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第十八話 怠惰と暴食

 秋人が完全に倒れると、悪魔の全貌をジェナは直視した。

 筋肉質な身体に蝙蝠のような鋭利な黒い翼が二つ。見間違える事はなかった。ジェナは一度この悪魔と遭遇したことがある。

 まだロスト・ブレイブに加入して日が浅く、構成員の一人であるジファイロ・サウケイアと共に行動していた頃に遭遇し、全く歯が立たなかった。

 しかし、あの時はジファイロがトドメを差し、消滅したはずだった。何故復活しているのか、それには『転生のシステム』が起因していることなど、ジェナには知る由もなかった。


「あー、ダリぃ。

 上手いこと隙を突いて一撃で熨したが………………なんか見たことある顔が居るな」


 この悪魔の名はアスタロト。怠惰を司るだけあって、気だるげに腕に付着した秋人の血液を眺めた。


「あぁ、ロストなんたらってやつか………………」


 目が合うと、ぞくっと悪寒が走った。

 一切隠す気のない圧倒的な魔力。秋人との戦いの疲弊もあり、本来の実力差の何倍も感じてしまった。

 勝てるわけがない。そう思っても仕方がなかった。

 足は竦み、手は震えて糾弾の銃の照準など合わせられるわけがなかった。

 死を、連想してしまった。


「………………てめえは別にターゲットじゃねえからな………………。

 ダリぃ」


 そう言ってアスタロトは目を反らした。

 この時、無意識にジェナは安堵してしまった。

 アスタロトは自分に興味はなく、危害を加えるつもりはないらしい。怠惰を司る通り、無駄な事はなるべくしたくないのだろう。

 それは勿論こちらが何もしない事が大前提だ。

 前述の通り、今のジェナは戦える状況ではない。自ら七大悪魔の一体に喧嘩を売るなど無謀でしかない。


「こいつさえ始末しちまえば終わりだ」


 しかし、ジェナは今の言葉を聞いた途端、糾弾の銃の引き金を引いてしまった。

 その行動はほとんど無意識で、全力を込めた弾丸はアスタロトの眉間を的確に定めていた。

 思いのよらない一撃で、アスタロトの体は大きく仰け反った。一瞬の硬直の後、仰け反った体を起こし始めた。


「………………なるほど。

 ダリぃがてめえも死んどくか」


 眉間からひしゃげた弾丸が落ちる。

 魔力を解放するアスタロト。鷹が爪を隠すように、アスタロトもまた力を隠していた。

 通常状態で既に絶望的だった力の差はさらに広がった。


「あああああああああああああ!!」


 不思議と叫ぶと体の硬直が解ける。

 アスタロトの目的は統間秋人だ。それだけはわかっていた。

 意識を失った秋人の身柄を確保し、止血しなければこのまま死んでしまう可能性が高い。

 それからのジェナの行動は迅速だった。腰に着けているショートバッグから小さな玉を二つ取り出し、それをアスタロトへ投擲した。

 それは聖力を宿し、閉じ込めている丸薬のようなもの『聖方丸』だった。

 投擲した二つをジェナは糾弾の銃で的確に射撃し、器を失った聖力は眩い輝きを放った。

 いわゆる閃光弾のような効果で、一瞬アスタロトの目を反らす事に成功した。

 その一瞬の隙にジェナは倒れている秋人を抱え、森の中へ走った。

 行き先など考えていない。ただアスタロトから少しでも遠くへ逃げたかった。


「………………………ちっ、追いかけっこは好きじゃねえんだがな」


 当のアスタロトはボリボリと頭を掻きながらジェナの逃げた方向へ歩いていった。

 





 ジェナはアスタロトから逃れる事ができないことはわかっていた。

 意識のない秋人を置き去りにすれば逃げるだけの時間は稼げるかもしれないが、不思議とその選択肢は浮かばず、迎撃することだけを考えていた。

 しかしその為には、秋人を安全な場所へ移動させ、応急措置しなければならない。

 走っていると森の奥に小さな洞窟を発見し、そこに秋人を寝かした。

 秋人自身の聖力による治癒で血はほとんど止まっていたが、まだ完全に傷が塞がっていない上に血を流しすぎている。


「統間くん………………これを」


 水と一緒に飲ませたのは、聖方丸だった。聖力が籠っているため、体内に投薬すれば対象者の聖力と溶けて混ざり、消費した聖力を回復させることができる。回復させた聖力は活発化し、治癒が早くなるのだ。

 まだ安心できる段階ではないが、アスタロトの気配はかなり近付いてきている。

 アスタロトのようなデタラメな魔力を放つ悪魔は相手を萎縮させるが、欠点はある。その一つが相手に居場所を感知されやすいというところだ。

 真っ直ぐこちらに向かってきている。

 ジェナは不思議と今は落ち着いていた。聖方丸を二つほど飲み込み、全快とはいかないが、聖力を回復させた。

 もう一度、深く深く深呼吸をする。

 一度対峙したこともあり、アスタロトの能力は覚えていた。

 アスタロトは翼を変幻自在に姿を変え、己の武器とする。

 相性は、悪くないはずだ。

 近付かれる前に、気付かれる前に狙撃してしまえばいい。

 立ち上がりながら糾弾の銃を出現させると、秋人から呻き声が漏れた。


「………………………行く、のか?」


 口を開けるだけで精一杯なのだが、なんとか絞り出して声を出す。


「………………勘違いしてる?

 わたしが何をしに行くのかなんてわからないでしょうに」

「………………なんとなく、わかる。


 あんた………………死ぬつもりなんだろ」

「あなた、鋭いように見えて実は鈍ちんなのね。

 あなたとの話は途中だったはずよ」

「………………それが、なんだよ」

「あなたの話の続きを聞くまで、わたしは死ぬわけにはいかないよ」


 ジェナは微笑んだ。

 先程までの萎縮はない。戦えるコンディションまで回復した。

 洞窟を出たジェナは予め見つけておいた見晴らしの良い高台へ向かった。

 そこなら秋人のいる洞窟や山の梺まで覗ける。狙撃するにはうってつけだ。

 姿勢を低くし、糾弾の銃を構え、スコープを覗いた。

 まるで未来の世界から引っ張り出したかのような造形をしている糾弾の銃だが、その性能は折り紙付きだ。

 弾丸は聖力によって造られ、弾速、威力などを聖力で操作することができる。さらに弾丸には聖力で覆われている為に風の抵抗や空気摩擦などによる照準のズレは一切発生しない。狙いを定め、引き金を引けば必ず対象に命中するのだ。

 欠点と言えば、ピンポイントによる破壊のため、一発の威力が低いことにある。しかし。それでも直撃すれば悪魔など消滅させられるだけの威力はある。

 アスタロトを狙撃する上で問題が一つ。それは確実に倒せるかどうかが不明瞭な所だ。

 先程アスタロトの眉間に与えたダメージはほとんど無かった。弁明するならあの時は精神的に不安定で牽制程度の聖力しか籠っていなかった。

 今回は貫通させることだけに力を注ぐ。総じて悪魔の最大の弱点は胸の心臓だ。

 それさえ貫いてしまえば、近付く事なく倒せる。

 ジェナの武器は見るからに遠中距離のもので、近距離が不利なのは明らかだ。

 アスタロトの能力の事を考えると、狙撃による撃破は合理的だった。

 しかし、そこにはジェナの誤算があった。

 溢れ出ている暴力的なまでの魔力を感知し、そこから行動パターンを計算し、見晴らしが良く、最もアスタロトが通る可能性の高いポイントを抑えていたが、いつまでも姿を現さない事にジェナは苛立った。

 もうすぐそこまで来ているのは魔力を感知すればわかっていた。しかし、突然行動パターンがデタラメになり、ポイントから離れていく事に焦り、ジェナは立ち上がった。


「見つけたぜ。そんなとこに隠れてたんだな」


 背後からは何も感じていなかった。しかし、すぐ後ろで聞いた声の主は間違いなくアスタロトのものだった。

 そんな馬鹿な、と思考した矢先にアスタロトは掌に魔力を溜め、七大悪魔のみが放てる特有の技、『喰音(グオン)』を放った。

 マモンの放った喰音(グオン)は球状であったが、アスタロトの放ったものは照射状で回避が困難なものだった。

 それを直感的に理解したジェナは咄嗟に弾劾の銃を発動。しかし、それを放つには至らなかったがアスタロトの喰音(グオン)は大地を削り、ジェナの足場を崩壊させた。

 幸いそのおかげでジェナは喰音(グオン)の直撃を避ける事は出来たが、高台からは落下してしまう。

 上手く受け身を取りつつ着地したジェナは思考を止めずに加速させる。何故アスタロトが背後にいたのか。それに何故気付かなかったのか。自分の感知していた魔力はなんだったのか。

 崩壊した高台を睨むと、そこにはまだアスタロトがいた。しかし、魔力を感知することが出来ない。ここでアスタロトには自分の知らない能力があることを核心した。

 それと同時にジェナは真横からアスタロトと同等の魔力を感知した。

 振り向いた瞬間に広がった光景はマモンよりも歪な形をした生物の口だった。

 犬歯や前歯のような鋭利なものはなく、全てがすり潰す為の歯で歯並びは異常なまでに悪かった。その真上には豚を連想させる鼻があり、それらはふくよかな身体の大半を占めている程巨大なものだった。

 それがすぐ目の前に迫って来ており、反射的に糾弾の銃を防御に使用し、つっかえ棒のように口を塞ぐのを阻止した。

 それはジェナを押し倒し、噛み切らんとしていた。

 聖力による腕力強化でギリギリ耐えているが、次第に凶悪なパワーに圧され始める。


「うああああああ!!」


 左足を強化し、横腹のようなものを弾くように蹴り飛ばす。そちらからの攻撃は想定していなかったようで、大きな口から僅かな悲鳴を上げ、ゴロゴロと転がっていった。

 ジェナはすぐさま立ち上がり、最速最高最大の弾丸を放った。

 転がっているそれに眼球のような器官は見当たらない。音速を超える弾丸を対処する事は不可能だとジェナは判断していた。

 しかし、何も無かったはずの横腹から突如巨大な口が現れ、ジェナの弾丸を噛み砕いた。


「な………………っ!?」


 横腹の口は閉じ、ゆっくりとそれは立ち上がった。

 大きな鼻は健在だが、どこへ行ったのか口は普通の人間と同じような大きさに戻っていた。

 その横に翼を畳みながらアスタロトが降りてきた。


「仕留め損なったのかよ、ベル」

「おえっ、あいつの弾フワフワが入っててきぶん悪い………………」

「考えなしに喰おうとすっからだ、馬鹿が」


 それの正体は、暴食を司る悪魔『ベルゼブブ』だった。

 マモンを屠った秋人を警戒し始めた魔界のサタンは確実に秋人を始末する為の策として、七大悪魔の内の二体を秋人へ放った。

 その秋人は殺されてはいないが致命傷を負い、ジェナは守る為に秋人を隠すが、状況は絶望的だった。

 ロスト・ブレイブから援軍はあり得ない。一枚岩でなく、あくまで利己的な者の多い事はジェナはよく知っていた。

 この二体はジェナ一人が相手をし、勝利しなければならない。

 秋人より場数を踏み、頭の回転率で上回っているジェナはとある策を思い付く。


「あなた達は自分の罪を考えた事はあるかしら?」

「あ? てめえら人間の罪が俺達を生み、力を与えたんだぜ?」

「そうね。人間は罪作りな生物だとわたしも思うわ。

 わたしが言っているのはあなた達自身の罪の事よ。七罪は関係ない」

「…………おいら、よくわかんない」

「じゃあてめえはもう何も考えんじゃねえ。

 ……………わりぃが嬢ちゃん、考えた事はねえな。

 ダリぃ話とドンパチはもうそろそろ終わりにしてえんだが構わねぇか?」

「………………ええ、そうね。終わりにしましょうか。

 あなた達の数々の罪………………わたしが糾弾するわ」


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