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第二十二話 対話と絶望

 傷だらけの女性を背負ったまま、愛叶は駆けていた。

 行き先など皆目検討が付かず、思考を駆け巡らせているが疲れや焦りでまともな案など浮かばない。

 後ろにはリザードという種族の悪魔がいた。

 その悪魔の尻尾は消滅しており、それは愛叶が射抜いたものだ。背中からは悪魔の象徴の一つである翼があるが、飛行するにはあまりに小さすぎる。全身の鱗や鋭い爪を見る限りこの悪魔は地上に長けている。

 その悪魔は愛叶が背負う女性に執着しており、必死に追跡していた。

 勇者となれたのだから愛叶には聖力のなんらかの才能があるのだがそれは判明していない。戦闘能力は低く、エルミカの指示によってようやく戦えているのだ。

 現在、そのエルミカとは分断されていた。

 それは愛叶にとって最悪な状況であると言える。がむしゃらに戦って勝てるなどと甘い考えは持っていない。

 戦闘経験など皆無な愛叶は脳を限界まで振り絞る。

 そして、広場で足を止めた。

 未だに気を失っている女性をゆっくりと地面に寝かす。

 その姿を確認した悪魔も足を止めた。


「ヨウヤク、返ス気ニナッタカ」

「ううん、返さないよ。

 今のあなたじゃ壊してしまうだけ」

「………………ソウカ。ナラバ奪イ取ル!」

「待って。

 なんで暴力で解決しようとするの?」


 愛叶の問い掛けに悪魔は首を傾げた。

 愛叶は『衝の鏃』を消し、自分に敵意はないと示すように両手を水平に伸ばした。


「話し合おうよ」


 ニッコリと笑った。

 その姿に悪魔は少なからず動揺した。


「傷だらけになりながら勝って得るものはなにもないよ。

 多分あなたはこの人が大切なんでしょ?

 だから是が非でも奪おうとしてる。

 けど、こんなやり方じゃ悲しいだけだよ」

「オ前ニ何ガワカル!!」


 怒る悪魔は鋭い爪で愛叶の顔を弾く。

 右頬から三本傷が入り、そこから赤い血が流れ、頬を伝う。

 愛叶はまったくの無抵抗だった。

 攻撃された衝撃で逸れた顔を直し、笑顔で真っ直ぐ悪魔を見た。

 どのみち一発は攻撃を受けるつもりだった。それが尻尾を射抜いた報いだと言うように。もしかしたらその一発で死んでいたかもしれないのに。


「尻尾はごめんね。痛かったよね。

 少しでも良いから、話そ?」


 ここでようやくエルミカは追い付き、状況を見た途端動きを止めた。

 何が起きているのかわけがわからなかった。

 何故愛叶は武器を手放し、無防備で説得を試みている?

 何故、悪魔は動きを止めている?

 かつて戦士として戦い続けてきたエルミカにはわからない光景で、ただ混乱していた。


「あなたは一体、この人の誰なの?」


 愛叶は悪魔に尋ねる。

 友達と話す時と変わらない口調で坦々としていた。

 何て馬鹿な事を………………!?

 エルミカはそう思いながらも自身が姿を現す事で悪魔が暴れだす可能性を考慮し、動きをとれないでいた。

 エルミカにとって理解不能な事ではあるが、悪魔は現に動きを止めているのだ。


「ソの女は………………俺ヲ裏切っタ。

 ソレガ許セナかッた………………!」


 左手は震え、自身の鋭い爪が掌に食い込み、血を流すほど握り締め、右手は頭を抑えていた。

 エルミカは信じられないものを見たと目を大きく見開いた。

 悪魔は人間の悪意などを糧とし、最終的にその身体を奪う。稀に憑依体となった人間と悪魔の思考が重なれば人間の意志が残っている場合がある。

 それはエルミカもわかっていた。

 だからと言って悪魔に憑依されかけている人間など、言ってしまえば悪意の塊でしかないのだ。

 そんな人間も言えないような輩と対話を行うなど気が触れているとしか思えなかった。

 しかし、この悪魔は対話を受け入れた。

 あくまで人界と天界の秩序を守る為に戦い、結果だけを求めているエルミカにとって、人の感情や命を何よりも大切に考えている愛叶を理解する事など土台無理な話なのである。

 勇者の素質云々よりも愛叶のこの優しさは戦う者として、不必要であり、最も危険とエルミカは感じた。


「裏切られた………………? この人に?」

「アア………………。

 俺達は将来ヲ誓いアッタ。

 シカシ、コの女ハ急に婚約ヲ破棄しタいと言イダシタんダ!

 ドこノ馬の骨トモ知れナイ男と一緒ニなル為にな!」


 要は痴情のもつれによるである。

 下らない理由と思うかも知れないが、そんなことはない。程度はあれど大切な人間に裏切られた事によって生まれる魔力(負の感情)は侮れない。

 実際に二ヶ月前に笹屋周(ささや しゅう)は長年の淡い恋心を深い憎しみに変え、七大悪魔の一体であるレヴィアタンを降臨するまでに至っている。

 善良な人間もほんの少しの負の感情の芽生えによって悪の限りを尽くす悪魔に変貌することがある。

 特別それは最近増えてきているとエルミカは思っている。

 『天界』『人界』『魔界』、その三つの世界の境目には強力な結界があり、絶妙なバランスで成り立っている。

 その結界を通過する方法は複数あるが、簡単には通過など出来ない。

 悪魔による憑依とは、結界を通過する方法の一つである。しかし、憑依体の魔力(負の感情)からアクセスし、心と魂を魔力(負の感情)で覆い尽くし、身体を乗っ取ることによってようやく完全に結界から通過し切れるという手間がかかる方法だ。

 しかし、その方法も空中に浮かんだ針に糸を投げて通すような極々低確率なものだ。

 今の人界の環境が負の感情を生みやすいと考えても流石に悪魔の降臨が多すぎる。

 何者かが手引きしているとしか思えない。

 そこでかつて共に戦い、全ての世界にとって大切なものを奪い、裏切った者を思い出した。

 今でもエルミカは下らない情に振り回され、殺し損ねた事を払拭出来ずにいる。

 上位種である天使にも裏切りは他人事ではないのだ。

 それらを思い出してしまったエルミカはそっと心に影を作る。


「………………あなたの気持ちは、よくわかった。

 悲しいよね。苦しいよね。

 信じていた人から裏切られて………………自分が自分じゃなくなるような気持ちになるよね」

「ワカるモのカ!

 俺ハ……………俺は………………!」

「ううん、わかる。

 裏切られたとはちょっと違うけど………………私の大切な人はいつもこう言うんだ。

 大丈夫だ、って。必ず帰るよ、って。

 でも、お父さんもお母さんも、秋人もそう言って帰ってこなかった。

 信じてたのに。胸がぎゅうって痛くて………………。

 もう後の事なんか知らない。どうなったって構わないって思うようになって。

 気持ち悪くなるよね」


 語る愛叶だが、途中で段々と涙声となっていく。

 瞳から溢れる大粒の涙は悪魔を激しく動揺させた。


「………………でも、違うって思ったんだ。

 例え裏切られたのだとしても、例えもう二度と帰ってこないのだとしても、信じる事を見失っちゃいけないんだと思う。

 私はお父さんもお母さんも、秋人もみんな好き。

 みんなの心は私の心に刻まれている。みんなの姿は私の記憶にちゃんと刻まれている。

 私の知ってるみんなは泣いてばかりいる私の事を好きじゃないと思ったんだ。

 泣き虫だから難しいけど、笑って生きようと思うんだ」

「………………オ前は俺に彼女ヲ諦めロと言っテイるのカ?

 俺の想ウ彼女ハ………………手を引カナい俺ヲ想ッてくレるハズが無いと!

 諦めロと言っテいルノか!?」

「違うよ、そうじゃないよ。

 この人が望んだのは暴力じゃないでしょ? 話し合おうとしてたんでしょ?

 あなたはこの人の言うことを最後まで聞いたの?」

「…………………っ!」

「あなたはこの人を信じてたんだから、それが出来たはずだよ。

 それが例え残酷な結果でも………………暴力に頼るのはダメだよ。

 話し合えば、きっと誤解なく理解し合えるよ」

「は………………ハハハハハハハ!

 誤解か………………。

 拒絶さレたのハ確実なノニな………………。

 ドこに誤解ガあったって言ウんだ………………?」


 そう言って悪魔、いや一人の男は涙した。

 暴走していた魔力の奔流は収まり、顔のみ悪魔化が解けていった。

 激しい怒りは哀しみに変わり、再び魔力を生み出していく。


「君の価値観で言えば、この哀しみを理解して、ぶつける事は許されず心の中に押し留めろって言うのか。

 本当に残酷な事を言うんだな、君は………………」


 男の両腕は小刻みに震え出す。

 そして、再び怒りを燃え上がらせる。


「フザケルナッ!!!」


 男の怒号はソニックブームとなって愛叶の身を切り裂いた。

 男の姿は今のでリザードとはまた別の異形な姿となった。

 まるで魔人のように身体は膨れ上がり、腕は六本に増えている。(ワニ)のような大きな顎が現れ、全身は硬い鱗で覆われている。

 体積は先程まで人間サイズだったのが、三倍は大きくなっている。

 エルミカは一目で七大悪魔には劣るが、上級悪魔と悟った。


「逃げるんだっ!!」


 愛叶に勝てるわけがない。そう判断したエルミカはとっさに叫んだ。

 エルミカにとって愛叶は目的を達成するのに大切な人間だ。ここでリタイアさせるにはあまりにも痛い。

 しかし、やはり愛叶はエルミカの言うことなど、聞く耳を持たなかった。


「ダメ。

 ここで逃げたら、この人達は助からない」


 そう言って愛叶は一歩もそこから退くことはなかった。

 目の前には到底勝ち目など無い悪魔がいると言うのに。

 悪魔の額部分からは男の顔が現れる。


「………………退かないなら………………勝手に退かすさ」


 そう呟くと、悪魔の六本の内の一本が愛叶をまるで飛んでいるハエを払うように弾いた。

 瞬時に聖力で防御膜に盾、身体強化を施したが、敢えなく弾き飛ばされた。

 まるで弾んでいくボールのように地面をバウンドしていく愛叶。

 悪魔には既に愛叶に興味はなく、未だに気を失っている女性に手をかざす。


「ダメっ!!」


 愛叶は大声で制止を訴えるが、悪魔は振り向きすらしない。

 悪魔は掌から微少な衝撃波を女性に当て、強引に意識を回復させた。


「簡単には殺さないさ」


 女性は息を切らし、噎せる。

 呼吸が整った頃、悪魔は手を退かし、男の顔が見える位置まで腰を下ろした。


「ひいっ!?

 なっ、なんなの!?」


 異形な化け物を見た女性は身体を震わせ、更に上にあった男の顔を見た。


「………………え………………?

 響………………介?

 な、なんで響介の顔が………………!?」

「生まれ変わったのさ。

 お前を殺すためにな、久美」

「えっ、な、なん………………で………………?」

「忘れたなんて言うなよ?

 お前が俺をこうさせたんだ。

 恨むんなら………………浮気した自分を恨むんだな」


 そう言って握り拳を作った悪魔は無慈悲にそれを女性に落とす。

 その直後、拳は愛叶の放った『(しょう)(やじり)』で弾き、間一髪潰されずに済んだ。


「あなたの信じた人なんでしょ!?

 どうしてそんな簡単に殺そうとできるの!?」

「信じていた人だからさ。

 それに簡単なんかじゃない、今でも葛藤はしている。

 だけどな………………やはり許せないものは許せない。

 たとえ俺の意識が消えて誰の記憶にもなくなってしまっても構わないさ」


 そう言って六本の腕全てが握り拳となり、女の真上へ構える。


「死んで詫びろ」

「まっ、待ってよ響介っ!

 う………………浮気………………?

 なんの………………ことだか、わ、わから、ないんだけ………………ど………………?」


 ガタガタ震え、絞り出すように掠れた声を出す女。

 それを見た男は冷たい視線を送る。


「今更しらばっくれる気か?

 お前は俺に言ったはずだ。婚約は破棄だと」

「違うっ!! 破棄なんかしてない!」

「なにを………………」


 そこで悪魔に一瞬ブレがあった。

 その隙を突き、矢筈(やはず)に聖力の縄をくくりつけ、矢をコントロールし、六本の腕を縛るように射抜いた。


「ぐぅっ!」


 巨大化しているため、腕を縛られた悪魔はバランスを崩し、倒れこんだ。

 聖力の縄をほどこうとするが、硬く結んだ為、なかなか上手くいかない。


「悪いけど、そのまま話を聞いてあげて。

 やっぱりあなたは誤解してるかもしれない」


 へとへとになった愛叶が尻餅を着きながら言った。

 それに対して悪魔は聞く道理などないが、動きを止めた。

 何故なら、本心では男は話を聞きたいからであった。


「わ、私は婚約を破棄なんかしていない………………。

 私はただ、延期をしたかっただけなの。

 ケジメとして………………」

「ケジメ………………だと?」

「………………私は浮気なんかしたつもりはない。

 けど、一週間前から言い寄ってくる(ひと)がいて………………その(ひと)は私に弱味を突きつけて、あなたにバラされたくなかったら別れろって言い出したの………………」

「な………………ん、だって…………………?」

「その弱味はあなたに知ってほしくなかった………………。

 でも、響介とも別れるなんて絶対に嫌だったから、この問題を解決するまで、結婚はできないって………………そう思ったの………………」

「そ、そんな………………話………………」


 騙されないぞ、と男は頭の中で反芻していた。

 しかし、心の中にいる彼女と照らし合わせると、合点がいく。

 それと同時に涙が出た。

 何故自分は最後まで彼女を信じてあげられなかったのだろうと、後悔の念で心がいっぱいになっていく。

 このまま一件落着とはならない。男には一番それがよくわかっていた。

 負の感情が徐々に消失していくのを感じた悪魔は男の身体の中で暴れだす。


「な、なにが起きたの!?」

「………………供給源である男の魔力(負の感情)が消失したからだよ。

 ようやく人界へ進出したのに、むざむざ魔界へ帰るつもりはないらしいね。

 恐らく供給源の再構築をしているんだ」


 ボコボコと身体が更に膨れ上がる。身体的な負荷を過剰に与え、魔力(負の感情)を抽出するつもりなのだ。

 更に男の精神にも負荷を与え続け、男の顔にこれまでの面影はなく、蒼白となり、黒かった髪は一気に白髪と化していく。


「一体の悪魔に憑依されているだけなら弱体化で済んだだろうけど、彼は恐らく複数の悪魔に取り憑かれている。

 魔力(負の感情)を限界まで抽出した後に待っているのは、主導権の奪い合いだ。

 彼の意識など、恐らく微塵も残ってすらいないだろうね」


 絶叫。

 天を突くその絶叫は愛叶を震えさせた。

 久美と呼ばれた女性の意識は既に無く、倒れていた。


「愛叶! これはもう君の手には負えない!

 逃げるんだっ!」

「で………………でも、あの人が!」


 せめてその女性を守ろうと震える身体に鞭を打ち、庇うように立ち塞がり、担いでその場を離れようとする。

 しかし、主導権の奪い合いは終了してしまった。

 一瞬、膨れ上がった身体は(まゆ)のように丸くなり、そこから破って現れた悪魔はまるで人間に漆黒の翼を生やしたような姿だった。

 そして、まるで動くものに反応しただけの動物のように何気なく、愛叶を見た。

 その瞬間、愛叶は金縛りが起きたように身体の自由を失った。

 思考も停止し、何もする事を許されない。

 縛られたり閉じ込められたりなどされていないのに、これは一体なんて窮屈なのだろうか。

 目が合った時、愛叶は死を連想した。

 今日まで生きてきて、全ての不幸が一つにまとめられたようなビジョンが脳を過る。

 それは走馬灯だった。

 走馬灯を実感すると、愛叶は膝が笑い出し、地面に膝を付いた。


「ごめん………………なさい」


 そう呟いた。

 悪魔に向かってそう言ったのではなかった。

 死んだ父や母、お世話になっている祖父と祖母、学校の友達、最愛の秋人に向けてだった。

 ようやく思考の確立を得た悪魔は愛叶に与えた粒子状に魔力を撒き散らした。

 その魔力は人間の脳を刺激し、強制的に『哀しみ』を引き出させる能力を有していた。

 その範囲は半径数十キロに及び、その中にいた人間は過去の『傷』をほじくり返され、一時パニックとなった。

 そうして引き出された『哀しみ』は魔力と成り、翼を通して悪魔へと還元されていく。一万に満たない人数だが、上級悪魔をもう一段階進化させるには十分な魔力だった。

 それを目の当たりにしたエルミカは歯噛みした。

 人界では本来の姿で戦う事は出来ないために、八番目となる超級悪魔の誕生を見ていることしか出来ないからだ。


「フハハハハハハハ!!

 貴様の『哀しみ』………………喰らわせてもらうぞ」


 高笑いし、自身の力を試そうと左腕に魔力を集束させていく。

 愛叶を手に掛けようとしたその矢先、悪魔の腕はいつの間にか切断されていた。

 その事は愛叶どころか悪魔もその目で見るまで気がつく事ができなかった。

 切断面から血が溢れ、悪魔は叫ぶ。


「なっ!? 一体なんだと言うのだ!?」


 当然、愛叶は何もしていない。それはエルミカも同様だ。

 混乱した悪魔はもう片方の腕で愛叶の胸ぐらを掴み、身体を上げた。


「貴様なのか!?

 貴様が余の腕を………………!!」


 それに対し答えはなかった。というよりも、悪魔が欲しがった答えがその場に現れたのだ。

 愛叶の胸ぐらを掴む腕も切断され、顔面を強く弾かれる。

 悪魔は吹っ飛び、その追撃で瞬時に移動した『とある男』による踵落としで地面に叩きつけられた。

 最早呻き声すら発する事など出来なかった。

 手に持っていた剣は光に消え、『男』は愛叶の前に着地するが、足首まで届く灰色のコートのフードを被り、顔は確認できなかった。


「離れてろ」


 愛叶にそう告げる。

 その声に愛叶は反応した。

 愛叶にとって他の誰よりも大切な声。それを聞き間違えるわけない。

 しかし、たったそれだけの情報で確信などできない。

 ずっと探していた人か、否か。今にも消えてしまいそうな、か細い声でその名を発した。


「秋………………人………………?」


 その声に、男は反応を示すことはなかった。

 男は振り向く事はせず、直立不動のままため息を吐いた。


「聞こえなかったのか?

 死にたくなければ離れてろよ」


 そう言って男は右手から『勇者の武器(ブレイバー)』を出現させた。

 それは愛叶にも見覚えがある『淘汰の剣』だった。

 それを見た瞬間、今度はエルミカが反応する。

 愛叶を利用して秋人を探し出す事こそが今のエルミカの目的で、その為だけに愛叶に接触し、勇者に仕立て上げたのだ。

 そのチャンスを逃すエルミカではない。


「統間秋人、私だよ。

 無事でなによりだよ」


 そう話しかけた途端、男は淘汰の剣の(きっさき)をエルミカに向けた。


「………………誰と勘違いしてんのか知らねえが、俺はてめえを許す気はねえんだ。消えろよ」


 怒気だけでなく、憎しみも籠った声だった。

 少なくとも秋人はそんな声を出すような人間ではなかったはずだ………………。

 舌を打ち、視線をエルミカから悪魔へと移す。

 悪魔のダメージは相当なもので、ヨロヨロとおぼつく足で立ち上がった。


「ぐ………………、くそ………………」

「力を手に入れたからといって油断したな。お前はここに長居するべきではなかった。さっさと魔界に帰って力を付ければ七大悪魔に負けねえ力を手に入れられたかも知れねえのにな」


 目にも止まらない速度で男は悪魔の前に現れた。

 そして、淘汰の剣を高く上げた。


「じゃあな」


 それを躊躇いなく、下ろした。

 悪魔はいとも簡単に真っ二つとなり、最期の断末魔を上げる間もなく消滅していく。

 そして、生存は絶望的と思われた響介と呼ばれる男が消滅した悪魔の中から現れた。

 愛叶が急いで介抱すると、いつの間にか秋人に似た男は消えて居なくなっていた。

 顔をはっきりと確認できていない愛叶には、秋人と断定することは、出来なかった。

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