第八話 閉園
その後、蒼たちはヴィクターの戦闘アトラクションを見学していた。
ズズズズズズッ――
目の前に現れたのは、大型の魂食。
「大型を一人で倒すには……」
ヴィクターは低く呟くと、迷いなくバズーカを構えた。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
連続で放たれる砲撃。衝撃波が空気を震わせる。
ミチルが撃ったときは一発で吹き飛ばされていた反動も、ヴィクターは足を踏ん張り、そのまま撃ち続けていた。
余談だが、ミチルはその時の衝撃で本当の姿に戻っていた、とベニが言っていた。
「まだ削り足りないか……?」
煙の向こうで、魂食はなお形を保っている。
ヴィクターは即座に武器を大剣へと持ち替えた。
地面を蹴り、一直線に突っ込む。
ガキンッ!
重い一撃を叩き込み、そのまま距離を取る。
そして――
再びバズーカ。
ドンッ! ドンッ! ドンッ!
途切れない攻撃の連携。
魂食は意思を持たない。ただ強い余命力に引き寄せられる存在。
ヴィクターの放つ圧倒的な余命力に引き寄せられ、逃げることもなく攻撃を受け続けていた。
そして、ついに……
「CheckMate!」
大剣の一閃。
その瞬間、大型の魂食は完全に霧散した。
「スゲーな……」
蒼は思わず息を呑む。
改めて、目の前の男の異常さを理解させられる。
「この武器は余命力を使わずに使える仕様だ。実戦なら、ここまで強引にはいかないだろうな」
ヴィクターは淡々と語る。
「それでも一人で倒せるとはな。実際の耐久を再現してるんだぞ?」
ベニが感心したように言う。
「ヴィクター用に“超大型”でも用意しておくか?」
「思い出すからやめろ! そんなもん出すな!」
即座に蒼がツッコんだ。
「……超大型、か」
ヴィクターはわずかに興味を示したが、それ以上は何も言わなかった。
空を見上げると、すでに日が傾き始めている。
「今日はここまでだな。ホテルに戻るか」
「あーっ! まだ遊びたい〜!」
ミチルが不満そうに声を上げる。
その小さな身体でぴょんぴょん跳ねている姿に、ヴィクターが首を傾げた。
「……こんな小さい嬢ちゃん、いたか?」
「あぁ、それな」
蒼が苦笑する。
「これがミチルの本当の姿なんだ。今までのは擬態の様なものだったんだ」
「そういうことよ」
紗羅が補足する。
「ほぉ……」
ヴィクターはミチルをじっと見つめた。
「ふーん。面白いな」
「面白いって何よ〜」
ミチルが頬を膨らませる。
そんなやり取りのあと、ヴィクターはふと視線を紗羅へ向けた。
「紗羅。母親とは仲良くやってるか?」
「ええ。今はこのホテルで再会できたし……仲はいいわ」
紗羅は柔らかく微笑む。
「あなたのおかげよ」
その言葉に、ヴィクターは少しだけ目を細めた。
「……そうか。それは良かった」
短く、それだけを返す。
夕暮れの光が、テーマパーク全体を橙色に染めていく。
賑やかだった“希望の国”も、どこか静けさを帯び始めていた。
「また来ような」
「うんっ!」
ミチルが元気よく頷く。
こうして四人は、タマシーランドを後にし、ホテルへと戻っていった。
それぞれの胸に、今日の出来事を刻みながら――。
三人がホテルへ戻ると、ロビーには紗彩の姿があった。
「みんな、おかえり……あら?」
出迎えた紗彩は、ミチルの姿を見るなり首を傾げる。
「ミチルよ。こっちが本当の姿なのよ」
紗羅が説明すると、紗彩はすぐに柔らかく微笑んだ。
「そうなのね。ミチルちゃん、おかえり」
「うん」
短いやり取りの中にも、どこか温かい空気が流れる。
その時、紗彩の視線がヴィクターへと向いた。
彼女は静かに姿勢を正し、深く頭を下げる。
「あの時は、きちんとお礼を言えなかったので……遅くなりましたが、ありがとうございます」
「無事なら良かった」
ヴィクターはそれだけを言い、感情を表に出すことなく受付へと向かっていった。
その背中は相変わらず無骨で、だがどこか頼もしかった。
「俺たちは中央街に戻ります」
蒼がそう告げると、
「ママ、また来るわね」
「紗羅ママ、またね〜」
「えぇ、待っているわ」
紗彩は優しく手を振った。
「ヴィクターも、またどこかで!」
呼びかけに対し、ヴィクターは振り返ることなく片手を軽く上げて応える。
それだけで十分だった。
三人はホテルを後にする。
外には、中央街行きのバスが静かに待っていた。
「俺たちしか乗る人はいないみたいだな」
「試乗の人も作業員も、帰る時間はバラバラだからね」
「ガラガラだ〜」
車内は広く、静かで、どこか安心できる空間だった。
ミチルは最初こそはしゃいでいたが、すぐに疲れが出たのか、蒼の隣でうとうとと目を閉じる。
やがて、そのまま膝の上で眠りについた。
「目的は、達成したわね」
「あぁ……確かにな。でも……」
蒼は、眠るミチルを見下ろす。
小さくなったその姿は、守るべき存在としてより強く感じられた。
「何に余命力を使っているのかは、分からないよな?」
「……そうね」
紗羅も同じ疑問を抱いていた。
その時だった。
ミチルが寝ぼけたまま、蒼と紗羅の手をぎゅっと握る。
次の瞬間――
淡い光が、その手から溢れ出した。
「これは……」
「ミチルの……感情?」
温かい何かが、二人の中へと流れ込んでくる。
それは言葉にできないほど穏やかで、優しい感覚だった。
「幸せの……感情?」
「この感じ……前にも……」
「俺もだ……まさか……」
蒼は、ミチルの光る手を見つめる。
確信に近い直感が、胸の奥で形になっていく。
「余命力が……流れ込んでいるのか?」
「え?」
紗羅が目を見開く。
「ミチル!起きてくれ!」
「ん〜〜?」
揺すられて、ミチルがゆっくりと目を開ける。
だが、その手は離れないまま、淡く光り続けていた。
「ミチル、手を離してくれ」
「え〜?このままがいい〜」
甘えるような声。
「でも……」
「三人一緒がいいもん」
その一言に、蒼は言葉を詰まらせる。
拒む理由が、見つからない。
「せめて、余命力を使わないでくれ」
「よめーりょく?」
ミチルは首を傾げる。
本当に――分かっていない。
自分が何をしているのかすら。
それでも。
その手から伝わる“幸せ”は、確かに本物だった。
「今日、すごい楽しかった。ミチル、いっぱい幸せだった」
その言葉と同時に、温かな感情がそのまま流れ込んでくる。
「そうか……」
蒼は静かに頷いた。言葉以上に、その想いはしっかりと伝わっていた。
「幸せをもっといっぱい見つけたい」
「幸せを、もっと?」
蒼と紗羅は顔を見合わせる。
「ミチル一人だと少ないの。三人で見つけたいの」
ぎゅっと握られる手。
そこから流れ込む余命力は、さっきよりもはっきりと“願い”の形をしていた。
「ミチル……分かったよ」
「たくさん見つけるわよ、幸せを」
「うんっ!」
ミチルは満足そうに笑った。
その笑顔に呼応するように、手の光はゆっくりと弱まっていく。
やがて、完全に消えた頃には――
ミチルは再び、静かな寝息を立てていた。
「現世で生きたことがないから、想いの伝え方に余命力を使っているのか……」
蒼がぽつりと呟く。
「それだけじゃない気がするけれど……」
紗羅は、どこか引っかかるものを感じていた。
だが、それが何なのかは、まだ分からない。
バスは静かに揺れながら、中央街へと向かっていく。
・・・
・・・
・・・
「ミチル、着いたぞ。起きろ」
「ん~~……」
「ほら、ミチル。降りるわよ」
両側から手を引かれ、半分眠ったままのミチルは、ふらふらとバスを降りる。
外はすっかり夜だった。
中央街の灯りが、優しく三人を迎えている。
「そーちゃん、お腹空いたよ〜」
「そうだな」
「また、いつもの食堂でいいかしら?」
「うん!」
三人は自然と足を揃え、いつもの道を歩き出す。
いつもの店で、いつもの料理を頼み、
いつものように笑って、食べて、帰る。
何も特別じゃない一日。
けれど――
三人で過ごす、その“当たり前”こそが。
本当は、かけがえのない幸せだということに――
ミチルは、まだ気付いていない。
それでもいい。
また明日も。
ミチルは、幸せを探しに街へと駆け出していくのだから。




