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悲哀のアリア  作者:
3/5

3

 


  どれぐらい経ったのだろうか。

 すぐ戻ってくると言っていたユアンはまだ帰って来なく、イリスは拗ねた子供のようにぷくぅと頬を膨らましていた。



「ユアンの嘘つき…」



 一人そうごちり、だが何も変わらない事は分かっている為諦めたような小さなため息をついた。



 寂しいの、早く帰ってきて…。



 外はもう夜になるからなのか、空は先ほどまでの茜色よりもさらに濃く色づき風も出てきていた。

 教会の中は灯りがついていなくて、唯一夕陽の光だけが窓から差し込み、それはステンドグラスを反射させてメイア像をより神秘的に映し出していた。



「綺麗…」



 思わず椅子から立ち上がり、誘われるかのようにメイア像の前に歩み寄って胸の前で手を組み合わせた。



「泪で霞んでいく、君の涕痕が溶けていく


 それが、恋というのなら、 私は何処までも堕ちて逝けるわ


 小さなお願い、誰も聴き届けないでください。


  貴方の聲が聴きたい、という想いに波紋が広がるの


 貴方に逢いたい、という、隠した気持ちが溢れる


 うっすらと浮かんだ、月を背に、君は私の黒い感情の靄から、産まれたの


 痛みの其の先に、貴方が霞む


 君に綴る、最愛の終焉」



 自分ではない誰かが私の中にいて、その私が歌を歌いだす。

 だが不思議なその歌はひだまりのように暖かく、すとんと胸に落ちてきてとても穏やかな気持ちになれる。



 そう、言うのならばここではないどこか、誰も私の事を知らないような場所にいるかのような、そんな感覚だ。



 歌も終盤に差し掛かり、より感情を込めよて歌おうと組んだ手に力を込めた時―、



「イリス!!!」





「!!」



 教会の入口側からついさっきまで聞いていたはずなのにずいぶんと懐かしく感じる声が聞こえ、歌を中断して後ろを振り返った。



 後ろを振り返ったイリスは意外すぎる人物の登場にこれでもかというぐらいに大きく目を見開く。



「へい、か…」



 そう、教会の入口には息を切らした夫である人物が息を切らして立っていたのである。



「イリス!行くな!」



「え?」



 駆け出す夫の姿が見え、瞬きをした次の瞬間にはイリスは逞しい腕に抱き込まれた。



 柑橘系の、甘酸っぱい匂いが鼻腔を刺激する。



 この匂い、この匂いは…



「陛、下…」



 紛れもない夫の匂いで、知らず知らずの内に涙が頬を伝って床へと零れ落ちていった。



「なん、でここに…」



「すまなかったイリス!そなたの愛を疑ってしまい、本当にすまなかった!」



「え?ちょ、陛下!?」



 急に謝りだした夫にイリスはあたふたと慌てふためく。




「そなたが護衛に連れ去られた後、余付きの侍女が余に教えてくれたのだ。

 イリスは泣いて、それを見つけたユアンが慰めていただけなのだと、何もやましいことはしていないと、そう言ってきた」



「そう・・・そのような事を…」



「余もそなたの気持ちを蔑ろにしてしまって悪かった。そなたは一生懸命余の良き妻になろうと奔走していたのに、余はそのようなものから一切目を背けていた。そなたの努力を踏みにじったようなものだ。本当に申し訳ない」



 切羽詰まったような声で何度も謝る夫にイリスは逆に申し訳なくなってきて、貴方は何も悪くない、という事を伝える為にギュッと抱きしめ返した。


「・・・そんな、陛下が謝られる事は何ひとつありません。私の器が小さく、要領が悪いのであって、これは自業自得なんです」



「自業自得などと言うな!これは余がそなたと向き合 おうとしなかったから起きた事なんだ!」



「…ありがとうございます、陛下。私にはそのお言葉だけで十分です」



「何…?」



 トン、と胸板を押し、一歩後ろへ下る。


 涙をドレスの裾で拭い、必死に笑顔を作った。



「初めから分かっていました。私が陛下と釣り合う事などないのだと。偽りの王妃として私を据えた事も、全て分かっていました」



「ちょっと待て、イリス」



「ですからもうこれ以上の情けは無用です。今まで本当にお世話になりました。」



 ドレスの端を持ち、王族最大級の敬礼の挨拶を取る。

 ―これが最後の、私がお飾りの王妃としてできる最後の執務。



「…次はきちんと心からお慕いした方とお幸せになりますよう、心からお祈り申し上げます」




 苦しい、悲しい。

 胸がわしずかみにされたかのようにとても痛い。

 でも、我慢しなくては。

 これが終わればいくらかマシになるのだから。



  「…そなたは何を言っておるのだ」



 夫の震える声にイリスは夫の纏う空気に死をも覚悟した。



「余はそなたを愛してやまないのに、他の女を妃の座に据えろと言うのか?」



「…え?」




 今、陛下はなんて言った?



 "余はそなたを愛してやまないのに"



 そう、言ったように聞こえたのは気のせい?




「余はそなた以外妃には考えられぬ」



「しかし!あの時仰っていたじゃないですか!"あの妃は余には相応しくない、早々に諦めてくれるとこちらの手間も省けて助かる"と!そう仰っていたじゃないですか!」



 ついに耐えきれなくなり、思っていた事を口に出せば、夫は目を皿のように丸くしていて唖然としていた。



「そなたあれを聞いていたのか…?」



「やはり事実であったのですね。ご安心ください。陛下の手を煩わすような事は決していたしませんので。…あ、今もう 陛下の手を煩わしていますね。申し訳ございません」



「ちょっと待てイリス。少し話をしようじゃなあか」



「これ以上話す事はございませんわ」



 お願いだから引き止めないで。

 せっかく固めた決意が揺らいでしまいそうだから。



 だがイリスのそんな心境など知るはずのない陛下は話を進めていく。



「そなたが聞いたその話、名前を聞いていたか?」



「名前、ですか?私の名前など呼ぶに足らない存在だから呼ばなかったのではないのですか?」



「やはり…」



 陛下は頭を抱えると盛大なため息をついた。



 …そんなに嫌だったのですね。私の名前を呼ぶ事が…。



 しばらくの間止まっていた涙が再び流れ落ちた。

 陛下はギョッとすると慌てて指の腹でその涙を飛ばす。



「よく聞いてくれイリス。あれは「いやっ!聞きたくないわ!」



「イリス!」



「私に情けはいらないと言ったでしょう!?お願いだからこれ以上私の心をかきみださないで!」



「イリス!」



「嫌ッ!!


 …っ!?」



 もう自分自身がよくわからなくなっていた。

 ただひたすら聞く事は拒んだ。


 だからなのだろうか、陛下が怒って私の口をふさいだのは。



「ん…は、ぁっ…」



「イリス…」




 後頭部を押さえつけられ、深い口付けをされる。

 ビリビリとくる痺れで意識が朦朧としてきたとき、ようやく唇は解放された。


 



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