第十五話 勇者とは
愛叶と別れてしばらく経った。
俺の決心に偽りはない。
しかし、迷いがないのかと言われたら、そうではない。
現在進行形で迷い続けている。
もっと別の落としどころがあったのではないか。
愛叶と話したことに後悔はないが、反省することは沢山だ。
あぁ、いかんな。この感情は今、表に出してはならない。全てが終わるまで隠すと決心したんだ。
再び湧いて出る感情をぐっと堪え、俯きかけた顔を上げた。
徒歩で四十分ほどに人通りが少なく、滅多に誰も立ち寄らない山の近くに辿り着いた。
もしもの事があるから、一応ここなら人目を気にする必要はない。
「待たせてすまない。
話をしようか、ジェナ」
大声を出したつもりはなかった。ほんの少し呟くように言っただけで相手に伝わったようで、ジェナは音もなく俺の後ろから現れた。
目が合うと、ジェナは微笑んだ。
「意外と早かったわね。ちゃんと語らえたのかしら?」
「心配ご無用だよ」
「そう。良かったわね」
微笑むジェナの瞳は羨望にも見えた。
「そう言えば俺の自己紹介がまだだったよな。名前は………」
「統間秋人、でしょ。
さっき呼んだはずだけど」
「自己紹介くらい自分からしたいだろ。
それにしても妙だな。なんで俺の事を知っている?
俺は勇者になってまだ日が浅い。
新人勇者の顔がこんなに早く知れ渡るくらい狭い世界なのか?」
「いえ、勇者はこの世界にあなたが想像できない程多くいるわ。今こうしている間も増え続けてるはずよ。
あなたに関しては………………異例よ」
俺が異例?
エルミカに唆され、勇者となった。
それ自体が異例ということなのか?
いや、確か他にあったはずだ。
「あんたの言う異例ってのは………………ロスト・ブレイブってやつのボスのことか?」
「そう。
わたし達のボス『アシディア・カブギオン』があなたを友としてロスト・ブレイブに迎えろと仰った。
アシディア様の考えはわたしにはわからないけれど、アシディア様の成す事に間違いはないわ」
「………………へえ」
アシディア・カプギオン。当然ながら聞いたことなどない。
それにしてもジェナって女………………。
頭を掻きながら深くため息を吐く。
どうやら面倒な事になりそうな雰囲気がぷんぷんするぜ。
「それってつまりスカウト、だよな? ロスト・ブレイブの」
「そう。アシディア様自らのご指名よ。
光栄に思いな」
「お断りだ」
「さい………………え?」
自信満々に語ってくれている所申し訳ないが、即答する。
勇者になる前にエルミカにもしたが、なかなか面白い反応してくれるな。
「理由は二つ。
まずあんたらロスト・ブレイブっていう得体の知れない組織に入るメリットなんかない。
それに俺はさっさとこの争いを終わらせたいんだ。
あんたらの目的は知らないが、下手につるんでも面倒なだけだから」
「わたし達もこんな下らない戦争を終わらせたい。
その想いで戦力を増やしている。それがわからないの?」
「どーだかな。本当にそれだけが目的か?
俺はそうは思えないけどな」
「何を根拠に………………!」
「根拠っていうかさ、あんた随分アシディアって奴を盲信してるよな。
そこが胡散臭いんだよ。
人を呼び出すのに部下使ってるとこも見下してる感がして不快だしな」
間違いなく俺の本音ではあるが、過剰に悪態を吐かせてもらった。
アシディアって奴は胡散臭い。ジェナから洗脳めいた感じがするんだ。
ここは戦う事になっても情報を奪う。
しかし、俺の挑発は空振りした。
「………………あなたがわたし達を信じられないのも無理はないかもしれないわね。
たった一人で戦ってきたんだもの。
それと順番が変わってしまったのにも問題があったわね。
ごめんなさい」
なんとジェナは自ら頭を下げてきた。
戦闘になることを覚悟していた俺からすると些か拍子抜けするものだったが、落ち着いて話が出来ることに越したことはない。
「………………こちらこそ、悪く言い過ぎた」
こちらも頭を下げたというか軽く会釈のようなものをしたら、ジェナはニコリと笑った。
「これを先に話すべきだった。
落ち着いて聞いてね、今からわたしが話すことは嘘偽りのない真実よ」
「それを俺が知ってもあんたの仲間になるとは限らないぞ」
「今は聞くだけでいいわ。
心の整理が必要だもの」
そう言いながらジェナは自分の胸に手を当てた。
少し俯いていた顔を上げ、俺と目が会った。
「わたし達ロスト・ブレイブは、エルミカによって量産され、そして捨てられた勇者の集団よ」
概ね予想通り。しかし、エルミカに捨てられた、とは?
「恐らく最初はあなたと同じよ。
この身に宿る聖力の素質を見込まれ、人間から勇者へと進化した。
しかしそれは、あいつらの罠だったのよ」
「罠………………?」
「約十年程前から悪魔は人界に蔓延るようになったことは知っているかしら?
本来は魔界から人界に悪魔が流れ込んでくることなど数十年に一度の頻度だったらしいわ。
それが何故だかはわたしにもわからないけれど、そのせいで『人界』『天界』『魔界』の均衡は崩れた。それを危惧した天使達はこう考えた」
「………………人界に侵入した悪魔を俺達、人間に駆逐させようってことか?」
「それだけじゃないわ。
崩れた均衡を正す為に悪魔を駆逐した後、天使はわたし達勇者を殺し、増えすぎた魔力と帳尻を合わせる聖力の贄としたのよ」
「………………なるほどな。
それであんたらは反逆した、と。
でもさ、それはエルミカ本人から聞いたんじゃないんだろ?
推測の域を出ないはずだ。敵と断定するには押しが弱い気がするけどな」
エルミカが胡散臭くて信用しがたいのは全面的に同意するが。
「………………あなたはまだ気がついていないのね。
わたし達勇者の身体に起こったことを」
「あん?」
身体に起こったこと?
聖力を扱えるようになったことを言っているのか?
いや、そんなことを議論しても今更な話だ。第一それは勇者になる際に半ば同意だったはずだ。
ジェナが言っているのは、俺がまだ認知していない何かということになる。
なんだ、俺は一体何を気付いていない?
「勇者とは聖力を扱い、急速な進化を認められた人間………………。
そして、聖力を扱うことに関しては天使も同じ。
つまりわたし達は言い換えれば半分天使になったようなものなの。
天使は三つの世界を統括するために死ぬことはないし歳も取らない」
「………………その特徴が俺達にも影響されていると?」
「いえ、わたし達は死ぬわ。普通の人間と同じように、簡単にね。
わたし達が受け継いでしまったのは不老の部分。
わたし達は歳を取ることはなくなってしまった」
哀しみを帯びた瞳。微かに涙が見える。
俺はまだ勇者となって日が浅い。だから俺は気付けなかった。
歳を取らないというのは一見良いことのようだが、そんなことはない、かなり恐ろしいことだ。
家族や友人と共に老いることができない? いや、それ以前の問題だ。
俺は学生だ。十代の若者の成長を時を止めたように老いなくなれば、遠くない未来、周囲は違和感を覚えるだろう。
誤魔化しなど聞かなくなる。誰もが俺を異質だと指を差してくるだろう。
そうなれば今まで通りの生活ができるのか? いや、不可能だ。
それを回避するためのたった一つの手段。それは記憶の改竄だ。
しかし、それは自力では不可能で、エルミカが必要になってくる。
エルミカに捨てられた………………。つまり、自分の目の前から居なくなってしまったら………………?
周囲からの介入は免れないだろう。下手をすれば気味悪がられ、周囲に人が寄り付かなくなる。さらに悪魔と戦いを一般人に見られようものなら、社会問題へ発展する可能性だってある。
俺達は社会的に殺される可能性を秘めているということになるのか。
「事の重大さがわかったかしら?
力を得れば、それ相応の対価を支払わなければならない。
わたし達は変わらない日常を失ったのよ」
「気のせいの可能性は………………?」
「あり得ないわ。
わたしが勇者となったのは十六の歳だった。
それから二年経ったけど、その間わたしの身体は時が止まったかのように髪は伸びないし身長や体重も全く変わらない。
仲間の中には十年前に勇者になった者もいるけど、答えは一緒よ」
ジェナの嘘には………………見えない。
俺の直感が言っている。真実だと。
「は、はは………、でも全然………………実感なんか湧かないな」
知れば知るほどあの日の自分に後悔する。
人によっては便利な力かもしれないけどな。老いがないなんて、人間の理想じゃないか。すごいじゃん。
これから一生このままってことだろ? 今の身体能力を死ぬまでキープできるなんて、スポーツ業界に入ったらきっとウハウハだ。
ならばいっそこのまま武器を捨てて無理矢理にでも日常に溶け込むか? どうせ俺には家族はいない。親しい友人だって………………いない。
旅に出るとかだって、いいんじゃないか?
「………………………………………………、」
最高に、下らない。
俺は何がしたい? 有名になりたいのか。日常をただ送りたいのか。このまま戦いたいのか。ただ生きたいだけなのか。
生きたい。いや、ただ生きたいだけじゃダメだ。
隣に愛叶が居なきゃ、ダメなんだ。
愛叶が俺に生の意味を教えてくれる。
だから俺は、愛叶の為に生きる。
俺の身体がどうなったとしても。
「あんたの話はよくわかった。
やっぱりエルミカは信用ならない奴で、俺の身体に何が起こったってことも」
「………………そう。ショックなのはわかるわ。わたし達も一緒だもの。
でも悲観することはないわ。もうすぐわたし達の居場所ができるから」
「居場所?」
「アシディア様は天界と魔界の無意味な戦争を終結させ、居場所を失ったわたし達元勇者の居場所を新たに創ってくれるの。
そこでならわたし達はもう冷えた視線を気にしなくてもいい………………そう、楽園なのよ」
「…………………なるほどな。
楽園か………………いいな、それ」
「そうでしょうとも。これでわかったでしょう?
あなたはこちら側の人間。
一緒に楽園を創る為に戦いましょう?」
手を差し伸べるジェナ。
俺はその手を目指して手を伸ばし――――――――――それを弾いた。
「話を聞いても、俺の答えは変わらない。
そんな幻想はお断りだ」
「………………………………は?」
呆気に取られたような表情のジェナ。
居場所を失った者なら、ジェナの勧誘を断る理由などないだろう。
俺ももしかしたら愛叶が居なければジェナの手を掴んでいたかもしれない。
しかし、ジェナの言っている事はただの傷の舐め合いだ。それを否定するわけではないが、俺はそれする気には到底ならない。
「勇者になって後悔ばかりだけど悪かったことばかりじゃない。
ほんの一握りだけど、良いことも確かにあったんだ。
あんたらの事は気の毒だと思ってるけどな………………その哀しみを俺に押し付けるな!」
怒りを堪えるかのように両手が震え出すジェナ。その瞳には先程の憂いは無かった。殺気が込められた眼光は俺を射抜く程だ。
「……………………そう。なら仕方がないわね。
あなたは異端分子として」
左手を横に伸ばすと、その左手から聖力と思われる薄緑色の光子が集結していき、やがてそれはジェナの身の丈ほどの大きさへ拡がり、ライフルへと具現化した。
「糾弾する………………!!」
戦闘することはやはり避けられなかった。
既に完治した左腕のギプスを解放し、右手から淘汰の剣を俺は呼び出した。
これから、勇者同士の戦いが始まる。




