第十四話 琴羽愛叶
「あなたと彼女がどういう関係なのかはどうでもいいけれど、話があるならした方がいいとわたしは思うわ。
わたしの話は急ぐわけではないからその後でもいい。でも必ずわたしの話は聞いてもらう。
それがあなたの為よ」
ジェナなそれを言い残し、少し寂しげな表情をして去っていった。
ロスト・ブレイブのメンバーがどんな奴らかは知る由もないが、少なくともジェナには最低限のモラルはあるらしい。
愛叶と目を合わせるが、すぐに目を反らされてしまう。悲しい。
場所を移動することを提案し、俺と愛叶は歩き始める。
「なぁ愛叶。お前、なんで学校に? 休みだったんだろ?」
「………………わからない。
でも何故だか、行かなきゃって思って………………。
行けば秋人に会えると思ったの」
「そう………………か」
俺の居場所を察知でもしたっていうのか?
そんな超能力のようなものあり得やしない。
いや、あるだろ。超能力と似て非なるもの、聖力。
記憶を失って存在すら忘れてしまっているはずだが、一度魔力に身体を蝕まれ、強制的に聖力を増幅させることによって難を逃れ、結果的に常人よりも高い聖力を宿すことになってしまっている。
俺の聖力が愛叶に影響を与えている?
「そんなことより………………さ。
聞きたいことがあるの」
「聞きたいこと………………?」
考えを張り巡らしている所に愛叶が話を切り出す。
俺に聞きたいことは、沢山あるだろう。そもそも昨日だって記憶が曖昧だからという理由で俺を訪れたんだ。
愛叶の目の前で銀行強盗を薙ぎ倒し、途中で消えたなんて文を起こすだけで聞きたいことはバーゲンセール並にあるだろう。
ならばすることは一つ。全力で誤魔化す。
多少矛盾が発生してもいい。勢いで乗り切ってやる。
しかし、愛叶の第一声は俺の予想を超えていた。
「秋人は一体何と戦っているの?」
は?
え、なに、ええ?
「た、戦う? な、なんのことだ?」
我ながら苦しい。
しかし、愛叶の言うことが本当にわからない。
俺が悪魔と戦っていることに気付かれた?
レヴィアタンとのことを思い出してしまったのか?
俺は愛叶の前で武さている銀行強盗と戦い、勝利してしまっている。
その時点でただの高校生ではないと勘繰っても無理はない。
「誤魔化さないで。
呆れるかもしれないけど、見たの。
秋人がデカイ剣持って、化け物と戦っているところ………………夢で」
夢で俺の戦いを見たって?
たかが夢と言っても、やけに具体的だ。こんな嘘を吐くメリットは愛叶にはない。
信憑性とかそういう問題ではないな。実際に愛叶は見たんだ。俺が戦っているところを。
記憶に無理矢理蓋をしたが、それが外れかけている。
それは俺が愛叶に与えた聖力と関係があるのか。
どうしてだとか何故だか言っても答えはわからない。
愛叶が思い出しかけている以上、下手な誤魔化しは通用しない。
しかし、本当の事を話すべきなのだろうか。
天界とか悪魔とか、勇者とか馬鹿馬鹿しい話と一蹴されてもおかしくない内容ばかりだ。
いや、違うだろ。
そんな馬鹿馬鹿しい話を持ち掛けたのは他でもない愛叶だ。
それは杞憂でしかない。そんな段階は既に超えている。
話すべきだ。全てを。
「………………愛叶。俺の話を信じるかどうかはお前次第だ」
決心したような顔付きで、愛叶はゆっくり頷いた。
それから俺の知っている事を全て話した。
天界や悪魔。俺や勇者のこと。銀行で何が起きたかを。
俺が知らない事は山程ある。信憑性に欠けていて、馬鹿馬鹿しくて、補完すらされていないそんな話を、愛叶は黙って頷き、聞いていた。
全て話した頃には日が暮れる所で、公園のベンチに座っていた愛叶茜色の夕陽が照らし、瞳の中に勇ましさを印象づけた。
「これが俺の知っている全部。
どうだ? なかなかファンタスティックだろ?」
「うん、想像してたよりもよっぽどね」
「驚いたか?」
「うん」
「そっか」
受け入れてくれたのだろうか。俺の勝手な考えで話してしまったが、それが良いことだったかどうかはわからない。それで誰かが救われたわけではないのだ。
本当に話してしまってよかったのだろうか………………。
実のところ自己満足でしかない。
愛叶の事を本当に想うなら話すべきではなかったのではないか。
「話してくれて、ありがとう」
「え………………?」
愛叶の言葉に俺は俯いていた顔を上げた。
「秋人には話さないことだってできた。
私がへンテコな事を言ってもちゃんと受け止めて、私の事を考えてくれた」
「は、いや………………ヘンテコって、俺の話だってそうだろ?
信憑性なんてないし………………変な奴だって思われても仕方がないほどだったろ」
「そう? 別世界があるってなかなかロマンチックじゃない?」
「ロマ………………そういう問題か?」
「受け止め方は人それぞれだと思うよ。
信じようとしない人もいるだろうけど、私は秋人の話を信じる。
長い付き合いだもん、幼馴染の顔見れば嘘なんか簡単に見抜けるよ」
「はは、マジかよ」
俺は琴羽愛叶を見くびっていたかもしれない。
俺にとって愛叶は、記憶にない家族よりも大切な人だ。
そんな人が俺を信じると言ってくれている。
こんなに嬉しい事はない。
「ありがとう、愛叶。
これからもずっと、大好きだ」
打算も思惑もない、自然に出た言葉。
そうだ、下手な小細工などいらなかった。
こうして真っ直ぐに想いを告げれば、必ず伝わるんだ。
愛叶の顔はみるみる紅潮し、俺から目を反らす。しばらくしてゆっくり振り返り、俺と向き合った。
「いろいろあったけど、三年の空白の時間だって秋人を忘れたことなかった。
私も………………秋人のことが好き」
勇者となって、紆余曲折あったとはいえ、俺の望みは叶ったと言える。皮肉にもね。
気持ちが浮く。心が踊る。今の気持ちをとても表現しきれない。
喜びの感情が沸き上がり、頭がどうかなってしまいそうだ。
愛叶との未来を想像するだけで幸福感に満ち溢れる。
口元が無意識に緩み、ふへへとだらしない声が漏れる。
深く深呼吸し、その感情を全て心の奥に仕舞いこんだ。
俺にはまだするべきことがある。
「ごめん、愛叶。そろそろ俺、行くよ」
「………………うん」
複雑そうな顔をして、いかにも作ったような笑顔で俺を見た。
その時、愛叶の感情の一部が聖力を通して感じ取った。
行かないでくれと引き留め、縋がるビジョンが脳裏を過った。
確証はないけれど、これが恐らく愛叶の本当の気持ちなのかもしれない。
しかし、それをしないのは逆に俺の感情の一部が愛叶に流れているからかもしれない。
俺は決着を着けねばならない。
勇者をやっている限り、俺は常に危険と隣り合わせだ。
それに愛叶を巻き込むわけにいかない。
さっさとこの戦争を終わらせる。
「大丈夫だ」
愛叶の左手をぎゅっと握り締める。
「うん、信じてる」
その言葉が俺を強くしてくれる。




