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第十六話 覚悟

 ジェナが放つ弾丸は恐るべき速さだった。

 回避に成功したのはほとんど偶然によるもので、かなり強引に身を捻ると、まるで空間を捻り切るかのような通過音が鼻先を通りすぎた。

 すぐにジェナは俺に銃口を向ける。

 崩れた体勢を整え、素速くその場から走る。先程まで居た場所には三つの穴が砂煙を上げながら出現した。

 聖力で視力を強化するが、それでも速すぎて見えないのか、そもそも視力を強化することに意味がないのかわからないが、とにかく何も見えない。

 幸い淘汰の剣を貫通することは出来ず、それを盾にして森に一時身を隠すことにした。


「わたしから距離を取ってどうするつもり?

 そんなんじゃわたしに勝てっこないわよ!」


 んなことわかってらい。

 しかし、こっちは剣、あっちは銃。リーチの差は比べるまでもない。

 しかも速射性も優れている。あのまま馬鹿正直に突っ込んだとしても蜂の巣だろう。

 ここはまず逃げに徹し、少しでも多くの情報を得、対策法を考える。

 しかし、見えない弾丸などどう対処していけばいいのだろうか。

 いや、そもそも俺は、ジェナを斬れるのか?

 今まで俺は悪魔とばかり戦ってきた。

 レヴィアタンはギリギリ人の形をしていたが、斬ることに躊躇いはなかった。

 しかし、ジェナは勇者だが、その前に人間だ。

 俺の敵は悪魔だけだ。

 今更になって躊躇いを持つなんて、俺も随分と優柔不断な奴だ。

 そう自覚していても、なかなか気持ちの整理は追い付かないし、覚悟は決められない。

 直後、俺の目の前にあった木に突然穴が空いた。

 自重を支える部分を貫通したようで、耐えられなくなった木は重力に倣って倒れていく。

 それが身体に直撃した時は想像に難くない。

 しばらく逃げ回っていると、発砲音が止んだ。恐らく俺を見失ったのだろう。

 これは好機だ。一気に間を詰め、奇襲を掛ける。

 しかし、奇襲を掛けるということはジェナを斬るということだ。

 今はそんな事を言っていられない。斬らねば勝てないし、命は無いんだ。

 斬らなきゃ、ダメなんだ。

 剣を持つ右手の震えを左手で抑え、気配を消し、身を隠す。

 ジェナは近くにいるようで、耳をすませば落ち葉を踏む音が聞こえる。

 どんどんと近付いてくるジェナ。緊張の一瞬。

 俺が身を隠す別の方向に罠を仕掛けた。それは聖力で作った鳴子のようなもの。ジェナがそこを通れば落ち葉が舞う程度の軽度の爆発が生じた。


「ッ!?」


 慌ててそこに銃口を向けるジェナ。しかし、そこに俺はいない。

 背中を向けたジェナに向かって飛び出し、剣を振り下ろす。

 躊躇っている場合ではない。斬らなきゃやられる。今はそんな戦いなんだ。

 けれど、俺は斬って後悔することはないのか?

 そんな一瞬の迷いが、反撃の隙を生んだ。

 ジェナは振り向き様に、俺に三発撃ち込んだ。

 弾丸は貫通することなく俺を吹き飛ばす。

 手加減をしたのか殺傷力は激減していた。とはいえ、三発も直撃を受けてすぐに立ち上がれるほどのダメージではなかった。


「無様ね、罠まで張っといて仕留め損ねるなんて。油断した? それとも躊躇ったの? どちらにせよわたしが加減をしなかったらあなたは今頃命は無かったのよ」


 ジェナの言っている事は正しい。


「最終通告よ。わたしと一緒に来なさい。

 わたし達と一緒に歩めば新たな居場所が出来るし、死ぬことはないわ。

 それでも逆らうって言うなら…………………今度こそ、殺すわ」


 ここで俺は、気付く。

 ジェナは何故、俺に加減をした?

 俺はジェナが心酔するアシディアって奴を悪く言った。ロスト・ブレイブの存在そのものを否定した。

 俺は何故生かされている?

 簡単だった。ジェナも俺と同様に迷いを捨てきれていないからだ。

 人間同士で戦いたいだなんて、誰が思う。

 俺はなんて優柔不断なんだ。斬りたくないなんて、なんて甘かったんだ。

 傷を付けてしまうなんて当たり前だ。これは戦いなんだ。


「………………あんた、人を傷付けて、心は痛まないのか?」


 俺に銃口を向けるジェナの表情は悲痛に満ちていった。


「そんなわけないじゃない………………誰も傷付かないやり方があるなら、それをするのが人間でしょ」


 やはり、そうか。

 ジェナは覚悟しているんだ。

 人を傷付けようが心が痛もうが、それをするだけの目的と覚悟がジェナにはあるんだ。

 俺には、それが足りない。

 どんなベクトルでも、自分の行動原理………………それをするだけの覚悟が必要なんだ。

 俺の行動原理は、愛叶だ。

 愛叶とこの未来(さき)を歩む為に、俺は勝って生き延びる。

 そのためには、何をしてもいいのか?

 それもまた違うはずだ。

 心が痛むやり方では悔いが残る。

 罪悪感にまみれた手で、愛叶の手は触れられない。

 だから俺は、絶対に悔いの残らない戦いをする。

 俺は人は斬らない。


「ようやく決まった………………覚悟が」


 すでにボロボロの身体を起き上げる。ジェナの弾丸の痛みはまだあり、かなりキツい。

 しかし、俺は言わなきゃならない。

 自分の覚悟を。


「覚悟?」

「ああ。もう迷わない。

 あんたをぶっ倒す」

「………………そう。あなたにわたしを斬るっていうならもう容赦はしない」

「いや、俺は人は斬らない………………!」


 ジェナはライフルの引き金を引き、銃口から即死級の聖力を込めた弾丸が放たれた。

 ジェナの感情が昂っていたこともあり、先程とは比べ物にならない破壊力だろう。

 ほんの一振り。

 それだけでジェナの放った弾丸は真っ二つに割れ、弾丸の欠片はジェナの頬を擦った。

 頬から流れる血はゆっくりと落ちていく。


「俺は人は斬らない………………。

 俺はあんたのその腐った性根を斬る!」

「屁理屈を!!」


 激昂するジェナはライフルを乱射した。

 しかし狙いは酷く、そのほとんどが無駄弾となっている。

 命中しそうになる数発は淘汰の剣で弾く。

 視認不可能な速度の弾丸。その対処は案外簡単だった。

 俺は今、聖力を全身から放出させ、ジェナのいる方向へ集中させている。

 ジェナの弾丸は空気摩擦や風向きなどを凌駕し、撃った所に一寸違わず一直線に進んでいる。

 曲がることがないのなら、それはつまり軌道を把握しさえすれば、回避は容易だということ。

 放出させた聖力は弾丸に触れると揺らぐ。聖力をレーダー代わりにすることで、軌道の把握は成功した。

 後は淘汰の剣に俺の全神経を集中させ、弾速を超える太刀を繰り出すだけだ。

 勿論、一瞬でも気が緩んだり集中を途切れてしまえば対処できず蜂の巣だろう。かなり神経を使い、目に見えない程の濃度とは言え、常にスタミナが減っていく。正直頭の良いやり方ではない。

 しかし、光速の弾丸を防ぐ術を編み出したのは大きい。短期決戦に持ち込めば勝率はぐぐっと上がる。

 第二形態、断罪の剣を発動すると、剣は形状を変え、鋒から聖力が溢れ出す。

 一度発動をすれば任意での発動も可能らしい。

 剣を水平に振ると、鋒から溢れる聖力は細長く伸び、それを切り離すとジェナの方へ飛んでいく。

 切り離された聖力はチェーンソーのように表面を駆け巡っている為、それに触れた木々は切り落とされていく。

 言わば飛来する斬撃だ。

 ジェナは飛来する斬撃に弾丸を集中させて放つが、それを呑み込む。練り込んだ聖力の質量が違いすぎるからだ。

 横に拡がる飛来する斬撃の回避は困難だ。だからジェナは飛んで回避する方法しかなかった。

 それを読んでいた俺は、ジェナの上空で待ち伏せていた。


「、!?」


 高く上げた淘汰の剣を振り下ろしたが、そこにジェナはいなかった。

 ライフルを水平に構え、澄んだ緑色の聖力を放出し、それに生じる衝撃を推進力とすることで、空中で軌道を変えることに成功したのだ。

 しかし、俺だって負けていない。

 断罪の剣に変形させ、斬撃を飛ばす。

 咄嗟の事で聖力を込めきれず、威力は弱い。斬撃に当たったジェナを吹き飛ばすだけにとどまった。

 それでも高所から加速しながら落下すれば大ダメージは必至で、木々を薙ぎ倒しながら落ちたジェナは呻き声を上げ、しばらく立ち上がれないようだった。

 このまま追撃することを考えたが、迂闊に近付く事は危険だと本能が止めた。

 何故なら、空中で軌道を変える際に放った一撃………………ライフルが変形したからだ。

 銃口が半分に割れ、グリップを覆うように展開し、剥き出しになった所からコの字にバレルが更に展開。そこから弾丸ではなく、恐らくジェナ自身の聖力を放出したのだ。

 俺の淘汰の剣と同様、あれは勇者の武器(ブレイバー)だ。しかも俺よりも勇者歴が長い。第二形態に覚醒していてもおかしくない。

 しかもどのような能力を持つか不明だ。迂闊に近付くのは得策ではない。


「………………これは奥の手。

 圧倒的な聖力の質量を持ってして対象を消滅させる。

 『糾弾の銃』とは違って加減は出来ない………………」


 呟きながら立ち上がり、俺に銃口を向けた。


「これを人に向けるのは初めて………………。

 あなたの事はもう許さない。

 『弾劾の銃』であなたを殺す………………!!」


 コの字のバレルから緑色の聖力が球状に凝縮されていく。それは次第に膨れ上がり、正面から見るとジェナの姿を隠してしまう程の大きさとなった。

 ジェナが引き金を引くと、膨大な聖力の球は放出された。

 一見しただけでもそれを受け止めたり弾いたりすることを思考から取り除いた。これはなんとしても回避しなければならない。

 幸い弾速は糾弾の銃よりも遅く、滑り込むようにして紙一重で回避に成功した。

 膨大な聖力の球は障害物などを消滅させながら文字通り一直線に進んでいき、見えなくなっても威力が弱まっているようには感じなかった。

 この一撃はかなり危険だ。掠りでもしたらそれで致命傷だ。

 けど、それでも。


「あんたがどんな隠し球を持ってようが一緒だ。

 あんたには絶対負けない。

 言ったろ、その腐った性根を斬るって」


 決着は、近い。

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