野暮天
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第一章
俺は江戸ッ子だ。生れも育ちも下町で、難しい顔をして世渡りする人間が昔から苦手だった。世の中には器用な奴が大勢いる。腹の中で毒を飲みながら、表ではにこにこ笑う。人の悪口を聞きながら、その人そのものには「おっしゃる通りです」と頭を下げる。そういうのを俺は野暮天と呼ぶ。野暮天というのは、要するに筋の通らぬことだ。俺は筋が通らぬことが嫌いだ。嫌いなだけならまだいい。身体が拒否する。嘘を言おうとすると喉の奥が詰まる。へつかわうと膝が固くなる。だから俺は損をしてきた。損をすると分かっていても、同じことをする。これが俺の悪い癖だ。
父は豆腐屋だった。大きな商売ではない。朝早くから豆を浸し、夜は帳簿を擦りながら、細々と人を養っていた。母は早く亡くなった。だから俺は、父の前でだけは偉そうな顔をした。偉そうな顔をして、実は父に頭が上がらなかった。父は俺を叱る時、決して手を上げなかった。「お前は正直で結構だ。だが正直は、馬鹿正直では飯が食えぬ」と言った。あの言葉は、今でも耳に残っている。馬鹿正直。俺は馬鹿正直だった。馬鹿正直で、それでいて生意気だった。生意気な正直者は、世の中で一番始末に負えぬ。
学校では算術が得意だった。数字は嘘を言わぬ。一が一なら一だ。二に二を足せば四になる。四を五だと言う奴がいたら、それは嘘か、勘違いか、悪意かのどれかだ。俺はそういう単純な世界が好きだった。ところが世の中は算術のようにはいかない。同じ答えを出しても、言う人間によって扱いが変わる。偉い人が言えば正しく、下っ端が言えば生意気になる。俺はそれが許せなかった。許せなかったから、よく喧嘩をした。喧嘩は好きではない。だが、筋の通らぬことを言われると、胸の奥で火が走る。火が走ると、口より先に拳が出る。
ある時、級長の野郎が、貧しい家の生徒をいじめた。名前は言わぬが、あの手の野郎はどこの学校にもいる。偉ぶって、上から目線で、人の懐具合まで値踏みする。その野郎が、貧しい生徒の筆箱を床へ投げつけ、「こんな汚い筆箱で字を書くな」と言った。俺は、その瞬間、何も考えなかった。ただ野郎の襟首を掴み、鼻っ柱を殴った。鼻血が床に落ちた。級長は泣いた。俺は泣かなかった。泣かなかったが、後で先生に呼ばれ、長々と説教をされた。説教の途中で俺は思った。この人は、いじめた方と殴った方を、同じ重さで測っている。それが我慢ならなかった。
俺は停学になり、やがて学校を追い出された。追い出された、というより、俺の方から出てやった。出てやる、という心意気は、実は身勝手だ。だが身勝手でも、筋を通したつもりだった。父は黙って俺の顔を見た。それから「豆腐は冷や奴より湯豆腐だ。熱いうちに食わねば味が分からぬ」と言った。意味が分からなかった。後で考えると、あれは俺への慰めだったのかもしれぬ。慰めでも構わぬ。父は俺を責めなかった。責めなかったが、俺は自分で自分を責めた。世渡りが下手だ。下手だが、下手なままでは終わりたくないと、その時は思った。
その頃、俺の前に赤シャツが現れた。赤シャツというのは、俺が後で付けた渾名だ。本名は違う。だがあの男は、いつも赤いシャツを着ていた。赤いシャツを着て、英語を喋り、人当たりの良い笑顔を浮かべ、世の中は案外簡単ですよ、という顔をする。俺はあの顔が嫌いだ。嫌いだが、不思議と離れられなかった。あの男は、俺が学校を追い出されたのを知ると、わざわざ訪ねてきた。「田舎の学校で算術を教えてくれませんか」と言った。
赤シャツの話では、温泉街の私学校で、算術の教師が足りぬという。寄宿舎付きで、月給は少ないが、住む所は用意する。学校の名は松風中学といった。聞いたこともない。赤シャツは「うちの郷里です」と言った。うちの郷里、という言葉が、俺には引っかかった。赤シャツは、あの温泉街の名家の生まれらしい。名家の生まれが、なぜ赤シャツを着て、あんなに器用に笑うのか。俺は訊きたかった。だが訊かなかった。訊かない代わりに、赤シャツの話を聞いた。
「先生は気難しいが、根は悪くない。教頭は礼儀正しい。生徒は少し乱暴だが、根は素直だ。お前のような正直者が、ちょうどいい」赤シャツはそう言った。ちょうどいい。その言葉が、俺の胸に刺さった。俺は、不器用な人間だ。器用な人間には、ちょうどいい、とは言わぬ。不器用な人間にだけ、ちょうどいい、と言う。それは褒め言葉ではない。だが俺は、その言葉に飛びついた。飛びついた自分が情けなかった。情けなかったが、東京にいては、もうどこにも行き場がなかった。
旅支度は簡単だった。着の身着のままでいい。父は俺に、古い革の鞄を渡した。「中身より中身を持つ人間を見ろ」と言った。俺は頷いた。頷いたが、本当は父と離れるのが寂しかった。寂しいと言えばよかった。言わなかった。言わなかったのは、俺が男を張っていたからだ。男を張るというのは、ろくなものではない。ろくなものではないが、あの頃の俺には、それが唯一の武器だった。武器がろくでもないことに、俺は気づいていなかった。
汽車に乗り、蒸気船に乗り、山道を歩いた。東京を出る時は、世の中は広いと思った。だが広いのは世の中ではない。広いのは、俺の無知と無鉄砲だけだ。汽車の窓から見える田畑が、だんだん少なくなり、山が近くなった。山が近くなると、人の顔も少なくなった。駅で降りると、赤シャツが待っていた。赤シャツは赤いシャツを着て、湯気のような笑顔を浮かべた。「よく参りました」と言った。俺は「参ったのは俺だ。お前は待っていただけだ」と返した。赤シャツは笑った。笑うと、余計に腹が立った。
温泉街は、谷の間に細長く広がっていた。硫黄の匂いがし、石畳の隙間から湯が沸いていた。旅籠は古びていたが、湯は良かった。湯に浸かると、旅の疲れが落ちるかと思った。落ちなかった。落ちたのは、俺の警戒心だけだった。警戒心が落ちると、人間は馬鹿になる。馬鹿になると、世の中は急に簡単に見える。簡単に見える世の中は、大抵、危ない。俺はその夜、危ない世の中へ一歩踏み込んだ。踏み込んだことに、まだ気づいていなかった。
第二章
学校は温泉街の端、古い寺の隣にあった。門は傾き、看板の文字は薄れていた。中へ入ると、廊下が軋み、障子は黄ばんでいた。教室には穴があり、黒板には前年の算術の文字が残っていた。俺は、その文字を消しながら、妙な気持ちになった。消しても消しても、消えぬものがある。それが世の中だ。俺は黒板消しを握り、強く擦った。強く擦ると、黒板は白くなる。だが俺の胸の奥は、白くならなかった。
校長はクソジジイと呼ばれていた。本名は違う。だが俺は、会った瞬間にそう呼ぶと決めた。クソジジイは小柄で、赤ら顔で、目を細めて笑う。笑うが、目は笑わぬ。目は笑わぬが、口はよく笑う。口で笑う人間は、信用ならぬ。俺はそう教わった。教わった通りだ。クソジジイは「よう参った。よう参った」と言いながら、俺の服の袖を盗み見た。袖を見る目は、値踏みだった。値踏みされるのは嫌だ。人間を値踏みする者は、自分の値段も知っている。知っているのに、他人の値段でしか人を測らぬ。
教頭は胡麻すりと呼ばれた。胡麻すりというのは、俺が後で付けた渾名だ。あの男は、誰にでも頭を下げる。頭を下げる角度が、相手によって変わる。偉い人には深く、弱い人には浅い。浅い頭下げは、頭下げではない。確認だ。俺は胡麻すりの頭下げを見て、背筋が寒くなった。胡麻すりは「先生、どうかご辛抱ください」と言った。辛抱。その言葉は、世渡りの言葉だ。俺は辛抱が嫌いだ。辛抱は、筋の通らぬことを飲み込むことだ。飲み込むと、腹の中で腐る。腐ったものは、いつか出すことになる。
生徒は、正直に言えば、ろくでなしだった。算術を嫌う。漢文を馬鹿にする。英語を聞いて笑う。道徳の時間は寝る。俺は初日から、教室で怒鳴った。「算術を知らぬ者は、商売で騙される。騙される者は、騙した者より悪い。なぜなら、騙される準備をしているからだ」と言った。生徒は黙った。黙ったが、目は笑っていた。笑う目は、馬鹿にしている目ではない。試している目だ。俺は試されるのが好きだ。試されて、負けたことがない。負けたのは、世渡りだけだ。
その中に、野郎がいた。野郎というのは、俺が呼ぶ渾名だ。本名は違う。だがあの男は、教室の後ろの席に座り、腕を組み、俺を睨んだ。睨む目は、悪い目ではなかった。悪い目ではないが、賢い目でもなかった。ただ、腹の据わった目だった。腹の据わった目は、嘘を嫌う。俺は、その目を見て、少しだけ安心した。安心したのが間違いだった。腹の据わった者は、嘘を嫌うが、嘘に負ける。負けた時、一番危ない。
野郎は、ある日、俺に言った。「算術なんて、湯本じゃ使わねえ」。俺は「使わねえ奴ほど、損をする」と返した。「湯本じゃ、湯の値段も、宿の値段も、客の腹の足しにもならねえ」。俺は「ならぬなら、なおさら必要だ。ならぬものを数えられぬ者は、ならぬものに食われる」と言った。教室が静かになった。静かになった後、野郎がふっと笑った。笑った後、言った。「先生、あんた、面白え」。面白え、という言葉は、俺には褒め言葉に聞こえなかった。面白え、というのは、世渡りの世界では、危険な人間の印だ。
その頃、印刷屋の娘と会った。名は言わぬ。俺は心の中でマドンナと呼んだ。マドンナというのは、器用な言葉だ。俺は器用な言葉が嫌いだ。だがあの娘を見ると、器用な言葉が浮かぶ。それだけのことだ。印刷屋は、学校へプリントを納めていた。娘は、父の代わりに帳簿を持ってきた。帳簿を渡す時、娘は俺の顔を見て、「先生、クソジジイに騙されないでください」と言った。俺は、その言葉に驚いた。驚いたが、顔には出さなかった。「俺は騙されぬ」と言った。娘は笑った。「騙される人は、騙されぬと思う人です」。
マドンナは、細い目で、よく笑う。よく笑うが、笑う前に少し考える。考える笑いには、嘘がない。俺は嘘のない笑いが好きだ。好きだが、好きと言っていいのか分からなかった。言っていいのか分からぬ時、俺は黙る。黙ると、胡麻すりに「先生は物静かですね」と言われた。物静か。俺は物静かではない。ただ、言うべきことを言う前に、言う値打ちがあるか考える。値打ちのない人間に、言葉をやるのは惜しい。惜しいと思うのは、俺がケチだからだ。ケチは、正直より質が悪い。
赤シャツは、英語を教えていた。英語は、俺には分からぬ。分からぬが、赤シャツの英語は、よく通る。よく通るが、中身が薄い。薄い言葉は、よく通る。薄い言葉は、人を喜ばせる。喜ばせるが、人を育てない。俺は英語の授業を覗いた。赤シャツは、金持ちの子弟にだけ、発音を直していた。貧しい生徒には「これは将来に役立たん」と言った。俺は、その言葉を聞いた時、胸の奥で火が走った。火が走ったが、その日は黙っていた。黙ったのは、初めてのことだった。
その夜、赤シャツが俺を誘った。「温泉で一杯やりませんか」。俺は「一杯はいい。だが、お前と行くのは嫌だ」と言った。赤シャツは笑った。「嫌われながら行くのが、世渡りです」。俺は「世渡りは、嫌われながらするものではない。嫌われることを恐れて、嫌われることをするものだ」。赤シャツは、少し黙った。黙った後、「お前は、まだ何も分かっていない」と言った。分かっていない。その言葉は、俺にとって一番腹の立つ言葉だった。分かっていない、というのは、分かったふりをしている人間の、最後の逃げ場だ。
第三章
俺は、学校の中を調べ始めた。調べると言ったところで、大したことはない。帳簿を見る。廊下の板を見る。生徒の顔を見る。給食の鍋を見る。それだけだ。だが、それだけで、学校の中身は分かる。中身が分かると、人間が見える。人間が見えると、世の中が分かる。俺は、学校が貧しいふりをしているのに、校長の部屋だけ妙に新しいことに気づいた。障子は新しい。座布団は新しい。茶碗の底に金箔が貼ってある。学校は貧しい。だが校長は貧しくない。これは、算術の答えが合っていない。
クソジジイは、俺を呼んで言った。「先生、道徳も頼む」。俺は「算術を教えます」と言った。「算術も道徳も、同じだ」。俺は「同じではありません。算術は嘘を言わぬ。道徳は、嘘を言う人間に教えるものです」。クソジジイは目を細めた。「お前は、難しいことを言うな。難しいことを言う者は、難しい世の中を作る」。俺は「難しい世の中は、簡単な嘘からできます」。クソジジイは、その時、初めて俺を真正面から見た。真正面から見る目は、値踏みではなかった。警戒だった。警戒されるのは、悪いことではない。警戒されるのは、まだ筋が通っている証拠だ。
胡麻すりは、俺に言った。「校長先生は、昔からこの学校を大事にしておられる」。俺は「大事にするなら、帳簿を見せろ」。胡麻すりは「帳簿は、難しい」。俺は「難しい帳簿は、悪い帳簿だ」。胡麻すりは、その時、初めて俺に頭を下げなかった。頭を下げないのは、腹が立ったからだ。腹が立ったのは、俺が胡麻すりを見抜いたからだ。見抜かれた人間は、怒る。怒った人間は、いつか牙を剥く。俺は、その牙を待っていた。待っていたが、まだ早いと知っていた。
生徒の一人が、ある日、泣いていた。理由は、寄宿舎の食事が少ないことだった。俺は寄宿舎へ行った。飯は薄かった。味噌汁に豆腐が浮いていない。豆腐は、俺の父の商売だった。豆腐が浮いていない味噌汁を見ると、俺は腹が立った。腹が立ったのは、俺が豆腐屋の息子だからだ。だが、それだけではない。人は、食で騙される。食で騙される者は、他のことでも騙される。俺は、給仕の婆さんに訊いた。「米はどこから来ている」。婆さんは黙った。黙った後、「校長先生が、減らした」と言った。減らした。その言葉は、算術より正確だった。
俺は、クソジジイに言った。「飯を増やせ」。クソジジイは「学校が貧しい」。俺は「貧しいのは、帳簿だ」。クソジジイは「帳簿を疑うな」。俺は「疑えぬ帳簿は、悪い帳簿だ」。クソジジイは、その時、赤シャツを見た。赤シャツは、にこやかに言った。「先生、ここは湯本です。湯本では、波を立てぬのが徳です」。俺は「波を立てぬ徳は、死んだ池の徳だ」。赤シャツは、その時、初めて笑わなかった。笑わなかった顔は、赤シャツより赤かった。赤い顔は、嘘がバレた人間の顔だ。
その日から、俺は学校で浮いた。浮いた、というのは、変な言葉だ。俺は、どこにも浮いていない。ただ、筋の通らぬ世界に、俺の身体が馴染まなかった。馴染まぬ人間は、浮いて見える。浮いて見える人間は、やがて危ない人間になる。危ない人間は、最初、面白がられ、次に煙たがられ、最後に追い出される。俺は、その順番を知っていた。知っていたが、順番を変えなかった。変えなかったのは、俺が頑固だからだ。頑固は、美徳ではない。だが、嘘よりマシだ。
マドンナが、ある日、俺に言った。「先生、父が困っています」。俺は「どう困った」。マドンナは「学校へ納める印刷代を、クソジジイが払わない。払わぬ上に、新しい契約を盾に、父を脅す」。俺は「脅すとは、どういうことだ」。マドンナは「父の印刷屋を、自分の親戚に買い取らせようとする」。俺は「買い取る気か」。マドンナは「買い取る気ではない。安く叩く気です」。俺は、その時、拳を握った。拳を握るのは、悪い癖だ。悪い癖だが、正当な癖だ。正当な癖を、俺は捨てられぬ。
俺は、印刷屋へ行った。印刷屋は、老いた男で、指にインクを染めていた。インクを染めた指は、正直な指だ。正直な指は、嘘を書かぬ。俺は「帳簿を見せてください」と言った。印刷屋は驚いた。驚いたが、出した。出した帳簿には、未払いの額が、赤い線で引かれていた。赤い線は、血のようだった。血のようだが、血より正確だ。俺は、その額を覚えた。覚えた数字は、俺の中で、ただの数字ではなくなった。数字は、人の腹を減らし、人の夜を奪い、人の夢を削る。俺は、そのことを、その時、初めて知った。
その夜、俺は温泉へ行った。温泉は、湯本では、世間の広間だ。広間では、人は裸になる。裸になると、嘘が落ちるかと思った。落ちなかった。落ちるのは、服だけだ。俺が湯に浸かっていると、クソジジイが入ってきた。クソジジイは、俺を見ると、にこやかに「先生、いい湯だ」と言った。俺は「いい湯は、いい人間しか沸かさぬ」。クソジジイは、その時、湯の中で笑った。笑った顔は、湯気で歪んでいた。歪んだ顔は、嘘の顔だ。俺は、その顔を見て、確信した。この男は、悪い。悪いが、弱い。弱い悪い者は、一番、危ない。
第四章
盗みがあった。校長の机から、金が消えた。額は、俺には大きかった。クソジジイは、朝から廊下で喚いた。「誰だ。誰だ。寄宿舎の者か。生徒か。教師か」。喚く声は、大きい。大きい声は、嘘を隠す。俺は、その時、教室へ入る途中だった。教室の廊下で、胡麻すりが俺に言った。「先生、野郎が疑われています」。俺は「なぜだ」。胡麻すりは「昨日、校長室の前におった」。俺は「だから盗んだのか」。胡麻すりは「だから、怪しい」。俺は「怪しいと盗んだは、違う」。胡麻すりは「違うが、同じにしたい者がいます」。俺は「誰だ」。胡麻すりは、答えなかった。答えなかったが、目はクソジジイの部屋を見ていた。
俺は、野郎を呼んだ。野郎は、廊下で腕を組み、俺を見た。俺は「お前は盗んだか」。野郎は「盗んでねえ」。俺は「なぜ、校長室の前にいた」。野郎は「呼ばれた。呼ばれて行った。だが、中は空っぽだった」。俺は「誰に呼ばれた」。野郎は「胡麻すりだ」。俺は、その時、背筋が冷えた。冷えたが、顔には出さなかった。「お前は、嘘を言っているか」。野郎は「嘘を言うのは、クソジジイだ」。俺は、その言葉を聞いた時、少しだけ笑った。笑ったのは、野郎の目が、俺と同じ色をしていたからだ。同じ色は、危険な色だ。危険な色は、やがて燃える。
俺は、校長室へ行った。クソジジイは、机を叩いた。「野郎を追い出せ」。俺は「証拠を見せろ」。クソジジイは「証拠はない。だが、奴は乱暴だ」。俺は「乱暴は、盗みの証拠ではない」。クソジジイは「お前は、生徒の肩を持つのか」。俺は「肩を持つのではない。筋を持つ」。クソジジイは「筋など、世の中には要らぬ」。俺は「要らぬのは、筋のない人間だ」。その時、赤シャツが現れた。赤シャツは「先生、ここは湯本です。湯本では、筋より顔です」。俺は「顔で食う者は、顔から落ちる」。赤シャツは、その時、赤いシャツの袖を握った。袖を握るのは、怒っている証拠だ。怒っている証拠を、俺は見た。
俺は、寄宿舎を調べた。調べると言ったところで、大したことはない。生徒の机を見る。枕元を見る。靴箱を見る。それだけだ。だが、それだけで、嘘の匂いは分かる。嘘の匂いは、汗の匂いに混じる。汗の匂いに混じる嘘は、消えぬ。俺は、ある生徒の机に、小さな帳切れを見つけた。帳切れには、数字が書いてあった。数字は、校長の机から消えた額と、ぴったり合っていた。合っていたが、書いた字は、生徒の字ではなかった。大人の字だった。大人の字は、胡麻すりの字に似ていた。似ていた、というのが、俺の答えだった。
俺は、胡麻すりを呼んだ。胡麻すりは、にこやかに来た。にこやかに来たが、目は泳いでいた。泳ぐ目は、嘘の目だ。俺は「この字は、お前か」。胡麻すりは「分かりません」。俺は「分かりません、は、分かった人間の言葉だ」。胡麻すりは、黙った。黙った後、「先生、ここは湯本です。湯本では、分からぬふりが、徳です」。俺は「分からぬふりは、嘘の親だ」。胡麻すりは、その時、初めて俺に頭を下げた。深く下げた。深く下げた頭は、謝っているのではない。逃れている。逃れる頭下げは、一番、質が悪い。
俺は、クソジジイに言った。「胡麻すりが、帳切れを書いた」。クソジジイは「証拠は」。俺は「字だ」。クソジジイは「字は、似ているだけだ」。俺は「似ているだけでは、嘘は書けぬ」。クソジジイは「お前は、胡麻すりを疑うのか」。俺は「疑うのではない。見た」。見た、という言葉は、強い。強い言葉は、弱い人間には使えぬ。弱い人間は、見たと言わぬ。見たと言わぬ者は、見たことを忘れたふりをする。クソジジイは、その時、赤シャツを見た。赤シャツは、にこやかに言った。「先生、お前は、まだ若い」。若い。その言葉は、俺にとって、もう効かなかった。若い、というのは、老いた人間の最後の逃げ場だ。
その日から、俺は、学校で危ない人間になった。危ない人間は、最初、面白がられる。次に煙たがられる。最後に追い出される。俺は、その順番を知っていた。知っていたが、順番を変えなかった。変えなかったのは、俺が頑固だからだ。頑固は、美徳ではない。だが、嘘よりマシだ。俺は、その夜、マドンナに会った。マドンナは、俺の顔を見て、「先生、危ない顔をしています」。俺は「危ない顔は、正しい顔だ」。マドンナは「正しい顔は、人を傷つけます」。俺は「傷つくべき人を、傷つけぬのは、もっと悪い」。マドンナは、その時、少し黙った。黙った後、「父を、お願いします」と言った。頼む、という言葉は、強い。強い言葉は、弱い人間にしか使えぬ。
第五章
俺は、印刷屋の帳簿と、学校の帳簿を比べた。比べるには、夜が必要だった。夜は、正直だ。夜は、嘘を隠さぬ。隠すのは、昼の光だ。俺は、寄宿舎の隅で、帳簿を広げた。広げると、数字が並ぶ。数字は、人の嘘を暴く。暴かれた数字は、やがて人を暴く。俺は、その夜、学校の金が、どこへ消えたか、見つけた。消えた金は、全部、クソジジイの湯屋へ流れていた。湯屋は、温泉街の真ん中にある。新しい湯屋だ。新しい湯屋には、新しい看板がある。看板には、クソジジイの名前が、金文字で書いてあった。
俺は、その夜、眠れなかった。眠れぬのは、腹が立ったからだ。腹が立つのは、俺が正直だからだ。正直は、腹を立てる。腹を立てると、人は動く。動く人は、危ない。危ない人は、やがて叩きのめされる。叩きのめされる前に、俺は、証拠を隠した。隠した証拠は、印刷屋の帳切れと、学校の帳写しと、湯屋の看板の写しだった。写しは、マドンナが書いた。マドンナは、字が上手い。上手い字は、嘘を書かぬ。嘘を書かぬ字は、強い。強い字は、やがて人を殺す。俺は、その字を見て、少し怖くなった。怖くなったが、止めなかった。
翌日、クソジジイが俺を呼んだ。呼ばれた部屋は、新しい座布団が並んでいた。新しい座布団は、嘘の匂いがした。クソジジイは「先生、お前は、よく働く」。俺は「働くのは、当然だ」。クソジジイは「当然を言う者は、偉そうになる」。俺は「偉そうなのは、当然を忘れた者だ」。クソジジイは、その時、茶を飲んだ。茶を飲む手は、震えていた。震える手は、弱い人間の証拠だ。弱い悪い者は、強い悪い者より、ずっと悪い。強い悪い者は、堂々と悪い。弱い悪い者は、悪いことを隠す。隠すから、腐る。腐ったものは、いつか爆発する。
胡麻すりが、俺に言った。「先生、校長先生は、お前を信用している」。俺は「信用しているなら、帳簿を見せろ」。胡麻すりは「帳簿は、難しい」。俺は「難しい帳簿は、悪い帳簿だ」。胡麻すりは「先生、お前は、難しい人間だ」。俺は「難しいのは、世の中だ」。胡麻すりは「世の中は、簡単です」。俺は「簡単なのは、嘘だ」。胡麻すりは、その時、初めて俺を睨んだ。睨んだ目は、浅い頭下げの目ではなかった。浅い頭下げの目は、弱い人間の目だ。強い人間の目は、浅い頭下げをせぬ。俺は、その目を見て、思った。この男は、もう俺を敵と決めた。
赤シャツが、俺を誘った。「酒を飲もう」。俺は「飲まぬ」。赤シャツは「飲めば、分かる」。俺は「飲まぬ方が、分かる」。赤シャツは「お前は、頑固だ」。俺は「頑固は、正直の兄弟だ」。赤シャツは「兄弟は、ろくなことをせぬ」。俺は「ろくなことをせぬのは、兄弟ではなく、世渡りだ」。赤シャツは、その時、赤いシャツの襟を直した。襟を直すのは、嘘を直すふりだ。俺は、そのふりを見て、言った。「お前は、なぜ赤シャツを着る」。赤シャツは「似合うからです」。俺は「似合うのは、嘘だ」。赤シャツは「嘘が似合う人間もいます」。俺は「似合う嘘は、やがて顔になる」。赤シャツは、その時、何も言わなかった。何も言わなかった顔は、赤シャツより赤かった。
その夜、寄宿舎で、生徒が騒いだ。騒いだのは、飯が少ないことと、野郎が疑われていることだった。俺は、寄宿舎へ行った。行くと、生徒が俺を見た。見た目は、頼る目だった。頼る目は、危ない。頼る者は、やがて裏切る。裏切る者は、最初、頼る。俺は、その目を見て、言った。「飯は、増やす。野郎は、追い出さぬ」。生徒は、少し笑った。笑った後、黙った。黙った目は、まだ疑っていた。疑う目は、正直な目だ。疑う目を持つ者は、まだ人間だ。俺は、その目を見て、少しだけ安心した。安心したのが、間違いだった。
翌朝、クソジジイが、全校の前で言った。「野郎は、明日から来なくていい」。俺は、その時、廊下へ出た。出た足は、速かった。速い足は、正しい足ではない。正しい足は、ゆっくりだ。だが俺は、速かった。速い足で、校長室へ入った。入って言った。「撤回しろ」。クソジジイは「撤回せぬ」。俺は「証拠もなしに、生徒を切るな」。クソジジイは「証拠は、ない。だが、お前が危ない」。俺は「危ないのは、お前だ」。その時、胡麻すりが入ってきた。胡麻すりは「先生、ここは湯本です。湯本では、声を出さぬのが徳です」。俺は「声を出さぬ徳は、死んだ徳だ」。胡麻すりは、その時、俺の袖を掴んだ。袖を掴むのは、引き止めるのではない。掴んで、落とす準備だ。
その日、俺は停職になった。停職、という言葉は、柔らかい。柔らかい言葉は、刃を隠す。隠された刃は、いつか刺さる。俺は、自分の机を片付けた。片付けるものは、少ない。少ないのは、俺が要らぬ人間だからだ。要らぬ人間の机は、軽い。軽い机を持つ者は、軽い人間だ。軽い人間は、やがて風で飛ぶ。俺は、その時、マドンナを見た。マドンナは、校門の外で、父の帳簿を持っていた。持った帳簿は、俺の机より重かった。重い帳簿を持つ者は、重い人間だ。重い人間は、風で飛ばぬ。俺は、その時、決めた。飛ばぬ。飛ばぬために、証拠を使う。
第六章
俺は、東京へ帰った。帰った、というのは、負けた、ということだ。負けた、というのは、筋を通した、ということでもある。筋を通すと、負ける。負けた者は、世渡りが下手だ。下手な者は、やがて忘れられる。忘れられる前に、俺は、新聞社へ行った。新聞社は、東京の真ん中にある。真ん中は、嘘が最もよく育つ。育った嘘は、紙になる。紙になった嘘は、人を殺す。俺は、その紙に、湯本の学校を書いた。書いたのは、算術の数字だ。数字は、嘘を言わぬ。数字は、人を殺す。
新聞社で、俺は、編集者に会った。編集者は、細い目で、煙草を吸っていた。吸う煙は、嘘の形をしていた。俺は「湯本の学校で、金が消えている」。編集者は「証拠は」。俺は「帳簿だ」。編集者は「帳簿は、難しい」。俺は「難しい帳簿は、悪い帳簿だ」。編集者は、その時、煙を吐いた。吐いた煙が、俺の顔を隠した。隠された顔は、決める顔だ。決める顔は、怖い。怖い顔は、人を動かす。俺は、その顔を見て、思った。この人は、悪い人ではない。だが、弱い人だ。弱い人は、強い記事を書かぬ。書かぬ人は、やがて強い記事に殺される。
俺は、記事を書いた。書いたのは、難しい文章ではない。難しい文章は、嘘の衣だ。俺は、簡単な文章を書いた。簡単な文章は、刃だ。刃は、短く、鋭い。俺は、書いた。「学校は、貧しいふりをして、校長は新しい湯屋を作った。生徒の飯は減った。印刷屋の金は払われなかった。疑われた生徒は、証拠なく追われた」。書いた後、俺は、少し震えた。震えるのは、怖いからだ。怖いのは、正直の証拠だ。正直は、怖い。怖い正直は、まだ本物だ。本物の正直は、やがて人を刺す。
記事は、出た。出た記事は、小さかった。小さい記事は、弱い。弱い記事は、やがて消える。だが、消えぬものがある。消えぬものは、人の腹だ。腹が減った者は、記事を読む。読んだ者は、怒る。怒った者は、動く。俺は、その夜、マドンナから手紙をもらった。手紙には、短い字で、こうあった。「父が泣きました。泣いた父は、初めて笑いました」。俺は、その字を見て、泣いた。泣いたのは、男として情けない。情けないが、泣いた。泣いた後、俺は、もう一度、記事を書いた。二度目は、名前を書いた。名前を書くと、刃は、より鋭くなる。鋭い刃は、自分も切る。
東京で、俺は、細々と働いた。働いたのは、印刷の手伝いだった。印刷は、父の商売に似ていた。似ていたから、俺は、少しだけ安心した。安心したところで、腹は減る。腹が減ると、人は正直になる。正直は、腹を減らす。俺は、その夜、赤シャツから手紙をもらった。手紙には、こうあった。「お前は、まだ何も分かっていない。湯本は、お前が思うより、深い」。深い、という言葉は、弱い人間の逃げ場だ。深い世の中など、ない。浅い嘘が、深い顔をしているだけだ。俺は、その手紙を、焚いた。焚いた紙は、灰になった。灰は、嘘の残骸だ。
その頃、湯本で、生徒が騒ぎ始めた。騒いだのは、飯と、野郎と、俺の記事だった。記事は、湯本へも届いた。届いた記事は、小さい。小さい記事は、やがて大きい火になる。火は、最初は小さい。小さい火は、消せる。消せるうちに消さぬ者は、やがて焼かれる。クソジジイは、消さなかった。消さなかったのは、弱いからだ。弱い者は、火を消さぬ。火を消さぬ者は、火を人のせいにする。俺は、その頃、東京で、湯本の火を待っていた。待っていたのは、正しいことではない。正しい者は、待たぬ。正しい者は、行く。俺は、行く準備を始めた。
行く準備は、簡単だった。鞄は、古い。父の革の鞄だ。中身は、少ない。少ないのは、俺が要らぬ人間だからだ。要らぬ人間の鞄は、軽い。軽い鞄は、遠くへ行く。遠くへ行く者は、やがて帰る。帰る者は、負けた者ではない。負けたふりをして、勝つ者だ。俺は、その時、父の言葉を思い出した。「中身より中身を持つ人間を見ろ」。中身を持つ人間。俺は、中身を持っていた。中身は、帳簿と、数字と、怒りと、少しの情けだった。情けは、弱い。だが、情けのない正義は、石だ。石は、人を殺す。俺は、石にはなりたくなかった。
第七章
湯本へ戻る道は、前より短かった。短かったのは、俺が覚えたからだ。覚えるのは、怖いことだ。怖いことを覚えると、人は強くなる。強くなった者は、危ない。俺は、温泉街の入口で、赤シャツを見た。赤シャツは、赤いシャツを着て、駅で待っていた。待っていたのは、親切ではない。見張っているのだ。俺は「見張りに来たのか」。赤シャツは「見張りは、悪いことではない」。俺は「見張りは、弱い人間の仕事だ」。赤シャツは「弱い人間が、世の中を支える」。俺は「弱い人間が、世の中を腐らせる」。赤シャツは、その時、笑わなかった。笑わなかった顔は、疲れていた。疲れた顔は、嘘がバレた人間の顔だ。
学校へ入ると、廊下の板が、前より軋んだ。軋む板は、正直だ。正直な板は、嘘を踏むと鳴る。俺は、その音を聞きながら、教室へ行った。教室の窓から、生徒が俺を見た。見た目は、前と違った。違ったのは、俺が帰ったからだ。帰った者は、英雄ではない。帰った者は、危ない。危ない者は、やがて消える。だが、消える前に、何かを残す。俺は、その何かを、残しに来た。残すものは、言葉ではない。数字だ。数字は、嘘を言わぬ。
クソジジイは、俺を呼ばなかった。呼ばなかったのは、怖いからだ。怖い者は、呼ばぬ。呼ばぬ者は、やがて呼ばれる。俺は、その日、教室へ入った。入ると、生徒が黙った。黙った目は、前より鋭かった。鋭い目は、記事を読んだ目だ。読んだ目は、もう戻らぬ。俺は「算術を教える」と言った。教える、という言葉は、重い。重い言葉は、人を育てる。育てる者は、やがて切られる。切られる者は、育てることを止めぬ。俺は、その日、算術を教えた。教えたのは、数字ではない。数字の裏にある、嘘の暴き方だった。
その夜、マドンナが、俺を待っていた。待っていたのは、印刷屋の前だった。印刷屋の機械は、止まっていた。止まった機械は、死んだ機械ではない。待っている機械だ。マドンナは「父が、帳簿を渡すと言っています」。俺は「渡すのは、怖いからだ」。マドンナは「怖いのは、正しいからです」。俺は「正しいのは、怖いからです」。マドンナは、その時、笑った。笑った顔は、夜の中で、少し赤かった。赤い顔は、嘘ではない。赤い顔は、正直の証拠だ。俺は、その顔を見て、思った。俺は、この娘を、好きだ。好きだ、というのは、危ない言葉だ。危ない言葉は、やがて人を動かす。
印刷屋は、俺に、古い帳簿を渡した。渡した手は、震えていた。震える手は、正直の証拠だ。正直は、震える。震える正直は、まだ本物だ。俺は、帳簿を見た。見た数字は、前より、はっきりしていた。はっきりした数字は、刃だ。刃は、やがて人を切る。切る前に、俺は、言った。「これは、証拠だ」。印刷屋は「証拠は、人を殺します」。俺は「殺すのは、証拠ではない。証拠を隠した者だ」。印刷屋は、その時、泣いた。泣いた顔は、インクで汚れていた。汚れた顔は、正直な顔だ。俺は、その顔を見て、背筋が伸びた。伸びた背筋は、正しい人間の形だ。
その頃、クソジジイは、湯屋で、胡麻すりと酒を飲んでいた。飲んでいるのは、隠すためだ。隠す者は、酒を飲む。酒は、嘘を溶かす。溶かした嘘は、やがて喉から出る。俺は、その夜、湯屋へ行った。行ったのは、喧嘩ではない。証拠を見せるためだ。証拠を見せるのは、喧嘩より、ずっと危ない。危ないのは、証拠が、人を殺すからだ。俺は、湯屋の入口で、クソジジイを見た。見たクソジジイは、赤い顔で、笑っていた。笑っていたのは、酒ではない。恐怖だ。恐怖は、笑う。笑う恐怖は、人を刺す。
俺は「帳簿を見せろ」と言った。クソジジイは「見せぬ」。俺は「見せぬのは、悪いからだ」。クソジジイは「悪いのは、世の中だ」。俺は「世の中は、悪い人間を悪いと呼ぶ」。クソジジイは「お前は、まだ若い」。俺は「若いのは、嘘を知らぬからだ」。その時、胡麻すりが、俺の袖を掴んだ。掴んだ袖は、引き止めるのではない。落とす準備だ。俺は、その手を払った。払った手は、強かった。強い手は、正しい手ではない。正しい手は、ゆっくりだ。だが、その夜、俺は、強かった。強かったのは、正しいからだ。正しい者は、強くなる。強くなった正しい者は、危ない。
第八章
翌日、クソジジイは、俺を呼んだ。呼んだのは、もう逃れられぬからだ。逃れられぬ者は、呼ぶ。呼ぶ者は、負けている。俺は、校長室へ入った。入ると、赤シャツがいた。赤シャツは、赤いシャツを着て、にこやかに座っていた。にこやかに座るのは、逃げ場を作っているからだ。逃げ場を作る者は、やがて逃げる。俺は「逃げ場は、要らぬ」と言った。赤シャツは「逃げ場のない者は、死ぬ」。俺は「死ぬのは、逃げ場を作った者だ」。クソジジイは「先生、お前は、学校を壊す」。俺は「壊すのは、悪い学校だ」。クソジジイは「悪い学校など、ない」。俺は「悪い学校は、悪い校長が作る」。その時、胡麻すりが、障子を開けた。開けた障子は、夜明けの音だった。
クソジジイは、俺に、金を渡そうとした。渡そうとした金は、口封じだ。口封じの金は、重い。重い金は、人を曲げる。俺は、その金を見なかった。見たのは、金の裏にある、生徒の飯だった。見たのは、印刷屋の夜だった。見たのは、野郎の目だった。俺は「金は、要らぬ」。クソジジイは「では、何だ」。俺は「筋だ」。クソジジイは「筋など、食えぬ」。俺は「食えぬ筋を、人は食う」。その時、赤シャツが言った。「先生、お前は、世渡りが下手だ」。俺は「下手なのは、正しいからだ」。赤シャツは「正しい者は、世渡りが下手だ」。俺は「下手な世渡りは、世渡りではない」。赤シャツは、その時、赤いシャツの袖を握った。握った袖は、もう、赤くなかった。
その日、俺は、全校の前で、帳簿を読んだ。読んだのは、難しい文章ではない。数字だ。数字は、人を殺す。読んだ数字は、湯屋の金だった。読んだ数字は、減った飯だった。読んだ数字は、払われぬ印刷代だった。読んだ数字は、消えた金だった。読んだ数字は、野郎の無実だった。読んだ数字は、クソジジイの嘘だった。読んだ数字は、胡麻すりの頭下げだった。読んだ数字は、赤シャツの赤いシャツだった。読んだ数字は、マドンナの父の夜だった。読んだ数字は、俺の東京の記事だった。読んだ数字は、もう、消えなかった。
クソジジイは、その時、喚いた。「お前は、野暮天だ」。俺は「野暮天で結構」。クソジジイは「お前は、世の中を知らぬ」。俺は「知らぬのは、お前だ」。胡麻すりは「先生、ここは湯本です」。俺は「湯本でも、筋は通る」。赤シャツは「先生、お前は、まだ何も分かっていない」。俺は「分かったのは、お前が嘘を言うことだ」。その時、生徒が、廊下で立ち上がった。立ったのは、俺のためではない。筋のためだ。筋のため立つ者は、やがて強い。強い者は、やがて切られる。切られる前に、俺は、言った。「野郎を、戻せ」。
その夜、湯本は、騒いだ。騒いだのは、火ではない。言葉だ。言葉は、火より、やっかいだ。火は、消せる。言葉は、消えぬ。消えぬ言葉は、やがて人を焼く。俺は、その夜、マドンナと、印刷屋と、野郎と、数人の生徒と、湯屋の前に立った。立ったのは、喧嘩ではない。証拠を見せるためだ。証拠を見せるのは、喧嘩より、ずっと危ない。危ないのは、証拠が、人を殺すからだ。クソジジイは、湯屋の入口で、震えていた。震えるのは、悪い人間の証拠だ。悪い人間は、震える。震えた悪い人間は、やがて逃げる。
赤シャツが、俺に言った。「お前は、人を殺す」。俺は「殺すのは、嘘だ」。赤シャツは「嘘は、人を殺さぬ」。俺は「嘘は、人を腐らせる。腐った者は、生きているふりをする」。赤シャツは、その時、赤いシャツを脱いだ。脱いだ赤シャツは、もう、赤くなかった。赤くない赤シャツは、嘘の残骸だ。俺は、その残骸を見て、少しだけ哀れに思った。哀れむのは、正しいことではない。正しい者は、哀れまぬ。哀れむ者は、まだ、人間だ。俺は、その時、人間だった。人間だったのは、悪いことではない。悪いのは、人間でなくなることだ。
第九章
クソジジイは、逃げた。逃げたのは、悪い人間の最後の道だ。逃げた者は、やがて捕まる。捕まる前に、俺は、捕まえた。捕まえたのは、腕ではない。言葉だ。言葉は、腕より、強い。強い言葉は、正しい言葉だ。正しい言葉は、人を捕まえる。捕まったクソジジイは、小さかった。小さいのは、悪いからだ。悪い者は、小さくなる。小さくなった悪い者は、やがて消える。消える前に、俺は、言った。「筋を通せ」。クソジジイは「筋など、食えぬ」。俺は「食えぬ筋を、人は食う」。その時、クソジジイは、泣いた。泣いたのは、悪い人間の最後の嘘だ。悪い人間の涙は、嘘の汁だ。
胡麻すりは、頭を下げた。深く下げた。深く下げた頭は、もう、浅くなかった。浅い頭下げは、弱い人間の技だ。深い頭下げは、負けた人間の技だ。俺は「頭を上げるな。上げるなら、筋を上げろ」。胡麻すりは、その時、初めて、俺を真正面から見た。真正面から見る目は、もう、値踏みではなかった。恐怖だった。恐怖は、正しい人間に向けるものだ。正しい人間は、怖い。怖い正しい人間は、やがて人を動かす。俺は、その時、人を動かした。動かした者は、やがて責任を持つ。責任は、重い。重い責任は、人を曲げる。俺は、曲がらなかった。
マドンナは、その夜、父の印刷機を動かした。動かした機械は、泣いていた。泣く機械は、正直だ。正直な機械は、嘘を印字する。印字されたのは、新しい契約だった。新しい契約は、古い嘘を消す。消した嘘は、やがて紙になる。紙になった嘘は、もう、人を騙さぬ。俺は、その紙を見て、言った。「これで、父は食える」。マドンナは「食えるのは、父ではない。筋です」。俺は「筋は、人を食わせぬ」。マドンナは「食わせぬ筋を、人は食う」。俺は、その時、笑った。笑ったのは、初めてだった。笑ったのは、正しいことではない。正しい者は、笑わぬ。笑う者は、まだ、人間だ。
野郎は、教室へ戻った。戻った野郎は、前より、黙っていた。黙っているのは、強いからだ。強い者は、黙る。黙る者は、やがて動く。動いた者は、やがて強い。俺は、野郎に言った。「お前は、強い」。野郎は「強くねえ」。俺は「強いのは、嘘を言わぬことだ」。野郎は「嘘を言わぬのは、怖い」。俺は「怖いのは、正しいからだ」。野郎は、その時、少し笑った。笑った顔は、まだ、危なかった。危ない顔は、やがて人を動かす。俺は、その顔を見て、思った。この野郎は、俺より、強くなる。強くなる者は、俺より、危ない。危ない者は、やがて、この世を変える。
赤シャツは、湯本から消えた。消えたのは、弱いからだ。弱い者は、消える。消える者は、やがて忘れる。忘れる者は、やがて、また赤シャツを着る。俺は、その時、赤シャツを憎まなかった。憎まなかったのは、正しいことではない。正しい者は、憎む。憎む者は、まだ、熱い。俺は、熱くなかった。熱くなかったのは、もう、十分、熱くなったからだ。熱くなった者は、やがて冷める。冷めた者は、やがて、正しいことを忘れる。俺は、忘れたくなかった。忘れたくない者は、やがて、また、行く。
俺は、東京へ帰った。帰ったのは、負けたからだ。負けたのは、正しいからだ。正しい者は、負ける。負けた正しい者は、やがて、また、正しいことをする。俺は、その時、父の革の鞄を、もう一度、持った。持った鞄は、軽かった。軽かったのは、俺が要らぬ人間だからだ。要らぬ人間の鞄は、軽い。軽い鞄は、遠くへ行く。遠くへ行く者は、やがて帰る。帰る者は、負けた者ではない。負けたふりをして、勝つ者だ。俺は、その時、父の言葉を思い出した。「中身より中身を持つ人間を見ろ」。中身を持つ人間。俺は、中身を持っていた。中身は、帳簿と、数字と、怒りと、少しの情けだった。
東京で、俺は、また、細々と働いた。働いたのは、印刷の手伝いだった。印刷は、父の商売に似ていた。似ていたから、俺は、少しだけ安心した。安心したところで、腹は減る。腹が減ると、人は正直になる。正直は、腹を減らす。俺は、その夜、マドンナから手紙をもらった。手紙には、短い字で、こうあった。「父は、笑って寝ました。笑って寝る人は、強い人です」。俺は、その字を見て、泣いた。泣いたのは、男として情けない。情けないが、泣いた。泣いた後、俺は、言った。「俺は、強い人間ではない。だが、強い人間の隣に、座りたい」。座りたい、という言葉は、弱い。弱い言葉は、やがて、人を強くする。
第十章
世の中は、変わらなかった。変わらなかったのは、俺が一人だったからだ。一人では、世の中は変わらぬ。変わらぬ世の中で、俺は、ただ、筋を通した。通した筋は、やがて、誰かの腹を減らした。減った腹は、やがて、誰かの怒りになった。怒りは、やがて、誰かの言葉になった。言葉は、やがて、誰かの行動になった。行動は、やがて、世の中を、少しだけ変えた。少しだけ、だ。少しだけ変えるのが、正しい人間の仕事だ。大きく変える者は、嘘を言う。大きく変える者は、やがて、大きく腐る。
湯本の学校は、少しだけ、良くなった。良くなったのは、俺ではない。生徒だ。生徒が、飯を求めた。印刷屋が、契約を変えた。野郎が、黙って、教室に座った。マドンナが、帳簿を書いた。俺は、ただ、数字を読んだ。読んだ数字は、人を殺した。殺したのは、俺ではない。数字だ。数字は、嘘を言わぬ。俺は、その時、初めて、数字を愛した。愛した数字は、やがて、人を育てる。育てる者は、やがて、切られる。切られる者は、育てることを止めぬ。
クソジジイは、やがて、湯屋を閉めた。閉めたのは、悪いからだ。悪い者は、やがて、自分の悪いを、他人に売る。売った悪いは、やがて、値が落ちる。値が落ちた悪いは、誰も買わぬ。誰も買わぬ悪いは、やがて、腐る。腐った悪いは、やがて、匂う。匂う悪いは、やがて、消える。消える前に、俺は、見た。見たクソジジイは、小さかった。小さいのは、悪いからだ。悪い者は、小さくなる。小さくなった悪い者は、やがて、消える。消える前に、俺は、言った。「筋を通せ」。クソジジイは、何も言わなかった。何も言わなかったのは、もう、筋がなかったからだ。
胡麻すりは、やがて、学校を辞めた。辞めたのは、負けたからだ。負けた者は、やがて、別の頭下げを探す。探す者は、やがて、また、頭を下げる。頭を下げる者は、やがて、忘れる。忘れる者は、やがて、また、同じことをする。俺は、その時、胡麻すりを憎まなかった。憎まなかったのは、正しいことではない。正しい者は、憎む。憎む者は、まだ、熱い。俺は、熱くなかった。熱くなかったのは、もう、十分、熱くなったからだ。熱くなった者は、やがて、冷める。冷めた者は、やがて、正しいことを忘れる。俺は、忘れたくなかった。
赤シャツは、やがて、東京で会った。会った赤シャツは、もう、赤いシャツを着ていなかった。着ていなかったのは、もう、赤くなかったからだ。赤くない赤シャツは、もう、赤シャツではない。俺は「お前は、まだ、何も分かっていない」。赤シャツは「分かったのは、お前が正しいことだ」。俺は「正しいのは、怖い」。赤シャツは「怖いのは、正しい」。俺は、その時、笑った。笑ったのは、正しいことではない。正しい者は、笑わぬ。笑う者は、まだ、人間だ。俺は、その時、人間だった。人間だったのは、悪いことではない。悪いのは、人間でなくなることだ。
マドンナは、やがて、印刷屋を継いだ。継いだのは、強いからだ。強い者は、継ぐ。継ぐ者は、やがて、育てる。育てる者は、やがて、切られる。切られる者は、育てることを止めぬ。俺は、その時、マドンナに言った。「俺は、お前を好きだ」。マドンナは「好きは、危ない」。俺は「危ないのは、正しい」。マドンナは「正しいのは、怖い」。俺は「怖いのは、正しい」。マドンナは、その時、笑った。笑った顔は、もう、赤くなかった。赤くない顔は、もう、正直だ。正直な顔は、やがて、人を動かす。俺は、その顔を見て、思った。俺は、強い人間ではない。だが、強い人間の隣に、座りたい。
俺は、やがて、東京で、小さな印刷屋を開いた。開いたのは、父の商売に似ていた。似ていたから、俺は、少しだけ安心した。安心したところで、腹は減る。腹が減ると、人は正直になる。正直は、腹を減らす。俺は、その夜、父の革の鞄を、棚に置いた。置いた鞄は、軽かった。軽かったのは、俺が要らぬ人間だからだ。要らぬ人間の鞄は、軽い。軽い鞄は、遠くへ行く。遠くへ行く者は、やがて帰る。帰る者は、負けた者ではない。負けたふりをして、勝つ者だ。
世の中は、変わらなかった。変わらなかったのは、俺が一人だったからだ。一人では、世の中は変わらぬ。変わらぬ世の中で、俺は、ただ、筋を通した。通した筋は、やがて、誰かの腹を減らした。減った腹は、やがて、誰かの怒りになった。怒りは、やがて、誰かの言葉になった。言葉は、やがて、誰かの行動になった。行動は、やがて、世の中を、少しだけ変えた。少しだけ、だ。少しだけ変えるのが、正しい人間の仕事だ。大きく変える者は、嘘を言う。大きく変える者は、やがて、大きく腐る。
俺は、今でも、野暮天と呼ばれている。呼ばれるのは、悪いことではない。悪いのは、野暮天を恐れることだ。恐れる者は、やがて、野暮天を嫌う。嫌う者は、やがて、野暮天になる。俺は、野暮天だ。野暮天で結構。筋の通らぬ世の中で、筋の通らぬ人間でいるのは、ろくでもない。だが、筋の通らぬ人間でいられぬ者は、もっと、ろくでもない。俺は、ろくでもない。だが、俺は、俺だ。俺は、俺でいる。それだけで、十分だ。
夜、俺は、印刷機の前に座る。座るのは、正しいことではない。正しい者は、立つ。だが、俺は、座る。座る者は、やがて、書く。書く者は、やがて、残す。残す者は、やがて、消える。消える前に、俺は、書く。書くのは、数字だ。数字は、嘘を言わぬ。数字は、人を殺す。殺した数字は、やがて、人を育てる。育てる者は、やがて、切られる。切られる者は、育てることを止めぬ。俺は、止めぬ。止めぬ者は、やがて、強い。強い者は、やがて、怖い。怖い者は、やがて、正しい。正しい者は、やがて、負ける。負けた者は、やがて、また、正しい。
俺は、江戸ッ子だ。生れも育ちも下町で、難しい顔をして世渡りする人間が昔から苦手だった。世の中には器用な奴が大勢いる。腹の中で毒を飲みながら、表ではにこにこ笑う。人の悪口を聞きながら、その人そのものには「おっしゃる通りです」と頭を下げる。そういうのを俺は野暮天と呼ぶ。野暮天というのは、要するに筋の通らぬことだ。俺は筋が通らぬことが嫌いだ。嫌いなだけならまだいい。身体が拒否する。嘘を言おうとすると喉の奥が詰まる。へつかわうと膝が固くなる。だから俺は損をしてきた。損をすると分かっていても、同じことをする。これが俺の悪い癖だ。
だが、悪い癖で、俺は、まだ、生きている。生きているのは、正しいからだ。正しい者は、生きている。生きている正しい者は、やがて、誰かの腹を減らす。減った腹は、やがて、誰かの怒りになる。怒りは、やがて、誰かの言葉になる。言葉は、やがて、誰かの行動になる。行動は、やがて、世の中を、少しだけ変える。少しだけ、だ。少しだけ変えるのが、正しい人間の仕事だ。大きく変える者は、嘘を言う。大きく変える者は、やがて、大きく腐る。俺は、大きく腐らぬ。大きく腐らぬ者は、やがて、小さく正しい。小さく正しい者は、やがて、強い。強い者は、やがて、怖い。怖い者は、やがて、正しい。正しい者は、やがて、負ける。負けた者は、やがて、また、正しい。
俺は、今でも、野暮天と呼ばれている。呼ばれるのは、悪いことではない。悪いのは、野暮天を恐れることだ。恐れる者は、やがて、野暮天を嫌う。嫌う者は、やがて、野暮天になる。俺は、野暮天だ。野暮天で結構。筋の通らぬ世の中で、筋の通らぬ人間でいるのは、ろくでもない。だが、筋の通らぬ人間でいられぬ者は、もっと、ろくでもない。俺は、ろくでもない。だが、俺は、俺だ。俺は、俺でいる。それだけで、十分だ。




