4.花火は二の次
4.花火は二の次
花火が始まると瀧沢の社長や専務も上がって来た。同時に修二も到着した。修二は奥さんと子供を連れてきた。優子は少し遅れているようで、迷子になっていないか心配になった良介は何度か優子の携帯電話に電話をかけてみたけれどつながらなかった。
第一会場で華やかな花火の第一弾が終わろうとした時、優子から電話が入った。
「遅くなってすいません。いま、吉野家の前に居るんですけど…」
「解った!今、迎えに行くから、そこで待ってて」
そう言うと良介は席を立った。10分ほどで、優子と一緒に戻って来た。良介が優子を席へ案内すると、優子は弘子と純の間に座った。さっきまで良介が座っていた場所だ。良介は名取の横に座り直した。
「良ちゃん、お疲れ様」
そう言って、優子の前にあった良介の缶ビールを純が取ってよこした。優子ちゃんナイスアシスト!純は心の中でそう呟いた。良介を弘子の隣から切り離したのだから。
第二会場から花火が上がり始めると、全員、オー!と歓声を会あげた。第一会場より、こちらの方が明らかによく見える。
「こっちは絶景だな!向こうも悪くは無いけど、あれは邪魔だな」
小野寺がそう言って指したのはこのビルのクーリングタワーだった。クーリングタワーというのはビルの空調設備において温水を冷却するための設備なのだが、それがあるために、花火が見えにくいと小野寺は言ったのだ。
「あれは仕方ないよ。花火のために取っ払うわけにもいかないんだから」
「いや、壊すべきだ!今時、クーリングタワーなんてはやらないよ」
まあ、もっともな意見ではあるが、そこまで言うならお前が金を出して空調設備のリニューアルをやってあげたらどうだ…。そう言いかけたが純に制止されて口にはしなかった。
実は、そのやり取りを瀧沢の社長が聞いていたらしい。翌年も良介たちはこの場所で花火を見せて貰うことになるのだけれど、小野寺が邪魔だと言ったクーリングタワーは影も形もなくなっていた。後日、岡島社長から聞いたところによると、瀧沢の社長も何年か前から小野寺と同じことを言っていたらしい。
「花火のためによくやるよ」
そう言って岡島社長は笑っていた。
小野寺は岡島と仕事の話で盛り上がり始めた。二人が座っている場所は花火に背を向ける形になる。花より団子とはまさにこのことだろうか。花火には目もくれず、酒ばかり飲みながら時折、大声で笑っている。
弘子は優子や修二夫妻と談笑しながら、変わった花火が上がるたびに拍手したり、感心したりしている。
名取はどこの話にも加われずに、花火を見ながらひとりで飲み続けている。頼りの良介が純としっぽりしていたから、気を遣っているのだ。そんな名取りを良介も気にはしていたけれど、純が甘えて話しかけてくるし、弘子の様子も気になるし、名取に構っている余裕はなかった。花火が終わる頃には相当に目が座っていた。マズイかな?良介は少々心配になって来た。
花火が終わると同時に人の波が駅へ向かって流れ始めた。しかし、一向に進んでいる様子がない。
「今、帰っても電車に乗るまで1時間くらいかかるかもしれませんよ」
岡島がそう言うので、良介たちは人ごみが落ち着くまで暫くこの屋上で過ごすことにした。名取は既に、シートの隅っこで大の字になって、鼾をかいている。トイレに行っていた博子が戻ってくると、名取が空けた良介の隣に腰を下ろした。その瞬間、良介の顔がほころんだのを純は見逃さなかった。そして、思いっきり良介の二の腕をつねった。
「痛てっ!」
良介はそのはずみで腰を浮かして飛び上がった。
「良ちゃんのバカ!」
純はそう言うと、席を立った。
「どうしたの?」
良介が聞くと、純は“あかんべえ”をして「お手洗い!」と言った。
本所吾妻橋駅はホームが線路の両側にある。押上げ方面へ向かうのは良介と弘子だけ。あとは全員浅草方面のホームに居る。
「どう見ても、あいつらアベックだよなあ」
小野寺がぼそりと言う。純が小野寺の足を踏みつける。「ごめん」と言いつつ、純の目はホームの反対側に居る良介と弘子を見ている。電車が来た。とっとと電車に飛び乗る純。
「おい、こいつどうする?」
ホームのベンチで爆睡する名取を見て小野寺が純に向かって言う。
「そんなの要らない!捨てて行けばいいよ!」
「マジかよ…。おっと、やべえ!」
発車のブザーが鳴る。名取は起きそうにない。小野寺も修二たちも仕方なく電車に乗る。電車が出た後、一人取り残された名取はそのまま起きることなく、終電が出た後で駅の外に強制排除された。翌朝、名取は散歩中の犬に小便をひっかけられて目を覚まし、その場に茫然自失でへたり込んでしまったのであった。




