6.花火再び
6.花火再び
翌年の春。弘子が会社を辞めることになった。両親の具合が良くないということが理由なのだと言った。同じ頃、社長が変わった。同時に親会社から新しい社員が配属されてきた。新しい社長とそりが合わないと言って、小野寺も会社を辞めた。小野寺は実家の仕事を継ぐことにしたと言って、生まれ故郷の秋田へ帰っていた。そして、また夏が巡って来た…。
今年はどうしようか迷っていた。隅田川の花火のことだ。弘子や小野寺が居なくなったので盛り上がらないかもしれない。名取と優子は今年も見に行きたいと言っている。ならば、段取りしようか。そう思っているときだった。
「よお、日下部。いい場所があるんだって?」
突然、話を振って来たのは親会社から営業部長として配属されてきた井川という男だった。良介はあまり話をしたことがなく、親会社での噂くらいでしか知らなかった。
「いい場所ですか?」
「おおよ!隅田川の花火だよ」
「ああ、よく御存じですね」
「あたぼーよ!それで、あるのか、ないのか、どっちなんだ?」
「ありますよ」
「よし、分かった!じゃあ、すぐに段取りしろ。頼んだぞ」
ガラの悪いオヤジだなあ。それが良介の率直な感想だった。あんなのを連れて行って大丈夫かなあ…。良介はだんだん不安になって来た。
「ねえ、今年も花火行くの?」
純は良介に電話をしてみた。
「誰が来るの?」
「やるのはやる。誰が来るかはまだ判らないけど」
「真崎さんは来るの?」
「彼女は会社を辞めちゃってるから難しいかも知れないね。一応、声はかけてあるけど」
「声を掛けたんだ…。そっか」
「どうしたの?」
「みんな来れたらいいね」
「そうだね」
受話器を置いた純は複雑な気持ちだった。良介が弘子のことを好きなのは百も知っている。けれど、自分の方が弘子よりずっと前から良介のことを好きだった。良介が結婚する前にちゃんと気持ちを伝えればよかったと後悔していた。今では純も人妻なのではあるけれど。
名取は相変わらず、良介の下で修業中だった。
「日下部さん、今年は誰が来るんですか?」
「花火か?」
「そうですよ。去年はひどい目に会いましたからね」
「そりゃあ、お前、自業自得だろう」
「そう言われちゃあ、元も子もないですけど、日下部さんのせいでもあるんですよ」
「そりゃ、どういう意味だ?」
「だって、純さんといい雰囲気だったから、邪魔しちゃ悪いと思って」
「純?そりゃ、お前の勘違いだ。まあ、今年は退屈しなくて済みそうだけどな。当日は段取りがあるから、4時にウンコの前な」
「ウンコですか?」
「知ってるだろう?てっぺんにウンコみたいなモニュメントが乗っかってるビル」
「あー!あれですね」
「そうだ。解ったら遅れるなよ」
某ビールメーカーに勤めている知り合いが隅田川の花火の日には、毎年、そこで出店を出している。良介はそいつに頼んでクーラーボックスに使う発泡スチロールの箱を用意してもらっていた。名取にそれを運ばせると、瀧沢ビル近くの酒屋で氷と缶ビールを買っておくように言った。既に、付近にはたくさんの人が集まり始めていた。
良介は名取と別行動でサプライズ的な品物を用意していた。それを受け取るために近所の知り合いの家に来ていた。
「悪いね。花火が終わったら返しに来るから」
「いいよ。うちではもう使わないから。どうせ、花火の後はまともに帰るわけでもないだろう。荷物にするのが面倒ならその辺のごみ箱にでも捨てちゃっていいから」
「そうか?じゃあ、その時の成り行き次第だけど、そう言ってもらえると気が楽だよ」
「いいってことよ。じゃあ、ごゆっくり」
今年はこっちで全部用意するから岡島にも瀧沢にも気を遣わなくていいと言ってある。こちらのメンバーにも手ぶらでいいと言ってある。良介が滝沢ビルの屋上に到着すると、名取が一人で心細げに待っていた。
「日下部さん!誰も来なかったらどうしようと思いましたよ」
「まだ時間が早いよ」
「ところで、それなんですか?」
「お前もちょっと手伝ってくれ」




