最弱リーダー 桃太郎
「では、開票します」
担任の先生の声に、桃田君は思わずドキドキしました。
文化祭のクラス企画リーダーを決める投票です。先ほど桃田君は、投票用紙に子供らしい字で「雉野」と書きました。
雉野つばささんは幼稚園からの幼なじみで、しっかり者の女の子です。
実のところ、桃田君は、幼い頃から高校2年生の今まで、雉野さんに世話を焼いてもらうのが常でした。
お遊戯の輪に入れずに泣いた時も、給食が食べられなくて泣いた時も、数学がさっぱり分からなくて泣きそうな時も、雉野さんは、小言を言いながら手をさしのべてくれました。
二人がほとんど毎年同じクラスだったのは、大人たちの配慮なのかもしれません。
桃田君がこの高校になんとか合格したのも、雉野さんによる熱心な学習指導の賜物なのでした。
学級委員、部長、生徒会役員、様々なリーダーシップを発揮してきた彼女です。これ以上の適任者はいないでしょう。
桃田君は、そう確信していました。
「桃田、15票。雉野、14票、佐藤、5票…」
僅差に教室がざわめきました。
「え...嘘...」
桃田君は声が裏返りました。顔は真っ青です。隣の席の雉野さんの表情が一瞬、こわばりました。しかしすぐに、いつもの微笑みを浮かべました。
「大丈夫、私がサポートするから」
担任の先生が「桃田、頼んだぞ」と言うと、クラスから拍手が起きます。
桃田君は顔を真っ赤にして、蚊の鳴くような声で答えました。
「が、頑張ります...」
企画内容はすでに決まっていました。「鬼ヶ島~最後の47日間~」教室を鬼の棲む島に見立て、来場者が勇者となって鬼を退治する体験型アトラクションです。凝った企画だけに、リーダーの負担は重いものでした。
放課後、桃田君は雉野さんに縋るように頼みました。
「ね、ねぇ、つばさちゃん、やっぱり君がリーダーやってくれないかな...僕なんかじゃ絶対無理だから...」
雉野さんは微かに眉をひそめましたが、すぐにいつもの「お世話係」の顔に戻ります。
「投票結果は投票結果でしょ。それに、あなたには私がいるから大丈夫よ」
心の中で雉野さんは思います。
(結局、私がフォローすることになるんだから)
さて、主担当による企画会議の日。桃田君は資料を何度も落とし、冷や汗をかきながら司会を務めました。
「あの...その...えっと...まず、鬼ヶ島の...」
「聞こえないよー」
見かねた雉野さんが立ち上がります。
「まず予算配分から決めましょう。鬼の衣装に五千円、大道具に一万五千円、照明音響に五千円。私が叩き台を作ってきたから」
「おう、いいね!」
体育会系の犬養君が拳を振り上げます。
「さすが雉野ちゃん〜、話が早い!」
ギャル系の猿山さんも賛同します。
桃田君は小さくなって「う、うん...それで...お願いします」とだけ言いました。
『僕、いらないじゃん…』
雉野さんは密かに溜息をつきますが、満更でもなさそうです。
『やっぱり私がいないとダメじゃない』
数日後、準備作業が本格化しました。ところが、雉野さんが作成した詳細な作業指示書を見て、犬養君が爆発しました。
「細かすぎて全然わかんねぇ!『鬼の角は15度の傾斜で』とか『壁面の塗装は3回重ね塗り』とか、もっとシンプルにしてくれよ!」
雉野さんは譲りません。
「この通りにやらないと仕上がりが汚くなるでしょ!中途半端な鬼ヶ島なんて、誰も楽しめないわ」
「でも俺たち、そこまでできねぇって!」
「まあまあ、二人とも〜」
猿山さんがへらへらと宥めますが、雉野さんは「中途半端じゃ意味がない」と突っぱねました。
その時、桃田君がおどおどと声をかけました。
「あ、あの...ちょっと、休憩、しない?」
「それがいいかも!みんな疲れてるし」
猿山さんが賛同しました。
「ああ、俺も頭パンクしそうだわ」
犬養君は席を立ちました。
雉野さんは不満顔でしたが、桃田君が「つばさちゃん...少しだけ」と泣きそうな顔をするので、渋々了承しました。昔から、桃田君の泣き顔には弱いのです。
休憩時間。桃田君は保温ポットから麦茶を注ぎ、風呂敷包みからきびだんごを取り出しました。
「あの...これ、おばあちゃんが作ってくれたきびだんご。よかったら」
最初は気まずい空気でしたが、甘いきびだんごを食べながら、少しずつ場が和んでいきます。
「このきびだんご、めっちゃうまいじゃん!」
犬養君が頬張ります。
「ほんと!もちもちで優しい甘さ〜」
猿山さんも笑顔になります。
雉野さんも一口食べて、昔馴染みの味に、表情が柔らかくなりました。その様子を見て、桃田君はほっとしました。
桃田君は考えました。自分はリーダーなのに、何もできていないと。
そして、自分にできることを探すために、まずは一人ひとりと、ちゃんと話してみようと。
翌日、放課後の教室。桃田君は犬養君を呼び出しました。
「あの...犬養君、昨日は...ごめん」
机の上には、例の麦茶ときびだんごです。
「ああ、いや桃田は悪くねぇよ」
犬養君はきびだんごを頬張りながら言いました。
「俺、細かい作業とか苦手でさ。数字見るだけで頭痛くなるんだよ。でもな、力仕事なら任せてくれよ!大道具とかデカいもの作るの大好きなんだ」
桃田君は頷きます。
「力仕事が好きか…いいなあ、かっこいい…。じゃあ、大道具チームのリーダー、やってもらえないかな」
「おう!それなら任せろ!」
犬養君は照れながら答えました。
その翌日、購買部前のベンチ。猿山さんはきびだんごをつまみながら話しました。
「桃ちゃんさ、結構気遣い屋さんだよね〜。このきびだんご作戦も、みんなの空気を和らげようとしてるでしょ?」
「作戦なんて…僕、他に何もできないから」
頬を赤らめる桃田君を見て、猿山さんは目を細めました。
「かわい~☆そういうとこ、クラスのみんなも票を入れたくなったんじゃん?」
「猿山さんこそ、友達たくさんで人気者だよね」
「まあね~、あたしね、人と話すの好きだから、広報とか他のクラスとの連携とか得意だよ!」
「他クラスまで...さすが猿山さん。僕には絶対できない…」
桃田君は羨望の眼差しを向けました。
「えへへ!あたしに任せて!SNSでバズらせて、鬼ヶ島に行列作っちゃうから!」
猿山さんは嬉しそうに宣言しました。
そして、さらに翌日。夕暮れの教室で、桃田君と雉野さんは二人きりになりました。
桃田君はいつものように麦茶ときびだんごを出します。雉野さんは少し疲れた表情で座りました。
「...あなた、メンバーと個別に話してるんでしょ」
「うん。みんな、それぞれ得意なことがあってすごいんだ。僕の出る幕ないって言うか…」
沈黙が流れます。雉野さんがきびだんごを一口食べて、ぽつりと言いました。
「私、間違ってた?…私には任せられない?」
想定外の言葉に、桃田君は驚きました。
「え、どうして!?間違ってるなんて…つばさちゃんの企画書、完璧じゃない」
しかし、雉野さんの表情は晴れません。彼女は自分の暗い感情に気づいていました。桃田君が自分以外のメンバーと信頼関係を築いている。それが、悔しくてたまらないのです。そして、何より…
「...ごめん。私、桃田のこと、見下してた」
「え?」
「あなたを、私がいないとダメな子だって決めつけてた、ずっと。でも...あなたは、ちゃんとみんなの話を聞いて、それぞれの良さを見つけてる。私にはできないことを...友達を見下していた上に、嫉妬するなんて、私、最低だ」
雉野さんは俯きます。自己嫌悪と、桃田君への複雑な感情が混ざり合っていました。
桃田君は小さな声で言いました。
「僕、つばさちゃんに投票したんだ」
「…うん」
「でも、つばさちゃんの名前を書きながら、自分が情けなくて、悔しかった。今までも、ずっとそうだった」
「え…」
「だって、つばさちゃんは完璧だから。はっきり意見を言えるし、決断も早い。僕にはない、全部を持ってる。見下してたっていうけど、僕の無能さは事実だ...ずっと羨ましかった」
雉野さんは顔を上げます。
桃田君は続けます。
「でも、僕がリーダーになっちゃった。僕は絶対につばさちゃんみたいにはできない。だから、必死に考えたんだ。そしたら気づいたんだ、僕にしかできないこと。僕は弱いリーダーとして、みんなを頼る。みんなの強さを信じる。」
「弱いリーダー?」
「僕には何もできない。だから、人のすごさが誰よりも分かるんだ。みんなが力を発揮できるように場を整えるのが、僕にできることかなって」
雉野さんは、自分の弱さを恐れていました。それに対して桃田君は、自分の弱さを正面から受け止めて、武器に変えていたのです。
雉野さんは、意外な桃田君の強みに言葉を失いました。
「つばさちゃんの完璧主義も、大事な要素なんだ。だから、企画の質を守る責任者になってもらえないかな。全体の仕上がりをチェックする、品質管理の責任者。僕には、それができないから...」
雉野さんはきびだんごをもう一口食べて、小さく笑いました。
「...分かった。私に任せなさい!」
翌日の会議。桃田君は震える声で提案しました。
「みんな、得意なことがバラバラで...それを活かせてなかったんじゃないかって...」
メンバーが注目する中、桃田君は続けます。
「つばさちゃんには、企画の質を守る責任者になってほしい。全体の仕上がりを俯瞰的にチェックしてほしいんだ。犬養君は、大道具のリーダー。運動部員を中心に、大物をお願いします。猿山さんは広報と渉外。他のクラスとの連携と、SNS運営を任せたい」
「じゃあ、桃ちゃんは?」
猿山さんが聞きました。
「僕は...みんなの相談に乗ったり、あと、お茶ときびだんご出したり...」
犬養君が笑いました。
「それ、めっちゃ大事じゃん!桃田がいると、なんか安心すんだよな」
「桃ちゃんて、人の話ちゃんと聞いてくれるもんね~それってリーダーぽいかも」
「...あなたらしい、リーダーシップね」
それから準備は加速しました。犬養君が中心となって作った鬼ヶ島の岩山は迫力満点。猿山さんのSNS戦略で、他クラスの生徒たちも興味津々。雉野さんが細部までチェックした結果、照明と音響の完成度は高く、まるで本当の鬼ヶ島のようでした。
そして桃田君は、メンバーが困った時にきびだんごと麦茶を出し、話を聞き、調整します。弱さを抱えたまま、信頼されるリーダーとして。
「鬼ヶ島」は大成功でした。来場者は長蛇の列。子供たちも大人たちも夢中になりました。
「すげぇ!本当に鬼がいるみたい!」
「この岩山、クオリティ高すぎ!」
閉会式で、校長が「特に完成度の高かった企画」として、彼らのクラスを表彰しました。
その放課後。担任の先生が桃田君を呼び止めました。
「桃田、少しいいか」
職員室で、担任の先生は穏やかな表情で言いました。
「今回リーダーになってみて、どうだった?」
「正直、手探りでした。僕みたいなリーダー、見たこともないし…」
「そうだな。お前は“ロールモデル”となったんだ」
「ロールモデル?」
「新しいリーダーのお手本だ」
担任の先生は感心したように頷きます。
「今回、雉野はサポート役に回ること、桃田はリーダーになることで、お互いに成長した。そして、その姿を見た奴らにも気づきがあったはずだ。強いリーダーばかりが正解じゃない。弱さを自覚しているリーダーも必要なんだ。第一、雉野を使いこなせるなんて、お前くらいのもんだ。」
褒めちぎる先生に、桃田君は戸惑います。
「社会に出たら、色んな組織に出会う。トップダウンで進む組織もあれば、メンバーの自主性を重んじる組織もある。色々なリーダーシップもあるってことを、高校生のうちに学んでほしかったんだよ」
桃田君は驚きました。先生たちにとっては、文化祭は生徒の成長を促すための教材なのでした。
「先生...」
「文化祭、成功したな。おまえは立派にリーダーをやり遂げた。自信を持っていい」
担任の先生の言葉に、桃田君は深く頷きました。
「だから、雉野の話も考えてやってくれ」
「え?」
翌朝、教室で桃田君は、雉野さんに哀願していました。
「む、無理だよ、生徒会長なんて!」
「私の完璧さを生かすには、あなたが会長になるのが一番いいの。私が副会長としてサポートするから立候補しなさい!」
二人のやりとりを可笑しそうに見ていた猿山さんは、雉野さんに耳打ちしました。
「雉野ちゃん、お願いするなら、桃ちゃんにご褒美用意しないと~」
「ご褒美…そうね、何がいいのかしら?」
「桃ちゃん、生徒会長になったら、雉野ちゃんがデートしてくれるって☆」
「ちょっと!勝手に…」
「本当?じゃあ、頑張る…」
素直な桃田君の反応に、雉野さんは言葉に詰まりましたが、やがて小さく呟きました。
「…当選したらね」
文化祭を通して、長年続いた二人の関係性にも、変化が訪れているようでした。




