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サンサーラ・オブ・ディファレンティア  作者: 石野 タイト
序章
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第4話『実力と魔法』

ー蒼真が訓練を始めて1ヶ月が経過した。まだ夜も明けきらぬ薄暗い中に斧が丸太を叩き割る音が響く。


「ふぅ、こんなもんかな」


額の汗を拭い、蒼真は出来上がった薪を所定の場所に集めると、井戸へ向かい水を組み上げる。

ヨモナやジェクトの用意してくれた幾枚目かのワイシャツの袖を捲り、右腕の包帯を外す。

そこには変わらず火傷の様な痣がくっきりと残り、それがいつも蒼真の心に暗い影を落とす。


桶の水を右腕の痣にかける。今や痛みもないが、やはり清潔にしておくに超したことはない。

新たに清潔な包帯に巻き直し、もう一度水を組み上げるとそれを小屋の中へと持って運び入れる。

手慣れた手つきでもはや日課となった朝の一連の仕事を終えると、外からヨモナが戻ってきた。


「おはようソウマ」


「おはようございます。なにかとれました?」


そう言ってヨモナを見る蒼真。ヨモナは緑のニット生地の様な衣類の上から革製の胸当てを付け、ズボンの上から革製の膝当てとブーツ、腰には蒼真のものに似た剣がぶら下がっていた。


「あぁ、ギルドでグリムベアードの討伐依頼があったんでな。ついでに肉をもらってきた」


ヨモナは剣を外して椅子に立て掛け、テーブルの上に熊の肉が入っているであろう包みを置いた。


「さて、朝飯にするか」


「はい。じゃあ俺、薪持ってきます」


言いながら蒼真は扉を出ていった。

先程切り終えたばかりの薪を数本腕の中へと集めていくと、ふいに瞳を鋭くし、薪を放り出して体を左に倒し転がる。それを追うように空を切る“何か”の音。

素早く体勢を建て直すと、蒼真は視線をその何かに向けた。


「あ、アリシア?!なにするんだよ!」


蒼真の眼前にいたのは白刃煌めく剣を持ったアリシアの姿。黒いワイシャツに白いスーツを身に纏い、心底意外そうに目を丸めていた。


アリシアは剣を納めて腰から鞘を外し立て掛けると、ジャケットを鞘に引っ掻ける。


「…少し試してやる。打ち込んでこい」


「…やるなら遠慮はしないからな…」


「早く来い」


アリシアが手招きしながら挑発すると、蒼真は踏み込み右腕から拳底を放つ。

それをアリシアに首を傾けただけで避けられるが、間髪いれずに左から拳底を繰り出す。

しかしそれも容易く避けられ、更に数発拳打を打ち込むもやはり軽くいなされる。

蒼真は苛立たしげに眉を潜めながら左足を振るう。

アリシアはそれを手の甲で逸らすと、まるで手本でも見せるかのように同じく左足を振り上げた。


顔にめがけて迫るしなやかで鋭い左足を後ろに飛んで避ける蒼真。

それを追いかけるように素早く体勢を立て直したアリシアが、強い踏み込みと共に放つ拳底。

蒼真はかろうじて両腕を交差して受け止めるが、足が地に着かず踏ん張りが効かない。

力を殺しきれず体勢を崩した蒼真は引かれるように地面へ叩き付けられ、数回弾んで転がる。


「攻撃はマシだが防御が疎かになりすぎだ。拳底の踏み込みも浅い、力の伝わり方が不十分だ。拳打も乱雑で当てずっぽうだし、蹴りの時軸足がブレていて力もスピードも半減している…まぁ、しかし…」


アリシアは構えを解くとゆっくり蒼真へ歩みよる。


「…つい1ヶ月前とは別人だ。お前の努力と才能は認めよう」


そう言うとアリシアは蒼真に手を差しのべる。

その表情は今までで一番穏やかな表情を浮かべていた。

蒼真は驚きながらもその手を取り立ち上がる。

まさかアリシアから賛辞の言葉があるとは夢にも思わなかった。


「終わったか?」


声がして振り返ると腕を組んでヨモナが立っていた。


「あぁヨモナか、おはよう」


「あッ!しまった薪…」


言いながら蒼真は慌てて薪を集め始める。

アリシアがジャケットを羽織り鞘を腰に付けると、ヨモナが近付き小声で話始めた。


「お前から見てどう思う」


「率直に、アイツの成長は異常だ。それが奴の受けた呪いのせいなのか、はたまた他の要因があるのか。いずれにせよ奴の才能や努力は認めるが、それだけではないだろう」


「他の要因、か。何か思い当たるか?」


「さぁな。もしかしたら奴の世界では我々よりも強いヒトで溢れているのかもな」


そう茶化すアリシアにヨモナは呆れたように小さくため息をついた。

二人が会話終えた直後、蒼真が薪を抱えて小走りで戻って来る。


「すいません遅くなりました。なんの話です?」


「いや、気にするな。それよりアリシア、まさか蒼真を襲うためにこんな朝から来た訳じゃないだろう?」


「あぁ、例によってジェクトに頼まれた。全く、指導者を気取るなら終始自分でやればいいものを。私も暇じゃないんだ」


ヨモナに問われて思い出したように話し出したアリシア。しかし用事を思い出したのと同時にジェクトへの鬱憤が関を切ったように溢れだし、結局ヨモナの朝食が完成するまで蒼真は永遠愚痴を聞かされる羽目となった。


******


ー「ふぅ、御馳走様でした」


ヨモナの作った朝食をたいらげ、蒼真は両手を合わせる。

アリシアはそれを不思議そうに見つめていた。

その視線があまりにも気になり、居心地が悪くなって蒼真は口を開く。


「あの、どうかした?」


「その“御馳走様でした”とはなんだ?」


「あ、この世界にはない言葉なのか…これは俺のいた国で生き物に感謝する意味で、食べる前には“いただきます”終わった後は“御馳走様でした”って言うんだ。命をありがとうってことかな。うまく伝わった?」


「ふむ、お前の世界でも命の重さは変わらないのか…では、御馳走様でした」


アリシアもまた両手を合わせてそう言うと、少し表情を緩める。それは“笑う”には程遠いが、ギスギスした空気の時より何倍もよい表情だと蒼真は思う。


「それでアリシア、ジェクトに何を頼まれたんだ?」


食器を片付けながら静かな口調でヨモナに言われ、アリシアは思い出したように話し出す。


「あぁ、今日はコイツに魔法を教えるように頼まれた。ジェクトから魔法について何か習ったか?」


「まぁ、簡単に説明はあったよ。たしか体の中の魔力を外の魔力と反応させて色んな現象を起こすって」


「そうだ。では魔力の種類については?」


「いや、聞いてないな。種類があるのか?」


「大きくは5種類。魔力により炎などを起こす“現象魔法”、肉体や物を強化する“強化魔法”、物質を移動させる“転移魔法”、魔力による回復や攻撃を行う“変性魔法”、武器や魔獣を召喚する“召喚魔法”があり、それぞれの魔法に合った魔力が体内の魔力核に一種類流れている」


「つまり、魔法はその5つの中から一種類しか使えないってこと?」


「使って使えないことはないが、まぁ仮に違う種類の魔法を使っても威力や効果は下がるな…魔力の種類は遺伝的なものに左右されると言われているが、詳しいことは分かっていない。特にお前のように後天的な者は例がないだろうからな、もしかしたら魔法が使えないかもしれんぞ?」


「脅かすなよ…」


少し怯えた表情の蒼真に、面白そうに笑いながらアリシアは懐から小袋を取りだしテーブルに置く。

そこから取り出されたのは真っ白な丸い石だった。

艶々と光沢のあるその石をアリシアは手に取る。


「これは力変石(りょくへんせき)。この石に魔力を流すと魔力の種類別に形を変える。まずはこれでお前の魔力の種類を調べる」


「いや、でも俺魔力の流し方なんて分かんないぞ?」


「イメージしろ。手のひらに力を込める感じだ」


そう言いながら石を蒼真の手のひらに乗せる。

ひんやりと冷たい感覚と手首にかかる微かな負担。

手の中の白石をジッと見つめる。


ー…力を…込める…!


意識を石に集中する。

それと同時に石の円環は鋭く隆起し、四方八方から刺のように競り上がる。


それを見たアリシアは小さくため息をついて石の刺をつまみ上げる。


「…はぁ…また随分と面倒な物を…」


「え?」


「お前の魔力は召喚型だ。この魔力だけはお前単体では魔法を発動できない」


次第にもとの形に戻る石を見つめながらアリシアが言う。

蒼真は疑問を焦りと共に口にする。


「え、俺本当に魔法が使えないってこと?」


「召喚魔法は魔導書との契約が必要になる…ヨモナ、魔導書の保管は城には…」


「もうないだろうな、昨年の会合で民間への払い下げが決まったからな」


「そうだったな…仕方ない」


呟きアリシアは石を小袋にしまいながら立ち上がる。


「行くぞ」


「行くって、何処に?」


城下町(タンネバル)だ」


そう答えると、アリシアは小屋の扉を開け放ち、蒼真は慌ててそのあとを追って駆け出した。

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