第二十六話 クリア・ストキルタ
"クリア・ストキルタ"
「ビトエールという奴………なにか引っかかる」
クリア・ストキルタは苦虫を噛んだような表情で呟く。
クリアには勇者となる前の記憶がほとんどない。しかし、それに不安は特になく、ソウル・キーパが言うには勇者となると記憶が曖昧すになる事がよくあるらしい。そういうものなのだろうと思っていたし、人間だった頃の記憶を奪われたという意味でも天界の使いを憎悪した。
しかし、ビトエールはクリアの事を知っていた。あの時自分を別の名前で呼んでいた。
「確か………………アキ………ト………………?」
確かそうだ。エルミカも言っていた。
"トウマアキト"
それが人間だった頃の名前?
そんな馬鹿なと上辺だけの言葉で一蹴しようにもやはりどこか引っかかる。
人間だった頃の記憶の欠落。それが説得力を生んでいる。
しかし、もし仮に自分が"トウマアキト"なのだとしたら、何故ビトエールはそれを知っている?
勇者になったら人間だった頃の記憶はなくなるんじゃないのか? ソウル・キーパの言葉を信じるならそれが真実だ。
ビトエールだけが例外だということだろうか。その可能性もある。
しかし、その可能性を理屈ではなく、クリアの心が否定していた。
ビトエールの顔を見た時の胸のざわめき。無心でいると、透明でいようとしていたはずが無理矢理塗り潰される。
心のままにいようとすれば、はっきりとした疑問が浮かんでくる。
ソウル・キーパは嘘を吐いている?
「どうしたよ、クリア?」
「………………アルファか」
そこへ現れたのは仲間のアルファ・シーゲート。一月前までコンビを組んでいた相棒とも言える関係だ。主に最初から何故か好意的だったアルファから絡んできているのだが。
「なんか悩みか? どれ、僕に聞かせろよ」
「悩みか………………。アルファは人間だった頃の記憶はあるか?」
「人間だって? ははッ、僕は人間だった頃なんかないよ!」
つまり、アルファも人間だった頃の記憶を失っているということか。
「人間だった頃の記憶に興味があるなんて変わってんなァ。
だったらジェナに聞くといいぞ」
「ジェナにか? あいつは記憶があるのか?」
「さァな。僕が直接聞いたわけじゃないからね。
だけど彼女なら持っていても不思議じゃないだろう?」
ロスト・ブレイブのメンバーの全員が元人間だが、実の所勇者として悪魔から人間を救おうとする者は少ない。その例外の一人がジェナ・イドマだ。
ジェナは犠牲を省みないジア・タンバーンやメイナシス・アレトと衝突することがよくある。彼女は限りなく人間側の思考を持つのだろう。
そして、思い返してみれば人間だった頃の記憶を保持しているような発言は確かにあった。
二人が例外とは思えない。ビトエールとジェナは記憶を失っていないことになる。
ソウル・キーパは最初に会った頃から無意識に敵意を覚えていた。それはロスト・ブレイブのボス、アシディア・カブギオンに対してもだ。
記憶のないざわめきや敵意を殺すということからクリアは日頃から無心で、透明でいようとしていた。
しかし、もう引き返せない所まできてしまった。
クリアはロスト・ブレイブの全員の勇者の武器の能力を知らない。
それが例えば一人でも記憶に関する能力が備わっている勇者の武器を持つ者がいたとしたら。
もしもそうだとしたら、記憶を改竄することで人を駒にすることだって不可能じゃない。
そしてそれが人間だった頃の記憶がない事の理由だとしたら。
それがクリア自身に該当するのだとしたら。
………………いや、なんの信憑性もなく、確証もない。こんなことでロスト・ブレイブの仲間を疑うなど正気の沙汰ではない。
「また考え事かよ。好きだね、君も」
「………………いや、すまない。どうも深読みする癖があるみたいでな。
ちょっと馬鹿な事を考えてた」
「そうか。よくわかんねェけど、気になるなら直接聞いてくればいいじゃん。
彼女だろ? 新参者の彼女。ビトエールとか言ったか?」
「…………………気は進まないけど、この疑問を解決するのはそれの方が早そうだな」
軽くため息を吐くクリアにアルファは笑いながら背中を叩く。まるで学生のようなノリにクリアはうっすらと懐かしさを覚えた。
この感情も記憶も、意図的に失われているものと考えると一体なんのために?
確かめなくては。胸騒ぎを抱えながらクリアは足を早めた。




