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骸骨を吐き出す洞窟

作者: 志信

「お願いです、剣士どの!私達の村を救ってください!」

旅の女剣士である私と相棒のメビウスは、小さな村の酒場で顔を見合わせていた。

「お礼はいくらでもします、お願いですから、私達の村を……!」

この村の長だと名乗った小太りの中年男性は、女の私達より背が低い。

床に膝をつき、両手を握り合わせて懇願してくる。私が肩をすくめると、メビウスが困ったように口を開いた。

「ええと、村長さん? とりあえず、私達に何をして欲しいんですか?」

「引き受けてくださるのですか!?」

「まだそうと決まったわけじゃないわよ。依頼の中身を話してみなさい」

私がそう言うと、村長は納得したように頷き、話し出した。


彼の話によると、この村の近くには古代遺跡があるのだそうだ。

いつ誰が何の目的で造ったのかはわからない。だが、村にとっては迷惑な遺跡である。

何しろその遺跡は、何故か村を襲ってくる骸骨の戦士を次々と吐き出すと言う。

「それってどういうことよ、何が原因なの?」

「わからないのです……とにかくその遺跡の入口から、次々と武装した骸骨が現れるのです」

「次々って、どのくらいの間隔でです?」

「決まった周期はありません。記録によれば何千年も前からずっと、不定期に骸骨が出て来るのだそうです。

 十年近く出て来なかったかと思えば、三日おきに現れたことも」

「ふーん……数は?強いの?」

「ほとんど一体ずつです。多く現れたとしても、五体以上同時に現れることはなかったと聞きます。

 村を護衛して戦ってくれた戦士はさして強くないと言っておりましたが、

 何しろこの村にはきちんとした戦闘訓練を受けた者など一人もいないものでして」

「なるほど」

メビウスが腕を組んだ。私はそんな相棒の様子を見やった後、村長に向けて人差し指と親指で輪を作る。

「で、報酬は? それによっては、考えてやらないこともないわよ」

「ああ、それならば」


数分後、私とメビウスは宝の山の前にいた。

淡く輝く武器防具に装飾品の山。魔法の品物だろう。街で売れば一財産を軽く築けるに違いない。

「この村にはかつて腕のいい魔法使いがいたらしく、その者が残した魔法の品がこの村には大量にあります。

 私達はこれを少しずつ売って、収入の足しにしているのです」

「よく盗賊に持って行かれませんでしたね」

「近寄らないのですよ、骸骨を吐き出す洞窟の噂を気味悪がって」

「なるほどね。じゃあ、この魔法の品は何をどうしたらもらっていいの?」

「骸骨一体の首につき、一つをお譲り致します。

 もしこの村が二度と骸骨に襲われないような状況にしてくださったのなら、好きなだけお持ちいただいて結構です」

「そうですか。……ねえリンネ、どう思う?」

言いながらメビウスが近寄ってきた。私も彼女に耳を寄せてやる。

「戦士なら楽勝の骸骨を倒してこれだけもらえるなら、破格の報酬よね。騙されてるんじゃない?」

「何千年と前からの心配事だから困ってるのかも知れないよ?」

「そっか、そう考えれば自然よね。ちょうど路銀も怪しいところだったし……」

「ん、受けよっか」

私は頷いた。


翌日、愛用の鎧と剣に身を固めた私とメビウスは

村長の案内で遺跡を目指していた。

「どうして遺跡の入口を塞がなかったのよ」

「今の入口は三代目なのです。いくら塞いでも、連中は穴を掘って別の場所から出て来るんですよ。

 それならばいっそ入口は塞がないでおいたほうが、出て来る場所がわかって良いかと思いまして」

「ふーん」

そんな会話をしているうちに、遺跡の入口が見えてきた。

なるほど、遺跡と言うよりは洞穴に近い。ちょっとした崖の壁面にぽっかりと穴が開いている。

「掘って出て来るっていうのは間違いなさそうね」

「中はどうなってるかわかります?」

「入ってしばらくは土壁の迷路のようになっているはずです。ただ、奥のほうまではわかりかねます」

「へえ」

適当な返事をし、私はたいまつに火を灯した。

「それじゃ、行って来ます」

「報酬、すっぽかすんじゃないわよ」

「それはもう……ご武運を祈っております」



めらめらと燃える炎が照らす暗闇を進んでいく私とメビウス。

村長の言っていた通り、中は土を掘って作った迷路のようだ。

明らかに人工のものであった。村長が洞窟ではなく遺跡と呼んでいたのもわかる気がした。

ただ、その作りはかなり稚拙だった。曲がり角があってもその先はすぐに行き止まりになっており、迷うことがない。

「迷路のつもりだったのかしら。ほとんど一本道じゃない」

「ありがたいことだけどね」

ときおりそんな会話を交わしつつ、私達はさらに奥へと進む。


一本道ではあるがその長さは半端ではなく、

思っていたより広い遺跡を歩くうちに、半日は持つはずのたいまつが燃え尽きてしまった。

仕方なく私は新しいたいまつに火を点ける。メビウスが取り出した干し肉で適当に食事を取りつつ、私達は歩いた。

「もう少し歩いたら、交代で見張りを立てて休もうか」

「賛成。さすがにこれ以上は疲れるな」


――かたっ。


つぶやいた私の耳に届く、奇妙な軽い音。

「……ねえ、今なにか聞こえなかった?」

「え?」

「前のほうから……」

言いながら私が暗闇に目を凝らすと、軽い音はますます近くはっきりと聞こえてきた。何かが近付いてきている。

「……噂の骸骨かな?」

「でしょうね。ここは狭いわ、私に任せて」

二人が並んで剣を振り回せるほど通路は広くなかった。たいまつをメビウスに手渡し、私は剣を抜きながら暗闇へ飛び込む。

メビウスの持つ灯かりに照らし出されたのは、紛れもなく人間の白骨死体だった。

違うのはその死体が生きているかのように自立し、剣を構えて襲いかかって来ることだけだ。

「っ!」

無造作な骸骨の振り下ろした剣を受け止め、即座に反撃に転じる。隙の生じた胴体への痛烈な横薙ぎの一撃だ。


がきゃあっ!


何があったのかは知らないが、骨はだいぶもろくなっていたらしい。簡単に砕けた。

崩れ落ちてなお動き続ける骸骨の頭を、私は思い切り踏んづけてやった。やはり頭蓋骨は粉々になり、そしてようやく動きが止まる。


「やったね!」

「楽勝楽勝。しっかし、本当に骨が動いてるとは……」

軽く拳を打ち合わせて勝利の喜びを分かち合い、メビウスと私はそれぞれに砕けた骸骨の骨を手に取った。

「別に変わったところはない……かな」

「ん。魔法で動いてるのかも知れないね、詳しいことはわからないけど」

くるくると大腿骨を指先でもてあそび、私は視線を通路の奥へ移した。

「あそこから沸いて出たみたいだ」

闇に覆い隠されていた螺旋階段の入口が、揺らぐ照明の元にその姿を現した。




かっ、かっ、かっ、かっ、かっ……


「どこまで続いてるのかしら……」

思わずそんな力ない言葉を漏らしてしまう。

何故か腐臭の漂う螺旋階段を下り始めてもうだいぶ経つ。私などはすでに時間の感覚がなくなっていた。

足が棒になったと例えるに相応しく、ふくらはぎがぱんぱんになってしまった。つま先も痛い。

ただひたすら地下深くへと伸びる下り階段はたいまつに照らし出されている私達の周囲を除けば真っ暗闇で、

まるで人界のはるか下に存在するという魔界へと続いているかのような恐怖をかき立てた。

先ほどの骸骨も、魔界からこの階段を昇ってやって来たのだろうか。

「……リンネ、もう戻らない?」

燃え付きかけていた二本目のたいまつから、三本目のたいまつへと火を移していたメビウスが

やや言いにくそうに提案した。

「さっきの骸骨を持って帰れば、それだけで魔法の品が一つもらえるんだから。

 それを路銀にすればいいんだよ。このまま行ったら、戻れなくなるかもしれないよ?」

「そ、そうね……実は私もいつ言い出そうかと思ってた」

笑い合い、火の消えた棒切れをその場に放り捨てて回れ右をする私達。

とんでもない遺跡へ潜り込んでしまったものだ。そんなことを思いながら、私は下ってきた階段を昇り始めた。



かっ、かっ、かっ、かっ、かっ……


疲れ切った足を叱咤しつつ、のろのろと階段を昇っていく。

しかしいつまで昇っても入口が見当たらない。

ちらりと横目でメビウスのたいまつを見ると、すでに半分ほどが燃え尽きてしまっていた。

おかしい。いくら疲れているとはいえ、もう下ったのと同じくらいは昇ったはずだ。

「ねえ、メビウス……なんかおかしいと思わない?」

「思う……なんだかずっと昇ってないような……いや、昇ってないって言うよりは――」

そこまで言いかけ、メビウスは足を止めて硬直した。何事かとその視線を追ってみると、

「……」

引き返そうと決めた場所に捨てた、二本目のたいまつの燃えかすがあった。

「……戻ってきた?」

「嘘でしょ……昇っても無駄ってこと?」

「そうみたいね…… 仕方ない、下ろう」

私の提案にメビウスは嫌そうな顔をしたが、昇っても無駄ならば下るしかない。

疲れているのは私も同じだから、一緒に頑張ろうと相棒をなぐさめ

再び進行方向を百八十度変えて一歩を踏み出す。

道中、すっかり会話はなくなってしまった。休もうという提案もお互いにしなかった。

休んでしまえば、二度と立ち上がれなくなりそうだったからだ。わけもなくそんな気がした。


かっ、かっ、かっ、かっ、かっ……


先ほどよりも歩く速度が上がっていたのは階段が下りだったからだろうか、それとも恐怖のためだろうか。

うつむき加減で足を進めていた私は、やがてそれを見つけてしまう。

それを見つけてしまったのを認めてしまいたくなくて、私は一段抜かしでそれへ近付いた。

メビウスも同じようにそれを見てしまったらしく、動かない足を引きずるように下りてくる。

私が見つけたそれは、絶望の象徴ともいうべき代物だった。


二本目のたいまつの燃えかすが、そこに落ちていた。



私はぺたりとその場にへたり込んだ。メビウスは立ち尽くしたままだが、表情は似たようなものだ。

驚きが絶望に変わり、絶望が生きる気力を奪う。

もう少し下ったら、もう少し昇ったらという希望が、極度の疲労に握り潰されていく。

「……」

「……」

私達はどちらからともなく剣を抜いた。ふらふらと体を寄せ合い、震える手で切っ先を喉元に押し付け合う。

私を見つめるメビウスの瞳は光を失っていた。向かい合う私の瞳も、同じように生気をなくしているのだろう。


――ずぶっ。


私がメビウスの喉を貫くと同時に、私の喉がメビウスに貫かれた。

電気が走ったように硬直したのもほんのわずか、私達は折り重なって崩れ落ちた。


こんなところで死にたくなかった。

どうしてこんなことになってしまったのだろう。

自分があんな依頼を受けなければ。村長があんな依頼をしてこなければ。あんなところに村がなければ。

あの村さえなければ。あの村さえ、あの村さえなければ――





現世に強い未練や恨みを残して死んだ者の屍は、その思いを遂げるべく再び動き出すという。

この遺跡で死んでいった者達も例外ではなかった。

村人に骸骨退治を依頼されて遺跡に潜り、人の感覚を狂わせる魔法のかけられた螺旋階段に迷い込んだ戦士は

ある者は餓えに倒れ、ある者は絶望に耐え切れず自ら命を絶つ。

そして今際の際に考えるのだ。自分を死に追い込んだのは何かと。その考えはたいてい同じ所に行き着く。


自分が死んだのは、自分に骸骨退治を依頼したあの村のせいだ――


恨みは死後の世界から魂を呼び戻し、生ける屍として自らの腐った体を突き動かす。

人の感覚を狂わせる魔法も死人には通じない。たっぷりと時間をかけて階段を昇り切った死体は

その頃にはほとんどの場合、腐った肉が落ちて骨だけになってしまっている。



骸骨退治の依頼を果たせず散った戦士は、新たな骸骨となって村を襲うのだ。

今日もまた、遺跡から骸骨が顔を出す。村への復讐を果たすべく、生前の装備に身を固め。



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― 新着の感想 ―
[一言] 初めまして。序盤ファンタジーらしさがありましたが、後半は心理が強いためか話しが変化し違う作風を読んでいるようでした。  リンネとメビウスが結局は死んでしまいますが、少し諦めが早いような気もし…
[一言] 剣と魔法が舞台のホラーって、斬新だと思いました。文章が、とても丁寧で、読みやすかったです。ストーリも、不気味ですよね。主人公達は出口を求めて洞窟内をぐるぐる回ってましたが、幽霊が増える「理由…
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