第五話 日記(二)
私はミチル。
見た目は高校生?
――と、紗羅が言っていた。
中身は小学生?
――これも紗羅が言っていた。
どうやら私は、あの有名な名探偵の逆らしい。
――もちろん、これも紗羅が言っていた。
そんな私の朝は――今日は特別だ。
ここはホテル。しかも、ただのホテルじゃない。
「そーちゃん、紗羅、早く起きて〜!」
私はベッドから飛び起きて、一直線にバルコニーへ走る。
そこには――“ある”。
「わぁ~!タマシーランド!」
目の前に広がるのは、夢みたいな場所。
タマシーランド。よくは分からないけど、絶対に楽しい場所。それだけは分かる。
「ミチル……早いな……」
後ろから、寝ぼけた声。
そーちゃんが目をこすりながら起き上がる。
「六時!?なんで起きてんだよ……」
「だって!あるんだよ!目の前に!」
「何よ〜、朝から騒がしいわね……」
紗羅も、ゆっくりと起きてくる。
「まだ寝かせてくれ……」
再び布団に潜ろうとするそーちゃん。
私はその布団を――引っぺがした。
「いくよ!」
「まだ開いてねぇよ!」
「開園時間は九時よ」
「うぅ〜……」
そーちゃんは力なくベッドに沈んだ。
(目の前にあるのに……行けない……)
私はバルコニーとベッドを行ったり来たりする。
待てない。全然待てない。
「とりあえず、飯だ。レストラン行くぞ」
「うん、いく!」
ご飯は大事。元気になるから。
レストランで、いっぱい食べる。パンも、お肉も、甘いのも。
「今何時?」
「七時ね」
(ガーンッ)
「時間……進むの……遅い……」
私はベッドにダイブする。
……ちょっとだけ寝る。
すぐ起きる。絶対。
・・・
・・・
・・・
「ミチル!ミチル!起きろ!」
「……ん?」
目を開けると、そーちゃんの顔があった。
「もうすぐ九時だぞ」
「!?」
ガバッと飛び起きる。
そのまま全力でバルコニーへ。
「わぁ……!」
さっきまで静かだったタマシーランドが――
まるで魂が宿ったみたいに、光り輝いていた。
音がする。動いてる。人がいる。
世界が――動き出している。
「開園、ね」
紗羅が隣で小さく呟く。
「行くぞ、ミチル」
「うんっ!!」
胸がドキドキする。
これはきっと――
“楽しい”が始まる音だ。
巨大な門をくぐった瞬間――世界が変わった。
色とりどりの建物。軽快な音楽。行き交う魂たちの笑顔。
さっきまでの現実とは違う、“楽しい”でできた世界。
「ようこそっ!タマシーランドへ!」
タマシーマウスと、見たことのないアヒルのキャラクターが手を振ってくれた。
「わぁ!あなたはだぁれ?」
「タマシーダックだよ〜」
「わぁ〜!」
ミチルの目がさらに輝く。
「ミチル。好きな場所に行っていいぞ」
そーちゃんがパンフレットをくれた。
「この星が五つのやつは絶叫系よ。気をつけなさい」
「絶叫系ってなぁに?」
「速かったり、高いところから落ちたりする乗り物よ」
「えーっ!楽しそう〜!」
私はパンフレットを食い入るように見つめる。
「まずは軽いのから行くか。全部回るぞ」
「うんっ!」
「なら、あれね」
紗羅が指差したのは、園内を一周する汽車だった。
「乗りた〜い!」
私たちは列に並び、やがて汽車に乗り込んだ。
「では、出発しま〜す。いってらっしゃ〜い」
「は〜い!」
汽車がゆっくりと走り出す。
カタン、コトン――と、リズムよく進む車内。
その窓の外には――
「わーっ!」
見たことのない世界が広がっていた。
遠くで轟音を立てて走る乗り物。
「キャーッ!」「うわぁぁぁ!」
あちこちから聞こえる悲鳴。
「あれが絶叫系か……」
「すごい音ね……」
「楽しそう〜!」
そーちゃんと紗羅は難しい顔してたけど、私には楽しい声に聞こえた。
「あっ!おっきい山だ〜!」
巨大な岩山が見えた。
「あれは……ビッグタマシーマウンテン、ね」
「名前がそのまんまだな……」
そーちゃんと紗羅は同時にため息をつく。
私は分からない。
「すごーい!登れるのかな!?」
次に目に飛び込んできたのは、たくさんのお水があった。
「わぁ!お水いっぱい!プール?」
「そうか。ミチルは海を見たことないのか?」
「うみ?」
「まぁ……あれが海みたいなもんだ」
「スゴ〜イ!」
キラキラと水面が光る景色に、私は釘付けになる。
「ソウルの海賊……ね」
「完全に寄せてるな……」
「神の使者、暇なのかしら……」
そーちゃんと紗羅は頭を抱えている。
でも私は――
見えるもの、全部が新しい。
聞こえる音、全部が楽しい。
胸が、ずっとドキドキしている。
汽車はゆっくりと園内を巡り続ける。
次はあれ。次はあっち。
行きたい場所が、どんどん増えていく。
「ねぇ!次あれ行きたい!」
「落ち着け。順番な」
「え〜!」
「今日は一日あるんだから」
紗羅が優しく言う。
「……うん!」
私は大きくうなずいた。
汽車が駅へと戻ってくる。
その先には――
まだ見たことのない“楽しい”が、いくつも待っていた。
汽車を降りると、すぐ近くに大きな建物の入口があった。
キラキラした装飾と、どこか不思議な音楽。
「あそこに行きたい!」
私は次の目的地を決めた。
「行ってみるか」
「イッツ・ア・タマシーワールド……ね」
紗羅が小さく呟く。
ここも乗り物に乗って進むらしい。
「そーちゃん!紗羅!早く乗ろう!」
「はいはい」
私たちは並んで乗り込み、ゆっくりと進み始める。
流れ出すのは、軽やかで優しい音楽。
そして――
「わぁ……」
目の前に広がるのは、見たことのない世界。
色んな場所。色んな人。色んな暮らし。
小さな人形のような存在たちが、それぞれの場所で楽しそうに動いている。
笑ってる。歌ってる。踊ってる。
次の場面へ。
また違う景色。また違う人たち。
知らない世界が、次々と現れては消えていく。
「すごい……」
私は目を輝かせたまま、見続ける。
気がつけば――
「あっ……」
終わっていた。
「終わっちゃった……」
「本物を知らなくても、十分楽しめたみたいだな」
「そうね」
まだまだ楽しみたかったけど、外へ出る。
すると、すぐ近くにまた別の建物が見えた。
「あれも行きたい!」
「よし、次はあそこだな。なんか俺も楽しくなってきた」
「よく出来てるわね、本当に」
次のアトラクションは――
乗り物に“銃”が付いていた。
「怪物やオバケを見つけたら撃ってくださいね〜」
スタッフのおねーさんが説明してくれた。
「ミチルが撃ってもいいの?」
「あぁ、任せた」
「お願いね」
「ミチルに任せて!」
私は胸を張る。
(私が守るんだ)
乗り物が動き出す。
今度は少しドキドキする音楽。
最初に見えたのは、きれいな街並み。
……その影に、何かが動いた。
「わーっ!」
オバケだ。
とっさに銃を握る。
パンッ!パンッ!パンッ!
音とともに、オバケが消えた。
「やった~!」
「やるな」
「上手いじゃない」
私は得意げに笑う。
次のエリアへ進んだ。
「わっ!広い場所になった〜!」
突然、目の前の世界が広がった。
――その瞬間。
大量の怪物が現れた。
「うわぁ~!」
「ミチル、撃て!」
「来てるわよ!」
パンッ!パンッ!パンッ!
必死に撃つ。
でも――数が多い。
「全部は無理〜!」
怪物は消えないまま、乗り物は進んでいく。
やがて、ゆっくりと元の場所へ戻ってきた。
「はぁ〜……すごかった……」
「あぁ、なかなかリアルだったな」
「現世の技術より上かもしれないわね」
私たちは顔を見合わせる。
さっきまでドキドキだったのに――
残っているのは、“楽しかった”という感覚だけ。
「次はどこ行く?」
私は、もう次を探している。
まだまだ終わらない。
この場所には――
“楽しい”が、いくらでもあった。
目の前に、大きな山がそびえ立っていた。
――“ビッグタマシーマウンテン”。
山のあちこちから、声が響いてくる。
「わぁー!」 「キャーッ!」
あれが――“絶叫系”。
私の胸がドキドキと高鳴る。
「あの山に行きたい」
「いよいよ、か……」
「私は現世で何回も乗ったから、乗らなくてもいいわよね……」
「ダメだよ!紗羅も一緒!」
「ちょっ、ちょっと〜!」
私は紗羅の手を引っ張って、列へと向かう。
「どうぞ、お乗りください〜」
「は〜い!」
「私は降りる!今からでも降りる!」
「ダメ〜!」
「紗羅、諦めろ」
「そんなぁ……」
紗羅を半ば引きずるように乗せて、三人で出発する。
「では、出発いたしま〜す」
ガタンッ、ゴトンッ――
ゆっくりと、上へ。
ガタンッ、ゴトンッ――
どんどん高くなる。
「わぁ……!」
空が近い。
風が気持ちいい。
「すごい高いね!」
「そ、そうね……」
隣に座る紗羅の声が震えている。
顔も、なんだか変だ。
「あ、道が……なくなった……」
頂上に来た。
一瞬だけ、すべてが見渡せた。
「お空を飛んでるみたい……」
――その瞬間。
ゴーッ!!
「わぁー!!」
「ぎぃやー!!」
一気に落ちる。
体が浮く。
風が叩きつけてくる。
「キャーッ!」
「ぎぃやー!!」
今度は急カーブ。
体が横に引っ張られる。
「イエ〜イ!」
「イヤー!!」
さらに上昇。
また落下。
「わぁ~い!」
「もうイヤー!!」
隣で紗羅は叫んでいる。
そして――
スピードが落ちていく。
ガタン……ゴトン……
ゆっくりと、元の場所へ戻って来た。
「終わっちゃった……」
あっという間だった。
でも――
楽しかった。
とっても楽しかった。
「紗羅!もう一回乗りたい!」
「……」
返事がない。
「ミチル、紗羅はもうダメだ」
そーちゃんが苦笑しながら言う。
紗羅は、ぐったりと力が抜けていた。
「ほら、行くぞ」
そーちゃんは紗羅を軽々と抱き上げる。
「ちょっ……無理……」
か細い声だけが聞こえた。
私はそのあと――
何度も、何度も“ビッグタマシーマウンテン”に乗った。
一回目より、二回目。
二回目より、三回目。
どんどん楽しくなる。
「もう一回!」
笑顔が止まらない。
こんなに“楽しい”があるなんて――
私は初めて知った。




