第十三話 邂逅
目が覚めると、随分見慣れた天井が視界に広がった。
「おや、ようやくお目覚めかい?」
いつからそこに居たのか、エルミカは俺の隣に立っていた。
体を起こすと左腕に激痛が走った。
マモンに折られた左腕だ。
よく自分の体を見るとあちこち丁寧に包帯が巻かれていた。
なんだ………………?何故俺はここにいる?
マモンとの戦闘のあとの記憶がない。
「マモンと戦ったようだね。
その様子では随分苦戦したようだけど、こんなにも早く第二段階に達し、結果的に退けることができるなんてね。
君には驚かされてばっかりだ」
そう言いながらエルミカの表情は何も変わっていない。
「俺……………どうやって帰ってきたんだ?」
「私さ。
君とマモンの戦いは察知できたからね。
ただどういうわけか君を発見した時は怪我の処置をされていた状態だった。
誰がしたのか覚えてないのかい?」
まったく思い出せない。
「ってか、第二段階ってなんのことだよ」
「そういえば言っていなかったね」
言っていなかったって………………。エルミカは肝心な情報は前もって教えてはくれない。俺を勇者にした目的以外の質問には答えるが、基本的に言葉が足りなさすぎるのだ。ざっくばらんとしている俺も悪いとは思うが。
「勇者とは、勇気溢れる者で世界のいわば救世主と呼ばれる者だが、本来は勇気の武器を進化させることのできる人種を指すんだ」
「進化?」
「そうさ。人間は天使や悪魔と比べて圧倒的に脆弱だ。
しかし、人間は己の実力だけでなく可能性や運命などを武器に力を高めることができるんだ。
かつて君と同じように聖力を扱えるようになるまで極めた人間が数人いた。
その人間は私達の想像を遥かに上回る力を有し、聖力で武器を生み出し、さらにそれを進化させて戦ったんだ。
神が人間に与えた唯一の力………………まさに神器さ」
「勇者の武器とか神器とかどうでもいいけどさ、要は俺の淘汰の剣も大昔の奴らみたいに進化したってことか?」
「そうさ。
しかし、進化は修行や努力では発現しないと言われている。
発現したことに何か心当たりはあるかい?」
心当たりと言われれば、一応ある。
自分の無力さを嘆き、恨み、力を欲した。人の為に戦い、何がなんでも倒すことだけを考えた。
それが勇気なのか?
「心当たりはあったようだね。
詳しくは聞かないよ。自覚してしまえば君の成長を妨げてしまうかもしれないからね」
「冗談じゃない………。
もう戦いなんか懲り懲りだ。人の生き死になんか見たく………………」
そこでセーラー服の少女が血みどろになって倒れていく姿がフラッシュバックした。
そして、すぐにライフルを構えた別の姿をした少女が脳裏を過った。
「どうかしたのかい?」
言葉に詰まり、放心していた俺にエルミカは話し掛ける。
特に心配してそうな感じではないが。
「いや、なんでもねえよ」
ふと時間を見ると、学生にとって心臓がぎゅんっと収縮してしまうような時間だった。
慌ててベッドから飛び降りると折られた左腕以外痛みはなかった。
なんでだ? なにかあったと思ったが覚えていない。
くそ、昨日の記憶が曖昧だ。
「学校行くけど、ついてくるなよ」
「安心するといい。
私にも用事がある。君についていく気は毛頭なかったよ」
「あっそ」
返答にいちいち腹立つが願ったり叶ったりだ。
家の扉を閉める瞬間、エルミカは光に消えた。
完全に遅刻だ。しかし左腕に巻いたギプスのせいで満足に走れない。
まぁ別に学校が好きなわけではないから遅刻するのはいいが。
愛叶はどうなった?
あの戦いの後、あの女に会って気を失った。名前も聞いてたはずなんだが思い出せない。忘れた。
スマホでニュースを見る限り銀行強盗が起こったことしか載っていない。つまりあの場にいる全員の記憶を消し、揉み消すことはさすがに不可能だったというわけだ。
それならば、愛叶は覚えているはずだ。
愛叶は俺があの場から居なくなったように思っているはずなんだ。
正直気まずい。でもとても心配をさせているはずだ。
急がなきゃ。
学校に着き、一時限目が終わった直後に教室を覗くが、愛叶の姿は見えない。
「うお、なんだよ統間! その腕!」
「折った」
「軽っ。大丈夫かよ」
特に親しくもないクラスメイトがここぞとばかりに絡んでくる。
俺みたいな陰キャに話しかけてくれる良い奴なんだが、しつこいところがあり、たまに鬱陶しい。
覚えなくてもいいが、名前は幕之内綾鷹という。
「俺の怪我はどうだっていいんだって。もうあまり痛くないし。
それより愛叶は今日来てないのか?」
「琴羽さんか、お前聞いてねえの?」
「なにがだよ?」
「昨日銀行強盗があったのは知ってるか?
そこに居合わせたみたいでな」
知ってる。っていうか俺も当事者だし。
そういえば少し妙に思ったことがある。
セーラー服の少女は結果的に生存していたが、殺されるところは多くの人が見ていたはずだ。しかし、ニュースではそんなことは言っていない。
先程グーグル先生で調べた所、殺害された所を目撃したが、死体は跡形もなく無くなっていたという記事を見つけた。
それは都市伝説として扱われており、実はゾンビだったりグールだったりと言っているものや集団幻覚に陥ったからだと言ったり。中には死体愛好家が持ち去ったとも言われている。
悪魔に関しての記憶を消すことは間違いではないが、いくらなんでも対応が杜撰ではないか?
まるで悪魔などの存在が露呈しなければあとはどうでもいいかのような、そんな印象を覚える。
エルミカの目的とはなんだ? 悪魔を倒すこと自体は正しいことかもしれない。しかし、エルミカが慈善事業でそれを行っているとは到底思えない。
エルミカは最初に天界の使いと言っていた。天界の使いとは一体なんだ?
天界とは、魔界とは、ここにある世界とは一体なんだ?
「おーい、どうしたんだ?」
「うわっ」
怪訝な顔をした幕之内が肩を揺する。結構力強く、首が前後にグラグラした。
「途中から話聞いてねえだろ」
「あ、いや………悪かったよ」
「まぁショックなのはわかるけどよ。
安心しろよ、怪我はねえみてえだから。
昨日の今日のことらしいから色々あって来れねえんじゃねえの?」
そうか、そうだよな。
「幕之内、今日休む」
「ん? ああ、行ってやれ」
がんばれよ、とニカッと笑い、幕之内は見送る。
………………まぁ、我ながら良い友人を持ったと思っている。
学校の校門を出ると、少女が立っていることに気付く。
遠目からでも正体に気付くことができた。
この時には全て思い出すことができたからだ。
『元』勇者と言っていた。
エルミカは俺の他にも勇者がいるような言い回しを何度かしていたからそこには驚きはない。
しかし、『元』とはどういうことだろうか?
俺との戦闘で手負いだったとは言え、マモンを一撃で撃退した力がある。聖力を失ったわけではないわけだ。
戦うことをやめたのか?
やはり情報が足りない。
誠に遺憾ながら、この邂逅を避ける手は無かった。
「おはよう、統間秋人くん」
「………………やめろよ、仲良くお話ししに来たわけじゃないんだろ」
ふふふ、と口は緩むが目が笑っていない。
こいつも俺と一緒だ。相手の腹を探ろうとしている。
「まぁまずは礼を言っとく。
応急処置してくたの、あんたなんだろ」
「大したことはしてない。
君の聖力の活性化が凄まじかったから、わたしがしたことなんて包帯巻いてあげたくらいよ」
「それでも助かったことに変わりはないから。ありがとう」
「意外と生真面目なのね。
どういたしまして、でいいかしら?」
「生真面目なんて初めて言われたぞ………。
まぁ、これで本題に入れるだろ。あんた、一体何者なんだ?」
「元、勇者よ」
平然と言い放つ。
しかしまるで勇者であったことが恥だったかのように吐き捨てるような言い方だった?
「わたしの名前はジェナ。ジェナ・イドマ」
「…………………それにしてはどう見ても日本人だけど」
「前の名前は………………捨てたわ」
今、躊躇いがあった。
名前を捨てたことに未練、後悔があったということだ。
「どうして名前を捨てたかどうかは置いとくとして、こうしてまた現れたってことは俺に話があるんだよな?」
「ええ、それがわたし達のボスの命令。
あなたの目を覚まさせてあげるわ」
「………………ボス?」
なんだかかなり不穏な単語だ。
「わたし達は勇気を捨て、全ての世界に復讐する者『勇気を失いし者』。
………………話の続きは後の方がいいかしら?」
ジェナの視線は俺の後ろを向いていた。
ロスト・ブレイブという組織のことに思考を傾ける余裕は無かった。
聞きなれた声が俺の名前を呼ぶ。
「………………秋人」




