第三話 娯楽の街
朝。食事を終えた三人は、出掛ける準備をしていた。
蒼は、剣と銃とスマホを。
紗羅は、ノートパソコンとスマホを。
ミチルは、スマホを入れたショルダーバッグを。
「忘れ物はないわね」
「大丈夫だな? よし、行くか」
「おー!」
三人は家を出た。
クロがいるのは、街の中心にある大きな木――管制樹。
普段は駒のカラスを使って集めた情報を、そこで管理している。
朝の通勤ラッシュを避けて出たため、住宅地区はまだ静かだった。
「ミチル、この道知ってるよ。“しゅーかいじょー”があるの」
「猫の集会の場所か」
「へぇ。本当に集会なんかしてるんだ。私は見たことないわ」
「たくさん猫さんがいて、おしゃべりしてたの」
「未だに慣れないわ……動物が喋るの」
「クロとはよく喋るだろ?」
「最近はメッセージでね」
紗羅はそう言って、パソコンに目をやる。
蒼の知らないところで、クロから紗羅へ直接依頼が届くことも、今では珍しくなかった。
「クロも前の騒動で駒を減らしているから、仕事を振られてるんじゃないのか?」
「来てるわよ。でも、蒼だってシロの代わりに外回りしてるじゃない」
「今はどこも駒不足で、人手が足りないからな」
最近は、神の使者からの依頼が主な仕事になっていた。
歩きながら、蒼はふと思い出したように言う。
「紗羅は初めて余命力を使ったんだろ? 成長した身体は慣れたか?」
「慣れたどころか、体力がついたし、集中力も増した気がするわよ」
紗羅は、少し肩を回してみせる。
前の騒動では中学生ほどだった姿が、今では高校生くらいまで成長していた。
「その感覚は分かるな。俺は今が身体のピークだと思うくらい、動きやすい」
「ピークってことは、これから落ちていくんじゃない?」
「ま、その時はその時だ」
軽く笑う蒼に、紗羅は小さくため息をついた。
「ミチルが一番長生きするわね」
ぽつりと紗羅が言う。
余命が減り続ける青年。
現世で余命宣告を受けていた少女。
そして、現世で余命を使えなかった少女。
三人それぞれの事情が、余命力に対する考え方に、知らず知らずのうちに影響を与えていた。
ミチルはそんな空気も気にせず、前を歩いている。
「ねぇ、早く行こ〜!」
振り返って、笑う。
その無邪気な声に、二人は顔を見合わせた。
「行くか」
「ええ」
三人は再び歩き出す。
静かな住宅地区を抜け、その先にある管制樹へ向かって。
三人は、管制樹の影に入る距離まで来ていた。
管制樹は、遠くからでも見えるほどの巨大な木だ。
現世で大木になる前に伐採された魂が、余命力によって成長し続けているという。
「おっきいね〜」
ミチルが空を見上げながら、楽しそうに走り回る。
「また大きくなったか?」
「樹齢八万年って言われている木もあるらしいわね」
「は、八万……」
蒼は思わず息を呑み、見上げた。
そのとき、羽音がして――クロが姿を現す。
「何の用だ? 仕事はメッセージで送っているだろう」
(改めて思うが、カラスがどうやってメッセージを送るんだ?)
蒼は内心で首をひねる。
「仕事の話じゃないわよ」
「ミチルの本当の身体についてだ」
「あの娘の?」
クロはミチルへ視線を向けた。
その目は、ただ見るというより、見透かすような鋭さを帯びている。
「チャトが言っていたんだけど、ミチルの魂が成長してるらしいんだが……」
「ほぉ」
クロはじっとミチルを見つめる。
少しの間の後、小さく頷いた。
「確かに、初めてここで会った時より成長しているな」
「その時言ってただろ。“擬態”って。それのせいで俺たちは確かめられないんだよ」
「ミチルの意思であの姿になっているみたいだけど、元に戻る方法は知らないみたいなのよね」
「一度も見たことはないのか?」
蒼と紗羅は、わずかに視線を交わす。
「一度だけ、見たことはある」
「その時は何があった?」
「車と接触した時に、姿が変わったんだ」
「……ショックで戻ったということか」
クロは黙り込み、何かを考え込む。
そして――
「同じ状況を作れば、また元に戻るのでは?」
「バカ言うなよ!」
「バカ言わないでよ!」
二人の声が重なった。
「そんな危険な目に、ミチルを遭わせられるわけがないだろ!」
蒼の声には、はっきりと怒りが滲んでいた。
「そう慌てるな」
クロは落ち着いた口調で言う。
ミチルは遠くで走り回っている。
「ちょうどいいタイミングだ。お前たちにも頼むとしよう」
「……何の話だ?」
蒼が睨むように問う。
クロは羽を軽く震わせ、続けた。
「前回の外来魂の件も関係していることだが、この魂楽界も魂が増えてきた」
東の地方街での任務――あの騒動のことだ。
「結果的に事故は起きてしまったが、実は新たな受け皿として、一つ街を作っていたんだ」
「新しい街を?」
「外来魂が働く場所をな。今回の街は――娯楽の街だ」
「娯楽の街?」
「あぁ。ベニに任せている。詳しくはあいつに聞け。“例の件”と言えば分かる」
神の使者であるキツネのベニ。
契約や取引を担う存在だ。
蒼は眉をひそめる。
「厄介事じゃないだろうな?」
「それは後のお楽しみだ」
クロのクチバシが、わずかに歪む。
笑っている――ように見えた。
その不気味な気配に、蒼と紗羅は言葉を失う。
ミチルだけが、事情も知らずに木の周りを走っている。
巨大な管制樹の影の中で。
新たな“厄介事”の気配が、静かに広がっていた。
蒼と紗羅とミチルは、ベニと話をするために東の城門へと向かっていた。
新しい街は、中央街と東の地方街のちょうど中間あたりに建設されているらしい。
ベニは今、作業員たちを次々と送り込み、娯楽の街の完成を急いでいるという。
「新しい街なんか作ってたんだな」
「新しい街?」
ミチルがすぐに食いついてくる。
「私は少し情報が集まってたから知ってはいたけれど、まさか娯楽の街とはね」
紗羅は淡々と言うが、その目はどこか興味を帯びていた。
「ゴラクってな〜に?」
「遊ぶ場所がたくさんある街のことだな」
「えっ? 遊ぶ場所? えーっ!」
ミチルの目が一気に輝く。
「ミチルが遊べる場所も作ってるのかな?」
「レジャー施設やテーマパークをメインに作っているらしいけどね」
その言葉に、ミチルはますます期待に胸を膨らませる。
三人はそんな会話をしながら歩き続け――やがて、東の城門が視界に入ってきた。
門の前には、何台ものバス。
作業員たちが順番に乗り込んでいく。
満員になると、一台、また一台と発車し、門の外へと消えていった。
その中心にいたのは――
「ベニ!」
「蒼たちか。何だ? 俺からの依頼は今はないぞ」
キツネの姿をした神の使者、ベニ。
忙しさを隠そうともせず、尻尾を地面に打ちつけている。
「俺たちはクロに言われてきたんだよ」
「クロに?」
「あぁ。“例の件”って言えば分かるって言われたぞ」
ベニは一瞬だけ動きを止め、考え込む。
そして、何かを思い出したように目を細めた。
「あぁ……“例の件”か。確かに蒼なら安心だが……」
「何だよ。やっぱり厄介事か?」
「いや、逆だよ」
ベニは肩をすくめる。
「今、クロもシロも忙しいだろ? お前たちまでフル稼働しているくらいだ。だから、この件にお前たちを使わないと思っていたが……」
「私はクロの仕事が溜まっているわね」
「俺もシロの仕事は多いな」
ここ最近、二人とも依頼続きだった。
こうしてまとまった時間を動けるのは、久しぶりでもある。
「で、何だよ。“例の件”ってのは」
蒼が本題を促す。
ベニはニヤリと笑った。
「あぁ。テーマパークのアトラクションに、オープン前の試乗を頼みたいんだ」
「アトラクション?」
「あぁ。“タマシーランド”のな」
一瞬、空気が止まる。
「タマシーランド!?」
三人の声が、ぴたりと重なった。




