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サンサーラ・オブ・ディファレンティア  作者: 石野 タイト
序章
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第3話『装備と訓練』

ーシナのもとを後にした蒼真はアリシアの数歩後ろを足早に追っていた。

無言で歩くこと数分、蒼真は口を開いた。


「あの、アリシア。審議会で俺のこと庇ってくれたんだってな、ありがとう」


「お前に礼を言われる筋合いはない。何かあれば私が切り捨てると宣言したまでだ」


そう言ってアリシアは早くも蒼真の言葉をバッサリと切り捨てた。剣だけでなく言葉でも他人を切りつけるのが上手いようだ。

あっさりやられた蒼真は口を閉ざしてしまい、また沈黙が訪れる。


更に数分歩くこと、目の前に開けた運動場の様な場所が現れる。

階段を下り土がむき出しのその地へ降りるとその広さを思い知った。右を見ても左を見てもむき出しの大地がどこまでも続いていて、囲うように競り上がった壁がちっぽけな模型のように見える。


「なぁ、ここって城の敷地内だよな」


「敷地内だが陛下や妃様はもう一段上の場内で過ごされていて、ここは塀をひとつ隔てた軍の修練場だ」


アリシアが言いながら上を指差すのでそちらに目をやると、確かに一段上に大きな居城があり、それを囲むように壁が続いていた。


アリシアは今修練場と言ったが、ということはそろそろジェクトとの訓練が始まるのだろうか、と不安感が募り始めていた。

運動経験なんて体育と緩いテニス部の部活しかやってこなかった。いきなり厳しい環境についていけるのだろうかと、今更ながら後悔し始めていた矢先に蒼真の後ろから声がした。


「早かったなアリシア、ソウマ。ようこそ我がレイヤード軍総合演習場へ」


後ろを振り向くと、なにやら大きな木箱を両肩に担いだジェクトの姿があった。


「おいジェクト。まさかその木箱…」


「私が現役だった頃使っていた物だ。ソウマ、この中から使えそうな武具を選べ。一式譲ろう」


ジェクトは孫にでも言うような満面の笑みでそう言い、アリシアは呆れた様子で右手で頭を抱えた。


ジェクトの下ろした木箱が開かれると、そこには多種多様な武器や防具が入っていた。

試しに刀身が身の丈近くある剣を握ってみるが持ち上がらない。

次に柄の先に四角い鉄の塊を付けたメイスを持つが、振ってみるとその先端の重さに振り回されてしまう。

結局は映画やゲームでよく西洋の剣、ブロードソードと呼ばれる物を選んだ。盾は鉄製で小振りな円形の物。


鎧に関してもやはり全身を鉄で被う物は着ても動くことが出来ず、銀の胸当てと肩当て、籠手を装備。足は膝下まである革製のブーツに履き替えた。


「動けなければ意味はないからな。まぁこんなところだろう、後は不便があれば自分で揃えてくれ」


「ありがとうございます」


礼を言う蒼真にジェクトは満足げにうなずき、アリシアは面白くなさそうにそっぽを向いた。


実際に武具を身に付けるとより異世界に来た実感が高まるのを感じた。

腰にぶら下げた鞘から剣を右手で抜いてみる。

太陽を乱反射させた磨き込まれた刀身に男心がうずき出す。

剣を振ってみる。ズシリと重みは感じるもその重さに振り回されることはなく、適度に感じる重量感に心地よさすら感じた。

そのあとたどたどしい手つきで刃を鞘に納める。


「うむ、なかなか様になっている」


「ふん、馬子にも衣装だな」


ジェクトは満足げに呟き、アリシアは腕を組んでまじまじと品定めをするように見ながら感想を述べる。

蒼真自身から全身は見えないがそれなりに外見は見えるらしい。

少しやる気の湧いてきたところを見計らったようにジェクトから声が掛かる。


「よし、では早速だが少し始めてみるか。まずは軽く素振りから」


ジェクトの言葉を蒼真は表情を強ばらせながら盾を下に置き、剣を抜く。

鞘に擦れる音と共に引き抜かれた剣を両手で握り、頭上に振りかぶり力一杯降り下ろす。


「ふむ、力み過ぎだな。肩から力を抜け。そしてもっと脇を閉めろ」


ジェクトのアドバイスに頷き、一度息をついて言われたことを意識しながら再び降り下ろす。

なんとなく手応えを感じジェクトを見ると、小さくうなずいていた。


「なかなかに飲み込みが早い。この分なら予定通り3ヶ月後の作戦に出れるかもしれん」


「え?作戦?」


「待てジェクト。私はそんなこと聞いてないぞ。まさかお前、賊の倒滅作戦にこれを連れていくつもりか?」


ジェクトの言葉に蒼真もアリシアも驚きを隠せずにいるが、ジェクトは表情を変えずにまた小さく頷く。


「そうだ。私は今日から3ヶ月で彼を実戦で死なないレベルまで引き上げる。彼自身才能もあると私は見込んでいるからな。その後9ヶ月はギルドで依頼を受けながら精進し、来る来年の今日、アリシアと蒼真、他新たに仲間を数人募りカイゲン討伐に向かってもらうのが戦略顧問としての私の計画だ」


「まて、こいつは昨日今日まで平々凡々と過ごしていた人間だぞ!いくらなんでも性急すぎる!」


「 我々には時間がない、カイゲンが世界に与える影響を考えれば1年が準備のリミットだ。全てにおいて駆け足でやらねばならん。なれば、基礎を学んだ後は実戦で自ら掴むしかないと私は思う」


「しかし…」


「あの、俺、やります」


アリシアとジェクトの討論に蒼真は緊張した、しかし強い表情で口を挟む。


「俺が引き起こしたことだし、まだ実感とか湧かないけど、できることをしたい。それに…少しでも早く帰らないと」


そうぎこちなく笑う蒼真に、アリシアはため息をついて背中を向け歩きだした。


「ふん、勝手にしろ」


吐いて捨てる様に言いながらアリシアは演習場の階段を登って行った。

そんな背中を見送りながら、蒼真はあることに気づいた。


「アリシアって実は優しいんですね。俺、さっさと死ねって言われると思ってました」


「ふふっ。やはりお前は伸び代が長いな、いい観察力だ。さぁ、アリシアの心配を杞憂にしてやろう」


「はい!」


力一杯答えながら、蒼真は再び剣を降り下ろした。


******


ー時は流れ、日は西へと没し始め夜の帳が夕日の朱を覆い始めた頃、蒼真は演習場で大の字になってた折れ込んでいた。


あの後素振りをする事300回、基礎トレーニングと称した腹筋・腕立て・背筋を100回、ランニングを一時間。

初日から飛ばしたハードスケジュールに早くも心も体も満身創痍だった。


「ご苦労、よく耐えたな」


「も、もう無理。腹へったし疲れた…」


「よし、今日はこの辺で切り上げて部屋へ案内しよう」


「お願いします…」


ジェクトに促され引きずるように起き上がる蒼真。

演習場の階段を上がり歩くこと数分、丸太を組み上げて作られた小屋が見えてきた。


「あれが君がこれから生活する場所だ。中では戦術指南役のヨモナという男が住んでいる。彼と一緒に生活してくれ」


「戦術指南役…あの、ジェクトさんは軍隊で戦い方を教えてるんですよね」


「あぁ、だがメインは作戦や戦略の構築の仕方を座学で教えている。まぁ案ずるな、私も戦場ではそれなりにやっていた…」


「それなりに、とはまた控えめな表現だな。“元”団長殿」


二人の会話に後ろから声がして割り込みが入る。

蒼真が振り向くと、癖の強い黒髪の男性が歩いてきた。


「おぉヨモナ!ちょうど彼を案内していたところだ。ソウマ、彼がヨモナ。私が団長だった頃、最強と呼ばれた戦士だ」


「よしてくれ、今じゃアリシアのほうが上だ。お前がソウマか、話は聞いてる。災難だったな」


ヨモナはジェクトに苦笑いで返した後、優しい黒い眼差しをソウマに向けて言った。


「宮野 蒼真です。よろしくお願いします」


蒼真は頭を軽く下げて挨拶する。

ヨモナはそれに軽く頷いて小屋まで案内を始めた。玄関となる木製の扉を明け中へ入るように促す。


「狭いがくつろいでくれ。晩飯の支度をする」


「ああ、私はこれで失礼する。ソウマをよろしく頼む」


「そう言わず食べていけ。俺の腕は知っているだろ?」


「そうしたいんだが、まだやらねばならん事があってな。また頼む」


ヨモナの誘いを心底残念そうな表情で断るとジェクトはまた明日と言い残し去っていった。

そんなジェクトを少し不安げな表情で見送って蒼真は小屋の中へと入る。


入ってすぐのところにテーブルに椅子が4脚、それからキッチンらしきところがあり、ダイニングキッチンとなっているようだ。

奥に廊下が続いており外観よりも広さを感じる。


「改めて、俺はヨモナ。レイヤード軍兵士戦術指南役を任されている。まぁ新兵の訓練が主だな。なにか他に聞きたいことは?」


「あ、いえ…また思い付いたら…」


「そうか。今晩飯の支度をするから適当にかけてくれ」


言われて返事を返すと蒼真は椅子を引いて座る。

キッチンからヨモナの作る料理の音が響き、疲労の蓄積した体に穏やかなリズムが睡魔を呼び寄せる。


うつらうつらと座っていると、テーブルに置かれたスープ皿の音がして蒼真はハッと目を見開く。


「すいません、手伝わないで」


「気にするな、料理は好きなんだ」


そう答えてヨモナは向かい側の席へ座る。

テーブルに並んでいるのはサラダボールに盛られた野菜やきれいに盛り付けられた魚料理だ。

どれも見た目は自分の食べてきたものと変わりはなかった。

自分の前に並ぶ食事に、今日一日実はなにも食べていないことを思いだし唐突に腹の虫が鳴いた。


「さぁ、食べてくれ」


「いただきます!」


言うが早いか動くが早いか、蒼真はフォークを伸ばして魚を口へ運ぶ。

一日の最後に食べる食事をこれほどに旨いと感じたことがあるだろうか、と大袈裟なことを考えながら食事は吸い込まれるように蒼真の胃袋へ収まっていく。


瞬く間に皿は空となり、満足気に手を合わせる。


「御馳走様でした!ヨモナさんは料理超上手いですね、美味しかったです」


「まぁな、軍人をやっているとこんなこと位しか楽しみが見つからなくってな」


「あの…ヨモナさん」


蒼真の真剣な表情と眼差しに、苦笑いを浮かべていたヨモナも表情を鋭くする。

言葉を選んでいる蒼真をヨモナは静かに待っていた。

幾ばくかの沈黙の後、蒼真は勢いよく椅子から立ち上がる。


「俺に稽古を付けてください!」


勢いのままに言い切った蒼真は頭を下げる。

ヨモナは腕を組んでそれを見つめ、言葉を紡ぐ。


「戦い方はジェクトが教えてくれる。俺が教えるより…」


「でも軍隊じゃ教えてるんですよね?少しの時間でいいんです、少しでも早くも強くならないと…俺は、俺は生きて元の世界に帰りたい。だから、少しでも強くなりたいんです」


そう答えた蒼真の瞳は、力強い決意に満ちていた。

生き残るという強い意思、そこに介在する災厄を解き放ってしまったと言う罪悪感。今のままでは必ず死んでしまうという恐怖心とそれを回避しようという必死な選択。彼の強い気持ちをヨモナはその瞳から痛いほどに感じた。


ヨモナはやがて目を伏せ、少し考えると小さくため息をついた。


「…朝、薪割りと水汲みを手伝ってくれ。朝食のあとジェクトが来るまで付き合ってやる」


「はい!!ありがとうございます!!」


蒼真は笑顔で頭を下げて引き受けてくれたヨモナに心底の感謝の気持ちを伝えた。

どうも、話がやっとここまで進んだと安堵している作者です(笑)

ここまで長く(作者的に)引っ張ったんでここからは今度こそサクサク進めて行きますので、何卒次回もよろしくお願いいたします。

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