第十一話 強欲
愛叶の手の感触が消えない。
色々と思うところがあったにせよ、愛叶を拒絶した事に変わりはない。
この感触を覚えていたままでは、俺は戦えない。
そう感じ取った俺は拭い取る為にその手から『淘汰の剣』を顕現させた。
刹那の光の後、現れた淘汰の剣の重さを身に刻む。
人の命、愛叶の想い。
それは身の丈ほどの大きさを誇り、その分重量のあるこの剣よりもよっぽど重く感じた。
それにしても、裏へ進んでから随分走ったが、残りの強盗犯とは遭遇しなかった。
二階ほどの建物のはずだが、金庫は一体どこにある?
その途端、悲鳴が廊下に響き渡った。
悲鳴は男性の声のようで、残りの強盗犯に連れていかれた男性かもしれない。
その直後に、悲鳴よりも大きな音が鳴った。
強力な破壊音。爆弾とは思えない、壁を殴ったような鈍い音だった。
ぞわっ、と緊張が走る。
強大な魔力を感じた。
レヴィアタンよりもどす黒く、全身にまとわりつくような不快な空気が漂う。
この強盗自体が悪魔の仕業なのかなんなのかわからないが、強敵だったからといって逃げ出すわけにはいかない。
また犠牲者を出すわけにはいかないし、愛叶だって近くにいるんだ。
見殺しにしてしまったあのセーラー服の女の子の仇を討つためにも、ここで倒す。
廊下の奥から先程の銀行局員の男性がとある部屋から走り出してきた。
その男性はかなり焦燥し切っており、恐怖心で涙と汗や唾液でぐしゃぐしゃになっていた。
その男性を追ってきたのか、男性が閉めきったはずの分厚そうな扉を弾き飛ばし、無数の影が廊下を侵食するように走る。
男性はすぐに追い付かれ、影に飲まれてしまう。
影の正体は、腕だった。
人間の基本的な関節など無視し、あらゆる角度から男性を蝕むように掴み、覆っていく。
声にならない悲鳴。身体を蝕む無数の腕は想像できないほどの恐怖や痛みだろう。
瞬時に後ろに回り、腕を一太刀で斬り落とす。腕は斬り落とした箇所から黒い塵となって消え、塵から男性が姿を現す。
男性は気を失っており、目立った外傷もない。
しかし、このまま悪魔との戦いになれば、愛叶の二の舞だ。
あんな賭け、二度としてたまるか。
聖力を薄い幕のように放出し、男性に纏わせる。
少し練習すれば、掌から放出した聖力を案外簡単にコントロールすることができる。
聖力の幕で覆わせれば、多少耐性はできるはずだ。
斬り落とした腕の先を見ると、蛇のようにうねり、とある部屋に戻っていった。
弾かれた扉の厚さを見ると、そこは恐らく金庫室。
かなり頑丈に出来ている部屋でも、悪魔にかかればいとも簡単に破壊される。
素早く金庫室へ向かう。その間、悪魔に動きはなく、大した抵抗なく近付くことができた。
俺が近くにいることは既に知られている。あまり隠れながら動くことは得策ではないかもしれない。ならばいっそのこと早々に勝負に出るべきか。
そう思い、淘汰の剣を構えながら滑り込むように金庫室へ入った。そのまま斬り込み、ダメージを与えるのが理想だったのだが、入った瞬間、俺の動きは止まってしまった。
「な……………っ」
笹屋を乗っ取ったレヴィアタンは翼や鋭利な爪など化け物のような部分はあったが、曲がりなりにも人間の形はしていた。
対してこの悪魔には、恐らく強盗犯だろうが、それの面影どころか人間らしい部分は見当たらない。先程の無数の腕の塊………生き物らしい部分を見つけようとする方が難しい。
異形な化け物は血走った眼光で俺を射抜くように見る。
「ぐごげがぁああ!!」
叫びと共に腕と腕は重なり続け、膨大な質量を持った一つの腕へと変形し、俺を掴み取ろうと迫ってきた。
スピードは極めて遅く、硬直してしまった俺の隙を活かしきれず、容易くかわすことができた。
膨大していた腕は分離し、その腕は大きな掌でできた翼に変わった。
元が人間だったとは思えない程の大きさと質量だが、まるで四足の動物のような姿になっていた。
明らかにレヴィアタンと同じ、大悪魔級。
元の人間、強盗犯の心情やどういった人物なのかは不明。まぁわかりたいとも思わないが、レヴィアタンの時のような弱体化は期待しない方がいいだろう。
つまり、俺より数倍質量のあるこいつと真っ向勝負しなければならないわけだ。
今までより戦う覚悟はある。
冷静に敵の動きを見ろ。理性を失った獣なんぞ恐るるに足らず。
「人間様の力、見せてやんよ」
その声に反応したかのように翼を分離させ、無数の腕へ変形させ、波のように迫った。
それを俺は淘汰の剣一本で迎え撃つ。
愛叶は悲嘆に暮れていた。
幼馴染の統間秋人は強盗犯二人を瞬く間に殴り倒し、残ったもう一人の強盗犯を追いかけてしまった。
自分の知る秋人は相手が誰であろうと暴力を働くような人ではなかった。
彼は不器用だが情に厚く、包み込むような優しさに溢れていた。
目の前で人が殺されてしまった事に責任を感じてしまったのだろうか。
少なくともあんな怒りや哀しみ、色々な感情がない交ぜになった表情、愛叶は見たことがなかった。
繋いでいたはずの手を離した時、秋人は何を思ったのだろうか。
愛叶のことか、自分自身のことか、強盗犯のことか、犠牲者のことか。
今の愛叶には、どうしたらいいのかわからない。
もしかしたら、銃火器を持った強盗犯に秋人は殺されてしまうかもしれない。
嫌だ。
そう思っているのに。
秋人を追いかける勇気が無かった。
情けない。
自分が情けなくて、悔しくて、泣けてくる。
また秋人を一人ぼっちにしてしまった。
随分泣いても、涙は枯れなかった。
中央広間に集まる人質から解放された人々は、シャッターが降りてしまい、脱出出来ずに途方に暮れていた。
それだったからか、中央広間に横たわっていた惨殺された少女の死体がいつの間にか無くなっていたのに、誰も気が付かなかった。
状況は思いの外不利だった。
統一性なく、ただ掴もうと迫る無数の腕をがむしゃらに剣を振り続け、容易く薙ぎ払えるもののスタミナが無駄に消費するだけ。
それに対し敵はスタミナという概念を捨ててるのではないだろうか、それこそ無限に思えるほどの腕を消滅しては再生を繰り返している。
このままではジリ貧だ。正攻法で倒せそうにないのなら、搦め手を使うか。
聖力を左手に集中させ、前に突きだすと六芒星の透明な盾が現れる。
エルミカが言うには、勇者の基礎能力の一つとして聖力の物質化というのがある。
これは聖力を盾に物質化したものであり、『勇者の武器』ではないらしい。さっきの幕もこれの応用だ。
『勇者の武器』は使用者により形状が異なり、付加されている能力も異なるとのこと。
決して強固とは言えないが、使い用だ。
「ぐばあああ!!」
後ろ足がまるで豹のように細くなり、力強く床を蹴り出した。
その衝撃により床はひしゃげ、目にも止まらない超スピードを生み出す。
細かな狙いは定められないようで、身を反らすだけで容易く回避した。
壁に激突し、悪魔はまるでスライムのように弾けた。
もちろんこれで駆逐されておらず、弾けた断片から全方位にかけて腕を形成させる。
だが、俺は既に準備を整え終わっている。
天井に悪魔の全体を覆える程の六芒星の盾を造り出し、それを五層。
「これでぺしゃんこだ」
淘汰の剣を振り下ろし、形成された腕を巻き込み一気に叩き落とす。
ズドンッ!! と凄まじい音を発てながら、悪魔は盾と床に挟まれる。
抵抗は全く感じなかった。
更に言えば、手応えも無かった。
まるで数滴程度の水を手で押し潰したかのような感じだ。
警戒心を高め、淘汰の剣を構える。
しかし、悪魔の反撃は俺の予想を外した。
悪魔との攻防戦で亀裂が走り、ガタガタに崩れていた床から吹き出すように腕が姿を現す。
紙一重でそれらを剣で断ち切っていくが、俺を中心に全方位から攻めてくる悪魔の攻撃に対し、次第に対応しきれなくなる。
腕は俺の両手を拘束し、床中から現れた悪魔は翼に魔力を集中させたことで作り出した巨大な拳を俺に叩き込む。
「っがは!」
巨大な拳が直撃する寸前に、咄嗟に聖力を腹部に集めることでダメージを軽減させたが、意味あったのかって毒づくほどダメージが残っている。
巨大な拳を叩き込まれた衝撃で廊下までぶっ飛び、拘束からは解放されたが、頭が朦朧とするし、生まれて初めて血反吐を吐いた。
いつもの俺ならここで………………いや、もっと早い段階で尻尾巻いて逃げていた。
けど、今回はどうしても負けられない。
「ヨコセ………キサマ………………スベテ………………ヨコセ」
悪魔は呟く。
七つの大罪の一つ、『強欲』を司る悪魔がいた。確か名前は、マモン。奴の口振りからして恐らくこいつがそうだろう。
大悪魔の一つにまた喧嘩売られるなんて、なんたる不運。
いや、一番不幸なのは殺されたあの少女だ。
人の命をなんだと思ってんだ。
「あの娘のためにも………俺の心の安寧のためにも………! お前だけは必ずぶっ倒す! 俺に喧嘩売ったことを後悔しろ!!」
その時、淘汰の剣は覚醒した。




