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サンサーラ・オブ・ディファレンティア  作者: 石野 タイト
序章
11/14

第10話『憎悪と決闘』

ー瞳を開くと、目の前には人の群れ。スーツ、学生服。白黒に映る世界で明確に確認できたのはそれだけだった。

規則的に伝わる振動とつり革の付いた棒で電車の中だと分かる。

不意に、右腕の裾を何かに引かれ視線を向ける。

そこに座っていたのは、幼稚園児位の少女。

何故か、彼女だけが色褪せず光彩を放っていた。


「お婆ちゃん。明日のヒナの誕生会の御飯、何かな?」


少女は屈託ない笑顔で話しかける。


「そうだねぇ。なにかねぇ。明日のお楽しみってお母さんが言ってたよ」


そう言葉を返すと、少女は首を捻って考え始めた。


「う~ん、なにかなぁ…ヒナ、ハンバーグがいいな!それから、お婆ちゃんの作るお稲荷さん!」


「そうだね。じゃあ、お婆ちゃん、頑張ってつく…」


言葉を紡ぎかけ、止まる。

急な激しい揺れが言葉を遮り、襲い来る衝撃と共に世界は再び闇に閉ざされた。


******


ー「……………ま…………うま……………ソウマさん!!」


声に導かれ、蒼真は目を見開いた。

目の前には薄暗い天井と半泣きのリシル、焦ったような表情のアリシアの顔があった。


「あれ…ここは…俺は…」


「…全く。転移で気絶するやつなんて初めて見たぞ」


アリシアは呆れたようにそう言いながら手を差し出し、蒼真はその手をとって引かれるように立ち上がる。


状況が掴めない蒼真は辺りをキョロキョロと見回す。

足元には魔方陣が刻まれ、それ以外はなにもない石造りの空間。


「そうだ。確か俺、城の転移陣で…」


「転移してきたら突然倒れちゃって…私、どうなっちゃったのかと………」


段々と意識がはっきりし始めた蒼真に、リシルが泣きべそをかきながら話した。

対照的に、アリシアはため息を吐きながら腕を組み、声をかける。


「はぁ…お前、本当に大丈夫か?さっきも言ったがこれから先はそんな状態じゃ困……」


「大丈夫、大丈夫!!もうホントに平気だから」


アリシアの言葉に割って入り、蒼真は釈明するように遮った。

アリシアが蒼真を追い返すつもりはないとは分かっていたが、アリシアの負担になりたくないという思いが蒼真の口を走らせる。


アリシアは少し困った様に眉を潜め肩を竦めると、行くぞ、と短く発して歩き出した。

それに続くように蒼真も歩き出し、リシルはまだ心配そうな表情のまま付いていく。


暗がりから突然明るい陽射しのもとに出た蒼真は一瞬視界が真っ白になり目を細める。

光を遮るように手をかざし、徐々に目が慣れて来ると、その町並みが見え始めた。


レンガ造りの建物と石畳の街道。賑わう商店街。すれ違う魔族や人間。

その光景は、城下(タンネバル)をそのまま移してきたかのようなものだった。


やがて見えてきた異様に背の高い鉄の柵とそれに這うように植えられ、整えられた垣根。

その垣根に沿って歩くこと数分、大きな門が見えアリシアは足を止めた。


「ここがそうなのか?」


「あぁ」


蒼真の問いにアリシアは短く答えると、門に手を当てる。すると、触れた場所に魔方陣が浮かび上がる。


「私だ」


再びアリシアが短く言うと、魔方陣が消え去り門がゆっくりと開かれる。


三人は門を潜り、綺麗に整えられた色とりどりの花々が見る者を楽しませる庭園の小道を抜ける。

正面に現れたのは焦げ茶色のレンガで作られた洋館。


三人がドアの前に立つと、ゆっくりと扉が開かれ中から燕尾服姿のシワの目立つ白髪の男性が現れた。


「お待ちしておりましたエルフリーデ様。ローディス様は奥の間でお待ちです」


男性は頭を下げながら扉を押さえ、三人を招き入れる。

最初に目に入ったのは一面に敷かれた真っ赤な絨毯と上の階に繋がる大きな階段。


男性は、こちらです、と発して歩き始めた。

男性に続き階段を上がる。

屋敷の中は様々な装飾品や素人目にも分かるような芸術品であろう物が並べられ、中々にきらびやかな印象を受けた。


「こちらでございます」


男性が足を止め、1枚の扉の脇に立つ。

アリシアは頷き一歩前に進むと、それに合わせる形で男性が扉を開く。


中は応接室のようで、そこそこな広さに椅子や円卓が並び、部屋のすみには暖炉が配されている。


その円卓の奥に立つ一人の長身の男性。

ウェーブがかった薄紫色の長髪。金色の瞳に蒼白い肌。

紫を基調としたストライプ柄の服装はヨーロッパの貴族を思わせる。


彼は笑顔で右手を前にして頭を下げる。


「遠路はるばるよくお越しくださいました姫様」


「転移してきたんだ。別にたいした苦労もなかったよ、ローディス」


アリシアは困り顔で彼-ローディスに返事を返す。


ローディスは頭をあげると、今度はリシルの方へと視線を向ける。

その表情はやはり笑顔のまま。


「こんにちはお嬢さん。私は“ローディス・ケルゲイン”と申します。よければお嬢さんのお名前をお聞かせ下さいますか?」


「り、リシル・レヴディクトと申します…」


「おぉ、貴方がかの有名なレイヤードの神童!まさかこのように可愛らしい女性だったとは」


「そ、そんな…か、可愛らしいなんて………ケルゲイン伯爵様に覚えていただけていただけで光栄です…」


リシルは顔を赤らめながら恐縮した様子で頭を下げた。

そんなリシルを変わらずニコニコと見ていたローディスは不意に蒼真へ視線を写した瞬間、まるで汚物でも見るような眼差しで蒼真を刺した。


「しかし、このお二方の傍らに居るには些か醜悪過ぎると、自分でも感じませんか?大罪人殿」


そう発したローディスの言葉には、言葉以上の悪意と敵意が混在していた。

確かに取り返しのつかないことを自覚してはいるが、そこまで言われて冷静に返せるほどに彼は大人ではない。


今にも噛みつきそうな勢いで眉に深いシワを刻み、一歩踏み出す蒼真。

それを遮る形でアリシアが手を伸ばす。


ローディスを見据えたアリシアの表情に変化はないが、明らかに冷たい何かを孕んでいる。


「ローディス、言葉が過ぎるぞ」


「お言葉ですが、姫様。その男は我らが祖先の大業を意図も容易く無に返し、(あまつ)さえこのアークライに再び戦乱の火種を振り撒いた男なのです。厄災の元凶を解き放った男と英雄の末裔が共に行動するなど、不自然を通り越して最早滑稽ですらある………失礼しました。姫様に滑稽などと………」


我に帰ったように慌ててそう詫びるとローディスは頭を下げる。

だがけして蒼真に対する謝罪ではなく、あくまでもアリシアに向けてのもの。蒼真に対する見方は変わっていないことがありありと感じられる。


ローディスを見つめながらアリシアは蒼真の前を遮る腕を下げ、同時に困った様に眉を下げた。


「お前がこの国を愛し、先祖たちへの畏敬の念が強いのも理解している。だがな、コイツもコイツなりに起こしてしまった事への責任を取ろうと必死に精進しているんだ。その気持ちと覚悟は酌んでやれ」


「ならば姫様。折り入ってお願い申し上げます。私に彼の力と覚悟を測る機会をお与えください」


頭をあげてそう言ったローディスの瞳には、妖しい光が宿っていた。

しかし、アリシアはその言葉にあまり考える時間は要さず、


「いいだろう、好きにしろ」


と、まるで他人事のように返事を返した。


アリシアの言葉に、自分の意見など全くなかった事とアリシアの即決具合に驚き言葉がでない蒼真。

妖しい瞳の光が増し、満足げにつり上がるローディス。

不安げにただただ事態の流れを見届けることしかできないリシル。

そして何故か自信に満ちた視線をローディスへ向けるアリシア。


それぞれの視線が交錯する中、ローディスが言葉を発する。


「…ガルゴを呼べ」


ドアの前にいた執事が頭を下げて部屋から出る。

程なくして再びドアが開き、一同が視線を送った。

そこに現れた人物に蒼真は絶句した。


身長は2m以上はありそうな長身。ミノタウロスのラナに匹敵するか、あるいはそれ以上に筋骨は太く、全身は硬そうな灰色の皮膚に覆われ、下顎から2本の牙が上に向かって反り上がっている。

その身は全身を鋼の鎧で包み、今すぐにでも戦に出られそうな身支度をしている。


スキンヘッドに眉なしと顔も強面なその人物が口を開く。


「お呼びでしょうか、ローディス様…ん?これはアリシア騎士団長殿、先の戦での武勇、この遠方にも轟いておりまする。して、如何様なご用で?」


「姫様はご存じと思いますが、紹介します。我がバルディール遊撃隊千人隊長“ガルゴ・ルシアーノ”です。彼にはガルゴと決闘していただきます」


「そんな…いくらなんでもガルゴ様となんて…」


恐怖からか不安からか、リシルは声を震わせ絞り出すようにそれだけを口にした。

かたや蒼真は、最初こそその外観に圧倒されたが多少冷静さを取り戻し、アリシアに耳打ちする。


「なぁ、千人隊長ってどの位強いんだ?」


「肩書きで相手の強さは図れん、いちいちそんなことで狼狽えるな…まぁ、ガルゴはこのバルディールという街において全ての戦士の中でも2番目に強いがな。参考までに言うが、このバルディールは我がレイヤードの中でも人口は5本の指に入るくらい多い。もちろん戦士の数もな」


アリシアの言葉に蒼真は改めて絶句する。

国内屈指の男と一対一での戦い。それも訓練ではない。

2ヶ月弱の修行と一度きりの実践経験しかない素人と、数多の死線を掻い潜り戦果をあげ続ける勇者との決闘の結末。その結末は火を見るより明らかだ。


というか、わざわざガルゴが強さがどの位かなど、相手が弱いならまだしも無茶苦茶強いなんて情報を与えてビビらせる意味ないだろ、肩書き云々でやめときゃ良いのにもっと励ませること言えないのか、など恨み言を腹の奥底に押さえ込み、その憎しみとも悲しみともつかない眼光を蒼真はガルゴに向けた。


その視線が空中でガルゴとかち合う。

この中で“彼”と表現されるのは蒼真しかいない。ガルゴも蒼真を見ていたのだろう。

その視線は鋭く、生半可な気持ちで挑めば文字道理“捻り潰される”のは必至だ。


ガルゴの静かな、しかしすでに臨戦態勢であるとひしひしと伝わってくるその瞳と全身から伝わる殺気のような感覚。

その瞬間、全身の皮膚が粟立つのを感じ思わず一歩後退る。すでに蒼真は気持ちで負けそうだった。


「臆するな。過度な恐怖は混乱を産み、冷静さを欠く。相手と自分の間に歴然とした差があるならなおのことだ…生きて帰る。お前の原動力なんだろ?」


まるで蒼真の心を見透かしたようにアリシアが耳元で言葉を送った。

アリシアから励ましがあるとは驚いたが、それ以上にその言葉は蒼真の折れかけた心を補強する。


―…そうだ。生きて帰らなきゃ。必ず…


心でそう呟くと、蒼真は力強くアリシアへ頷いた。

その表情は先程よりも引き締まり、消えかけていた瞳の光は再び輝きを取り戻していた。


「あ、あの、決闘ってやっぱりその…どちらかが、死ぬまで…?」


恐る恐る声をあげたリシルに、ローディスは笑みを浮かべて首を振った。


「いえいえ、私はただ彼の力と覚悟を見たいだけです。命が欲しいわけではありません。そうですね…これから地下の修練場で二人に決闘をしていただき、私が下に降りるまでの間にガルゴに一太刀でも浴びせていたら彼の勝ちとしましょうか」


そうローディスが答えると、リシルはホット胸を撫で下ろす。

ローディスの返答が気に入らないのか、アリシアはローディスへ厳しい眼差しを向けていたが、ローディスは気にすることなくガルゴに伝える。


「ではガルゴ、彼を修練場へ案内してあげなさい。貴方は“いつも通りの仕事”をしてくれればいいです」


「御意にございます」


そう答えるとガルゴは、ついてこい、と手招きで合図し、今だ表情は固い蒼真をつれて部屋の外へと消えていく。


そんな二人を見送るでもなく、アリシアはローディスを見つめ続けた。

そして、ふいに口を開く。


「ローディス、貴様アイツを殺すつもりでいるな?」


アリシアの確信めいた言葉に、リシルは目を見開いた。

それにローディスは肩をすぼめるだけで返答を返さない。

アリシアは詰め寄るように続けた。


「貴様、ガルゴに“いつも通りの仕事”と言ったな。私の知る限り奴の“いつも通りの仕事”とは、眼前の敵を殲滅する事だ。つまり、今回の奴の仕事は…」


「ソウマさんを…殺すこと………」


アリシアの言葉を、顔を真っ青にさせたリシルが引き取る様に続けた。

その返答に、ローディスは小刻みに肩を揺すって笑う。


「クックックッ…さすが姫様。よくお気づきです」


「はぁ…ローディス。私は昔からお前のその悪ふざけのようなものが嫌いだと言っているだろう」


「すみません。こればっかりは“吸血鬼”の性分でして。ご了承下さい」


楽しげに笑うローディスに、アリシアは呆れたようにため息をつく。

何故かのんびりしたような雰囲気だが、リシルは一人で慌てふためいていた。


「そんなのんびりしてる場合じゃないですよ!?早くソウマさんを助けないと…」


「いや、その必要はない」


「え?」


「ガルゴに殺されるようならこの先アイツは遅かれ早かれ死ぬ。これはアイツの最終試験のようなものだ」


そう言ったアリシアの表情には、微塵の迷いも感じられなかった。

本当に心の底から、アリシアはそう思っているのだ。

リシルにはそれが少し冷たすぎると感じ、また、初めて軍人としてのアリシアの部分に触れたのだと感じた。


「リシル、これはお前にも言えることだ。お前の事だから来年の出発の際にも連れていけとごねるつもりだったのだろう。だから私は敢えてお前を今回連れてきた。実際の戦場がどの様なものか、その目で、肌で、心で感じろ。そうすればお前も連れていけとは言わなくなるはずだ。戦場は寝物語に聞くような英雄譚とは違うのだ」


アリシアは何処か悲しげな、遠い瞳で宙空を見つめながらそう言った。

きっとリシルの知らない数多くの誰かが戦場で散っていったのだろう。

アリシアの瞳は、まるでその場に散っていった数多の英霊を写しているかのように宙をなぞる。


「…話は済んだ。ローディス、本題に入ろう」


アリシアが言うと、ローディスは右手を腹辺りに当てて頭を下げる。


「かしこまりました。では、まずは紅茶でも淹れましょう」


頭をあげたローディスはそう言うとニッコリと笑った。


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