第二十三話 忠告
あの闘いから三日が経った。
闘いの影響は全国的な話題を呼び、大規模集団パニック事件と呼ばれた。
新たに誕生しかけた超級悪魔の能力による街中の人間から『哀しみ』という魔力を抽出したからだ。
しかし、とある勇者と謎の男の尽力によって事件は極めて短時間で終息に向かい始めた。
学校閉鎖が解除されるなど、集団パニックが起こった住民達は全てを忘れようとするように日常生活に戻っていった。
ただし、琴羽愛叶を除いて。
前述の通り、愛叶が通う高校も学校閉鎖が解除されたのだが、学校に行く気にならなかった。
愛叶を助け、超級悪魔を倒したあの男が気になって仕方がないのだ。
あの男は、統間秋人ではないのか?
しかし、顔が見れなかったために確信できずにいる。
何度も何度も聞いていた秋人の声。聞き間違えるはずがない。あれは秋人だったはずだ。
しかし、それならば何故知らない振りをする?控え目に言っても、秋人は常に愛叶を好意的に接していた。愛叶に向かって冷たい声色はしたことがなかった。
記憶の中の秋人と、雰囲気がまるで正反対の秋人に似てる男。どちらが本物なのだろうか。
頭がこんがらがる愛叶だったが、一度深呼吸した。
真実を知るために手掛かりを探す。そのために愛叶は再び闘いのあった場所へ来たのだ。
「やあ、進捗はどうだい?」
パタパタと肩甲骨辺りから生やした翼を羽ばたかせながら現れたのは、エルミカだ。
エルミカはこの三日間、独自に秋人の手掛かりを探していたらしい。
「心の声を聞くことができるんでしょ?
なら、聞く必要ないよね」
「ふむ、随分荒んでるようだね。
私がそれをしないのは君達人間に合わせているからだよ。
経験上、心を読むと露骨に嫌悪感を私にぶつけてくる傾向にあるからね」
当然だろう、と愛叶は内心突っ込む。
あれから三日が経ったのだ。今更現場に来ても手掛かりなど見つかるわけがない。
なら何故、愛叶はここへ来た?
「それとあの男の事だが、統間秋人本人であると断定してもいいね」
あまりにも唐突で、簡単に疑問を肯定した。
「………………な………………ぜ」
心が段々と冷えていくのを愛叶は感じ、息苦しくなるような感覚に襲われ、掠れた声が漏れる。
「統間秋人は私が勇者にしたからね。その時から私と彼の聖力は繋がりを持っていたのさ。
三日前に現れたあの男が放出した聖力は確かに統間秋人のものだった。
それは君も直感的に気づいたんじゃないのかい?」
秋人と愛叶も聖力の繋がりがある。その影響で愛叶は秋人が悪魔と戦っている事に気付いたのだ。
そして三日前、愛叶は思い当たる伏しがあった。
しかし、それは感覚的過ぎてとてもじゃないが信用できる情報ではなかった。
実のところ、愛叶はあの男の正体が秋人などと信じたくなかった。
自分の事を知らないと言い、凍りつくような殺気を放った男と優しかった秋人。
行方不明となった二ヶ月の間に何があったかなどわからない。
あまりにも別人となった秋人を目の当たりして、愛叶は混乱していた。
「根拠はもう一つある。
彼の『勇者の武器』さ。彼の持つ淘汰の剣は今、一振りしかないからね。
彼の身に何が起きたかはわからないが、我々に敵意があるのは確かだ」
「………………もう、やめてよ」
愛叶は俯き、何かを堪えているような震えた声を出した。
「何をだい?
私が言っているのは事実だ。
信じられないと思う気持ちは私にはわからないけれど、感情に振り回されて立ち止まってしまえば何も変えられない。
それこそ不毛というものだと私は思うが」
「………………あなたは確かに正論を言ってる。
何の力もない私には、あなたと協力しなければ秋人を探しだすことなんてできない。わかってる、わかってるよ」
歯を食い縛り、腕を震わせる。
秋人の手掛かりが目の前にあった。
しかし、愛叶はそれをむざむざ見逃してしまった。
激しい後悔と精神的ショックに愛叶の心はめちゃくちゃになっていた。
正常な判断はおろか、まともに話を聞くことすらままならない。
「私は、ただ………………秋人に会いたいだけなのに。どうしてあんな化け物と戦わなくちゃいけなくなったの………………?
あの人は秋人なの? 秋人じゃないの? どうしてまたどっか行っちゃったの?
わからない、わからないよ。
わからないことが多くて………………どうしたらいいか…………………わからないよ」
頭を抱え、その場にしゃがむ愛叶。
元々勇者としての素質はなく、精神的にも普通の少女となんら変わらない愛叶。
そんな彼女を勇者にしたのは、秋人を探しだすためのエルミカの賭け。
彼女の手に余る悪魔と相対し、目的であった秋人を取り逃がしたことによるダブルパンチに愛叶の心は耐えきれなかった。
希望などない。エルミカの賭けは敗けに終わった。
「―――――――黙って聞いていれば、わからないわからないって………………まるで小学生ね。
そんな姿勢で本当に勇者なの?」
その声は曇った空を穿つような鋭さを持っていた。
音もなく愛叶の目の前に現れたのはコートを来た謎の女だった。
そのコートは秋人と思われる男が着ていたものと酷似しており、涙でいっぱいになっていた愛叶の目を見開かさせた。
自らフードを払うと、ボブ程の長さの髪をさらっと揺らし、隠れていた素顔をさらけ出した。
「君は………………」
エルミカがぽつりと呟く。
それを軽く一瞥した女は再び愛叶と向き合う。
「はじめまして。ロスト・ブレイブ構成員のジェナ・イドマよ」
「あなたは………………あの時の………………」
「あら、覚えてるのね。ほんの一瞬だったから殆ど初対面な様なものよね」
「………………あなたに会ってから、秋人はどこかにいってしまった」
「………………ええ、そうね」
「秋人をどうしたの!?」
咆える愛叶に、ジェナは一切動じない。
表情はなく、ただ愛叶を見つめていた。
「それをあなたに言う必要はないわ。
そもそもわたしがあなたの前に現れたのは忠告のためだもの」
「忠告だって?」
「ロスト・ブレイブに会ったようね。クリア・ストキルタに。
あなたと思われる勇者と接触したと報告書を読んだわ」
「………………誰?」
素直な疑問を言葉にする愛叶の顔を見て、ジェナはきょとんとした。
軽く咳払いし、愛叶の視線から逃げるように目を逸らした。
「名乗ってもいないか………………。まぁそれは置いときましょう。
本題に移るわ、琴羽愛叶さん。単刀直入に言わせてもらうけど、あなたはもう勇者を辞めなさい」
「なっ、突然何を言うの!? 秋人を見つけるまで辞めるわけにはいかないよ」
「あなたには力が無い。
これからの戦いにあなたは決して生き残ることはできないわ。
これは善意で言っているのよ」
力が無い。その言葉は愛叶の心にぐさりと刺さった。
力が無かったために人を助けられず、たった一人の大切な人すら探しだせない。
どんなに想ったとしても現実を変えることはできない。
愛叶はその悔しさは誰よりも痛感していた。
「戦い………………? 生き残る? 辞めろって………………善意って! いきなり現れてごちゃごちゃ言ってあなたはなんなの!?」
そんなことは最初から自覚している。言われるまでもないことだった。
力の無い自分でもどうすればいいのか、それを考えているんだ。
「わかったよ。決めたよ。………………あなたは喋る気はないようだけど、目の前に現れた手掛かりを逃す手はない。………………秋人のこと、教えてもらうよ」
「………………意外と好戦的なのね」
そして、二人は同時に勇者の武器を展開した。




