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第2話 邂逅そして襲撃

よろしくおねがいします。

 夜の廃ビル街を走り抜ける。


 都市イルミナット。それは中心にあるダンジョン、アビスフォールから発掘される財宝とそれを求めてやってくる冒険者、調査団体、観光客から得られる収益によって潤い、そして開発、拡張を繰り返すフロンティア都市だ。


 勇者の時代から続く長い歴史を持つ街ゆえに開発の途中で放棄され、浮浪者ですら使わない無人の区画がいくつもあった。ここもその一つ、旧式のコンクリート製造技術による欠陥工事で地盤が緩くなっており、とても人が住める環境ではない。そんな廃ビルの立ち並ぶ無人の森。


 月明かりが灰色の無骨な建造物を照らし、美しいコントラストを作り出していた。


 その中を、両手に愛用している双剣を握って走り抜ける。

 他に足音は二つ。襲撃者はもう気配を隠すつもりはないようだ。


 襲撃者に気を取られ、道の溝に足を引っかけた。体勢が崩れる。


 閃光


 闇の中を一条の光が貫いてゆく。

 雷撃だ。

 正確には電磁誘導系の術式によって操作された電位差に誘導され、加速した電子が空気分子に衝突してその高いエネルギーによって空気分子が電離し、電離した空気分子から弾き出された電子が指数関数的に増加する電子雪崩が起きて、この電子流によって生まれる電場がさらに電子雪崩を起こす……という連鎖反応で生み出された先駆放電が、ターゲット空間で操作された高いプラス電位から伸びたストリーマとつながり、イオン化し導体となった空気を通って放電が起きる現象。


 つまりは相手に向かって落ちる雷だ。


 魔力限界から本物の雷よりは下るが、数万ボルトの電流が術式によって1~2秒持続するため、当たれば心臓が止まるどころか全身の血液が沸騰するのは間違いない。

 たまに血液が沸騰しても死なないやつもいるが、俺はそこまで人間をやめていないので当たれば死ぬだろう。当たれば、だが。


 襲撃者の表情が驚愕にゆがむのが闇夜の中でも分かった。俺が必中のはずの電撃を回避し、轟音と閃光にまぎれて強襲したもう一人の襲撃者の攻撃を防いだからだ。


 襲撃者が驚くのも納得のいく話だ。使ったのは電磁誘導系術式の黄魔導三級:電位干渉式<雷轟閃>。狙って打てば必ず当たる、必中のはずの攻撃だ。

 この術式の性質上、トリガーを引いた瞬間、秒速約200kmの先駆放電が対象空間に向かって伸び、届くと亜光速の雷撃が向かうため、必中必殺の攻撃だと考えるのが普通だ。


 あるいは避けたとしても雷撃の轟音と閃光に紛れて襲い掛かってきたもう一人の襲撃者によって片付く、そう考えていたのだろう。だが生憎とだてに冒険者(ならずもの)稼業をやってない。


 狙撃銃型術式デバイスで撃った攻撃は俺がつまずいた直後、正直にも体の正中線を狙っていた。ヒトの可動範囲からもっとも避けづらい位置だと判断したのだろうが、そんな教科書通りの考えは対人戦闘では通用しない。あんな見え見えの演技に引っかかる相手なら、見え見えのタイミングで攻撃が来るだろう、と着弾地点、時刻を予測して避けたのだ。


 だがもう一人の襲撃者が後を詰めるように襲ってきた所はどうも玄人くさい。前衛と後衛に分かれたオーソドックスなスタイルで、念には念を入れて殺しに来ている。恐らく襲撃専門の暗殺者なのだろう。だが不意打ちや奇襲は得意でも対人戦闘は不得意なようだ。

 

 前衛の男の短剣を二刀の片方、短い脇差しでいなし、長剣である()()()で左薙ぎに切った。

 流石に前衛をやっているだけはある。襲撃者はかがんで避けた。

 でもこれはこいつを狙った攻撃じゃない。トリガーとともに空薬莢がはじける。

 

 ゴト、という音とともに横にスライスされた頭部と脳を切断されて絶命した()()の襲撃者が崩れ落ちた。相方が殺られて動揺したのか、短剣を構えた手が止まる。


 術式起動:黒//金属干渉式→錬成


 唱えていたのは金属原子の相互作用に干渉し、配置を変えることで形を変化させる術式だ。それで剣を作る金属に干渉し、斬撃の瞬間だけ薄く延ばして数メートル先にいた後衛を先に切ったのだ。魔剣はそこら辺のなまくらとは違い、薄くなっても硬度を失わない。


 前衛なら見切れるだろうが、斬弧の半径が上昇することで超高速になった切先は後衛の襲撃者には反応できなかったのだろう。あっさりと切り殺された。


 生き残った男は懐に飛び込んで短剣で首や動脈を狙うが、片手ですべて弾き返されているのを見て彼我の実力差と状況の悪さを理解したのか、牽制を放ちつつバックステップしてビルに隠れるように逃走した。が、俺は四六時中暗殺者に狙われるつもりはない。


 「術式起動:黄//電磁観測式→探査」


 電磁波に干渉する術式で発したマイクロ波による反響は周囲の物体の形、距離を写しだして脳内に描写し、逃走する敵の居場所を示した。

 ビル群の中で逃走する男に向かい、突きを放つと共に錬成で切先を単分子に変える。分厚いビルを貫通し、槍のように伸びた剣が襲撃者の心臓を刺し貫いた。


 流石にビル越しに音もなく攻撃されるとは思わなかったのだろう、男が驚愕の表情を受けべ、血反吐を吐き散らして崩れ落ちる光景を術式が拾った。


 「終わったか。」


 「うへぇ。ばっちいのお。」


 戦闘が終わって勝手に人化したアルアが体に着いた血弼や脳漿を術式で飛ばしていた。


 「もう少し丁寧に扱わんか!ほれ、美少女のいたいけな体がべとべとではないか!」


 「幼気な体とは言いえて妙だな。それより使い方に文句を言う武器ってどうなのよ。」

 「ぬしは妾が汚されてもよいというのか!」

 「汚れは洗えばいいだろ。それより肉質の方が気になる。もうちょっと肉つけろ。」


 言いつつ浮き出たあばらを突っつく。アルアの体は細身という感じでスラリとしているが、やせぎすで不健康にも見える。正直もう少し肉付きがいいほうが好みだ。


 「へあ!せ、せくはらじゃ!ぬしにせくはらされた!訴訟じゃ、せきにんをとってもらうのじゃっ」


 「なんで嬉しそうなんだよ。」

 まあ、アホな駄剣はほっといて、ともかくこうして夜の廃ビルでやりたくもない追いかけっこをしていたのは()のせいではない。この街に来てからまだ1日も経っていないのに、誰かに恨まれるということは考えられなかった。少なくとも身に覚えはない。


 俺はイルミナットに着いてからのことを振り返った。


 ※


 竜緩衝区を抜け、都市のゲートをパスした俺は小洒落たレンガで構成された都市の中心部を歩いていた。


 迷宮都市イルミナットは巨大な円形の窪地のようになっており、その中心にはこれまた巨大な穴がある。直径が数キロメートルにおよぶ超巨大な穴だ。この穴がダンジョン、アビスフォールである。迷宮都市という名前の元になった巨大なダンジョンであり、ここに来た目的だ。実際ここにやって来るほとんどのやつはこいつが目当てだろう。


 なんせ勇者時代からあった穴だ。奥が見えず、いったいどのくらいの深さがあるのかも不明。あらゆる観測機器で測定を試みても、反応が返ってこないらしい。 

 一説によると、勇者と魔王の戦いで魔王の放った攻撃のほとんどが勇者に当たり、勇者はそれをすべて防いだが、数千、数万の攻撃の内、魔王が外したのはたった一発で、それが大地に深さもわからないほどの大穴を開け、現在のアビスフォールになったという。怪獣大戦争かよ。てゆーか魔王は城とかに引き籠らず暴れまわってたのか。嫌なアクティブさだ。


 街は人ごみであふれかえていて進みにくい。ここは一種の観光地でもあるため、中心部は特によく整備されているが、治安はあまりよくないらしい。さっきから何回も財布を掏ろうとのばしてきた手をたたき、金をせびろうとしてくる浮浪者を躱していた。


 「そんなに、カモに見えるのかなあ。迫力付けるために髭でも伸ばすか?」


 「あほう、髭づらのぬしなど見たくないわ。

 それよりあっちの焼き煎餅屋にいかぬか?おいしそうな匂いじゃ!」


 ……どうみてもお前が原因だよね。頭に幼女乗せてる男がどう取り繕うが威厳なんて出るわけないよね。


 「…………俺たちの目的を忘れたのか?寄り道してる場合じゃないだろう。」

 「なんじゃ!四六時中気を張っていたらできることもできなくなるぞ!衣食足りてなんとやらじゃ!」


 こいつはたまにババくさいこと言うよな。あとそれ使い方違うし。

 まあ、だが言いたいことは確かに納得できる。こうしてヒト化してくれてると心も読まれなくて済むし、実に気が楽だ。


 今アルアは幼女の姿に戻り、俺に肩車される形で乗っている。もちろん全裸ではない。剣の鞘を服に変えることで振袖のような着物を着た童女、といった風貌になっている。見目麗しい金髪幼女が着物を着て肩に担がれてるので結構目立っているが、そのくらいはしょうがないか。


 「まあ、宿を探すか。」

 「嫌じゃ!嫌じゃ!あそこに行くのじゃ!あの香ばしそうな香りがおぬしには伝わらんのか!」


 ……とうとう駄々をこね始めた。こいつ本当に自分が幼女になったとでも思ってんのか?数千年を生き、魔人として破壊の限りをつくし、封印された後は勇者の武器として使われてたというトンデモ経歴を持ってるようには全然見えんな。


 「伝わらんな。鼻が詰まってるみたいだ。んじゃとっとといくぞ。」

 「この薄情もんがぁ!おんなにはやさしくせいと習わんかったのか!」


 「孤児の出だからな。んなもん聞いたこともねー。それより女ぁ?どこにそんなのがいるんだ?」

 「な・なななんじゃーッ!夜になると優しくなるくせに!昨日の夜だって、急に妾に、木に向かって手をつけとか言って、外なのに、妾が嫌がるのを無視して、それで……」

 「うああーーーッここが天下の往来だっつーのをわすれたのかおま……」


 あたりはシーンとなっていた。


 さっきまでの喧騒がうそであるかのようにロリコンだ……という目線が集まっていた。親子連れどかが、見ちゃいけません!って感じで母親が子供を連れて早々と逃げていく。なんでだよ!さっきまでお祭り騒ぎみたいにガヤガヤしてたじゃん!うおお女子学生に凍えるような目で見られるとこんなに死にたくなっちゃうんだね!お兄さん初めてだよこんな気持ち!


 「あ、はは。おませっこなんですよ!こいつ~。

 あ、ようじを思い出した。じゃ、失礼します~。」


 幼児?と誰かが言った気がした。が、無視して全力疾走。とりあえずもう目立つことは避けよう。

 これからこの街で行動できなくなっちゃうじゃん!だれだよヒト化させてる方が心安らぐつったやつ!


 「ああ!店が遠ざかってゆくのじゃ……。」

 裏路地まで来ると、さすがに人も減ったが、すげえ疲れた。前衛の冒険者として数十キロ夜通しで走っても疲れないのに、精神的な疲れだけでダウンしそうだ。


 「アホか、お前!何考えてんだよマジで!もう、ほんっとマジでッいや、もう……まじで……。」


 「ぬう。どうしたのじゃぬしよ。そんなうかない顔をして。全部本当のことじゃろ…………くふ。」


 こいつ。やっぱりわかっててやりやがったな。もう許さん。永久に刀に封じてやる。

 「冗談じゃ。」

 「冗談で済むかああああ!」

 「わかったわかった。極力ぬしのアレやコレを暴露するのは避けるから、刀に封じるのは勘弁してくりゃれ?妾も主に出会うまでは2百年も封じられたままで、さびしかったのじゃ。じゃから、な?」


 ……思考を読めないはずだが、どうも俺が考えてることもお見通しだったらしい。ウン千年生きてるだけあって年季が違うってわけか。


 「……おれはロリコンじゃねえ。」

 「わかっておる。…………ふふ。」


 なにがうれしいのか、はにかむ様に笑うアルアの頭に手をやると、気持ちよさそうに目を細める。やはり俺は断じてロリコンじゃない。


 「さて、宿を探すか。」

 あたりはすっかり暗くなっていた。人通りも少ない大通りからやや外れた脇道。ちょっと隠れ家みたいな宿がいいだろう。もうさすがに目立ちたくない。


 「ん。こいつでどうだ?」

 「ふむ。雰囲気はよさそうじゃな。」


 町はずれにある煉瓦でできた小さな民宿だ。鉢植えに植えられたハーブ類。オレンジ色の明かり。調理場から上る煙からは饅頭を焼くにおいがする。恐らくレストランもやっているのだろう。こじんまりしているが、確かに雰囲気はよさそうだ。


 カランというドアベルの音が小気味よく響いた。


 宿の娘さんが迎えてきた。頭には三角筋をまいていて、束ねた麦色の髪が素朴な印象を与える。


 「いらっしゃませ……あれ、どっかで見たような……。

 …………あ!全力疾走ロリコンの人!」


 俺は崩れ落ちた。

 

 どんだけ伝わるの早いんだよ。

 俺はロリコンじゃないんだ……信じてくれよ……。


 ※


 「娘が失礼をいたしました……。」

 母親らしきおばさんが謝ってくれた。娘とは違ってふくよかそうな人だ。


 「それで宿の方はどうなさいますか?」

 「泊まりで、一人。一週間ほどでお願いします。」

 「はぁい、承りました。お夕食と朝ごはんがついて、帝国貨で9万8千円になります。」

 「では先払いで。」


 景気よく先払いで出した。観光地とは思えない安さだ。最初はどうなるかと思ったが、なかなかよさそうなところだ。ちなみにアルアは刀に戻した。宿代が節約できるというのもあるが、なによりロリコン疑惑を何とかしたい。


 「あれ、でもちっちゃな女の子を連れてたんですよね。その子が帰ってくるんですよね?」


 娘の方が余計な事を言い出した。おいい余計なこと言うんじゃねえよつーかさっき素朴そうだとか言ったの取り消すわコイツとんでもない悪女だよ!俺を不幸にするためだけに生まれてきたようなやつだ。


 「ん、コホン。きみぃ幻覚でも見ていたんじゃないのかね?」

 「誰が幻覚じゃ!」

 ……こいつもだった。


 「か、か。」

 「か?」

 「かわいいいいいいいい!なにこれホンモノ!?噂に聞いてたのよりかわいい!」

 「あわわ。や、やめんかこら!」


 いきなりあらわれたアルアがなにかの琴線に触れたらしく、抱きつかれてしまっていた。アルアは娘の胸に押しつぶされて酸欠になったようであたふたしていた。いい気味だ。だが俺のこうむった被害の方が計り知れない。思わず天を仰いだ。


 「すみません……やっぱり二人で……。」

 「あ、はい。では19万でいいですよ?」

 「はい……アリガトウゴザイマス。」


 「部屋は、やっぱりダブルなの?」

 お前は割り込んでくるんじゃねええええええ。


 ※


 「ではごゆっくり~。」


 あの後あれこれと説明し、アルアが従妹のはとこの遠い親戚だとか、実年齢は18歳を超えており、青少年法に抵触していないとかなんとかと言い訳して、すっかり疲弊していた俺は一回部屋で休むことにした。つーかもう疲れた。アルアはなぜか焼いた煎餅を食っていた。宿娘が持っていたらしく、満足そうだ。今回得したのはこいつだけじゃねーか。


 「む。なんじゃ?」

 「お前なあ~お前~」

 「うはは。まるで生きるしかばねじゃな。」

 この仕打ち。もうやめた。やってられっか。


 「安心せい!ぬしにはいっつも感謝しとるからな!」

 もう騙されません。そんな甘言は飽き飽きです。実家に帰らせていただきます。


 「もう。しょうがないのう。」

 チュ、とほっぺたに触れるようにキスをされた。

 「ぬしがロリコンじゃないのはわかっておる。ぬしは妾を大切にしてくれとるだけじゃ。」

 だまされん。騙されんぞお!こいつは数千年生きた悪女の中の悪女!男を手玉にとる方法なんていくらでも知ってるんだろう。


 「勇者も妾をただの道具としか扱わんかった。剣から現身にもどったのは本当に久しぶりじゃ。

 妾はうれしかったんじゃ。魔人の時代も、妾が気を許せる存在などおらんかった。じゃから、つい、な。

 でも、ぬしはこんな妾にも優しくしてくれた。じゃから妾も、ぬしのこと……。」


 「あ、アルア!」 

 「あっ」


 俺は思わずアルアを掻き抱いた。こんなかわいいやつをなんで今までほっといたんだ!チクショー憎いぜえ!


 「あ……その、な。

 電気は……消してくりゃれ?」


 プツン、と俺の理性も電灯のように消えた。腕の中でアルアがチョロイのう、と笑ったような気がしたが、きっと気のせいだろう。

 

 ※


 チュンチュン

 朝がやってきた。


 冷静に考えると、俺の姿は悪女に騙され、もてあそばれる男そのものではないか。

 となりを見るとアルアが涎を垂らしながらねていた。きっといい夢を見てるんだろうな。こいつが憎たらしい。


 はあ、とため息をつく。とりあえず冒険者ギルドに行こう。ギルド証は持っているが、イルミナットのダンジョンに入るにはイルミナットの冒険者ギルドで登録をしなければならない。ダンジョン内での死亡や冒険者同士のトラブルを処理するためだろう。


 その他にも冒険者という武力は、金品等の輸送時の護衛、しばしばダンジョンから出てくる凶暴な蟲や獣の駆除や間引きのための討伐のほか、ダンジョン内での観光案内等、様々な需要を呼び、冒険者に対する依頼が冒険者ギルドに集まるのだ。


 街で活動するうえで、他の冒険者とも顔見知りになっておいた方がいいだろう。余計なトラブルを避けられる。


 そう決めると、寝かせたままアルアを魔剣に戻し、腰に佩いて宿を出た。もちろん出掛けに、「昨晩はお楽しみでしたね」と言われた。ちくしょお。覚えてろよあんにゃろう……。


 宿の東側、ダンジョンから数区画離れたところに冒険者ギルドはあった。

 間違いない、看板に冒険者ギルド・東区支部と書かれている。


 それでもなお疑わしいのはやたらボロイ見た目をしていたからだ。周りの小洒落た建物と打って変わって古くなったコンクリートに、パイプから垂れた謎の液体。ほんのりと薫る蒸せるようなアルコールとコーヒーの混ざった香り。さっきまでいた宿とは真反対だ。


 ガランゴロン


 若干腐った鐘が汚い音を立てた。ここまで真逆だと逆に感心する。


 中は古びた木で作られた内装と樽が並ぶ闇酒場のような雰囲気だ。


 分厚い筋肉をまとった禿頭の男がモヒカンの男とポーカーをしていた。


 地面には割れた酒瓶。カウンター向こうの受付らしき男も新聞を読みながら煙草を吸い、床のごみは見えてすらいない。もう何個か向こうの机も同じような感じだ。世紀末か。


 ……冒険者は確かに荒くれ家業だが、その資格には術式や魔導科学に関わる学識も必要で、つまり教養もあって頭も悪くないはずだ。なぜあんなごろつきみたいな見た目をしている奴ばっかりなのか、世界七不思議のひとつである。


 ポーカーをしていた男が世紀末酒場に入ってきた俺に気付いた。


 新顔を見つけるとなぜか喧嘩を売りに行くのが冒険者の習わし、とばかりに肩をいからせながらずんずん近づいてきた。どうでもいいけどこういう風習が新人の減少を促していると思うんだよね。悪しき風習である。


 だがある程度まで近づくと、禿頭の男は驚いたように目を見開いた。嫌な予感。


 「おめえ、あの全力疾走ロリコン野郎じゃねえか!」


 ああああああああ!なんでだよ!なんで一晩でここまで広がってるの!?つーかロリコンじゃねえ!


 「俺はロリコンじゃねええええ!決闘だコノヤロウ!」


 ああそっちがその気ならやってやろうじゃねえか!もう容赦しねえ俺はロリコンじゃねえ!


 「ああ?やんのかゴラア!ここは女連れのやつが来ていいとこじゃねえんだ!冒険者なめんなゴラア!」

 「ンだとゴラア!この禿が!お前は女どころか髪も連れてねえじゃねえか!バカヤロウ!」

 「てめえ!もう許さねえ!表出やがれ!」


 売り言葉に買い言葉だ。俺とハゲが互いに床に唾を吐き、さっき入ってきたばかりのギルドの門を開けようとすると、ドンと突き飛ばされてしまう。


 突き飛ばしながら入ってきた乱入者は10歳くらいのガキだった。赤い髪に生意気そうな眼をしている。後ろから深く帽子をかぶった同じくらいの身長の少女が入ってきて、俺たちにペコペコしながらすみませんすみませんとあやまった。


 突き飛ばされたといっても体内にまで向上術式を埋め込み骨格と筋肉まで強化している冒険者の体重は半端ではない。ハゲのマッチョはなおさらだ。乱入者の方がむしろはじかれてしまっている。が、気にせず俺たちを睨み付けると、依頼の張った看板に向かった。極めつけに一言。

 

 「邪魔だよおっさんども!」


 こいつ口わりーな。あとオッサンじゃないお兄さんだ。

 俺が文句を言おうと口を開こうとすると、隣にいたハゲマッチョの方が早かった。


 「ここは女連れのガキが来ていいとこじゃねえ。とっとと帰んな。」

 俺に言ったのとほぼ同じセリフだった。こいつはテンプレートになんらかの思い入れでもあんのか。


 「うるせーよ!年食っただけのオッサンがえらそーにすんじゃねー!俺はこれでも三級冒険者だぞ!お前らとは出来が違うんだよ!」


 酒場がいきなりシーンとなった。


 「ぷ」「くく」「「「ぎゃはははははははははははは!!」」」


 俺は瞑目した。この可愛そうな子供が言ったのは、俺は初等学校を出て算数ができるんだぞ!のようなことだった。三級というのは冒険者学校上がりで学生なら自動的にもらえる四級資格より一つ上、つまり成り立ての冒険者証だ。身に着けた新品な装備が、碌に戦闘もしたことがないことを物語っていた。


 「な、なにがおかしいんだ!!」


 「くく。そうだな、おかしくない。」

 「おまんまは卒業できてるみたいだ。離乳食がんばれよ。」

 「最初に狩った相手は?うさぎちゃんかな?」


 「「「ぎゃはははははははは!」」」


 すっかりターゲットが変更されたらしく、俺は簡単にギルドの冒険者と打ち解けることができた。

 「悪かったな、俺はレギンだ。一応前衛、得意なのは主に緑魔導だ。獲物はこいつだ。」

 「ああ、その名前かっこいいな。クロだ。よく赤魔導を使うが、だいたい何でもいける。ただ遠距離砲撃は不得意なんで、おもにこいつだな。」言って腰の剣を指す。

 「はは、わかるぜ。前衛は腕っぷしさえよけりゃいいんだ。こんどいい魔道具店紹介するぜ。」

 「おお。そうだ、あんたどっからきたんだ?なに、竜緩衝区?馬鹿だなお前!竜に頭から食われちまうぞ!」

 「逆に食ってやったよ。」

 「わはは!豪気だな。華奢な印象だったが、冒険者は見た目で判断しちゃいけないんだったな。」


 「それ魔剣か?」

 「あんた、それオルセウス社の新式か?」

 「ゲルネクスの魔導媒体は使わねえほうがいいぜ、暴発率ナンバーワンだ。」

 「でもここイルミナットじゃ人気ナンバーワンだ。暴発で死んでも穴ん中に捨てるだけだからな。」

 「やらねえぞ。長年使ってきた相棒だ。」

 「いやいやそんな気はねえよ。帝都に行けば魔剣も珍しくねえらしいが、ここまで使い込んだのは初めて見たからな。術式素子見ればわかるさ。」

 「お前のやつは確か賭けで分捕ったやつだっけ?」

 「てめえこそ借金してたけーの買ったら嫁さんに逃げられかけたらしいじゃねえか。」


 一気に人が集まり、新入りの内情を探りつつ、歓迎するムードになった。どうやら見た目で判断していたのは俺の方のようだ。基本的に気のいい奴ららしい。


 「なるほど、十一階位か、すげーじゃねえか。」

 「たまたま運がよかったんだ。試験管の弱みを握っててな。」


 「なめんじゃねえ!このくらいの依頼、朝飯前だ!」


 どうやら向こうでギルドの冒険者どもにからかわれていた赤髪のガキがブチ切れたようだ。こいつのおかげでスムーズに事が運べそうだからか、少し気の毒に思えてしまう。


 助け舟を出そうか迷ってると、どうやらガキは依頼掲示板から紙をちぎり、カウンターに向かったようだ。

 「これ、受けます!」

 「ああ?」


 騒ぎに興味なさそうに新聞を見ていた受付の男は、ガキを一瞥すると、

 「これCランク依頼じゃねえか。三級のお前さんには参加資格がねえよ。そもそもここにゃ三級冒険者に受けさせる依頼はねえんだ。アビスフォールに住んでるやつらは凶暴だからな。冒険者都市から出直して来な。」とだけ言い、また新聞に目を戻した。


 ギルド内がふたたび爆笑に包まれる。


 「う、うるさい!ばかにするなぁ!」


 涙を浮かべるガキに、もう帰ろうよと袖を引っ張る連れの女の子。

 流石に気の毒になってきた。


 「じゃあ俺が受けるよ、こいつらを俺のパーティーに入れといてくれ。それならいいだろ?」

 「ん?ああ。じゃ、そこの端末に情報登録しといてくれ。」


 相変わらず適当な受付で苦笑いしてしまう。が、これもこれで味があるのかもしれない。受け付けはギルドの顔だから、冒険者が気を許さない人物は置かないはずだ。おそらくただ不器用なだけなのだろう。


 ガキは驚いたように俺を見ると、「チッ…………礼を言う。」とまったく礼を言わなさそうな顔で言った。礼ってなんだっけ。


 「ともかく、これで参加資格はできたわけだ。しばらくはパーティーメンバーってことでよろしく頼むぜ。ダンジョンは俺がついてってやるから、わかんねえとこがあったら聞きな。そういうとこも含めてカバーしてやっから。」

 「はん。お前の助けんか借りるか。お前はここで待ってればいい。こんな依頼、俺だけで十分だ。」


 おいおい勘弁してくれよ。パーティーメンバー、しかも明らかな格下を死なせるとペネルティがあるんだけど。

 「……待って、リヒト。やっぱりこの人に着いてってもらおうよ。やっぱり私たちだけじゃ無理だよ。」

 と思っていたら女の子の方が助け舟を出してくれた。


 「な、マイヤ!本気か!?こんなやつ信用できるか!

 はっ……まさかお前、このロリコンに……。」


 ブチ


 何かが切れる音がした


 「…………もう許さねえ。ぜってえ許さねえ……。」


 そうだ、そもそもこいつが全部悪いんじゃねーか。三級でイルミナットに来るわ。煽り耐性もねえくせに横柄な態度をとってからかわれてブチ切れるわ。できもしない依頼を自信満々に受けるわ。


 「俺はァ」


 もうぶっ殺す。肉片一つ残さん。あの不名誉なあだ名も。ヒロインにチョロイン扱いされるのも。戦争も貧困も恵まれない子供たちもオッサンのハゲも全部こいつのせいじゃねえか!諸悪の根源がァッ!


 「ロリコンじゃねえええええええええええええええ!表出やがれクソガキィ!本物の冒険者の力ぁ見せたるわ!!地に這いつくばり、己の未熟を悔やむがいい!」


 俺の狂態にギルドのやつらもさすがに呆れたようで、「ちょっと大人げないんじゃ……」と止めようとするが構うものか!

 「ああ、受けて立とうじゃねえか!お前のようなただ年食っただけのあほとはちげーんだよ。」


 数秒後


 「……へっ。やるじゃねえか。」

 ガキが男の喧嘩の後、満身創痍みたいな風に言った。


 「いや、ほぼ何もやってないから。お前術式組成甘すぎて3回に1回しか発動しねえじゃねえか。あと脚ひっかけたら勝手にに転んだだけだし……お前、さすがにへぼ過ぎだろ。なんであんな自信満々風だったんだよ。」

 「いや、なめられたらダメかと思って。」


 ますます気の毒になってしまう。さすがに大人げなかった。まさかここまでやばいとは思わなかった。このまま行かせてたら10分と待たず死体になるなこれ。


 「ふう……分かった。とりあえず、詳しい話を詰めよう。まず装備からだな、あーこっちの子。確か……。」

 「マイヤです。」

 「あーうん。マイヤちゃんと酒場に来てくれ。色々相談しないとな。」

 「まさかお前、マイヤに……。」


 マジデコロシマスヨ?


 ニッコリ言うとさすがに分かってくれたみたいだ。コクコクと繰り返しうなずき、リヒトはマイヤを連れだって行ってしまった。


 「さて……。」


 (起きろ、アルア。)

 『むにゃ……なんじゃ。』

 (どうも、俺たちに興味があるやつがいるらしいな。)


 『ふむ。ぬしがロリコンだとばれて憲兵が来たんじゃないかの?』

 (お前ェ。もうそれはいい。いやよくはないが。)

 『確かに気配がするのう。かすかじゃが。相当の手練れじゃな。』


 (魔力の流れを感じ取れるお前にも微かにしか感じ取らせないほどか。暗殺者の腕としては相当か?)

 『ぬしはよう気付けたのう。』


 (ふん。向こうがその気なら乗ってやろうじゃねえか。あっちの開発放棄区に向かおう。見られると面倒だ。)


 走り出すと、気配がついてきた。暗殺者かその類だとするならば、向こうにとっても好都合だろう。もし腕の方も良ければ、()()()()の方も起こさなければならなくなるかもしれない。


 ※


 そして冒頭に戻る。


 「んで。こいつらはなんだったんだ?もし気付けなかったらやられてたかもな。」

 さすがに就寝中とかに狙撃されたらたまったもんじゃない。


 「妾にはさっぱりじゃな。あやつを起こすか?」

 「……あんまり気が進まないが、寝てる時に撃たれるよりはましか。」


 気が進まないのは問題発言がさらに増えるからだ。ある意味アルアよりやっかいだからなぁ。意志がある魔剣を便利だとか言ったやつもいたが、使ってみればわかるだろう。正直アルア一人でも手に余る。


 「はぁ……起きろ、ノイ。」


 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………何も起きない。


 くそ、出不精が。


 「【起きろ】【幻魔剣・ヒプノイシス】」


 真言を唱えると、手に持っていた脇差しがやっと変化した。


 現れたのは14歳くらいに見える少女。白髪のロングに服は薄手のワンピース。デフォルメされた獏のような枕を抱いてすやすや寝ていた。


 おいい魔力を込めた真言で起きろつったのに起きてねえし。あとパンツくらい履けよ。


 「むにゃ。はぁい、ノイは身も心もお兄様にささげてるのですよぉ。ああんそんな舐めないでくださいぃ。えへ、えへへ。」


 …………もうヤダ。この世には、碌な魔剣がないんですか?


 今日一日、いろんな意味で立て続けに襲われた俺は、今度こそ立ってもいられず崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

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