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第二十四話 試練

 二人の勇者は『勇者の武器(ブレイバー)』を展開した。

 心を燃やすような真紅の聖力を放出し、一人は『(しょう)(やじり)』と呼ばれる弓矢を。

 見た者を癒すかのような澄んだ翠色の聖力から、一人は『糾弾の銃』と呼ばれる銃を具現化させた。

 勇者、琴羽愛叶(ことは えと)は弓を引き、臨戦態勢となった。


「教えてくれないなら………………無理矢理にでも聞き出すしかないよね!?」

「………………どういう情緒をしているのかしら。わたしに勝てると思っているの?」


 ロスト・ブレイブのジェナ・イドマは呆れながらため息を吐く。

 ジェナも勇者の武器(ブレイバー)を展開しているが、その銃口は愛叶には向けていない。

 二人は五メートルも離れていない距離だが、たったそれだけの距離でも回避、防御は容易と判断したからだ。

 それになにより、ジェナの心が銃口を向ける事を拒否したからだ。

 しかし、よく見ると(やじり)は震えていた。

 いや、それだけではない。愛叶の身体が震えているのだ。


「………………情けないわね。人に向けたの、初めてなんでしょ?」

「う、うるさいっ!!」


 口ではそう言うが、愛叶の聖力はまるで空気が抜けたボールのようにみるみると縮小していく。

 やがて勇者の武器を維持することすら不可能となり、塵となって消滅していった。


「勝負アリね。結局何もせず終わり。

 あなた、何がしたかったの?」


 内心ほっとしながらも勇者の武器(ブレイバー)を消滅させ、しゃがみこんだ愛叶に近付く。

 まるで小さな子供のように愛叶は啜り泣いていた。

 丸まった身体は小さくて、か弱い。

 勇者となったとは言え、まだ高校生の彼女の未熟な身体と精神では、この先生き残る事は不可能だ。

 ジェナ、いや實川真奈(じつかわ まな)の予想通りだった。

 クリア・ストキルタの報告書には超級悪魔の誕生と新顔の女勇者の情報が記述されていた。

 クリアから直接話を聞くと、女勇者はクリアを他の誰かと勘違いしていたと言っていた。

 あの日、ほんの少しの時間ではあるが友達となった統間秋人(とうま あきと)から琴羽愛叶の事を聞かされていた。

 友達として、秋人にしてあげられる事を真奈は模索した。

 模索した結果がこれだ。

 ただの自己満足なのは百も承知。

 統間秋人が大切にしていた人、琴羽愛叶を血生臭い戦いから遠ざける。

 実際に会ってよくわかった。琴羽愛叶はこれまで会った勇者達と比べてとてつもなく弱い。

 これからの戦いに生き残る可能性は限りなく低い。

 彼女の幸せを思うなら、心を傷つけてでも、極力そうしたくはないが肉体を傷つけてでも勇者を辞めさせるべきだ。


「あなたは勇者に向いてない。

 今まで戦ってこれたのはただの偶然よ。

 死にたくないのなら、戦いを止めなさい」


 諭すように言う真奈。

 たった一人の男の為に勇者になり、戦いに身を投じるその行動力は素直に賞賛すべき所だが、一途過ぎて周りが見えていない。

 死んでしまっては意味がないのだ。


「少しだけ、彼の話をしてあげる」


 ぴくっ、と愛叶の体が震えたが、顔を上げず、感情は伺えない。

 真奈はそのまま話を進めた。


「今の統間秋人は………………あなたの知っている統間秋人じゃない。全く別の人格を植え付けられた別人なのよ。

 今の名前はクリア・ストキルタ。

 彼があなたと会ってもなんの反応もしなかったのはそのせいよ」

「別人格を植え付けるだって………………?」


 真奈の言葉に反応を示したのはエルミカだった。


「まさか………………『追憶の槍』」

「………………そうよ。

 ロスト・ブレイブのナンバー2。ソウル・キーパの勇者の武器(ブレイバー)が確かその名前だったはず」

「なるほど、厄介だね。

 あの能力の改竄力は絶大だ。私の持つレプリカなど足元にも及ばないだろう」


 エルミカはこれまで勇者の武器(ブレイバー)を発現したものの中から自身にとって有益となる勇者の武器(ブレイバー)にはレプリカを造っていた

 その一つが記憶を改竄することのできる能力を持つ『追憶の槍』だった。

 追憶の槍があったからこそこれまで勇者達のサポートをこなし、天界や悪魔などの情報を人界にもたらす事がなかったのだ。


「具体的な能力はわからないけれど、ソウル・キーパによって統間くんはクリアという別人となっている。これは紛れもなく本当のことよ

 悪いことは言わないわ。彼のことはもう忘れなさい。

 これ以上関わってもあなた自身がつらいだけよ」


 母親が子供に優しく説き伏せるように言う真奈。

 すぅ、はあ。

 と、愛叶からかなり大きい深呼吸が聞こえ、ゆっくりと立ち上がった。

 溢れていた涙を拭き、腫らした目で真奈を睨んだ。

 その目には先ほどまでの弱さは無かった。

 一人前とはまだ程遠いが、肝が据わったような確固たる覚悟を宿していた。

 真奈はそれに疑問を抱く。

 諦めさせる為に統間秋人の話をした。

 それが何故、逆に彼女を焚き付けてしまったのか。


「あなたの話を聞いて、今の秋人のこととか、あなたが融通が利かない人だっていうのも良くわかった。

 でも、今の話を聞いて私が諦めると思ったの?」

「………………すぐには諦めてくれないと思っていたわ。

 けれど現実を聞いてわかったのでしょう? あなたでは力不足。無理難題なのよ」

「わかってるよ。つらいだけとか弱いとか力不足とか、そんなことは勇者になる前からとっくにわかってるよ。

 秋人が別人になっていたのは予想もしていなかったけど、一筋縄で行かないのだってとっくにわかってるよ。

 でも私は諦めない。諦められないよ。そんな半端な覚悟で私は勇者になんかなってない!

 私は秋人が好きだから。再会するために手段は選ばない。

 もう私は屈しない! 人を射抜いてでも私は秋人を連れ戻す!」


 消滅していた愛叶の勇者の武器(ブレイバー)が咆哮と共に輝きを取り戻し、(しょう)(やじり)を顕現させた。

 愛叶に迷いはなく、弓を引く動作は速やかに滞りなく行われ、連続で三本もの矢を放った。

 充分な聖力の籠った三本の矢は、戦い慣れしている真奈の目から見ても速く、回避するだけで精一杯であった。

 矢は愛叶の赤い聖力を軌跡として残る上にそれ自体に実態を持っていた。すぐに消滅するとは言え、その障害物は真奈の動きを制限させた。

 愛叶にとって、真奈の勇者の武器(ブレイバー)を発動させないことが勝利条件だ。連続で攻撃することで暇を与えなければ勝てる。

 愛叶は、そう思っていた。

 それは十七本目の矢を放った瞬間のことだった。

 防戦一方となった真奈は勇者の武器(ブレイバー)の顕現を倦ねていたが、手のひらから聖力を放出、結晶化させることによって簡易的な盾を造りだし、矢を受け流していた。

 しかし、十七本目となる矢は態勢的に受け流すには難しかった。

 直撃を受ければさすがにただでは済まない。一気に形勢は傾いてしまう。

 真奈は両目と右手だけに聖力を集中させた。

 何本もの矢を見抜き、現在までほぼ無傷の真奈はそろそろ矢の速度に慣れており、聖力の上乗せもあり、動体視力を底上げさせた。

 さらに右手に視認させてしまう程に溢れる聖力を籠め、確実に射抜かれてしまう十七本目の矢を右手で掴み取った。

 矢はその瞬間に消滅し、同時に迫る二本の矢を同様に掴み取る事に成功した。


「なっ!?」


 これには流石に愛叶は動揺を隠せず、驚愕と共に一瞬体が硬直した。

 そして、その動揺の隙を真奈は見逃さなかった。

 真奈は一瞬で愛叶に接近し、右腕を掴み、軸となる足を払った。

 宙を舞う愛叶は尻から地面に落下する。

 愛叶が再び真奈を視認する頃には、糾弾の銃の銃口が額を捉えていた。

 勝負は着いた。

 圧倒的な経験の差。それは相性や策で簡単に埋まる程の溝ではない。


「さすがね、あなたの覚悟」

「馬鹿にしないで。私はまだ…………」

「もう充分よ。あなたの事は大体わかったわ」


 糾弾の銃をそっと下ろし、手のひらから消滅していく。


「覚悟は充分伝わった。あなたの想いもね。

 素晴らしいことじゃない。人一人をそこまで大切に想えるのは誇っていいことよ。

 統間くんのことは、わたしに任せなさい」

「………………どういうこと?」

「統間くんは私の恩人なのよ。そんな人をいつまでもロスト・ブレイブ(あそこ)に居させるわけにはいかない

 彼のことは必ず救い出すわ。

 だから、あなたは彼の帰る場所になってあげて。

 その方が、彼も喜ぶと思うわ」


 それは真奈の本心だった。

 統間秋人がクリア・ストキルタとなってからの二ヶ月間、真奈は罪悪感で押し潰されかけていた。

 自身の目を覚ましてくれた人を、恩人を騙し、さらに組織の目的の為なら人の人格すら変えて従わせてしまうロスト・ブレイブをもう信じることは出来なくなった。

 自分一人が組織に楯突いたところで結果は目に見えている。

 しかし、統間秋人の救出くらいなら叶うはずだ。

 その為には、この命など惜しくはない。


「ふざけないで!」


 愛叶の怒号に真奈はハッとなる。

 息を切らし、涙を流しながら愛叶は真奈を睨んでいた。


「あなたは私を試したんでしょ!?

 秋人の事をどう思っているか、秋人の為なら命を懸けられるか……………その覚悟をあなたは試したんでしょ!?

 私は秋人を助ける為なら何だってやる。手段は選ばないって言ったはずだよ。

 死に場所を探しているような人に秋人を任せる事はできない!

 それだったら私も一緒に連れていって。一人よりも二人なら、少しでも成功率は上がるはずよ。

 覚悟を試す事をするなら、私を使ってよ! 絶対に私は生き残るし秋人だって連れ戻す! あなただって! ハッピーエンドで終わらせる事は必ずできるんだから!」


 ハッピーエンド………………秋人を連れ戻す事に成功して、愛叶も真奈も生き残るルート。

 そんなものが存在するのか。

 いや、愛叶はそれを作り出す気だ。

 成功率など、愛叶には関係がないのかもしれない。

 秋人を連れ戻すという覚悟だけでなく、愛叶には必ず生き残るという覚悟もあったのだ。

 そこが愛叶と真奈の違い。

 死を覚悟する者と生き残る覚悟をする者の結末はかなり違う。

 何かを成し遂げる為には、何かを犠牲にしなければならない。そんな固定概念が真奈を縛っていた。

 真奈のように、良いとこ取りの考えだって、存在したんだ。


「ハッピーエンド…………か。

 そんなことを考えるのは、多分初めてね」

「出来るよ、絶対に。

 最悪の結末を考える事は悪い事ではないと思う。けど、そればかり考えてその中の最善策で良しとするのはいけないと思う。

 何かを行動するのなら、常に最高の結末を考える方がモチベーションだって下がらないだろうし、それが覚悟なのだと私は思う」

「目的の為なら自分すら犠牲にする覚悟と、何もかも救う覚悟………………さすが統間くんの恋人ね。

 彼の考え方に似ている」

「こ、恋人って………………! ごほん。

 ま、まだ彼女じゃないよ。秋人が帰ってくるまでね」

「あら、そうだったのね。

 ならわたしもまだチャンスがあるってことね」

「なっ!? そんなことさせないもん!

 秋人は私にメロメロだから絶対にあり得ないもん!」

「半分冗談よ。

 でも、ありがとう。

 あなたのおかげで考えさせてもらったわ。生き残る覚悟っていうのを」

「半分って………………。

 わかってくれたならいいけど、ほんとにわかってくれた?

 秋人を助けるなら私も連れていってね」

「相当過酷な戦いになるわよ」

「わかってる。でも、私は絶対に生き残る。秋人だって連れ戻す」

「ええ。わかってるわ。

 二人で必ずやり遂げましょう」


 そう言って二人は同時に右手を前に出し、がっちりと手と手を繋いだ。

 二人は目的を共にする友達となったのだ。


「その為にはロスト・ブレイブの事を色々聞かせてもらいたいな」


 二人の間にふと現れたエルミカだった。

 見事に水を差したエルミカを愛叶と真奈は呆れるように睨むのだった。

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