まり、愛叶の方を向きながら玉砕覚悟の必殺の一言を言い出す。
「俺は愛叶のことが――――ッ!?」
愛叶の背後に、金属バットを振り上げている女が立っていた。
女は躊躇うことなく振り下ろす。
体は勝手に動き、愛叶の腕を掴み、強引に引く。
金属バットは空を切り、地面に叩き落とされる。
そこは今まで愛叶の頭があった所で、確実に致命傷を狙いにきていた。
「いったぁ………え? なに?」
引っ張った拍子に倒れ込んだ愛叶は未だに状況を理解しているようではなかった。
当然かもしれない。俺もそうだ。
「逃げるぞ!」
再び愛叶の手を掴み、共に走り出す。
「一体どうしたの!?」
「わからん!
けどお前今襲われたんだぞ!」
愛叶は混乱しているようで、俺の言葉をすぐに信じようとしていない。
しかし、振り返ると金属バットの女は追ってきていた。説明している時間はない。
よく見ると金属バットの女は俺が通っている高校の制服を着ていた。
そこに疑問を持ったが、考える時間を与えてはくれなかった。
前方には俺の通う女子生徒の壁があった。
どれだけの人数かも把握できない程の数で、とても通り抜けるとは思えない。
手前に曲がれる道があり、そこへ行くと公園だった。
公園から先は八方塞がりで、俺達はそこへ誘き出されたのかもしれない。
女子生徒達は公園の中には入ろうとせず、出入り口を固めていた。
この女子生徒達は一体どうしたというんだ?
この間のように悪魔に乗っ取られているんだとしても、様子が少しおかしい。
意識があるようには見えないが、身体に変化はない。
そして愛叶を狙い、その為に統率までしていた。
根本的に前の悪魔とは異なっている。
「これは憑依ではない。
マインドコントロールだ」
「は?」
エルミカが胸ポケットから話し出す。
愛叶が側にいるから、まだ出てこられないんだろう。
「悪魔の能力は憑依だけではない。
人間の負の感情を読み取り、唆すことによって理性を奪い、意のままに操る。
それがマインドコントロールだ」
「魔が差す、てか」
「この間の場合は右腕のみに憑依した珍しいタイプだった。
その部位の強化は凄まじいが他の部位は疎かとなり、結果的にアンバランスとなる」
「珍しいけど、強いとは限らないのな」
「気を付ける事だな、統間秋人。
前とは比ではない力を持つ悪魔が近くにいるはずだ」
警戒を強めると、「きゃっ」と愛叶がバランスを崩して倒れてしまっていた。
「あ、あなたは………?」
どうやら人が現れた為に驚いて転倒したらしい。
その人とは…………。
「さ、笹屋…………か?」
一週間前に愛叶の事を紹介してくれと頼んできた男だ。
何故こんなところに?
「大丈夫かい? 琴羽さん」
愛叶に手を差しのべる笹屋。
その手を遮り、笹屋の腕を掴む。
「…………なんだい?」
静かに問う。そこに苛立ちが微かに感じ取れた。
「いや、別に意味はないんだけどさ」
代わりに俺が愛叶の腕を掴み、立たせる。
「あ、ありがと」
「おう」
それを見ていた笹屋は俺を睨む。
「君なら、いいのかい?」
「ほら、俺は幼馴染みだし」
俺と愛叶を順に指差す。
「え、あの…………笹屋くんはなんでここに?」
「あなたを迎えに来たんだ」
はあ? キザったらしいな。
「私を?」
「うん。
君のことが好きなんだ」
「えっ」
はぁああああ!? 俺より先に告りやがった!
「僕のこと、どう思ってる?」
「って言われても…………私はまだあなたの事よく知らないし…………」
照れながらも、愛叶は断る。
「はい残念。もうおしまい」
近付いていた笹屋を強引に愛叶から引き剥がす。
「お前、どういうつもりなんだ?」
この囲まれている状況を作ったのは、笹屋だろう。
ただ愛叶に告白するつもりだけだったなら、こんなにもマインドコントロールをして女子生徒で囲ってなどいないだろう。
「…………へえ。
君はまた邪魔するのか」
ぼそっと呟く。
「愛叶、離れてろ」
愛叶に告げた瞬間、容赦の無い一撃が襲った。
咄嗟に左腕で顔を守ると、笹屋の右拳がぶつかる。
その一撃は重く、高校生の力の比ではなかった。
「お前…………やっぱり」
「君が羨ましいな。
幼い頃から親しかったからといって、今も変わらず親しいだなんて…………妬けるねえ」
笹屋の雰囲気が変わった。
どす黒いオーラのようなものが笹屋を覆う。
「僕だって昔から一緒だった。小学校も中学校もずっと同じだった!
それなのにいつも隣にいるのはお前お前お前っ!!
僕のことなんかまったく覚えてなんかいないじゃないか!!」
笹屋の激昂。
目は血走り、射抜くかのような眼光が俺を突き刺す。
「叶わないなら…………この手でぶち壊しても構わないよねえ!?」
皮膚が黒く染まっていく。
背中からは蝙蝠のような翼が展開される。
「殺したって、いいよねえ!?」
その見た目は、間違いなく悪魔となっていた。