1.席を確保せよ!
1.席を確保せよ!
始まりは4枚のチケットだった。
10年前、良介は妻の実家が取引先から割り当てられた花火大会のチケットを貰った。それは浅草吾妻橋そばの川沿いに店を構える居酒屋『りきしゃまん』が企画した花火大会限定のチケット。店の窓からは第一会場、第二会場の両方の花火が間近に見られる場所とあって、人気のチケットだった。
良介は早速、仲間を集めた。管理部の真崎弘子と牧田紀美代、同僚の小野寺亨だ。良介とこの三人はことあるたびにつるんでいた。この頃、良介が最も深く付き合っていた三人なのだ。今はもう、三人とも退社し、それぞれの人生を歩んでいるのだけれど…。
「あのさあ、隅田川の花火見に行かない?」
「人がいっぱいで、かったりーよ」
亨が言う。
「でも、見たいなあ」
そう言ったのは弘子だった。そこで良介は例のチケットを出して見せた。
「何?これ…」
すぐに反応したのは紀美代だった。良介はそのチケットを入手した経緯を話した。
「ラッキーじゃん!これは行くしかないな」
亨が言うと、弘子と紀美代も同意した。
良介達は花火大会が始まる少し前に店に集合した。2階の宴席には豪華な料理が並べられた膳が用意されていた。窓からは隅田川がすぐそこに見える。
「すげえな!」
「本当!」
亨と紀美代が席に用意された全を見て驚いた。
「ほら、こっちもすごいよ。隅田川が目の前」
窓の手すりから身を乗り出して言ったのは弘子。
「日下部さん、よくこんな場所が手に入ったわね」
「まあ、偶然だから。来年あるとは限らないけど」
4人は席につくと、一足先に一杯始めた。すると、すぐに轟音と共に花火が上がりだした。まさに、轟音。時間差なく花火が開くと同時に音が聞こえてくる。花火自体も目の前だ。少々、煙が目につくが。
「隅田川の花火をこんなに近くで見るのは初めてだなあ」
花火が始まると、博子と紀美代は窓から離れない。良介と亨は席で杯を交わしながら、花火と花火を見ながらはしゃいでいる弘子たちを眺めた。
翌年、4人は会社近くの居酒屋で飲んでいた。その席で弘子がポツリと言った。
「そう言えば、日下部さん、今年も花火行きたいね」
すると他の二人も乗って来た。良介は去年のことなど、すっかり忘れていた。
「そうだよ。自腹でもいいから、ちょっと当たってみてよ」
「了解!」
翌日、良介は早速チケットの申し込みをしようと『りきしゃまん』に問合せをした。すると、既に完売だと言われた。それを弘子たちに話すと、弘子たちはガッカリした顔をした。けれど、一番ガッカリしたのは良介だった。なによりも、良介は弘子の喜ぶ顔が見たかったから。
「どこか他にいいところないのかしら」
弘子が残念そうに言うので、良介はインターネットで色々と探してみたが、既に、どこのイベントも席は空いていなかった。
数日後、会社の協力会との懇親会が開かれた。買いが終わる間際にオカジマ装飾の岡島社長と設備業者大管の加藤専務に声を掛けられた。良介は蕎麦に居た弘子も誘ってみた。弘子がOKだと言うので、良介たちは4人で赤坂のバーに入った。そこで、弘子が隅田川の花火の話をし始めた。
「去年は良かったよね」
その話を聞いていた岡島社長が身を乗り出した。
「日下部さん、隅田川の花火、見に行かれるんですか?」
「行きたいんだけどねえ…。去年はいい席が手に入ったんだけど、今年は席が取れなくて」
「日下部さん、それならいい席がありますよ」
「あら!本当に?」
弘子はすぐにその話に飛びついた。キラキラと目が輝いている。
「ええ。うちの協力会社で瀧沢塗装ってのが居るんですけど、そこの会社が駒形にあるんですよ。ビルの屋上から隅田川の花火がよく見えますよ」
「ねえ、ねえ、ねえ!日下部さん、そこでやろうよ。今年は」
弘子の目は増々輝いている。
「じゃあ、お邪魔してもいい?」
「どうぞ。一応、瀧沢に聞いてみますけど、たぶん大丈夫ですよ。その代り、そこ、上がマンションになっていて、住人も見に来ますけど、いいですか?」
「大丈夫!そんなの全然構わないわよ。ねえ、日下部さん」
満足そうな弘子の顔を眺めながら、良介も幸せな気分になった。そして、今年も場所を確保することが出来た。