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サンサーラ・オブ・ディファレンティア  作者: 石野 タイト
序章
13/14

第12話『紅玉と拳』

ー空を切る鋭い音と響き渡る甲高い音。力強く踏み出す音と金属が擦れ合う音。

蒼真とガルゴが相対する修練場ではあらゆる音が絶え間ない重奏(アンサンブル)を奏でている。


蒼真の振るう刃をガルゴがいなす。

ガルゴが振り下ろす鉄槌を蒼真が避ける。

床を砕いたガルゴが間髪入れずに踏み切り、距離を詰め鉄槌を横に振り抜く。

それに即座に対応した蒼真は屈んで避けると、伸び上がるのと同時に下から切り上げる。


その切っ先はガルゴの鎧を掠めるが傷をつけるまでには至らない。

しかし、今度はガルゴが後ろへ跳び退き距離をとった。


歴戦の勇士を引き下がらせるその動きは先程の蒼真とは比較にならない、ガルゴと同等のものとなっている。


ー…なぜだ、なぜ突然動きが変わった…それに小僧の纏うこの魔力の感覚はまるで…


混乱の中にあったガルゴの思考を遮るように踏み出し剣の届く距離まで詰め寄ってきた蒼真。

一瞬反応の遅れたガルゴだが、かろうじて鉄槌の柄で刃を受け止める。


刃と柄が強く擦れ合い火花を散らす。


「ゥオオオッ!!」


まるで咆哮のような雄叫びを上げ、ガルゴは力任せに蒼真の剣を押し退けた。


蒼真は冷静にガルゴから距離を取る。


それからしばらく、静寂が続く。

互いに距離を取り、相手を観察している。


と、唐突に構えを解き、ガルゴが笑い始めた。


「ふ、ふふっ…まさかこの様な場所でこれほど愉快な闘争と巡り会えるとは。最早小僧と呼ぶべきではないな、ソウマよ」


「コッチに来てから散々な呼ばれ方をしてるんだ、今更呼称にとやかく言うことはないよ」


「そうか。ならば我は貴様を一人の戦士として、全身全霊を持って貴様を討とうッ!!」


そう言うと、ガルゴはモーニングスターを両手に持ち前に構え、声を張り上げた。


「我、求めるは打ち砕く鉄塊!我、捧げしは我が力!我が手握りしその内に、灰燼滅絶(かいじんめつぜつ)を招来せよ!ー闘滅せし戦神の血気(アーレス・アップザーゲ)!」


ガルゴの言葉と共に、その手に握られた鉄槌が紅色に光る。

その光は次第に膨張を始め、鉄槌の形を型取り、紅玉の様な美しい煌めきと共に硬質化。紅玉に包まれたモーニングスターは、その大きさをおよそ3倍に肥大させていた。


それをガルゴはグルグルと両手で振り回し、鉄球を下に向けて打ち下ろす。

その衝撃で床には大きなヒビが入った。


ー…あれが多分“強化魔法”。初めて見たけど、いきなり火の玉とか飛ばしてこられるよりは勝機があるか…


魔法を使う戦闘は初めての経験だが、遠距離からの攻撃でなければ戦闘の仕方に差異はない。

戦闘経験の無さからくる軽率な発想が、蒼真の行動を早まらせた。


正面切って飛び出し、上段からの打ち下ろし。

蒼真自身は様子見のつもりで放った一撃。


ガルゴはそれを紅玉の鉄槌の柄で受ける。


先程までならこのまま鍔迫り合うところだが、今度は違った。


甲高い音と共に手に伝わる痺れる様な感覚。

先程のように剣から手が離れることはなかったが、紅玉の柄に弾かれた剣の切っ先は再び天井へ向いた。


「くっ」


「浅はかなり、ミヤノ ソウマ!!」


両手を上げ無防備を晒した蒼真の胴体に、右からモーニングスターをスイングするガルゴ。


それに辛うじて反応し、苦虫をかみ潰したような表情でギリギリ床を蹴って飛び退く蒼真。


鉄球は既のところで空振りし、空を切った。

しかし、その後に訪れた風圧が蒼真の体を打ち付けた。

それは蒼真の体勢を崩すだけでなく、大木の幹を体に打ち付けられたと錯覚する程の衝撃。


「ぅあっ」


衝撃に押されるがまま、蒼真は地を跳ね、転がり、滑る。

素早く体勢を立て直し、口元の血を右手に巻かれたボロボロの包帯で拭いながら眼前に視線を戻す。


だが、目の前には開けた空間はなく、その瞳一杯にガルゴの姿が写る。

紅玉の鉄球を振りかぶったまま、ガルゴは蒼真の眼前に迫っていた。


「覚悟っ!」


声と共に打ち下ろそうとするガルゴ。

だが、一瞬その動きが止まる。


モーニングスターの鉄球の根元に絡み付いた白銀の大蛇が、ガルゴの動きを阻止しようとしていた。


「小賢しい!」


ガルゴは更に力を込め、大蛇もろとも鉄球を叩き付けた。


衝撃で飛ばされる大蛇。

その威力にマス目上の床はひび割れ、大きなクレーターが生まれる。

舞い散る粉塵。


しかし、鉄球の下に蒼真の姿はない。


「もらったッ!」


声はすぐ後ろ。

一瞬の静止の隙を突き、刺突の構えを取っていた。


鋭く突き出される剣の切っ先。

それはガルゴの鎧の左脇下、革張りで繋がれた脆い部分へ滑り込んでいく。


革の継ぎ目を切り裂き、ガルゴの皮膚へと届く。

だが、その手に伝わる手応えに蒼真の表情は一層険しさを増した。


対照的にガルゴは牙の生えた口角を吊り上げる。


紅玉の鉄球を左手で持ち、軽々と蒼真のいる背後へと体を捻り、振り回す。


蒼真は間一髪ガルゴの脇から剣を抜き、左手を包む篭手で受け止める様に鉄球の直撃を防ぐ。

しかし、あくまで直撃を避けたに過ぎない。

その威力、衝撃を殺し切れるわけもなく弾ける様に力の働く方向へと飛ばされる。


ガルゴは追撃すべく武器を構えた。

その時、自分の得物の違和感に気付く。


ー…これは…


ガルゴの握るモーニングスターの先端。鉄球の付いた部分だ。

全体を魔力で加工し紅く煌めくその鉄球が削り取られた様になくなっていた。


「…ふふふ…計算なのか偶然なのか、全く面白い奴よ」


そう呟き再び眼前の蒼真に目をやる。


篭手をはめた左腕を力なくぶら下げ、産まれたての子鹿よりも不安定な足取りで、まるで立っているのがやっとという状態。

それでも、その目の闘志はけして翳ることなく悠然のその瞳の中に鎮座している。


それが何処からくるものなのか、ガルゴには知るよしもない。だが、その瞳に、蒼真の意志に、敬愛の念を禁じ得ない。


「戦士 ミヤノ ソウマよ。出来れば違う形で貴様とは出逢いたかった。しかし、我は命を受け貴様と対峙する身。せめてこの一撃にてその命、貰い受ける」


言葉と共にガルゴは武器を再び構え、放たれた砲弾のような威圧感と共に飛び出す。


迫り来るガルゴ。 彼が蒼真の元に到達すれば、その瞬間蒼真は蟻を潰す様に一瞬で殺されるだろう。

しかしその思考はガルゴへの対策に廻らされていた訳ではなかった。頭はスッキリしているのに、何故か霞の中にいる様な、なんとも言えない感覚に取り憑かれていた。


ー…なんだろう…さっきより、もっとハッキリ奴の動きが見える…あれ、なんか、手元がチカチカ…


蒼真の視界の端に見えていたのは、手甲に填められた紫色の宝石。

それは、いつになく輝きを放ちその存在を蒼真に知らせている。


ー…これは…魔吸の篭手…そうか、ガルゴの魔力を吸ったのか…なら…


ガルゴが蒼真の前に到達した。

ガルゴは紅玉のモーニングスターを振り上げる。


その時だ。

蒼真は傷だらけの篭手をはめた左手を頭上に掲げ、支える様に包帯が破れ去り呪いの痣が顕にされた右手を添える。


そのか細い腕ごと押しつぶす様に、下される渾身の一撃。


全身を凄まじい衝撃が雷の様に蒼真の全身を走り抜ける。

両腕の骨が軋み、血を吹き出し始めた。

だが、堪える。

膝が折れそうになる。床に足底がめり込んでいく。

全身が悲鳴を上げた。

だが、堪える。


そして次の瞬間、魔吸の篭手に填められた紫色の宝石が燦爛(さんらん)たる煌めきを放ち始める。

そして、見る見るうちに紅玉を侵食していった。


「なッ!」


思わずモーニングスターを振り上げ、蒼真の篭手から離す。その頃には紅玉の半分が篭手の中に収まっていた。


「まだだッ!こいッ!」


砕けかけの左腕を真横に振り上げる。

その掌の中に向かって飛び出したのは、白銀の大蛇。


大蛇は篭手の掌の前に生まれた魔法陣の中に入ると粒子となって霧散する。


「そして…溜めた魔力をそのまま…」


一歩踏み込む蒼真。

ボロボロの左拳を握り、両腕を振り上げた状態のガルゴの脇腹に渾身の力を打ち付ける。


「…解き放つッ!!」


その言葉と共に、填められた宝石から光が氾濫する。

直後、その光はエネルギーとして暴発し、蒼真とガルゴは反発する磁石の様に逆方向へとそれぞれはね飛ばされた。


その威力は衰えることなく、互いに武器の掛かった壁にまで体を押し付けられ、その壁にすら亀裂を生んだ。


立ち込める粉塵。

蒼真は手元さえ見えづらくなったその中で、消えかけた意識の中、黒い影が次第に大きくなるのが見えた。


ー…あぁ…チクショウ…もうちょっとなのに……そうだ…まだ、負けられないッ!


蒼真は瞳をカッと見開き、手直にあった細身の剣をその影に向かって突き出す。


だがその陰影は、いとも容易くその切っ先を払い、しかし反撃をしてくることは無かった。


「今回は褒めてやる。よくやった…まさか、貴様が勝つとはな」


その陰影から聞こえたのは、どこか懐かしい、厳しくも優しい女性の声だった。


粉塵の晴れた先。そこに立っていたのはアリシアだった。


「アリ…シア…?…なんで…」


「時間ギリギリではあったようだが、なんとか奴の剛皮に一太刀…いや、それ以上の物をくれてやったようだな」


そう言ってアリシアが少し身体を退くと、直線上にいるローディスと、片膝をつき頭を垂れるガルゴの姿が見えた。

その脇腹には砕けた鎧の下から見える大きな傷口があった。


「そっか…俺…勝てたのか…ハハッ…」


小さく笑い、壁にもたれたまま、瞳を閉じる蒼真。


その蒼真を見つめ、アリシアは今まで蒼真に向けたことの無い表情で、口元を緩めた。


「フッ…幾分マシになったじゃないか…ソウマ」


それは、誰にも聞かれることのない、穏やかな賛辞の言葉だった。

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