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悲哀のアリア  作者:
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4

 

 初めての激しい口付けに身体は力を失い、夫の腕にしがみつくようにして雪崩れこんだ。

 その腕の中で呼吸を整える。



「そなたが聞いた"あの妃は余には相応しくない"という言葉、あれはそなたの事を言っていた訳ではない」



「え…?」



 ドキン、と胸がひとつ大きく高鳴る。



「実は大臣達の間で余に側室を上げる話が出ていてな。それが隣国の王女なのだ」



 ドキンと高鳴った胸が一気に冷めていく。

 冷水を浴びたような、そんな感覚に陥る。



「…そう、ですか…」



「話はこれで終わりでないぞ?その隣国の王女というのがまだ14歳でな。余に幼女趣味はないし何より愛する者が傍にいるのに他の妃を妾とるなどあり得ない」



 その愛する者が誰だかは、分かるよな?



 そう言って見せてくれた表情は結婚式の誓いの言葉を言っていた時と同じ表情で、あの時の言葉は嘘でなかったん だと一瞬にして心が暖かくなった。




(どうしよう、すごく嬉しい…)



 一度止まっていた涙が再び溢れだし、今度は唇でその涙を舐めとられる。

 そのくすぐったさに恥ずかしくなり顔を俯かせればすぐに長い指が顎を掴み、クイッと上げられてしまった。



「…っ」



 あの時の優しい目が真っ直ぐに私を射抜く。




「議会では余の発言が一番だからな。渋々ながら引いてくれたよ」



 顔を上げられた瞬間に落ちてきた口付けはとても恥ずかしいもので、顔がみるみる内に紅潮していった。

 だが顎を掴まられている以上俯く事ができない。

 それならせめて、と視線をさ迷わせれば更に夫の端正な顔が近づき両頬を挟まれてしまい嫌でも視線を合わせざるを得なくなってしまった。



「これであの時の会話は解決したな?他に聞きたい事は?」



 そう言われて気付いた大事な事に赤かった顔は徐々に色を失っていった。



「…なぜ、仕事以外会おうとはしてくれなかったのですか?しょ、初夜だって、来てくれませんでした…」




 はしたない。



 この場に女官長がいればきっとそう言われていただろう。

 確かに恥ずかしいしはしたない事かも しれないが、私にとってはとても大事な事なのだ。



「…それは、だな…」



「…?」



 一度も私から視線を逸らそうとはしなかった夫が、今初めて視線を逸らした。

 いや、視線だけでなく、顔も逸らしてしまう。

 耳が微かに赤くなっているのが髪の毛の間から見えたが気のせいではないのだと思いたい。



「…我慢できそうになかったんだ」



「え…?」



 何を、と聞く前に視界が大きな手のひらで遮られ、夫の様子を見る事ができなくなってしまった。



 少し残念に思いながらも心地よいバスボイスに耳を傾ける。




「愛してやまない愛しいものがすぐそばにいるのに、手を出さずにはいられないだろう?」



 手を出す。



 直接的ではない比喩表現でも侍女達と仲のいいイリスはすぐになにを表す言葉なのか分かってしまい、当然の如く顔が赤く染まっていく。


「でも、初夜というものはそういうものでは・・・?」


「それは・・・そうと言ってしまえばそれまでなのだが・・・。怖かったんだ。我を忘れるぐらいにそなたに溺れてしまう事が」



 自国でも聞いた事がある。

 女の身体に溺れた王様が、女の我が侭を聞きすぎてしまいその国を崩壊させてしまった話を。


 そうなる事を危惧しているのだろうか。

 だけど…



「私のこの身体に溺れる事はまずないかと…」



 申し訳ない程度にしか膨らんでいない乳房に小さいお尻。

 クビレはあるもののとてもじゃないが女らしい体系とは言えない。

 こんなみずぼらしい身体に溺れるなどあり得るのだろうか?



 イリスが考えている事を雰囲気で感じとったのか、陛下は「そういう事ではない」と頼りない声音で言った。


「じゃあなんですの?」と聞けば、数秒の沈黙のあとゆっくりと話てくれた。



 

「きっと余はそなたの気持ちを無視して無理矢理交わりを交わしてしまう。まだ想い人を忘れられないでいるのに、それはあまりにも酷な事だろう?

 初夜の時もそうだ。

 気持ちが薄れていくまで待っていようと思っていた」



 …え?

 あれ、ちょっと待って。



「私想い人などいませんが…?」




 なぜ、そんな話が出てきたのだろうか。

 いずれは国の為に結婚するのだから、と、好きな人は作らないようにしてきた。

 陛下の所に嫁ぐ時もそうだ。

 その時には当然想い人などいない。


 陛下は驚いたように目を丸くさせる。


「そうなのか?侍女達が話ていた。イリス様はよく窓から外を見て憂い顔をしながらため息をついていると。想い人が祖国にいるからではないのか、と余がすぐ後ろにいるのも知らないで平気で話ていた」



「えっ、待ってください、私確かによくため息をつき、それが想い人の事を考えているからであるのは間違いありませんが、決して陛下の考えているような人では・・・」



「…誰だ、そいつは。あの護衛か?」



 一気に周りの温度が下がった。

 不機嫌なオーラがひしひしと伝わってくる。


 イリスは慌てて弁論する。



「ユアンは傍にいるではありませんか。私がため息をついていたのは陛下が私に歩み寄ってくれなかったからですよ?」



「…は?」



 どうしよう。私今すごく恥ずかしい事言ってるかしら?

 告白みたいな事を言ってるよね?



 だけど話さなくては。

 話さなかったらまた誤解されたままになってしまう。



「私は頑張って陛下に歩み寄ろうとしているのに、陛下は私に歩み寄る所か離れていってしまうし…」



 どうしよう、また泣き出してしまいそう。

 もう泣かないって決めたのに。



「どうしたらお近づきになれるんだろう、って、嫌われているのだろうか?って、色々考えていましたの…」



「それは…悪かった」



「でもさっき理由を教えてくださいましたわ。ですから悩みはなくなりました」



 視界を遮っていた手を降ろし、微笑みながら真っ直ぐに夫の目を見て告げた。

 夫は数回瞑目し、やがてくしゃりと前髪を掴んだ。



「…反則だろう、その顔」



「え?」



「もう、我慢しな くてよいのだな?」



「え?え?」


 陛下は軽々と私の身体を横抱きにすると、あまり振動がないように慎重に、だけど足早に歩き始める。



「へ、陛下、どこへ行くのですか?」



「決まっているであろう?余達の寝室だ」



「寝室!?」



 "部屋"ではなくて"寝室"!?



 寝室に行くとしたらやることはひとつしかないと女官に教わった。


 まさか・・・



「ま、待ってください陛下、当然の事ながら私初めてで…」



「無意識なんだろうがあまりそういう事をいうな。この場でそなたを食べてしまいそうだ」



「っ!?」




 クスクスと笑う陛下、今までで一番顔を赤く染めたイリス。


 すれ違いを解消した二人は物語にされる程のそれはそれは幸せな生活を送ったのであった。



 めでたしめでたし。




 end.



 次ページおまけ。





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