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サンサーラ・オブ・ディファレンティア  作者: 石野 タイト
序章
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第6話『迷子と少女』

ー「やっばいよこれ。完全に迷子だよ」


辺りを見回しても、見えるのは小道と壁ばかり。考え事をしたまま歩いていた蒼真は忠告されていた路地裏へと迷い混んでしまったのだ。


「参ったな、とりあえず来た道を戻って…」


言いながら振り返り、顔色が青ざめる。

右を見ても左を見ても、前にも後ろにも道がある。

今しがた歩いていたはずの道すら分からなくなってしまった。


「…やばい、本格的にやばい…」


途方に暮れていたその時、微かに物音が聞こえた。

行く宛もない蒼真はとりあえず音の出所へ向かう。

次第に話し声が聞こえ始め、人がいることを認識する。更に、それはどうやら揉めているような雰囲気の物であると気付く。


足早に角を右に曲がると、不意に柔らかい何かが胸に飛び込んできた。

それは少女だった。オレンジ髪をショートボブにした少女が息を切らせ、涙目になりなりながら蒼真を見上げる。


「大丈夫?何かあったの?」


蒼真が尋ねたまさにその時、答えは少女の口ではなく少女が来た道の向こうから現れた。


バタバタと足音を立てて現れたのは複数の男。全員真っ白なフード付きのローブを着て、顔が隠れるマスクをしている。


「あの、彼女が何か?」


「去れ(わっぱ)。貴様には関わりのない話」


男の一人が答え、一歩距離を積める。

改めて少女に視線を落とすと、ひどく怯えた目で見つめ返してくる。

何が理由かは分からないが、どうやら逃げてきたという事だと検討を付け、考える。


-…こいつは、俺の手に負えるか?


実戦経験もない蒼真と、見るからに手練れた男達。

しかし、この少女を引き渡したところで生きて帰れる保証もない。


-…なにより、胸くそ悪いな


「よく分かんないけど、ここは平和的にいきましょうよ。暴力はよくない…」


「問答無用!」


男の一人が言いながらナイフを取りだし、蒼真に向かって迫る。

反射的に蒼真は少女を突き飛ばし、自分は少女と反対に体をそらして切っ先を避けるとクロスカウンターの様に男の顔面に拳を叩きつける。

よろめいた男に素早く体勢を立て直した蒼真が蹴りを腹部に突き刺さり、男は嗚咽と共に崩れる。


-…以外といけるぞ。確かに早いが、ヨモナさんやジェクトさん、ましてアリシアの足元にも及ばない…


「君、大丈夫?…俺の後ろに」


そう言って手を差しのべ少女を引っ張り起こし、自分の背に回す。


すかさず迫りくる男二人からの波状攻撃。

右のナイフを避ければ左から蹴り。上からの拳を避ければ下からのナイフの切り上げ。

手練れ二人の間髪入れない攻撃に、蒼真は防戦一方となる。


左から迫る蹴りを屈んで避け、軸足を払う。

その隙を狙いようにこめかみに迫る切っ先を頭を逸らして避けるとその手をとり、背負い投げる。


二人を捌き一息ついてしまった蒼真。その一瞬の隙に足を払われた方の男が立ち上がり、蒼真の後ろから放つ蹴り。それが蒼真の頭をとらえた。


「ぐぁっ!」


不意の衝撃に対処できず、地面を滑る蒼真。

そこへ、背負い投げられた男がナイフを振り上げ、蒼真へ降り下ろす。


思わず蒼真は左手で防御姿勢をとった。

だが、痛みは感じず、代わりに生温かい物が手につくのを感じた。


手をどけると、一人の男が腕を抱えて踞っていた。

生温かい物の正体は、血。

自分の足元に転がるナイフを握ったままの右腕と、血溜まり。そして剣を構えたアリシアの姿がそこにはあった。


「アリシア!?なんでここに…」


「話はあとだ…お前こそ何故剣を抜かない?ぶら下げているだけなら重いだけだ、その辺に捨てておけ。それとも、まだ人を切る覚悟はないか?」


アリシアが挑発するように言うと、立ち上がり、剣を抜く蒼真。


「や、やれるよ、俺だって」


「お前は残りを、私は奥の奴をやる」


アリシアの言葉に頷く蒼真。返答を見るや、アリシアは光を纏い、粒子と共に姿を消し、次の瞬間には奥から剣のぶつかり合う音がした。


蒼真は眼前の敵に視線を向ける。

一人は腕を切られて瀕死。もう一人はいまだに動けずにいるようだ。

残りは一人。ナイフを構えたまま様子を窺っているようだ。


-…こいつを、殺す!!


剣を構え、飛び出す。

強く踏み込み一気に距離を積め、右下から切り上げる。

男は体を反らして蒼真の切っ先を避け、戻る反動でナイフを振るう。

それを素早く戻した刃で受け止め、弾く。


キラリと宙を舞ったナイフが煌めく。

一瞬男が動揺を見せる。

その次の瞬間、男の正中を蒼真が握る刃が駆け抜け、男は仰向けに倒れた。


*****


ー蒼真の返答を見届けたアリシア。

姿を消し、現れた先は上空。

道の奥に立った男の上から体重を乗せて切り付ける。


だが、男は背中に背負った身の丈程の肉厚な大剣で不意の襲撃に対処する。


斬撃を防がれ、軽く着地したアリシアは男を再度視界に入れる。

男は他の者より二回りほど体が大きい。もしもの際の戦士、といった所だろう。


「ふむ。間者に名乗ることもないだろうと思ったが、貴様は違うな」


「我は死刑囚(オルフェンダー)。貴殿に名乗る名もなければ、貴殿が名乗る理由もない…さぁ、参られよ」


男は言いながら大剣を両手で構える。


「その物腰、以前は名のある騎士であったのだろう…レイヤード王国近衛騎士団団長、アリシア・エルフリーデ。推して参る!」


アリシアは言葉と共に構え、男の懐へ飛び込む。

男は大剣を振り上げ、渾身の力で叩きつける。

土煙が辺りに立ち込め、煙の中から抜け出すようにアリシアは上空へ飛び出た。


男は大剣を再度構え、アリシア目掛けて鋭く突き出す。


それをアリシアは体を回転させて避け、回転したまま男の元へ降下。

回転による複数回の斬撃が男の体を切り付ける。

しかし、


「手応えが…」


降り立った瞬間の違和感。

その答えを得る間もなく、アリシアは打ち降ろされる刃を跳躍して避ける。


距離を取り、再度男を観察すると切り裂かれたローブの隙間から鎧が煌めくのを確認した。


「半端な斬撃では斬れないか」


「うぉおおおっ!!」


雄叫びと共に飛び出した男。

豪快な振り上げの後、横一線に振り抜かれる大剣。

路地の建物を粘土のように切り飛ばす破壊の一撃を、アリシアは限界まで屈んで避ける。


そして、その体勢から強く踏み込み男の胴体を切り裂く。


膝を突き、地面に指した大剣に寄り掛かるように屈む男。

アリシアの刃は鎧を断ち、肉を切り裂いていた。


「貴公の敗けだ。下がれ」


「我に、撤退は許されない…あるのは勝利か、玉砕のみ!!」


立たぬ足を震わせながら、男が打ち下ろした一撃。

それをアリシアは剣で受け止める。

衝撃と重みが全身に伝わる。だが、倒れない。


「貴公の一撃、しかと受け止めたぞ。せめてもの手向けだ。戦士として、騎士として逝くがいい!!」


アリシアはその刃をはねのけ、右上から切り付ける。

駆け抜けた刃の後を追うように吹き上がる鮮血。

男は膝から崩れるように倒れ、血溜まりに体を沈めた。


「かた…じけ…な、い…」


「名も無き騎士よ。どうか安らかに」


手向けの言葉を添えて、アリシアは男の横を抜けていった。


******


ー眼前に倒れる男をぼんやり見つめる蒼真。

緊張からか息が弾む。手に残る違和感。

だが、それだけだった。もっと色んな感情が沸き上がると思っていたが、感じたのは妙な空虚感。


「無事、のようだな」


「あ、アリシア…あぁ、大丈夫だ」


アリシアに気づいて我を取り戻す蒼真。

アリシアが鋭い表情のまま蒼真の後ろを睨み、それにつられて振り替えると蒼真に蹴られ踞っていたはずの男が少女を人質に取っていた。


「ボサッと突っ立っていたわけか」


「面目ない」


「武器を捨てろ!こうなればこの女だけでも連れて帰らねば…」


男の要求に仕方なく二人は剣を前へ放り投げる。

それを確認すると、男は後退り始めた。


後ろに気をとられ始めた男。その隙を突き、少女は力一杯男の腕に噛み付く。


「ッ!貴様ぁッ!」


痛みによる怒りが男の冷静な判断力を削り、少女を後ろから殴り飛ばした。瞬間、蒼真は右手を前にかざす。


「 我、魔導書の盟約の名の元に汝を求めん。我が声に答えよー沈められし大蛇(ヨルムンガンド)!! 」


蒼真の声に呼応するように男の足元に現れた魔方陣。

煌々と輝く陣の中心から、男の足に絡み付くように出てきたのは銀色の鱗を持つ大蛇。


大蛇は瞬く間に男に絡み付き、その自由を奪う。


「…絞め殺せ」


「ひっ!まっ…ぶぁっ!」


蒼真の指示と共に響いた砕ける音と潰れる音。

飛び散った肉片を避けながら大蛇-ヨルムンガンドは蒼真に這い寄り、スルスルと足を伝って肩口へ上ってくる。

その頭を撫でながらうっすら笑う蒼真をアリシアは一度鋭く見つめ、少女へ駆け寄った。


かろうじて血飛沫には当たらなかったが、少女はその凄惨な光景に肩を震わせていた。


「すまなかったなリシル。大丈夫か?」


アリシアは言いながら少女-リシルを抱き起こす。


「アリシア、その子と知り合い?」


「彼女はリシル・レヴディクト。魔法研究者を両親にもち、彼女自身も魔法と魔道具に関して右に出るものはいないと言われる神童だ」


「へぇ、神童…」


「あの、ありがとう、ございました」


リシルは蒼真に駆け寄ると、ペコリと頭を下げる。

蒼真はその頭を優しく撫でる。


「ケガ、なかった?」


「はい…!」


「ならよかった」


そう優しく微笑むと、リシルは顔を赤くしてアリシアのもとへ駆け戻った。


「アリシア、こいつらは?」


「詳しくは調査中だが、どこかの国の間者が入ったと報告があってな。お前を連れ戻そうと来たらあの体たらくだったわけだ」


「ハハハ…面目ない」


呆れた様な目で見るアリシアに、申し訳なさそうに頭をかく蒼真。

アリシアのその瞳は蒼真に絡む大蛇へ向けられ、小さなため息が溢れる。


「…しかも、よりによって魔獣の召喚とは」


「ん?なにか問題あるのか?」


「魔道具や武器なら使用者の練度に比例して強くなりますが、魔獣は魔獣自身が魔力を接種し、一定値以上で強化されるんです」


蒼真の問いにアリシアの代わりにリシルが答える。

だが、いまいちピンときていないようだ。


「…要するに、魔力核を魔獣に喰わせるんだ。死体からな」


アリシアはそう、吐き捨てるように言った。

彼女の騎士としての価値観が死者への冒涜と感じさせているのはその渋い表情から理解できる。

だが、蒼真にはそんなこだわりを持っていられる余裕はない。どんな力でも利用して必ず生き残る、その為なら死体だろうと使えるものは使っていく。


「そう…なのか」


「お前にそこの二人を預ける。この重傷者と奥の男は私が連れて帰る。行くぞリシル」


アリシアはそういうと、腕を切り落とされた男を担ぎ、道の奥へ歩いていった。

リシルは一度深々と頭を下げ、アリシアの後を追って行った。


「死体を食わせる、か。確かに気持ちのいいもんじゃないよな」


一人になった蒼真は肩に乗った蛇の頭を撫でながら呟く。


「…いただきます」


蒼真がそういうと、ヨルムンガンドはスルスルと蒼真から降り、初めて蒼真が命を奪った男へと体をくねらせ向かっていった。


狭い空間に切り取られた夕焼け空を眺め、いつの間にか夕方になっていたことに気づく。

そして、


「…あ、帰り道聞くの忘れた…」


ひとり空へと言葉を投げた。


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