第二十七話 奇襲
解散してから一時間後、ビトエールこと琴羽愛叶は与えられた自室の天井を眺めていた。
部屋は無機質な作りとなっており、机と椅子、それにベッドがあるだけの変化の一切ない真っ白な部屋で、天井も勿論何かあったりするわけではない。
それでも長時間天井を眺めていたのは、愛叶の思考が半分停止していたからだ。
愛叶はロスト・ブレイブに拐われ、記憶を改竄されてしまいクリア・ストキルタと為ってしまった統間秋人を救う為、ジェナ・イドマこと實川真奈と協力し、その本拠地にいる。
ほんの数ヶ月前までは考えもしなかったことばかりだ。
愛叶の決意は変わっていない。しかし、それでも現状を処理する為の休息は必要だ。
「………………随分遠くへ来ちゃってる気がするなぁ………………」
思考をからっぽにしていた中、ぽつりとこぼした一言。
そこで愛叶は目を見開き、頬を両手の平で喝を入れ、無機質な部屋にパチンと渇いた音が響く。
大きく深呼吸を数回行い、すくっと椅子から立ち上がった。
この時、再び愛叶の覚悟が決まった。余計な思考を取り除き、ただ一つの目的の為だけに道を突き進む。もう止まったとしても戻れない所まで来てしまっているのだ。
「………………だから、秋人を信じて………………先に進まなきゃ」
真奈との作戦もあるのだ。全くの無策というわけではない。
その作戦は既に始まっている。
そろそろ真奈も行動を始める頃だ。愛叶は緊張で高鳴る心臓を再び落ち着かせる為に三回ほど深呼吸を行い、自分自身に言い聞かせるように口を開く。
「真奈ちゃんもいる。私なら出来る。秋人を助けるんだ」
愛叶にとって最も避けたい事は、クリア・ストキルタ以外のロスト・ブレイブの接触。慎重に動かねばならない。
ただでさえ印象はよくなさそうなのだ。単独行動している所を見付かればあらぬ疑いをかけられてしまいかねない。
あながち誤解と言えないのが痛いところだ。
自室の扉を開け、周囲を確認する。真っ白な廊下は奥が見えず、ここが洞窟の中である事を感じさせない程天井がかなり高い。不自然なほど汚れなどが見当たらない事に不気味さを感じ、愛叶は息を飲む。
とりあえず周囲には誰一人見当たらない。愛叶は安堵し、ふぅっと息を吐いた。
愛叶は目を閉じ、指先に聖力を集中させる。
聖力は、物理的な聖力の接触や他者へと聖力の譲渡を行った場合、糸のように聖力が結び付く性質がある。"繋がり"を持った聖力同士は互いを感知し合う事も可能だが、それは一定の距離間だった場合に限る。
今まで距離が離れすぎていた為に使用してもなんの反応もなかったが、同じロスト・ブレイブのアジトに居るこの状況では反応があり、愛叶の指先に集中させた聖力は糸状に伸び、先の見えない廊下を伝っていく。
距離は決して遠くない。
意を決して聖力の糸を辿ろうと足を早めようとするが、すぐにその足は止まった。
ぞわり、と首元を刃物で撫でられるような感覚に襲われたからだ。
反射的に体は硬直し、目の前を黄色い一閃が迸った。
それは無機質で真っ白な廊下に、横一文字を刻んだ。まるで糸鋸が通り過ぎたかのように鋭く、深い。
そのまま進んでいたら、愛叶の身体に癒える事のない程の傷を負っていただろう。その事実を認識した愛叶。更に今も尚向けられている体を硬直させる殺気に当てられ続けている事が重なり、上手く呼吸が出来ず、ぺたんと尻餅をついた。
「………………まさかと思って張ってたが、さっそく引っ掛かるとは思わなかったぜ」
愛叶の真後ろからの声。その声は静かで、怒気は感じない。逆にそれが不気味さを増長させていた。
「ハァ、ハァハァ………………ジア………………タンバーン」




