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サンサーラ・オブ・ディファレンティア  作者: 石野 タイト
序章
8/14

第7話『訓練と別人』

ー翌日、蒼真は早朝の日課と食事を済ませ、小屋の外へ出ていた。

登り始めた太陽の光が城壁から溢れ出す。少し寒さを感じる大気の中に立ち尽くし、静かに瞳を閉じる。


次の瞬間、目をカッと見開き腰に下げた鞘から剣を抜き放ち振り返る。

切っ先が鋭い音と共に空を切る。次に響くのは金属のぶつかる音。

蒼真の放った刃は後ろにいた人物に受け止められた。


「大分気配を探れるようになったな」


そう言ったのはヨモナ。右手の剣で蒼真の刃を受け止め優しく笑っている。

二人はどちらからともなく剣を下げた。


「ありがとうございます」


そう返事を返した蒼真の表情に少し影を感じたヨモナは、穏やかな声音で声をかける。


「何かあったか?」


「…俺、昨日人を切ったんです…」


「…そうか」


「でも、俺、何も感じなかった。恐いとか気持ち悪いとか、罪悪感ですら…おかしいですよね、こんなの」


「………そうか」


そう言ってヨモナは大きな手で蒼真の頭を優しく撫でる。

温もりが針積めていた心をほぐす。緊張の糸が緩んでいくのを感じた。

口数は少なくとも、ヨモナの優しさは蒼真の沈んだ気持ちをそっと引き上げる。蒼真の中では、ヨモナという存在は“師匠”や“先生”よりも“兄”という言葉の方がしっくりとくるような、そんな存在になっていた。


蒼真の表情が和らいだのを見ると、ヨモナは再び優しい笑みを浮かべる。


「ジェクトが来るまで相手をしてやる」


「はい!!」


そう答えると蒼真は一度ヨモナから距離をとり、剣を構えた。


******


ー時は過ぎ昼下がり。ジェクトと合流した蒼真は演習場でいつもの基礎トレーニングを行い、少し早い昼食をとると、ジェクトに演習場で待つよう言われ現在ひとりでぼんやりと空を眺めて座っている。


抜けるような青空と流れる白い雲。見ている景色は元いた世界と変わらない。似て非なる青空に思いを馳せ、懐かしい思いを感じている。


ー…小さい時の運動会もこれくらい晴れてればな…あれ、でも婆ちゃんと…いや母さん… ?


込み上げた思い出の欠片。湯水の様に沸き上がる断片は、しかしひとつとして繋がらない。形にならない。バラバラなピースをぶちまけた様に溢れ出す。

とりとめのない記憶の波に思考が止まり、頭が悲鳴をあげ始め頭痛となって警鐘を鳴らす。

響き始めた頭痛に耐えていると、ふいに声をかけられる。


「おぉソウマ。待たせたな…大丈夫か?顔色がよくないが」


「…あ、ジェクトさん。おかえりなさ…」


蒼真の思考を遮ったジェクトの声に反応しゆっくり立ち上がり視線を向けると、頭痛も消え去るほどの衝撃に言葉を失った。


ジェクトの後ろにいた2mはある巨体。ピチピチのシャツにピチピチのジーンズのようなズボン。脚は馬や牛の後ろ足のようになっている。そして頭は牛そのものだ。

黒い毛に覆われ瞳が何処にあるかも分からない。耳の後ろからは二本の鋭い角が生えている。


これは蒼真も知っている、超有名なフィクションの生き物。“ミノタウルス”だ。


「あ、あの、ジェクトさん?そちらのお牛様は…」


「彼はラナ。訓練生の中で首席を勤めている私の優秀な教え子だ。これから彼と手合わせをしてもらおうと思ってな」


ジェクトの言葉に蒼真は自分でも血の気が引いていくのが分かった。

改めてミノタウルス-ラナを見るが、服の上からくっきりと浮かぶ筋骨は圧倒的に人間のそれを凌駕している。

横に並んでいるジェクトが貧弱に見えるほどだ。


愕然として立ち尽くす蒼真に、ラナが一歩近づいてくる。


「ひっ」


「あ、驚かせてごめんなさい。僕、ラナ・クスフォールと申します。こんな成りでいつもいろんな人に怖がられるんですが、仲良くしてくれたら嬉しいです」


思わず引いてしまった蒼真に繕うようにラナは挨拶すると照れ臭そうに笑う。

見た目と態度のギャップに更に追撃を食らい脳の処理が追い付かずKO寸前な蒼真。


「ハハハッ、やはり面食らったようだな。魔族に慣れていないソウマなら必ずいい反応をしてくれると思っていた」


悪戯の成功した子供のように喜ぶジェクトに少し苛立ちを覚えたが、おかげで少し現実を受け止められて来た。


「み、宮野 蒼真です。よろしく」


「あ、はい!!よろしくお願いします!」


蒼真の挨拶に喜んで答えるラナ。

蒼真の手をとり、凄い勢いで握手を交わす。


「では挨拶も済んだところでそろそろ始めようか」


ジェクトが言いながら小脇に抱えた布を地面におき広げる。

中に入っていたのは蒼真の使っている剣と同じものと、柄が60cmほどの両刃斧。

蒼真は剣を、ラナは斧を手に取るとジェクトは説明を続ける。


「刀身は鉄で出来ているが刃はついていない。とはいえ当たりどころが悪ければ重症は免れないからな、気を引き締めていけ」


どうやら始めなくてはならないらしい、と諦めた蒼真はラナと並んで広場の真ん中に移る。

距離をとって向かい合う二人。


「あの、蒼真さんはもう実戦されたんですよね?ご指導お願いします!」


「あ、いや、昨日1回だけなんだけど。ラナくんはまだなの?」


「はい。あと、ラナでいいです」


「そっか、まぁお手柔らかに頼むよラナ。俺、訓練始めてまだ1ヶ月だから」


「えっ!1ヶ月で実戦に出られたんですか!やっぱり凄いです」


興奮ぎみに鼻を鳴らすラナ。その姿は牛そのものな感じだ。

些か面倒に感じてきた蒼真。


「いや、巻き込まれただけなんだけど…」


「ラナ、話は後にしろ。そろそろ始めるぞ」


「あ、はい!よろしくお願いします!」


ジェクトに促されラナは一度深々と頭を下げ、武器を構える。

頭をあげると、その表情や纏う空気が変わる。

5mは離れているが、それでも熱を感じるような錯覚を覚えるほどの闘志と引き締まった表情。

ジェクトやヨモナ、アリシアのような百戦錬磨の戦士とはまた違う、愚直なまでの殺気。闘争本能の塊の様な存在感を放つ。


ー…これは、俺も真剣にやらないと不味いな


本能的にそう感じ取った蒼真も剣を構え、表情を鋭くする。

その蒼真がラナに感じさせたのは、冷たさ。

研ぎ澄まされたような刃を連想させ、ヒヤリと冷気すら感じるような殺気。

今まで手合わせしてきた者達とは比ぶるべくもない、凍てついた闘気。


ー…守ったら勝てない。先手必勝!!


飛び出したのはラナ。

砲弾の様な瞬発力と威圧感が蒼真に迫った。

勢いの乗ったラナの両刃斧が降り下ろされる。

蒼真はそれを左に飛び退き避ける。

刃がついていないとはいえ、ラナの豪腕と巨体から繰り出される一撃は明らかに致命傷だ。


空振りとなったラナの斧は勢いをそのままに地面へ激突、砂埃を巻き上げる。

すかさず蒼真は刃を構えラナに迫るが、砂埃をかき消すように横一線に振り抜かれた斧が行く手を阻む。

それを屈んで避けると、跳躍して一気に懐に潜り込む。


ー…貰った!


ラナの脇目掛けて飛び込んだ蒼真。

しかし、蒼真の目の前にあったのはラナの右拳。

絶妙のタイミングで打ち出された右拳に、蒼真は体を止められず顔面から拳へ突っ込む。


次の瞬間、ラナの拳の力と自分の飛び出した勢いがまとめて蒼真の顔面に叩き込まれた。

その衝撃は蒼真の体を宙で海老反りにさせて、うち飛ばしていく。

そのまま数m宙を舞い、背中から受け身もとれずに落ちる。


「かはっ」


落ちた衝撃で息がつけない。。何が起きたのか、混乱のなか頭を起こすと、ラナが武器を構え直し、今にも突進してきそうな態勢が定まらない焦点からでも確認できた。


ー…効いたぜ今のは…


ゆらりと立ち上がり剣を構える蒼真。

呼吸を整え、定まり始めた焦点でラナを見据え、眼光がより鋭く、冷たくなる。


蒼真から離れたラナからでも分かる。数m離れた相手の雰囲気が一変している。

しかし、ここで気圧されては駄目だと自分を奮い立たせるように嘶き、蹄で地面を削る。


突進と共にラナは斧は振りかぶり、連撃を繰り出す。

蒼真はその一振り一振りを丁寧に観察し、確実に避ける。


ー…動きは直線的で威力はあるが単調だ。スピードもあるがヨモナさん程じゃないから避けられる。相手のパワーと迫力に惑わされるな、隙は必ず…


鋭い斧の斬撃を回避しながら、リズムを体に叩き込む。

その巨体と豪腕から繰り出される一撃は確かに強力だが、“振り下ろす”か“凪ぎ払う”に限定されていたためリズムを覚えるのに時間は要さなかった。


そして見つけた。最大のタイミング。


「そこだぁッ!!」


斧を左に振りかぶったその瞬間、風を切る音と共に突き出された切っ先。

その衝撃はラナの右腕の肉を抉り肩口に突き刺さる。


「ぐっ…オォオオォッ!!」


雄叫びと共にラナは剣の刺さったまま斧を振り抜く。

蒼真は後ろに飛び退きそのスイングを避け、ラナと距離を取る。


ラナは肩の剣を抜き、投げ捨てる。傷口からは血が流れだし右腕はダラリと力なく垂れ下がっている。

それでも、左手に構えた斧を下げることなく、足の蹄で地面を蹴り、蒼真に向かっていく。


「ゥオオオォッ!!」


雄牛の嘶きにも似た雄叫びと共に、ラナは砲弾の如く飛び出す。


蒼真はラナの直線上に立ち、右手を前にかざした。


「 我、魔導書の盟約の名の元に汝を求めん。我が声に答えよー沈められし大蛇(ヨルムンガンド)!! 」


蒼真が唱え終えたその瞬間、ラナの足元に浮かぶ魔方陣。

ラナの振り下ろした両刃斧。その刃は蒼真の頭を叩き潰す寸前で止まる。

魔方陣から現れた白銀の大蛇に体を絡め取られ、腕を振り下ろすことは叶わなかった。


ラナがいくら力を込めても微動だにしない大蛇は、ラナの左腕の先から頭を覗かせ、まるで蒼真に訴えかける様に蒼真を見つめ、チロリと舌を出した。


それを見て、蒼真は一度首を横に振るとラナの捨てた剣を拾いあげて、ラナの首筋に当てる。


「…チェックメイト」


「…参りました…」


ラナがそう言うと、大蛇の力が抜けてゆっくり地面に降り、蒼真に絡み付いていく。

大蛇の離れた瞬間、ラナは支えを失ったかのように片膝を着いた。


「お疲れさま。肩大丈夫?」


「はい、大丈夫です。ありがとうございます」


蒼真に手を差し伸ばされて、ラナは手を取り立ち上がる。

すると遠くからジェクトが駆け寄って来るのが見えた。


「ご苦労だった。二人とも、大丈夫か?」


「俺は平気ですけど、ラナが肩に怪我を…」


蒼真に言われジェクトがラナの傷を観察する。


「ふむ、ソウマ。すまないが向こうの救急箱を持ってきてくれ」


「分かりました」


ジェクトに指示され、蒼真は走って指示された場所へ向かった。


「刃が付いていないからと思っていたが、まさか刺さるとは…」


「ジェクトさん、あの…」


「どうした?」


「ソウマさんが魔法を使った瞬間、なにか感じませんでしたか?」


「ふむ、距離があって分からなかったが、なにか感じたか?」


「…はい。最初に対峙した時とは、まるで別人のような魔力と殺気でした」


「…なるほど。魔族は人間より魔力を感じる力は優れている。恐らくその感覚は間違っていないのだろう」


「はい…あれはまるで…」


「ジェクトさーん!これでいいですかー!」


蒼真の言葉に遮られ、会話が途切れる。

ジェクトは立ち上がり蒼真と話始めた。


ラナは肩の手当てを受けながら、考える。


ー…あれはまるで………………魔族だ


******


ー 夜。月明かりが大きな窓から入り込み柔らかく手元を照らす。

自室で書き物をしていたアリシアは、ふと視線をあげて机の上の揺れる蝋燭の火を見つめ思考を巡らす様に目を細める。


ふいに飛び込んだノック。アリシアは体を捻り後ろのドアに向かって返事を返す。


「開いているぞ」


「アリシア。入るぞ」


入ってきたのはジェクトだった。

アリシアは手元の時計を確認して、小さくため息をつく。


「やれやれ、やはり机での仕事は捗らないな。私には合わないようだ」


「ハハハ、何事も慣れだアリシア。それよりもソウマの事だが、やはりお前の勘は当たったかもしれん」


ジェクトがそう言うと、アリシアの表情が変わる。

鋭い表情のまま、アリシアはジェクトの言葉を待つ。


「昼間、私の生徒のラナと手合わせさせた」


「確かミノタウルスだったな。また随分無茶を…」


呆れ気味なアリシアと、その返答に意外そうな表情をするジェクト。


「よくラナのことを知っているな」


「彼の名前は会議でも時たま出るんだよ、優秀な新兵がいるとな」


「そうだな、彼は優秀だ。戦闘能力、統率力もさることながら、観察力はかなりのものだ。その彼が、ソウマが魔法を使った時の一瞬、まるで別人のような殺気と魔力だったと漏らしていた」


「別人、か…」


ジェクトの言葉にアリシアは思案するように顎に手を当てる。

アリシア自身、その“別人”であろう蒼真に覚えがあった。最初に魔力を使い、間者を絞め殺したあの瞬間の冷たい笑み。ラナの感じた感覚が、自分の見たあの蒼真と重なる。


ー…呪いの影響、なのか?


ジェクトやヨモナからの話では特別痛みや体調不良はなく、蒼真に呪いの進行は見られないということだった。

1ヶ月経つが、蒼真自身に何の変化もないことにアリシアは違和感を感じ始めていた。


「呪いのせい、だと思うか?」


どうやらジェクトも同じ考えに至っていたらしい。


ー…さすがに父親代わりだな。思考も似通るか…


アリシアはジェクトに見られない様に小さく笑うと、次の瞬間には真剣で鋭い、いつものアリシアの表情に戻っていた。


「考えるにしても材料が無さすぎる。シナにも協力してもらって奴の観察を続ける」


「分かった、伝えておこう。では私は戻るとしよう、仕事の邪魔をして悪かったな」


ジェクトはそう答えると、優しく笑ってドアノブに手をかける。

そこで、思い出したように振り返るジェクト。


「そうそう。この前シナが“娘が最近顔を見せない”と嘆いていたぞ?手伝わせたいなら顔くらい出してやれ」


「ふふっ…分かった。明日にでも時間を作るよ」


アリシアがそう答えると、ジェクトはもう一度小さく笑って部屋を出る。


アリシアは一人、よし、と意気込むと、明日の時間を作るために再び机に向かい始めた。

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