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サンサーラ・オブ・ディファレンティア  作者: 石野 タイト
序章
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第9話『兆しと記憶』

ーそこは誰もいない部屋だった。

そこそこな広さの床には赤い絨毯が一面に敷かれ、壁に沿って様々な本の詰まった本棚が並ぶ。

窓際には机があり、整頓された書類の山と窓から差し込む光を反射させる写真立てが置かれていて、使用者の几帳面さが窺える。

本棚の前に置かれた丸テーブルの上には本や資料とおぼしき書類が散乱し、部屋の主が今の今まで調べものをしていた痕跡があった。


と、突如音もなく部屋の中央に出現した光の球体。

球体はやがて膨張を始め、3つの人の形を成し、霧散し、無数の粒子となって消えていく。


そこに立っていたのは蒼真、アリシア、リシルだった。


アリシアとリシルは本棚の前に置かれた丸テーブルに向かい、蒼真は辺りを物珍しげに見回しながら後を歩く。


「それで、リシルを襲った奴等は何者だったんだ?」


蒼真が口火を切り、リシルも視線をアリシアに向ける。

そのアリシアは苦々しげな表情を浮かべてリシルに紙を一枚渡す。


リシルの横から顔を覗かせ、蒼真は紙を除き見る。色々細かく文字が記されたその紙。何かの報告書のようだが、残念なことに断片的にしか理解できない。


首を捻る蒼真を、アリシアは呆れた表情で見つめる。


「お前が見ても分からないだろ。リシルが読み辛そうだ」


「う~ん、ヨモナさんとかバルアさんに少し習ったんだけど…ダメだ、さっぱりわからん」


「はぁ…リシル、読んでやれ」


アリシアが肩を竦めながらため息と共にそう言うと、リシルはコクリッと小さく頷き、読み始める。


「な、内定報告書。周辺貴族の証言より裏付け調査を行っていた“カーディ・バルドトル辺境伯”についての調査結果を報告するものである…ってまさか!!」


リシルが目を丸めて驚きの声を上げ、アリシアは苦虫を噛み潰した様な表情で眉間にシワを寄せた。


「そうだ。魔族主義派筆頭のカーディ・バルドトルだ」


「魔族主義派?」


「魔族の地位向上と待遇改善を訴える主義者の集団だ。まぁ人間と魔族が共存している国でも、いがみ合いたい連中はいるのさ。レイヤードの魔族達は冷遇されているわけではないから他国に比べたら穏健派だったのだがな…彼は国内の技術者や研究者を拉致し、何かを建造しているようだ。武器や魔道具の収集もここ2週間程から加速度的に増している」


アリシアはそう言うと、少し悲しげに顔を少し俯かせた。

そしてそれは、以前蒼真が感じ危惧した、両種族間での対立の兆しが現れ始めたのだと蒼真も理解した。


魔王の復活。


それは騒ぎを起こすのには申し分ない材料だ。

蒼真は城下の人々の穏やかな生活を思い出した。


あの城下が赤い血と炎に染まり、笑顔と笑い声は悲鳴と怒号、断末魔に変わる。

昨日まで笑い、助け合ってきた隣人や友人が、いがみ合い、敵意を向けあう。


そんな想像が否応なしに込み上げてくる。

蒼真はいても立ってもいられず、声をあげた。


「アリシア!何とかしないと…」


「お前に言われるまでもない。私とお前で直接奴に話を聞きに行くぞ」


「私も行きます!」


アリシアの言葉に間髪入れずにリシルが声を張り上げる。

アリシアはため息混じりに諦めたような笑顔を浮かべて頷く。


「…そう言うだろうと思っていたよ…支度をしたら出発するから、転移陣の前で集合だ」


「はい!」


明るい笑顔と元気な返事を残してリシルは駆け足で出ていった。

その背中を蒼真は少し不安そうな表情で見送っていた。


「なぁ…リシルを連れていくのは危なくないか?リシルだってカーディに狙われてたんだぞ?」


「ならば尚のことだ。私の近くにいれば守りやすい。まぁ、お前には気が回らないと思うから、自分の心配だけしておけ」


そう言いながらアリシアは茶化す様に笑ってみせた。

しかし蒼真にはあまり冗談には聞こえなかった。守ってもらいに行くわけではないが、やはり不安は募るものだ。

蒼真は引きつった笑顔を返すのが精一杯だった。


「今使用人を呼ぶからヨモナの部屋まで一度帰れ。時間をみて迎えに行くから、それまでに支度をしておけ」


「お、おう。分かった」


蒼真の返事を受け、アリシアは少し待てと言い残して部屋を後にする。


部屋に一人残された蒼真。

手持ちぶさたとなった彼は、ぼんやりと部屋を見回し何気なく窓際の机に近づくと、机の上の写真立てが目に入った。


手に取り写真に視線を落とす。そこに写っていたのは金髪の幼い少女。その少女を挟むように白髪混じりの黒髪をオールバックに上げた鎧を着た男性と、水色の肌に青い髪の白衣の女性が立っていた。

三人とも笑顔に写るその写真は、何処にでもある家族写真のそれだ。しかし、並んだら人物たちに蒼真は見覚えを感じていた。


その写真を見つめていると、不意に声がかかる。


「ほう…私の部屋を物色しようとは、いい度胸だ」


「うぉっ!!…びっくりしたぁ…いや、これは、何て言うか…つか、早いな」


「すぐそこにいたのでな…で、何を見ていた?」


歩み寄るアリシアに、蒼真は写真立てを恐る恐る渡した。

それを受けとると、アリシアは今まで見たことがない位に穏やかな笑みを浮かべる。


「あぁ、これか。これは8年前の私とジェクトとシナだ。父上を亡くして、母上も早くに亡くしてしまった私を二人が育ててくれていたからな」


「そう…だったのか…」


アリシアの言葉に、蒼真は言葉を詰まらせた。

思わぬところで転がり出たアリシアの過去は、自分の想像より遥かに辛いものだった。

幼い頃、当たり前にいた両親を失ったアリシアの心情は、察するに余りある。

そんな蒼真の表情を見て、アリシアは少し困ったように笑った。


「まぁ、二人がいてくれたからさほど寂しい思いもしなかったがな…強いて言えばあの夫婦の密着ぶりには呆れた」


「へぇ、そっかぁ…夫婦だったんだ…夫婦ッ!?誰が!?ジェクトさんとシナさんが?」


「なんだ、知らなかったのか。まぁ外では他人行儀だからな、あの二人は」


確かに、蒼真は互いに夫婦のような素振りを見たことは一度もなかった。

あまりの衝撃に一瞬固まってしまった蒼真だが、気を取り直し、アリシアに質問を続けてみた。


「じゃあ、お父さんは何をやってる人だったの?」


「…お前の父上は何をされている?」


蒼真の問いに、アリシアは質問で返した。

どうやら聞かれたくない話のようだ、と話題に見切りを着け、蒼真は自分の父について思いを巡らせる。


「俺の父さんは…」


その時だった。突如視界が暗転した。


蒼真の父親に関する様々な記憶が波のように押し寄せ、湯水のように沸き上がってくる。

サラリーマン…農家…軍人…etc

その記憶は全てが本当の記憶、つまりは父親の職業だと実感し、しかしそれはあり得ない事だという判断が、蒼真の思考を停止させる。あり得ない事象に蒼真の脳は完全についていけず、ただただ記憶の氾濫の中に意識だけが飲み込まれていった。


気が付いたとき、蒼真は机に手をついてしゃがみ込んでいた。


「おい!大丈夫か?」


アリシアがいつになく慌てた様に蒼真の肩を支えながら声をかけた。

それに反応し、蒼真は顔をしかめつつ頭を上げた。


「あ、あぁ。大丈夫だ。前の世界のことを思い出そうとすると、何て言うか、いろんなことが浮かんで、でもその全部が正しいように感じるんだ。そうなるとすごい頭が痛くなって…」


「記憶が混乱しているのか?いつ頃からだ?」


「分からないけど、最初にあったのは1ヶ月前にラナとの訓練をする前だったと思う」


「…そうか…立てるか?」


アリシアに言われ、頷くと蒼真は頭を抑えながらゆっくりと立ち上がった。


「ヨモナの部屋で少し休んでから支度をしろ…向こうに行ってもその調子じゃ困るからな」


「大丈夫だ。すぐに治るよ」


そう言って弱々しく笑うと、蒼真は使用人と共に部屋をあとにした。

その背中を見送り、鋭い表情のままアリシアは顎に手を添える。


「記憶の混濁…1ヶ月前…………」


一人呟き、アリシアもまた思案しながら執務室をあとにした。


******


ーその後、アリシアの使用人に送られヨモナの部屋で少しの休息と準備を整えた蒼真は、迎えに着たアリシアに連れられて城下町と城門の境にある石造りの扉の前に来ていた。

扉には植物の(つる)が絡まりあい、魔方陣の様な形をなしている模様が刻まれ、その中心には大きな青い宝玉が嵌め込まれていた。


「これが“転移陣”?」


扉に触りながらそう言う蒼真。

今は普段のラフな装いとは違った。タイトな袖のない黒いシャツとその上から銀の胸当て。右肩に銀の鋭いデザインの肩当て。左腕にはリシルに貰った“魔吸の籠手”。膝辺りまでの長さの焦げ茶色のブーツ。ズボンには黒いタイトな物を履き、腰には鞘に収まった剣が下げられていた。


「そうだ。これで情報提供もとの“ローディス”の館に行く」


そう答えたアリシアは、いつもと変わらぬ黒いワイシャツと白いスーツ姿だった。

普段との違いは腰に下がった剣くらいだろう。


「ハァ…ハァ…遅くなりました…」


声がして蒼真が振り返ると、駆け足でやって来るリシルの姿が見えた。

白のシャツと水色のスカート、赤いフード付きのマント。腰には茶色のコルセットを巻き、怪しい液体と空の試験管のような小瓶が数本備えられている。


先程とは違う格好ではあるが、些か軽装過ぎる気もする装備に一抹の不安を感じた蒼真。


「なぁリシル、そんな軽装で大丈夫か?なんなら俺の部屋から胸当てだけでも…」


「だ、大丈夫…だと、思います。このマントは火鼠(ラ・フラム)の毛を編み込んでいて魔法、特に火には強いですし、スカートとシャツにはミスリルを繊維化したものを編み込んでありますから。コルセットはケルベロスの革を使っているので下手な防具よりは頑丈ですし」


「な、なんか分からんが俺より安全そうってことは分かったよ」


「そ、それに、む、胸当てをすると、む、胸が苦しいというか…圧迫されるというか…」


恥ずかしげにそう言うリシル。

その言葉に促されるように自然に蒼真の視線はリシルの胸に向かっていく。

コルセットが当たっているせいで(くび)れがしっかりと作られ、胸が強調される様な形になっている。

しかし、コルセットの効果を差し引いてもリシルの胸は確かに実り豊かだ。


そして蒼真は、まるで何かに誘導されるようにゆっくりと振り向く。


そこにいるのはアリシア。


視線は当然彼女のバスト。

全体として締まった体つきだが、年下であろうリシルと比べると、膨らみはあるものの良く言えば控えめ、悪く言えば発育が悪い。


その蒼真の失礼な視線に、アリシアが気付かないはずはなかった。

風を切る音と共に、喉元に冷たい切っ先が当たる。

まるで見えなかった剣速と、アリシアの般若のごとき表情に蒼真の背筋に冷や汗が流れる。


「貴様…今、何をした」


「いや、別に…」


両手をあげて降参状態の蒼真。

突然のことにあたふたと慌てるリシル。


アリシアは不機嫌丸出しで剣を下げた。


「フンッ!次下らん事をしたらその眼球をえぐり出すからなッ!」


「………はい、申し訳ありません…」


本気でやりかねないアリシアの脅しに蒼真は本気の恐怖を抱きつつ、しかし違うことを感じた。


ー…アリシアもそういうの気にするんだ、やっぱり女の子なんだな。とか言ったら今度はマジで殺されるな…


そう思い、口には出さず心に止める蒼真。


そんな蒼真の心情など知るはずはないが、不機嫌オーラ全開のままアリシアは話始める。


「これからローディスの館まで転移する。遊び気分はここで捨てていけ」


そう言ったアリシアの表情は先程とはまた違った鋭いものに変わっていった。

その空気を感じとり、蒼真とリシルの表情も自然と引き締まって行く。


アリシアは二人の表情を確認すると、扉の宝玉に手を着いた。


「我、道を求めるものなり」


アリシアが唱えると、宝玉が青空を閉じ込めた様な鮮やかな色に輝き出す。

そして扉がゆっくりと左右に開いた。


アリシアが先頭となって中へと入り、それに続くように蒼真とリシルが中にはいる。

床には魔方陣が刻まれている以外なにもない空間。


「“バルディール”へ」


アリシアが再び唱えると、足元の魔方陣が輝きだし、蒼白い輝きが蒼真たちを包み込む。

輝きが霧散し粒子となって散ると、そこには誰もいなくなった。


人気がなくなったのを見計らったかのように石造りの扉は閉まり、宝玉の輝きは再び失われた。

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