マウント一寸法師、ギャルになる
「のりのり、ちょっと相談室来て~」
放課後、担任の打出先生は、寸山法子さんを呼びました。
先生は若手の男性英語教師です。今日は派手なアロハシャツに金ネックレスという出で立ちで、茶髪メッシュの髪が蛍光灯の下でキラキラしています。
法子さんは黙って荷物をまとめました。どうせまた「友達を作れ」とかいう説教だろう。そう思うと苛立ちました。
相談室に入ると、打出先生は椅子を逆向きに座ってもたれかかりました。
「のりのり、お前今日も一人で弁当食ってたじゃん。切なくね?」
「別に。一人の方が気楽ですから」
法子さんは腕組みをして椅子に座りました。机の上に筆箱を置きます。針のように細いシャーペン、小さな定規、ミニサイズの付箋。全てが完璧に整理されています。
「のりのり、態度はでかいのに持ち物はかわいいのな」
法子さんの手が止まりました。
「今日のテスト、出来がよくて喜んでる奴に『私の方が点数高いから』ってマウント取ってたじゃん。あれじゃ嫌われちゃうよ?」
法子さんは、顔が熱くなるのを感じました。
「何が悪いんですか。私の成績はクラストップですけど」
「成績はね。でもお前、周り見えてる? みんなお前のこと『あの子、なんで一人であんな必死なの?』って思ってるよ」
「私は必死なんかじゃありません! ただ、レベルの低い人たちに合わせる必要がないと言ってるだけです!」
法子さんは、傍目に見ても必死でした。実は、法子さんのマウント癖は、幼少時からの筋金入りでした。
『わたし、ひらがなよめるんだよ』
『そんなのふつーでしょ。わたしはまえからよめるし』
『○○君は姿勢がいいね』
『姿勢しかほめるとこがないなんてかわいそう』
『そんなことも知らないの?』
『だからあなたはダメなんだよ』
『こんなの簡単にできる』
法子さんはずっとこの調子なので、友達ができませんでした。中学1年生になった今は、特に成績面でのマウントが目立つようになりました。
法子さんは頭が良く、努力家なのですが、心の底では自分に自信が持てないようでした。
打出先生は少し考えてから、スマホを取り出して画面を見せました。真面目そうな黒髪の少年が写っています。この制服は、県内トップの進学校のものです。
「これ、高一の時」
「...誰ですか」
「俺だって! 当時、学年五位でさ。マジで調子乗っててさ。『俺の勉強法最強』『お前らバカじゃん』とか言いまくってた。完全にマウントゴリラ」
「でも、高校から勉強始めた天才達にどんどん抜かれて、成績ガタ落ち。誰も俺に話しかけなくなった。マジで。便所飯デビュー」
「自業自得ですね」
「そのとーり! でもさ、本当にヤバかったのは、勉強が好きだったわけじゃなくて、皆に認められたかったんだって気づいたこと」
打出先生は真面目な顔になりました。
「お前、ちゃんと褒められてるか?」
法子さんは息が詰まりました。
そして、長い沈黙の後、弱々しい声で言いました。
「…それくらいで偉そうにするな。お兄ちゃんはもっとできた。お前には無理だ」
法子さんの声が震えます。お父さんも、お母さんも、お兄ちゃんも褒めてはくれませんでした。
「あ〜...」
打出先生は納得したように眉をひそめました。そして、先生は立ち上がり、ホワイトボードを引っ張り出しました。
「よっしゃ! じゃあ今から『打出のギャル男講座』、始めるぞ!」
「...何ですかそれ」
「お前、今『ちっちゃい自分』を隠そうとしてるじゃん。でもさ、隠すんじゃなくて、その『等身大の自分』を武器にすんのよ!」
打出先生はボードに「ちっちゃい=悪い」と書いて大きくバツをつけました。
「戦うんだよ。お前サイズの武器で。んで、友達100人作って、認めてもらえるお前になる。そしたら自信がつく。そして、友達作るにはギャルが一番だ!」
法子さんは、先生のギャル理論に圧倒されています。
「例えばさ、お前、本読むの好きじゃん?」
「...はい」
「じゃあ明日、クラスの誰かに『この本、面白かったから貸すね』って言ってみ。『私が読めたんだからあなたも読めるでしょ?』とか言うなよ?『私、これ好きなんだ』って」
「そんなの...」
「やってみなきゃ分かんなくね? でもその前に、特訓な!」
打出先生は急に声色を変えて女子っぽい仕草をしました。
「あ〜寸山さんだぁ。どおしたの〜?」
法子さんは思わず吹き出しました。
「笑った! 今の笑顔、超いいじゃん! じゃあ続けて、お前から話しかけてみ」
「あの...この本、もし興味があれば読んでいただけますか」
「『いただけますか』って、面接かよ!『これ面白かったから、良かったら読んでみて』。もっとカジュアルに!」
「これ、面白かったから、良かったら読んでみて」
「いいね~最っ高!!次! 『相手を褒める・認める特訓』いくぞ!」
打出先生はホワイトボードに「褒めポイント発見術」と書きました。
「人間関係の極意ってさ、『お前すごいね』って伝えることなんだよ。マウントの逆。相手のいいとこ見つけ!」
「でも、何を褒めれば...」
「何でもいいんだよ! 『その消しゴム可愛いね』『髪型変えた? 似合ってる』。小っちゃいことでいいの! じゃあ練習。俺のいいとこ、一個言ってみ」
法子さんはしばらく考えました。
「...先生は、生徒を見捨てないところが、すごいと思います」
打出先生は照れくさそうに笑いました。
「おお...マジか。ありがとな。めっちゃ嬉しいわ」
「本当に嬉しいんですか?」
「当たり前じゃん! 褒められて嬉しくない人間いないって! じゃあ次、俺がお前褒めるから反応して」
「はい」
「のりのり、お前マジで本詳しいよな! いつも難しい本読んでて尊敬するわ〜」
「え、あの...それは...」
「『ありがとう』だけでいいの! 素直に『うれし~読むの好きなんだ』って言えばいい」
法子さんはもう一度やり直しました。
「ありがと...好きなんだよね」
「いいね! そのノリ! あとさ、会話のテンポも大事。『マジで?』『すごいね!』『わかる〜』この三種の神器覚えとけ」
法子さんは真面目にメモを取り始めました。
「じゃあ実践! 俺が『昨日のテスト難しかったよね』って言うから、反応して」
「わかる〜...難しかった、よね」
「惜しい! もっとノリよく! 『わかる〜!』」
「わかる〜!」
「そうそう! 『激ムズっしょ!』」
「激ムズっしょ!」
「『やばくない!?』」
「やばくない!?」
法子さんは笑顔になっていました。
「完璧! のりのり、才能あるわ!」
翌日の休み時間。法子さんは意を決してクラスの女子に話しかけました。
「あの、美咲さん」
美咲さんは驚いて振り向きました。
「本、好きだよね。この本、すごく面白かったから...良かったら読んでみて?」
「え、ありがとう...! 寸山さんから話しかけてくれるなんて、珍しいね」
法子さんは昨日の特訓を思い出しました。
「あ、その髪留め...可愛いね」
美咲さんは目を丸くしました。
「え!? ありがとう! 昨日買ったんだ! 寸山さん、そういうこと言うんだ...?」
美咲さんの隣にいた優香さんが会話に入ってきました。
「寸山さん、その本何?」
「ミステリーなんだけど...優香さん、ミステリー好き?」
「好き好き! 面白いの?」
法子さんは特訓どおりに話してみました。
「マジで面白いよ! ラストがやばくて!」
美咲さんと優香さんは顔を見合わせました。
「寸山さん...なんか、キャラ変わった?」
「え...変、かな?」
「いや! いい意味で! なんか親しみやすい!」
昼休み。美咲さんが声をかけてきました。
「ねえ、寸山さん、一緒に食べない?」
法子さんは驚いて顔を上げました。美咲さんと優香さん、それに他の女子二人が立っています。
「え...いいの?」
「当たり前じゃん! おいでおいで!」
法子さんは緊張しながら彼女たちのグループに加わりました。
「寸山さんって、いつも難しそうな本読んでるよね。すごいと思ってた」
法子さんは素直に受け取ります。
「ありがとう...! 好きなんだよね、読むの」
「私も本好きだけど、寸山さんみたいに難しいのは読めないな〜」
法子さんは一瞬「それは読解力が...」と言いかけて、打出先生の言葉を思い出しました。
「私も最初は難しかったよ。でも、美咲さん、昨日の国語の授業の発表すごく良かったよね!」
美咲さんは嬉しそうに笑いました。
「え、本当? ありがとう!」
「寸山さん、なんか今日いい感じだね。どうしたの?」
「えっと...先生に、特訓されて」
「特訓? ギャル男先生に?」
「うん...『マジで』とか『やばい』とか、いっぱい練習させられた」
女子たちは爆笑しました。
「それで急にキャラ変わったんだ! ギャル男先生のチャラさが伝染したんだね!」
「伝染...そうかも」
「でもさ、寸山さん、今の方がいいよ。前は話しかけにくかったけど、今は親しみやすい」
法子さんの胸が温かくなりました。
数週間後。
「この本マジでやばかったから、次貸すわ!」
法子さんは美咲さんたちと笑い合っていました。
「のりのり、すっかりチャラくなったね」
「え、きもい?」
「いや、いい意味で! 前より全然話しやすい!」
授業開始のチャイムが鳴りました。打出先生が教室に入ってきます。
「は〜い、みんな席着いて〜ヒーウィゴ~!」
放課後、法子さんは打出先生に話しかけました。
「先生!」
「おお、のりのり! 今日もエモかったな、お前」
「まじそれ! 美咲たちと超盛り上がったし!」
打出先生は大笑いしました。
「完全にギャルじゃん!」
「先生のせいっしょ! でもさ、マジ感謝してる」
法子さんは打出先生と向き合って座りました。もう緊張はありません。
「戦えたじゃん、お前」
「うん。ちっちゃい武器だけど、これが私のサイズなんだなって」
法子さんは笑いました。
「先生、来週カラオケ行くことになったんだけどさ」
「おお、ついに!」
「打出先生のおすすめ、教えてくんない?」
「マジで!? いいよいいよ! 俺のテッパンリスト教えるわ!」
二人は対等に、友達のように笑い合いました。




