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第二十話 閉幕

 アスタロトの大槌は大地を震わせた。

 地面はひび割れ、クレーターとなっている。

 その衝撃は周囲の街にまで届き、地震と思わせた。

 それ程の破壊力となると、人間一人を潰した手応えなど、皆無に等しい。

 これでやっと、帰って寝れる。障壁となる勇者を葬り去り、気怠げに目を伏せた。

 そこでアスタロトは初めて地面の亀裂に気付いた。

 大槌によるひび割れではない。それは明らかに鋭角で、まるで刃が通ったようなものだ。

 刃………………?

 そこで初めてアスタロトは正面を見た。

 ジェナには回避する余裕も防御できる余力も無かったはずだ。

 生きているはずがない。

 ただし、第三者の介入があれば話は変わる。

 驚愕したアスタロトは、二人の勇者を見た。

 生存していたジェナと、断罪の剣でアスタロトの大槌を真っ二つにしたであろう統間秋人の姿だった。

 明らかに完治している様子ではなく、腹部からは血が溢れていた。

 立って剣を握っているのが不思議な程の深手だ。

 アスタロトの大槌でジェナが潰される寸前に割って入り、断罪の剣で真っ二つにし、大槌に隙間を作ったのだろう。


「叶うさ。きっと叶う」


 秋人はそう呟き、倒れかけるも地面に剣を突き刺し、重心を支えた。

 やはり立っているだけで限界だった。


「どうして出て来てしまったの!?」


 ジェナの叫びは当然のものだった。

 この戦いは秋人を守るためのもの。守護するべき者に助けられ、危険な目に合わせてしまうなど論外だ。

 それを見たアスタロトから動揺が消えた。

 死に損ないの最期の幸運だと割り切り、むしろターゲットがノコノコと自分の目の前に現れた事に喜んだ。

 探す手間が、省けた………っ! 残っている左腕にドリル状に変化させた翼を纏わせた。


「あいつはアスタロトだよな?」

「………………ええ、そうよ。

 いいからあなたはここから早く逃げなさい」

「なら、あいつは一つミスを犯している。

 銃を構えてくれ」


 ジェナの言葉を無視した秋人の言葉に怪訝な表情を浮かべながらも従ってしまう。

 悪魔の形相で笑うアスタロト。全身からは歪と言える程のおぞましい魔力が溢れていた。

 何故今まで自分はあんな化物と臆する事なく戦えたのだろう。一度死を覚悟し、生き残ってしまったジェナの心は折れかかっていた。

 恐怖心を唇を噛む事で圧し殺そうとするが、糾弾の銃を構える腕の震えは止まらない。

 弾劾の銃へ変形させようとしているが、心の弱い自分を否定しているかのように糾弾の銃は動かない。

 聖力は先程回復させた。直撃さえ与えればアスタロトを消滅させられるだけの威力は練れるはずだ。

 直撃させられるのか? この震えた手で。

 倒せるのか? この卑屈な心で。

 息づかいが荒くなり、動悸が早い。

 なんとな平静を保とうとする度に死の恐怖心が押し寄せてくる。

 無理だ、勝てっこない。そう声に出そうになった所で、糾弾の銃から重みを感じた。

 秋人が手を添えていた。

 その瞬間、ジェナの意志でなく勝手に弾劾の銃へと変形した。


「手が震えるなら、俺が狙いを定めてやる。

 倒せる自信がないなら、俺の力を分けてやる。

 あんたは一人じゃない」


 その言葉は、ジェナが最も欲しい言葉だった。

 雑念は秋人の激励により掃らわれ、心の澄んだ光に満ちた。

 その様子を見たアスタロトは今日一番の焦りがあった。

 秋人の聖力を吸収し、ジェナの聖力と融合させた一撃は、自身を容易く消滅させると悟ったからだ。

 当然、アスタロトは二人のやり取りを黙って見ていたわけではない。

 喰音を一発放てばそれで終わりだったのをしなかったのは、自身の中で変化があったからだった。

 ベルゼブブが殺された事による『怒り』が原因だった。

 その瞬間のみ、アスタロトは負の感情の『怠惰』よりも『憤怒』が上回ってしまっていた。

 司る負の感情から反れてしまえば、魔力は増すどころか減っていってしまうのは至極当然の事だった。

 ベルゼブブが殺されたとしても、『転生のシステム』によって後に復活する。それはアスタロトは身を以て知っている。ならば何故、怒りを抑制できなかったのか。

 仲間意識など自身にはないものだと思っていた。実際レヴィアタンが殺され、二度と復活することはないと言われても、仇討ちなどとは思わないだろう。むしろ馬鹿にするだろう。

 同じ七大悪魔と言えど、所詮別々の悪魔。どいつが死んでも関係などない。

 しかし、何百年と隣にいたベルゼブブは別だった。

 ここに来て、アスタロトは人間のような心が芽生えていた。

 パートナーと言える程の長い時間を共にしたベルゼブブを目の前で失ってしまった事により、哀しみや怒り、悔いなど様々な感情が渦巻いていた。

 決して諦めることなく、他人の為に命を懸けてボロボロになりながらも戦う少女の影響であることは想像に難しくない。

 くっそ野郎がっ!!! 自身の変化を認めず、咆哮した。


「他の感情を知ったなら、もう後戻りは出来ない。

 ………………大切にしろよ。次に生まれ変わったら、人間になれるといいな」


 一切裏表のない秋人の言葉。

 その言葉を聞いたアスタロトは一瞬思考が止まる。

 悪魔に向かって、自分を殺しに来た敵に向かって何を言っているんだ。

 二人の全身全霊の一撃が身体を貫いても、答えは見つからなかった。

 強引に結論付けるなら、これが統間秋人という人間なのだろう。

 最期に舌を打ち、アスタロトは消滅した。

 静寂した瞬間が続いた。

 二人は聖力を使い果たし、立っている事もやっとの状態だった。

 特に秋人は限界に近く、すぐに倒れてしまう。

 止血だけはしてるものの、傷自体は相当酷い。なにせ腹部が貫いたのだから。

 奇跡的に内臓の損傷は少なく、修復は可能だったが、重症には変わりない。むしろ立ち上がる事ができたのがジェナには不思議で仕方がなかった。


「………………大丈夫?」

「一応、塞がってはいるみたいだな………………。

 こうして生きてるのもお前のおかげだよ」


 ふへへ、と痛みを堪えるような引きつった笑みを見せる。


「わたしも………………あなたに助けられたわ」

「じゃあお互い様ってやつだな」

「それは貸し借りなしって言うべきじゃない?」


 秋人は少し考えるような仕草をした。


「そんな義務的みたいな言い方、したくないんだ。

 特に友達とはさ」

「………………でも、わたしはあなたを殺そうとした。

 それは許されることじゃない」

「言ったろ? 俺はあんたの捌け口に望んでなったんだ。

 あんたが気にすることじゃないし俺も気にしない。そんな問題はもう無かった話だ。

 ていうかさ………………」


 この時、秋人は微笑んだ。


「実は愛叶さえいれば友人なんかいらないってつい最近まで思ってたんだ。

 それでも俺に話しかけてくれる良い奴はいるし、あんたも根は良い奴ってのは最初からわかってたからな。

 だから友達になりたいって思ったんだ。

 あ、さっきも言ったが定義はわからんぞ」


 それを聞いたジェナは軽くため息を吐いた。


「ほんと大雑把ね。

 でも、ありがとう」

「なんだと。大雑把とか言うなよ、ジェナ」

「違うわ。

 わたしの名前は………………真奈(まな)


 少し躊躇うかのように、しかし恥ずかしげな表情で微笑む。


實川真奈(じつかわ まな)

 それが本当の名前よ。

 案外普通でしょ」


 それに対し、秋人は吹き出した。


「ぶふっ、そうなのか!」

「なっ、笑うところあった!?」

「はははは! いや、ごめんごめん。

 そういえば偽名ってのは聞いてたけど、ジェナ・イドマってすげえセンスしてんなって思っただけ」

「………………わたしだって名乗りたくて名乗ってたわけじゃない」

「わかったよ。ごめん。ジェナってのも格好いいけどな。

 でも、やっぱり本名の方がしっくりくるし、似合ってると思う」


 二人は殺し合ったことを忘れ、笑い合った。

 これから始まるであろう戦いを片隅に追いやり、今は笑う事に集中した。

 二人は数少ない理解者となったのだから。

 ここに琴羽愛叶を交えたい。秋人は自然とそう考えた。

 勇者とエルミカの真実は確かに残酷なものだが、愛叶なら受け入れてくれると信じていた。

 これからの障害など、どうにでもなると秋人はそんな気がした。

 しかしこの時、二人に近付く男がいた。

 鎧を模したような灰色の装束の上にフードの付いた足首まで届くコートを羽織り、首には白色の宝石が埋め込まれたチョーカーを着けていた。

 その白銀の長髪の男は突然なんの前触れもなく二人の視界に入った。

 男の名前はソウル・キーパ。ロスト・ブレイブのナンバーツーであった。

 その為、何故今更ソウル・キーパほどの男が戦地に現れたかを理解することが出来ず、ジェナの身体と思考は硬直した。

 ソウル・キーパは秋人だけを見ていた。

 不敵に笑う男を見た秋人は何も考えていなかった。

 しかし、身体だけは動いていた。

 傷だらけの身体に鞭を打つように、ただ男の顔だけを睨み、顕現させた淘汰の剣を力一杯振り上げた。

 その一撃は届かず、ソウルの槍の形をした勇者の武器(ブレイバー)によって阻まれてしまう。


「随分なご挨拶じゃないか? 統間秋人」


 軽快な口調で話し掛ける男に謎の苛立ちを覚える。

 全身から沸々と怒りが沸き上がる。

 初対面なはずなのにと違和感を覚えるが、感情は身体を動かす。


「あんたがどこの誰で………………なんで俺の事を知ってるのかとかはどうでもいい!

 俺は、あんたが憎い………………!」

「記憶は失っても心は憶えてるってことか?

 流石アシディアが見込んだ男ってとこだな」


 槍をくるりと回すだけで重心を反らされ、淘汰の剣は大地を削る。

 そこに間髪入れずにソウルは秋人の腹部に膝を叩き込んだ。


「、!?」


 塞ぎかかっていた傷口を狙われ、悶絶する秋人。

 それを眺め、は高笑いをする。


「しかし実力はお粗末ってことか? 傷を負っている事を差し引いても弱すぎて話にならないレベルだな」


 槍の刃を秋人の喉元へ向けた。


「ソウル様!? なにを!?」

「お前は黙って見ていろ」


 苦しむ秋人の身体はもう動かない。

 焦燥感と無力感、喪失感など様々な感情が津波のように秋人の頭の中をごちゃごちゃにかけ混ぜていく。

 そんな秋人に立ち上がる力はもうない。

 最後の悪あがきのように、ソウルを睨む。


「大きくなったもんだなぁ。

 あのクソガキがここまでの力を得て、ここまで思い通りになるとはな」


 ソウルの言葉にはっとなる。

 ごちゃごちゃになっていた感情が一つの疑問によって時が止まったように霧散した。

 この男は俺の過去を知っている。

 それだけが秋人を支配した。

 その感情は失った記憶の好奇心よりも怒りの感情に近かった。

 激しい怒りにより傷の回復に回していた聖力を全て淘汰の剣へ集約させた。

 全身の傷口から血が流れ出したこともお構い無しだった。

 自身の命より、目の前の男を斬ることだけを考えていた。

 その姿はまるで復讐に取り憑かれた鬼だった。

 それを見たジェナは秋人に畏怖の念を抱く。

 何をしても、何を語っても秋人は止まらない事を瞬時に悟った。

 秋人の血液の消費量は既に致死量寸前であった。普通ならば立つことさえ覚束無いはずである。

 そんな秋人を支えているのは謎の怒りという負の感情と不明瞭な意志であった。

 まるで声にならないうねり声を上げ、闘争本能の赴くままソウルに淘汰の剣を振り回した。

 しかし、勇者となって十年以上の歴然の猛者はそれに驚くことも臆すこともなく、容易くいなす。

 並の悪魔なら一撃で葬り去ることのできる程の出力を放つが、その一つ一つの動きが乱雑で、傷口を開きどんどん寿命をすり減らしていく。

 それにとうに気付いていたソウルは、やれやれとため息を吐く。


「まったく、面倒くさくなってきたなぁ」


 ソウルの勇者の武器(ブレイバー)は三叉の槍で、刃は灰色となっている。その刃の色が微妙に変化し、真っ白となる。

 それはソウルの第二形態だった。

 ソウルは秋人の動きを読み、右胸に槍を突き刺した。

 刃は秋人の身体を貫き、真っ赤な血液に浸った。

 秋人に痛みは無かった。それよりもこれまでの原動力を失ったような大きな虚脱感が秋人を満たした。

 ついに思考が止まるその瞬間、愛叶の姿だけが脳裏を過り、心の奥深くに沈んでいった。


「愛………………叶………………」


 そして、瞳は鎖され、統間秋人の物語は幕を閉じた――――――――――










 同時刻、琴羽愛叶は大切にしていたお皿を落としてしまう。

 いつもなら過剰な程慎重に扱っているのに、この瞬間だけは違った。


「あら! 大丈夫? 怪我はない? 愛叶ちゃん」

「あ………………うん。

 大丈夫、おばあちゃん」


 愛叶と暮らしている祖母が近寄り、割れたお皿の後始末を買って出た。

 普段、大切なお皿の扱い方を知っているからこそ、愛叶の祖母は尚更心配になり、休憩するように言う。

 愛叶はそれに甘えた。自分でも何かがおかしいと感じていた。

 謎の喪失感………………なのだろうか。自分の異変に愛叶は何も判断がつけられなかった。

 ただこの胸騒ぎはきっと、良い事ではないかもしれない。

 統間秋人の顔を思い出しながら、自室の窓から空を眺めた。

 空は曇っており、今にも雨が降りだしそうだった。


「………………絶対に帰ってきてね、秋人」


 そう呟き、愛叶は祈った。



第一部『人界編』

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