No moving monster
冬は他の季節と比べて静かに思える。風が轟々と吹き窓ガラスを叩いて、実際はうるさいのかもしれないが、僕には冬の日の方が静かに思えてくる。
家に帰ってくる途中、クリスマスということもあってかとても賑やかだった。様々な色の光の球が視界いっぱいに次々と撃たれ、一目で幸せだとわかる表情をした何組もの恋人たちとすれ違う。僕はバーチャルの中にいるのだとなんとなく思った。歩いている道にリアリティなんて感じられなかった。
それでも暗くて誰も通らない場所はある。そこには落ち葉やコンビニの袋が肩を狭くして座っていた。僕は歩く速度を少し落としてその場所を見た。気持ちが安らいだ。慰められているような感じがした。
家に帰ると風呂にも入らず歯磨きもせずにベッドに倒れこんだ。目を瞑ってみたけれど、これは眠るための行為じゃない。ただ眠る真似事をしているだけだ。だって、僕は眠ることなんてできないんだから。
あの頃はまだ寂しくなんかなかった。違う。自分は寂しい人間だということを認めたくなかった。だから、やるべき必要のないことをむりやり意味を見出だして一生懸命頑張った。睡眠時間なんてもったいないと思ってた。無意識に寂しさを覚えていたのかな。ふらりと立ち寄ったペットショップでヘンテコな動物を見つけた。
「この動物を飼えば、あなたは睡眠を取らなくても平気になりますよ」人の良さそうな口髭をたくわえた老人が尋ねてもいないのに教えてくれた。
「それはどういうことですか」
「あなたの代わりにこのセイブツが眠ってくれるんです」
sleeping monsterと張り紙に書いてあった。生物はセメント色をしたトカゲみたいで、丸まって眠っていた。呼吸のたびに大きくなったり小さくなったりした。老人は話を続けた。
「しかもコイツはなかなか血統が良いし、とても働いてくれますよ」
老人の話を半信半疑で聞きながら、僕はそのセメント色の生物を持って帰ることにした。
あんなに傷ついたんだからもう恋なんてしないって、ずっと決めていたし、まわりに公言もしていた。ずっと孤独であり続けたなら寂しさに気付かずにいられるだろうと思っていた。少しでも期待させられてしまえば、次の日からの苦痛は耐えられなくなってしまう。痛みなんて知らないで生きていければよかった。
僕を嫌う理由は僕にもわかっている。たぶん、わざとだから。僕は何かをこわがるあまり、どうしようもなくなろうとしている。僕に対して好意を発してくる人は理解できないし、絶対ウソなのだから信じない。
sleeping monsterは部屋のすみっこで今日もスヤスヤ眠っている。大きくなったり小さくなったり。僕はこの共有者の名前を知ることもなく、生活をともにしている。生活といっても彼は眠っているだけだけれど。その睡眠が彼自身のものなのか、僕の分の代わりなのか、判断はできない。
一人よりも二人のときの孤独の方が濃い。どうせ、が無意識のうちについてくる。
わかってもらえないようにしてるんだから、わかってもらえなくてもしょうがないじゃないか。わかってもらえるようにすれば、かんたんにわかってもらえるさ。
「なあ」と僕はベッドからsleeping monsterに話しかける。
sleeping monsterは充血した目で僕を睨み付けた。僕たちは僕が再び目を閉じるまでの三十秒ほど睨み合った。目を閉じながらsleeping monsterに訊いてみた。
「夢ばかり見て飽きないのか?」




