第一話 勇者となってしまった日
はじめまして、蒼翠です。
拙くて語彙力が低い何か見たことあるような話になってしまうかも知れませんが、全身全霊一意専心で臨みますので、どうかよろしくお願いします。
驚くことがあった。
いつもと変わらない学校生活を終え、部活動に励む学生らを横目に帰路に着き、たまには別の道もいいかなと思い、遠回りをしていたところで、背後から声を掛けられた。
―――統間秋人くん、と呼ばれ、女性のような声だったために期待に胸を膨らませながら振り向いたのだが…………。
なんか十センチ程度しかない羽根の生えた小人がいた。
「な、なななん………なななな」
「ふむ、少し落ち着いてもらおうか。
人間の頬にしては伸びる方だとは思うが、そこらが限界だろう」
喋った―――! まさか幻聴まで………。
確かに俺、統間秋斗は高校一年生にして現役バリバリの厨二病患者ではあるが、幻覚幻聴の症状が出てきてしまう程の重症だったとは………。
「もしや、ワタシの声が届いていないのか?
そんなはずはないと思うのだが」
いかん、ばっちり聞こえてしまっている。この現象は一体どうしたら治まるのだろうか。
「………統間秋人くん?」
「ええい、消え失せろ幻覚めえええええ!」
「なにと勘違いしているんだ、失礼な人間だな」
やれやれ、とため息混じりに放った小人のビンタの一撃はクリーンヒットし、首がボキボキと嫌な音を発てた。
暫し痛みに悶絶していると、この痛みは本物で、所詮幻覚であって現実ではないモノがこのような物理的破壊力を有するコレを幻覚と呼ぶには難しい。
つまり、これは現実であって本物であるのだ。
………いや、にわかには信じがたいけど。
「お前………何者なんだ?」
「ようやく落ち着いたようだね、統間秋人。
私は天界からの使い、エルミカと言う者だ。
突然ですまないが、君を勇者とするべく遥々ここへ訪れたんだ。
今、世界は破滅へと近付いている。それを阻止してもらいたい。
安心してくれ、君には素質がある。半年もすればそこらの勇者より――――」
「ちょっと待て!
そんな重要そうなワードをペラペラ喋るな! 余計混乱するだろ!」
エルミカとやらは不服そうに口をつぐむ。
こいつ、今何て言っていた? 俺を勇者にするために天界から遥々やってきた?
ここから既に頭おかしいだろ。
確かに外見も非常識で幻想的だ。発言も非常識で幻想的なのか。ダメだ。整理できん。
「ふむ、些か性急すぎただろうか。
なら、かいつまんで話そうか。
私はエルミカ。地球は狙われている」
「おいお前それ狙ってんのか」
「そのために君に勇者となってもらい、悪と戦ってもらいたい」
「話聞かないな、お前」
しかし、悪と戦えときたか。予想はできていたが、ストレート過ぎて逆に意味がわからんな。
「さて、どうだろうか」
「お断りだ」
「なんだって?」
今までピクリとも表情を変えないエルミカだったが、今の一言で眉間に皺を寄せた。
「世界が危ない?
俺が勇者になって悪と戦う?
なんでだよ。俺のどこにそんな義務があるんだ?」
「悪………いや、正確には悪魔がこの人界を支配することとなれば、君も他人事ではないよ」
エルミカの話し方はあくまで感情を表に出さず、それこそ他人事のようで苛立ちを覚えた。
「どうか考え直してもらえないだろうか」
「だから断るって言ってるだろ。
俺には………やらなきゃならないことがあるんだ」
「ふむ、それは世界を救うことよりも重要なことなのか?」
「黙秘するし、こういうのは個人の価値観の差が生じる。
どちらが重要だとか、そんなこと言っても不毛だろ」
もういいだろと言わんばかりに学生鞄を背負い直し、エルミカに背を向ける。
「しかし意外だよ。君のような透明な少年に他に目的があるとは」
再び帰路に付こうとする足を止めた。
「………お前、俺のなにを知ってんだよ」
俺は七年前の事件をきっかけに、それ以前の記憶を失っている。エルミカの言う透明とは、その事を指しているようだった。
「お前なのか、俺の記憶を………家族を奪ったのは!」
掴みかかろうとするが、するりとかわされてしまう。
「おっと、早とちりだよ。私は君のことをなにも知らない。
だが、その事件には恐らく悪魔が関わっているとだけ言っておこうか」
「………もういい。時間の無駄だ」
七年前の事件の手掛かりがあるわけではなさそうだ。いや、そもそも記憶の無い俺はその事すらどうでもいいと思い始めている。
七年という月日はあまりにも長すぎた。
記憶を失う前の自分や家族の興味はとっくに霧散していた。
「待つんだ、統間秋人」
引き留めるエルミカを無視し、歩き出す。
過去の事よりも、俺はこれからの未来の方が大切だった。
それに過去を思い出すことによって、今の自分自身でなくなるようで、その恐怖もあった。
それを思い出させるエルミカの発言は、ただ俺を憤らせるだけだった。
そのために、俺は気付くのが遅くなった。
T字路を右に曲がろうとすると、目の前を目にも止まらない速さで何かが横切った。
横切った方を向くと、そこにはトラックと衝突したかのようにベコベコにひしゃげた自動車だった。
背筋がぞっとなり、おそるおそる自動車が飛んできた方向を見ると、そこには右腕が不自然な程に巨大化した男が立っていた。
男は白目を向いており、涎まみれで一目で正気ではないことが分かる。
ぼえああぁ、と言葉を発し、肩甲骨から鳥の翼のような骨がスーツを突き破り、メキメキと飛び出した。
「なんだよ………こいつ」
「悪魔さ」
突然横にエルミカが現れる。
「待てと言ったろう?
近くに悪魔がいたのはとっくに気付いていたさ」
「あ、あれが………悪魔なのか?
確かに化け物だけど、人間じゃないか!?」
人間と言うには異形で、悪魔と言うには人間のような部分が多い。
「彼は悪魔に憑依されているんだ。
恐らく彼自身の破壊衝動を悪魔に利用され、唆された挙げ句乗っ取られてしまったんだろう」
坦々と説明していくエルミカだが、まったく頭に入ってこない。
「細かい事は後で話すとして、どうだい?
勇者となるなら、あの程度の悪魔など一捻りだよ」
この状況下でスカウトするのか。タチが悪いぞ
まさかお前がこの状況を作ったわけじゃないだろうな。
しかし、このままじゃ俺の身が危ないのは分かる。
覚悟を決めろ、俺。
二、三回深呼吸し、両膝を一度パンっと叩き、足の震えを止める。
「だが断る!」
そして、悪魔の方へ駆ける。
俺に気付いた悪魔は巨大化した右腕を力任せに振り上げ、俺に目掛けて右腕を落とした。
俺は寸前で悪魔の左脇へ飛び、紙一重で回避に成功した。
抉れた地面を一瞥してしまい、額から冷や汗が滲む。
そのまま悪魔の脇を通り抜け、全力疾走で逃走を図る。
悪魔は俺を追って振り返り、左右の体積がアンバランスなために足取りはかなり遅い。
倒せはしなくても、逃げ切ればいい。
それだけなら勇者とならなくてもできる。
俺以外にも勇者の素質のある人間なんてごまんといるだろう。
俺には目的がある。
こんなところで死ぬわけにはいかないし、勇者となって無駄な時間を費やすわけにもいかない!
次の瞬間、左足に激痛が走る。
そのまま地面に叩きつけられ、足を確認すると、悪魔の背中から伸びる翼の骨が貫いていた。
「なっ!?」
異形の翼の骨はまるで鞭のように撓り、左足に巻き付いた。
少しずつ翼の骨を引き寄せ、俺自身は引き面れていく。
「う、うわぁ………っ!
うわぁぁあああぁぁぁああ!!」
無様に叫ぶしかなかった。
「さあ、絶体絶命だね」
「………っ、お前………!」
「どうだい?
決心はついたかい?」
少しずつ迫り来る悪魔を見て、体が震え出す。
怖い。
だけど。
「お、お断り………だ!」
「君は一体何故そこまで」
悪魔が現れても尚、変わることがなかったエルミカの表情は、ここにきて初めて青筋を立てた。
「これくらいの窮地………自分でなんとか………してみせるっ」
とは言うものの、綱引きで悪魔に勝てるわけもなく。
翼の骨は固く、俺の力じゃどうやっても外れそうにない。
しかも足を串刺しにされてしまったからには、逃げることさえままならない。
「………君の覚悟はよくわかった。
しかし、このままでは君は間違いなく殺害されるだろう。
まずは生き残ることが先決ではないだろうか?」
「そんな口車には………乗るか!」
「ならば、君はこのまま死ぬことになるだろう」
「死な………ねぇよっ!!」
「………君の望みとは一体何なんだ?
可能なことなら私も協力しよう!」
「え、マジで?」
「私は天界の使いだ。嘘は吐かない!」
「よし、なら交渉成立ってことで」
「ああ。
………………………ん?
勇者になってくれるのか?」
「なんだよ、そんなことが出来るんなら最初から言ってくれればよかったのにさ。
やるなら早くしてくれ、もうすぐそこまで迫ってるんだ!」
「あ、ああ」
わかりやすく困惑の色を見せるエルミカは両手の平を俺に向けると、俺の体は金色に輝いた。
その光は悪魔の翼骨をいとも簡単に消滅させ、傷口を塞いでいった。
「人間には微少ながらも私達天界の使いと同じ『聖力』を持っている。
聖力量には個人差があるが、私達に匹敵する程の聖力量と質を持つ人間は初めてだ」
それがエルミカの言う勇者の素質か。
光はやがて体に同調するように消えていく。
「これで終わりなのか?」
「元々は君の体内にあった力だ。
私はそれを扱うためのきっかけを与えただけだ」
人に抱き締められたような、そんな温もりが体を巡る。
そうか。だからこんなにも馴染んでいるのか。
「その力はもう君のものだ」
「ああ………!」
力が体の奥底から溢れ出ている感覚。
負ける気がしない。
翼の骨を消滅させられた悪魔は、まるで恐れを為したように咆哮する。
咆哮と共にもう片方の翼の骨を俺へと伸ばす。今回は生け捕りなどではなく、直接胴体を狙っていた。
とっさに右腕を前に掲げると、目の前に半透明の六芒星が出現し、悪魔の攻撃を弾く。
六芒星に触れた骨は徐々に消滅していく。
「悪魔にとって聖力は毒。
再生能力を持つ悪魔と言えども聖力の前には消滅を待つばかりだ」
怒りを露にし、突撃を図る悪魔。
遠心力を利用し、巨大化した右腕を振り回し、俺へと叩き付ける。
俺はそれに対し、同じように拳で迎え撃つ。
見た目からは勝敗は一目瞭然で、俺が勝てるイメージを湧くことは難しい。
しかし、この溢れるような聖力を爆発させてしまえば、負けるイメージなんて全く湧かない。
「うおおおおおおおおおおおお!!」
拳と拳がぶつかり合い、空気を震わせる程の轟音が鳴る。
俺の左腕に骨にまで激痛が走る。
これまで経験したことのないような痛みに、一瞬視界が真っ暗となるが、温かなオーラのようなものが俺の体を覆い、瞬時に覚醒させる。
過負荷による左腕のダメージは聖力により回復していく。気絶など許さない親切な力だ。
ここで計算外だったことは、聖力さえあれば余裕じゃんと侮り、単純な力比べに挑んでしまったこと。
例えば、悪魔にも聖力のようなものがあったとして、それが聖力と同等の力だったとして、それの強弱で勝負が決まるものだったとして、俺とこの悪魔の力が俺と全く同等の力量だったとしたら。
それはつまり、単純な力比べということだよな?
勝ち目なんかねえじゃん。
「君の力はそんなものではないだろう?
君はまだ聖力の真髄を引き出していないよ」
エルミカの声が過る。
人間が微力ながら有するもの、『聖力』。その力は確かに絶大だ。
人間の俺が悪魔と真っ向にぶつかり合って拮抗している。聖力により身体能力も向上し、傷の回復もしてくれる。恐らくまだ確認できない効果がたくさんあるのだろう。凄まじい力だ。
その力の真髄とは。
一瞬、視界が淡い白色に包まれた。
その正体は、俺が全身から溢れる聖力だった。俺に聖力を扱うためのきっかけを作ったエルミカが放った聖力は金色だった。つまりこの淡い白色のオーラは俺自身の聖力なのだろう。
さらに悪魔のオーラにも気付いた。禍々しいほどにどす黒く、全て飲み込んでしまいそうな程濁りきった色だった。
そのオーラは右腕に一点集中され、他は薄かった。
オーラの一点集中?
俺のように全身に隈無く聖力を放出しているのと、一点にオーラを集中し、破壊力を底上げしているものと、この違いは大きい。
エルミカの言っていたことは、これのことか。
今にも折れてしまいそうな左腕を右手で支える。
気を抜く暇など一瞬足りともありはしない。
イメージするんだ。全身に溢れ出す聖力を、左手一本に集中させる。
やれるか? いや、やるんだ。
「高校生のイメージ力をナメんなぁぁぁあああああ!!」
一瞬、俺が纏っていた聖力は霧散し、空間が静寂と化す。
そして、爆発するような目映い光が左手を照らす。
その光は悪魔の鈍重な体を弾き飛ばし、光は俺の左手に留まった。
これが聖力を一点に集中させた結果なのか。
損傷した腕が痛むのか、耳を塞ぎたくなるような咆哮を上げ、どす黒いオーラを全身から放出させる。
それはさっきまでの俺とまったく一緒で、こうして見ると明らかに非効率で燃費が悪い。
「他の目線で見るとこんなにもわかるものなんだな。
お前が焦ってるのがはっきりわかる」
馬鹿の一つ覚えのように力一杯に振り上げた右腕を一気に叩き落とす。
一撃の威力は高い。しかし、攻撃が単調で、悪魔の攻撃を何度も見た俺にはもう当たらない。
一歩下がると、悪魔の右腕は空を切り、地面に小さなクレーターを作った。
俺は右手に聖力を一点集中させると、白いオーラが右手を覆う。
ぎりっ、と歯を食い縛り、悪魔の右腕を踏み台にし、一気に詰め寄り、聖力の一撃を悪魔の腹部に叩き込んだ。
聖力はさらに増大していき、まるで流星のように弾け、悪魔を貫通した。
悪魔の断末魔の絶叫が鳴り響く。それは長く尾を引き、徐々に弱々しくなり、やがて消えた。
悪魔は消滅していった。
消滅した悪魔からはスーツを着た二十代の男性が姿を現す。
「聖力は傷口を塞ぐ力もある。
君の聖力がこの男に注がれたことによって悪魔は浄化され、奪われていた魂も蘇らせることができた。安心していい」
「あ………そ」
元々人助けのために戦ったわけではなかったが、エルミカの言葉を聞き、不思議と安堵した自分がいた。
目を閉じて集中すると、今でもはっきりと聖力を感じることができる。
今だけの特別な力、というわけではないらしい。
「これで君も晴れて勇者となった。以降の活躍を期待するよ」
「まぁ待てよ。それはお前次第じゃないか?」
「………………なんだって?」
最初の無表情が嘘のように困惑し、額から汗が流れた。
予想していたとはいえ、悪魔との戦いはかなり骨が折れる。しかも疲労だって尋常ではない。
なら、然るべき報酬は頂かなきゃ割りに合わない。
「契約したろう?
俺の望みを叶えるのに協力するってさ」
「君は勇者でありながら見返りを求めるということか!?」
「当ったり前だろ。
なんの見返りも無しに働こうとする人間が現代社会にいるわけない。
勇者と言えども、それなりの報酬をもらえなきゃおかしいだろ」
腕を組み、吐き捨てるようにこう言う。
―――――見返りがなきゃ勇者なんかやってられません。