第四話 タマシーランド
「タマシーランドってなになに?」
ミチルは、その言葉の響きだけで頬を緩ませ、楽しそうに目を輝かせていた。
「何だよ。タマシーランドって」
蒼は眉をひそめる。胸の奥に、言いようのない嫌な予感が広がっていた。
「現世にもあるだろ。東京ディ――」
「わーっ!!」
「ちょっと!そんな物騒な名前、出さないで頂戴!」
蒼と紗羅が同時に声を上げ、慌ててベニの口を止める。
「何でだよ」
ベニは納得がいかない様子で首を傾げた。
「あんたね、どんな権利が絡むか分からないでしょ!」
紗羅が頭を抱える。
「死んだ世界で“権利だ”とか“著作権だ”とか言う魂なんかいないだろう?」
ベニは平然と返す。
「それでも!危険なんだよ、色々と!」
「こっちは“希望”を売りにするんだ。あっちは“夢”だろ?全然違う」
「それを言うなって言ってんだろ!」
「もう〜……」
二人はそろって深いため息をついた。
「なんのおはなし?楽しい遊び場のおはなしじゃないの〜?」
ミチルだけが、きょとんとした顔で首を傾げる。
「楽しくないわね……」
「バカを言うな。これが成功したら、次は“タマシーランドシー”とか“タマシーサルスタジオジャパン”の構想まであるんだぞ」
ベニは、なぜか誇らしげに胸を張った。
「ダメに決まってるだろ!」
「百歩譲ってタマシーランドはいいわ。でも“シー”と“スタジオジャパン”は絶対ダメよ!」
紗羅は珍しく本気の表情で言い切った。
「TSJ」
「略してもダメよ」
「ユーモアのない奴らめ……」
ベニは小さくぼやきながら、再び作業へと戻っていく。
「どうするのよ……」
「まぁ、名前は危険すぎるが……テーマパーク自体はミチルが絶対喜ぶだろ」
「ワクワクッ」
ミチルの目は、これ以上ないほど輝いていた。
「クロが言ってた“ショックを与える”って、アトラクションのことよね?」
「あぁ。万が一何かあっても、俺がいれば大丈夫ってことだろ」
「いくの?いくよね?いこうよ!」
ぐいっと腕を引かれる。
「……分かったよ。行ってみるか」
蒼は苦笑しながら頷いた。
すぐにベニの元へ向かう。
「ベニ。タマシーランドの試乗、受ける」
「そうか。ついでにホテルの一泊も体験してくれ。慣れてないスタッフも多いからな」
「一泊の仕事か……まぁ、どうせなら楽しむか」
「じゃあ、そのバスに乗れ。着いたら俺の駒に案内させる」
「了解」
三人はバスへと乗り込んだ。
エンジン音とともに、ゆっくりと走り出す車内。
窓の外には、まだ見ぬ新しい街へと続く道が広がっていた。
「どんなところかな〜?」
ミチルは窓に顔を近づけ、期待に胸を膨らませる。
「“希望”か……」
蒼は小さく呟く。
その言葉に、紗羅はわずかに視線を落とした。
(本当に“希望”だけで出来ているのかしら……)
それでも――
未知への高揚感は、確かに三人の胸を満たしていた。
新たな街、新たな出会い、そして――まだ見ぬ“何か”。
バスは、彼らをその中心へと運んでいくのだった。
バスに揺られること、もうすぐ二時間。
その間、ミチルはずっと窓の外を見つめていた。どこまでも続く荒野。変わり映えのしない景色の中に、それでも“何か”を見つけようとしている。
「まだかな〜?もうすぐ〜?」
最初は我慢していたが、今では五分おきに同じ言葉が飛んでくる。
「まだ?」
「……そうだなぁ」
「もうすぐ?」
「……そうねぇ」
「……着く?」
「いつか、な……」
「もうっ!全然着かないよ!」
頬を膨らませるミチルに、紗羅は小さく息をついた。
「これでも観てなさい」
ノートパソコンを開き、動画を再生する。
「わぁ」
ミチルの目が一瞬で輝きを取り戻した。
映し出されたのは、ベニが作った“タマシーランドのCM”。
どこかで見たような、しかし明らかに危険なキャラクターが、軽快な音楽に合わせて踊りながらアトラクションを紹介している。
「タマシーマウス!かわいいぃ〜」
「この曲……なんか聞き覚えが……?」
「全部アウトね……」
蒼と紗羅の反応は対照的だった。
だがミチルには関係ない。
短いCMを見終えると、再び窓の外へと視線を戻す。
その瞬間――
「あっ!なんか見えた!」
「え?」
「あら」
三人の視線の先に、巨大な城壁が現れる。
そして、その向こう。
ひときわ目を引く、西洋風の大きな城。
「わぁ〜……」
ミチルの声が、思わず漏れる。
圧倒的な存在感。
“希望の国”の象徴とも言えるその建物は、遠くからでも心を奪う輝きを放っていた。
やがてバスは城門をくぐる。
中にはまだ資材が積まれ、作業員が行き交っていた。完成にはまだ時間がかかることが一目で分かる。
「作業員の方は、こちらでお降りください」
案内の声とともに、乗客のほとんどがバスを降りていく。
残ったのは、蒼たち三人だけだった。
「本日は時間も遅いため、このままホテルへご案内いたします」
「えーっ!」
ミチルが大きな声で不満を漏らす。
「今日は下見だけだ。明日、ゆっくり見ればいい」
「うぅ〜……」
納得はしていないが、しぶしぶ座り直す。
それから十分ほど。
バスはテーマパークのすぐ横に建てられたホテルの前で止まった。
「本日はご乗車、ありがとうございました」
三人はバスを降りる。
周囲を見渡し、ベニの駒を探す――その時。
「お待ちしておりました」
聞き覚えのある声がした。
「……ママ?」
紗羅が目を見開く。
そこに立っていたのは、紗彩だった。
その隣には、ベニの駒と思われるキツネが一匹控えている。
「どうしてここに……?」
驚く紗羅に、紗彩は穏やかに微笑んだ。
「私、このホテルの支配人になったの」
「……え?」
蒼もミチルも、言葉を失う。
あの騒動から、まだそれほど時間は経っていない。
それなのに――
「ここで働く外来魂たちに、少しでも“希望”を見せたくてね」
紗彩は静かに続ける。
「まだ未完成の街。でも、だからこそ出来ることがあると思ったの」
その瞳には、迷いはなかった。
紗彩に案内され、三人はホテルのロビーへと足を踏み入れた。
「タマシーリゾートのホテルへ、ようこそ」
どこか誇らしげに言う紗彩。
「ママ、それダメなやつね」
「ダメ?」
きょとんとする紗彩だが、その口元はどこか楽しんでいるようにも見える。
(この人、絶対分かっててやってるな……)
蒼は小さくため息をついた。
「あっ、タマシーマウス!」
「げっ?」
「な……?」
三人の視線の先にいたのは、例のキャラクター。
ネズミを模した姿ではあるが、妙にスタイルが良く、スーツもビシッと決まっている。そして、その顔だけが妙にリアルで、どこか不気味さを漂わせていた。デフォルメが不足している姿をしていた。
「さっきのCM、あんなのだったか?もう少し丸かった気が……」
「……加工してたのね」
「ふふふ、“キモかわいい”ってやつかしら」
大人組の評価は散々だった。
しかし――
「わ〜い!タマシーマウスだ〜!」
ミチルは満面の笑みで駆け寄っていく。
「あれは……セーフね」
「……そうか。良かったな、ミチル」
蒼は苦笑しながら見守る。
ミチルはタマシーマウスの手を掴み、ぶんぶんと振り回す。勢い余って、マウスの頭がぐるりと回転したが、ミチルはまったく気づいていなかった。
「では、お部屋へ案内するわね」
紗彩はスタッフを呼ぶ。
近づいてきたのは、ぎこちない動きの新人らしきスタッフだった。
「こ、こちらへ……」
「あぁ。ミチル、行くぞ」
「は〜い!またね〜!」
名残惜しそうに手を振るミチル。
タマシーマウスも、少し傾いた頭のまま手を振り返していた。
エレベーターで十階へ。
案内された部屋は広く、清潔で、落ち着いた雰囲気だった。
「ごゆっくりおくつろぎください」
「ありがとう」
スタッフが去ると、三人は部屋を見て回る。
「わ〜!見て見て!あそこがタマシーランド!」
バルコニーからは、建設中のテーマパークが一望できた。
アトラクションの骨組み、ライト、遠くに見える城――
すべてがミチルの心を強く惹きつける。
「絶叫系もありそうだな」
「どうかしら。でも蒼はもう絶叫しないでしょ?」
「まぁな……」
「どこまで似せてるのかしらね」
「それが一番怖いんだよな……」
軽口を交わしながら、しばし景色を楽しむ。
その後、三人はホテルのレストランへ向かった。
そこには、色とりどりの料理が並んでいた。
「わ〜い!食べ物いっぱい!」
バイキング形式の食事に、ミチルのテンションは再び最高潮へ。
「美味しいわね」
「あぁ、種類も多いしな」
「お肉に〜、お肉に〜、お肉〜!」
好きなものを自由に選び、それぞれが食事を楽しむ。
笑顔と、穏やかな時間。
つい昨日までの騒動が嘘のようだった。
食事を終え、部屋へ戻る頃には、三人とも心地よい疲れに包まれていた。
「明日、いっぱい遊べるね」
「あぁ」
「えぇ」
期待を胸に、それぞれがベッドへと入る。
こうして夜は静かに更けていった。
そして――
タマシーランドでの“本番”の日が、幕を開ける。




