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サンサーラ・オブ・ディファレンティア  作者: 石野 タイト
序章
9/14

第8話『2ヶ月と繋がり』

ー ラナとの訓練から1ヶ月。蒼真は城内の廊下を歩いていた。

この世界に来て2ヶ月。しかし城の中は殆ど把握していない。唯一覚えたのは、たどり着いた小さな三角屋根の建物に続く道だけ。

中に入ると、左右均等に並ぶ椅子の間に佇む人影が瞳に写る。


白いワンピースと紺色のガーディガンを羽織った女性。水色の肌と青い髪、頭に付いた左右一対のヒレの様なもの。ウンディーネのシナだ。

蒼真はジェクトから言われて週に1度彼女のもとに訪れている。


「いらっしゃいソウマくん。準備できてるわ」


「よろしくお願いします」


蒼真が軽く頭を下げて挨拶するとシナは笑って奥の部屋へと促す。

蒼真の入った部屋は板張りの床にところ狭しと小瓶の並んだ棚が陳列されていて、奥にはベッド、部屋の中心には白い塗料で描かれた六芒星とそれを取り囲む二重の円、魔方陣が描かれている。この魔方陣も大分見慣れた光景だ。

部屋へ入ると、着ていたワイシャツを脱ぎ綺麗に畳んで壁際のベッドへ置き部屋の中央に立った。


「始めるわよ」


「はい」


蒼真が答えると、シナは両手を前にかざし目蓋を閉じる。

そして小さく息を吸い、紡ぎ始める。


「賢者の眼。すべてを見通す悟りし(まなこ)。血脈流れるその真意を見透せ―透かし視る双眸(エクセレイ)


シナが一息に唱えたと同時に、蒼真の足元の魔方陣が光り蒼真を照らし上げ、光の輪が蒼真を中央に2度、3度と上下する。

やがて蒼真の足元に光が収束し、やがて光源は窓から差し込む日光だけになった。


瞳を開いたらシナは小さく息をつき、優しく笑う。


「はい、お疲れさま。魔力核の大きさも体の異常も見つかりませんでした。じゃあ採血の準備しちゃうから服着ちゃって」


「はーい…そういえば、今の魔法ってどんな魔力属性なんですか?」


蒼真はベッドの上のYシャツに袖を通しながら話しかける。

するとシナは、部屋の棚からトレーに注射器やらを準備しつつ笑いながら答えた。


「ふふ、ソウマくんて勉強熱心ね…これは“凡庸魔法”って呼ばれる魔力属性に関係なく使える魔法なの。診断する医師の魔力が強化魔法だから使えません、なんて話にならないでしょ?」


「ああ、確かに。じゃあ他にもあるんですか?」


「まぁ、強力な回復魔法とかはそれなりの知識と専用の魔力がいるけど、一般家庭でよく用いられる切り傷程度を治す魔法とか、小さな火を起こす魔法とかは凡庸魔法ね」


答えながら準備を終えたシナは蒼真に手招きをして自分の向かい側に座らせる。

蒼真が椅子に座ると左腕の肘辺りまで袖を捲り上げ、ゴムチューブを巻きつけた。


「あの、その凡庸魔法、俺に教えてくれませんか?」


「構わないけど、戦いの中ではそんなに役にたたないかもしれないわよ?」


「構いません。自分のできることは増やしておきたいんです」


真剣な眼差しの蒼真に、シナは優しい笑みを浮かべ、


「よろしい!」


言葉と共に針を血管に刺した。

不意に来た痛みに蒼真は声を上げたが、シナは笑みを浮かべたまま血液を採取。必要量を取ると針を抜きアルコール綿で傷口を押さえる。


「時間があるときに私のところに来てくれれば、できる限りは教えてあげる。私はまず間違いなくこの部屋にいるから」


「はい、よろしくお願いします」


シナの言葉に蒼真はアルコール綿を押さえながら頭を下げて礼を言った。


******


シナの部屋をあとにした蒼真はいつもの演習場へと足を進めていた。

すると、反対側から見覚えのあるシルエットが向かって来た。


「あ、ラナ!久しぶり、肩の怪我は大丈夫か?」


「ソウマさん!お久しぶりです!肩の怪我なんて3日で治りましたよ!」


向かってきていたのは全身黒い毛で覆われたミノタウルスのラナ。今日は白いスラックスに黒のワイシャツ、緑のジャケットを着ていた。勿論全てはち切れんばかりにぱっつんぱつんになっているが。

ラナは笑顔で蒼真に刺された右肩をぐるぐると回して答えた。


「なんかごめんな、怪我させるつもりはなかったんだけど…」


「いえいえ。このくらいの傷、日常茶飯事ですよ。むしろ殆ど傷もないのに一瞬で決められちゃって、自分の未熟さを改めて思い知りました」


アハハ、と笑いながら答えるラナ。

それに蒼真はばつの悪そうに苦笑して返す他なかった。

なにせ未熟さを感じたのは蒼真自身も同じで、意識はあったが、実際自分がどんな風に戦ったのか、立ち回ったのか、いまいち曖昧ところがあった。

ラナと自分とでは、やはりラナの方が“確実な強さ”があると感じた。

だから蒼真は、1ヶ月の間考えていたことを口にする。


「また時間のあったときに訓練頼めるかな?」


蒼真がそう言うと、ラナの目がだんだんと耀いていくのが分かった。


「もちろんです!ぜひお願いします!」


そう答えると、ラナは蒼真の手を握りしめぶんぶんと勢いよく上下に振る。

ラナは興奮すると握手が激しくなる癖がある、という事を体感しながら発見した蒼真だった。


ひとしきり蒼真の腕を振り回し、落ち着いたラナは思い出した様に突然話を切り出した。


「そういえば、レヴディクト氏のご令嬢がソウマさんを探してましたよ?」


「レヴディクト?」


「あれ、ご存じないですか?神童と呼ばれるリシル・レヴディクトさんです」


そうラナに言われ、1ヶ月前に暴漢に襲われていた少女を思い出した。

どことなくおどおどした印象の少女で、自分より恐らくは年下であるにも関わらず神童と呼ばれた彼女。

蒼真には名前よりもむしろ“神童”の響きの方が印象に残っていて名前ではピンと来なかった。


「あぁ、あの子か。俺に用ってなんだろう?」


「さぁ?ソウマさんのいそうな場所を聞かれたので、演習場かヨモナ教官の部屋ではないかと伝えましたけど…」


「そっかそっか、ありがとう」


「では、僕はこれで。近いうちに伺いますので、お相手よろしくお願いします!」


そう言って勢いよく頭を下げると、ラナは小走りで走り去って行った。

その背中を見送りながら蒼真は、


「なんつーか、いい奴だけど…ちょっと騒がしいよな」


と、誰にともなく呟き、ちょっと騒がしい男の背中が小さくなるのを見届けていた。


******


ラナと別れた蒼真は、自分の生活するヨモナの小屋へ向かった。

演習場を通りすぎ、遠くに小屋の煙突から煙がもくもくと青空へ上がり雲と溶け込んでいくのが見える。


小屋の扉を開き中にはいると、向かって右側にある調理台の前にヨモナの姿があった。


「戻りました」


「あぁ。ソウマ、客人だ。お前の部屋で待たせている」


「あ、はい。分かりました」


ヨモナに言われ、奥へと続く廊下へ進む。

数歩でたどり着いた木製の扉を開けると、入って左手にあるベッドに背中を預け床に膝を抱えて座る人影があった。

オレンジの髪を肩口まで伸ばし、白いセーターと水色のスカートを着た少女ーリシルだ。


リシルは蒼真が扉を開けたのに気付き慌てて立ち上がると凄い勢いで頭を下げる。


「あ、えと、お邪魔してます」


「やぁ、こんにちは。リシルちゃん、だよね?」


蒼真が返事を返すと、リシルは顔を上げてコクンッと小さく首を縦に振る。


「はい、リシル・レヴディクトと申します。い、以前は危ないところを、た、助けていただいて、ありがとうございました」


「そんな気にしないでくれ。あの場じゃどのみち戦わなきゃ俺も死んでたし」


そう蒼真は答えるがリシルの表情は晴れず、申し訳なさそうな表情のまま首を小さく横に振る。


「た、助けていただいたのは事実ですし…その、お、御礼をしたいと思いまして…」


そう言うと、リシルは座っていた辺りから紙袋をを持ち上げ、中から皮張りの立派な箱を取りだし蒼真に渡す。

蒼真はその箱を受け取ると、ゆっくりと開いた。


中に入っていたのは紫の布に包まれた白銀に輝く西洋式の5指型の左籠手。所謂ガントレットと呼ばれるものだ。

手首から肘辺りまでを覆う鉄は3枚の鉄をズラし重ね合わせた様な形をしており、手の甲には紫の宝石が嵌め込まれ、指先から肘辺りまで細部に渡り細かな装飾がなされていた。


「うわぁ、すげぇ綺麗。これは?」


「“魔吸の籠手”です。放たれた魔法の魔力を吸収して無力化してくれます。助けていただいた時、剣しか使っていない様でしたので魔法から身を守れるものがあった方が良いかな、と」


「これ、ホントに貰っていいのか?」


「ぜひ。私が作った物なのですが、ある程度の魔法は防ぐことはできると思います」


少し照れ臭そうに笑いながら話すリシル。

蒼真は、さすが神童、と呟きながら箱から籠手を取り出すと一度手の中で見つめた。


窓から差し込む日の光を反射させて煌めくその姿は、言い知れぬ高揚感を引き立たせる。

そっと手を通し固定するとピッタリと手を包んだ。

指先を動かしたり手首を返したりと動かしても全く違和感がない。

まさに蒼真のために作られた逸品と言える。


しかしここで疑問がひとつ。


「すげぇ違和感なく動いてくれていいんだけど、俺の手の大きさってどこで知ったんだ?」


リシルと会うのはまだ2回目である以上、彼女に直接採寸されたことはない。

この世界に来てから色々手続きをしたりもしたがやはり手の大きさまでは測っていない。

リシルにいつ蒼真の手の大きさを知るタイミングがあったのか、そんな小さな疑問が特に考えもなしに口をついてでた。


しかし、リシルは恥ずかしそうに俯いたまま、


「き、企業秘密です…」


と、短く答えた。


その瞬間、蒼真は何故か分からないが悪寒が背筋を駆け抜けていくのを感じ身震いした。


「ま、まぁ、何はともあれ助かるよ。ありがとう」


蒼真は気を取り直し、素直に感謝の言葉を伝える。

その言葉にリシルは、嬉しそうに屈託のない笑顔を向けた。


その瞬間だった。蒼真とリシル、二人の間に光の塊が出現する。

そしてそれは、やがて人の輪郭を形作り一気に粒子となって霧散する。


そこに立っていたのはアリシアだった。

いつもの様に黒いワイシャツと白いスーツを身に纏い、金色の髪をみつ編みにして団子状に纏め挙げていた。


「あ、アリシアッ!?」


「アリシアさんッ!?」


突然のアリシアの来訪に二人は揃ってすっとんきょうな声をあげる。

アリシアはアリシアで、リシルが居たことに驚いたようで、リシルを見つめて目を丸くしていた。


「リシルッ!?何でここに…」


「アリシアこそどうしたんだよ。転移魔法で来るなんて」


蒼真の言葉にアリシアは視線を蒼真に移した。

その眼光は鋭く、瞳には怒りと焦りにも似た色が窺える。


「今すぐ私の執務室まで来い。例の間者共の主が分かった」


「それって1ヶ月前にリシルを襲った…」


「そうだ。詳しい話は向こうに行ってから…」


「あ、あの!!わ、わた、私も連れていってください!」


アリシアの言葉を遮る形でリシルが声を張り上げた。

それにアリシアはまた目を丸くした。


「リシル…?!」


「何か役にたてるかも知れないし、だから…その…」


最初の勢いとは裏腹に尻すぼみになっていくリシル。

リシルの懇願に、アリシアは顎に手を当てて思案を始めた。


そして諦めたようなに力なく笑う。


「仕方ない。リシルも無関係ではないしな」


そう言うと、リシルに手を差し出す。

リシルは無邪気な笑顔を浮かべてその手をとった。


そしてリシルに向けた優しげな表情からは同一人物とは思えない表情で蒼真にも手を差し出す。

蒼真は複雑な表情でその手をとった。


「飛ぶぞ」


アリシアの言葉のすぐあと、三人を光が包み込み粒子を残して光が消失。

部屋には誰もいなくなった。


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