ベスト・キッド ~澄羽子、教育相談を学ぶ~
これは、今から二十数年前のお話です。
県立高校の新任教師として着任した池野澄羽子さんは、職員室の周囲の教師たちが談笑する中、黙々と仕事をしていました。
「池野先生、昨日のテレビ見た?」
隣の席の女性教師が話しかけてきましたが、澄羽子さんはテレビを見ないため、無表情のまま「いえ」と首を横に振りました。会話はそこで途切れました。
仕事はできます。授業も滞りなく進められます。進学校と名門大学を卒業しただけあって、知識も豊富です。
しかし、表情が乏しく、正論ばかり述べる澄羽子さんを、同僚教師たちは次第に敬遠し始めていました。
「池野先生ってさ、なんか近寄りがたいのよね」
廊下で、そんな声が聞こえてきますが、澄羽子さんは気にしませんでした。子供の頃から、もう慣れたものでした。
「池野先生さ、もうちょっと愛想よくできないの?」
ある日、ベテランの男性教師が言いました。そして何の躊躇もなく、澄羽子さんの尻を鷲掴みにしました。時代はまだ、そうしたことが横行していた頃でした。
澄羽子さんは冷静に手を払い、「業務に支障をきたします」とだけ言いました。男性教師は気まずそうに笑いましたが、周囲の空気はさらに冷たくなりました。
怒りという感情が希薄な澄羽子さんは、ただ淡々と対応します。しかし、無意識下に、ストレスは蓄積していきました。
その様子を、社会科の宮城先生がじっと見ていました。今年で定年を迎える宮城先生は、長年教育相談を担当してきたベテラン教師です。ただ、当時の教育相談は花形の仕事ではなく、むしろ閑職として扱われ、その存在感は薄いものでした。
ある夜、携帯電話が鳴りました。
「澄羽子、元気?」
恋人の阿比留玲王君からでした。もう、7年来の付き合いになります。玲王君は工業高校から大手の企業に就職し、社会人サッカーの選手として華々しく活躍しています。
恋愛感情も弱い澄羽子さんですが、友人のひとりもいない彼女にとって、彼はそばにいてくれる、唯一無二の大切な存在です。その明るい声に、澄羽子さんは少しだけ緊張が解けました。
「うん、元気」
そう言うものの、声に張りがありません。
「なんか疲れてそうだけど……本当に大丈夫?」
「うん、問題ない」
玲王君は心配そうでしたが、澄羽子さんはそれ以上語りませんでした。人の気持ちも自分の気持ちもよく分からない澄羽子さんにとって、「辛い」という感情を言葉にすることは困難でした。
職員室では、澄羽子さんへの風当たりが強くなっていきました。昔からそうでした。彼女に悪意はないのですが、誤解されやすく、人間関係がうまく築けないのです。超然として見える澄羽子さんは、次第に孤立していきました。
宮城先生は、そんな澄羽子さんを心配そうに見守っていました。
六月のある日、澄羽子さんは教育相談室に呼ばれました。
「池野先生、ちょっと同席してもらえますか」
宮城先生が穏やかに言いました。遅刻欠席の多い三年生の男子生徒が、池野先生がいるなら話すと言っているというのです。
相談室には養護教諭もいました。生徒は俯いていましたが、澄羽子さんが入ってくると顔を上げました。
「池野先生、実は……」
生徒が語ったのは、障害のある弟と母親の諍いでした。毎朝のように揉め、自分が仲裁に入るのだけれど、双方が自分の味方になってほしいと訴える。決着がつかず、一日中相手をすることもあるというのです。
「それで学校に来られないんです……」
養護教諭が優しく頷きました。
「それは大変だったね。家族の諍いを見るのはつらいことだよね――」
「時間の無駄ですね」
澄羽子さんは無表情のまま、きっぱりと言いました。養護教諭が息を呑みます。
「どうせ決着がつかないなら、君が介入する意味はありません。さっさと学校に来て、自分の人生を生きるべきです。母親と弟の問題は、母親と弟が解決すべき問題であって、君の問題ではありません」
養護教諭が思わず澄羽子さんを咎めようとした瞬間、生徒が大笑いしました。
「そうか! そうですよね! 俺、自分がなんとかしなきゃって思い込んでたんだ。池野先生に話してよかった!」
宮城先生は、興味深そうにこの光景を眺めていました。
生徒が帰った後、養護教諭が苦笑しながら言いました。
「実は池野先生、生徒たちには人気があるんですよ。冷たく見えるけど、絶対に怒らないし、偏見がなくて純粋で。頭もいいし、ユニークだから」
「なるほど」
宮城先生は微笑みました。
「それにしても、池野先生、『結局あの生徒は誰なんですか』って…自分が副担任をしている生徒の顔も覚えていないなんて…」
養護教諭は溜め息をつきましたが、宮城先生はますます目を輝かせました。
「しかし、結果、あの生徒は元気を取り戻しました。本当に、教育相談って面白いですよね」
宮城先生には確信がありました。抜群の論理的思考力、偏見のない視点、斬新な発想。この嫌われ者こそ、自分が探していた後継者かもしれない、と。
その日から、宮城先生は澄羽子さんに近づきました。
「池野先生、ちょっとお時間ありますか」
放課後、宮城先生は澄羽子さんを相談室に誘いました。そして、カウンセリングの基礎、傾聴の技術、生徒理解の方法を教え始めたのです。
表向きは進路指導部に所属する澄羽子さんでしたが、こっそりと教育相談のノウハウを叩き込まれていきました。
澄羽子さんは貪欲に知識を吸収しました。論理的思考力と好奇心に優れる彼女にとって、心理学の体系は魅力的なパズルでした。発達心理学、認知行動療法、家族システム論――新しい知識が次々と頭に入ってきます。
「教育相談って、面白いでしょ」
それが宮城先生の口癖でした。確かに、面白いと思いました。
しかし宮城先生が教えたのは、それだけではありませんでした。
「はい、笑って。口角を上げる。そう」
「世間話というのは、天気から入るものです。『今日は暑いですね』、はい、言ってみて」
「今日は暑いですね」
「……もうちょっと感情を込めて」
澄羽子さんは首を傾げました。
「宮城先生、これが何の役に立つんですか」
「ワックス・オン、ワックス・オフ」
宮城先生は謎めいた笑みを浮かべました。
「…ベスト・キッドですか?」
「今は分からなくていい。ただ、やってみなさい。信じて、続けなさい。バランスが大事なんです。何事もね」
澄羽子さんはますます不思議に思いましたが、宮城先生の言葉に従いました。
笑顔の作り方、振る舞い、間の取り方、世間話の仕方。一見、教育相談とは関係のないようなトレーニングが続きます。
夏休みも、宮城先生の特訓は続きました。澄羽子さんは怪訝な顔をしながらも、素直に課題に取り組みました。
「池野先生、人は一人では生きていけません。特に学校という組織では、味方が必要です」
「味方、ですか」
「そう。あなたには、チームで動く力が必要になる。そのためには、人との関わり方を学ばなければならない」
宮城先生の言葉は、いつも穏やかでしたが、芯の強さを感じさせました。
澄羽子さんは水面下で教育相談の実践経験を積んでいきました。生徒との面談、保護者対応、ケース会議への参加。宮城先生の指導のもと、着実に力をつけていったのです。
さて、二学期が終わる頃、変化が起きていました。
「池野先生って、かなり変わってるけど、実はいい子なのよね」
職員室で、先輩教師たちが澄羽子さんを見る目が変わっていました。宮城先生の根回しもあったのでしょう。「池野先生は不器用だけど、真面目で熱心だ」という評価が広まっていました。
澄羽子さんは相変わらず無表情でしたが、適切なタイミングで世間話ができるようになっていました。「今日は寒いですね」「お疲れ様です」――そういった何気ない言葉が、人間関係の潤滑油になることを、澄羽子さんは学んでいたのです。
人々は彼女の不器用さを「純粋さ」として受け入れ始めていました。「かなり、相当、変わってるけど、実はピュアないい子」――そんな評価が定着していきました。
十二月、澄羽子さんは宮城先生に言いました。
「来年度は、相談部を希望します。引き続き、宮城先生のもとで学びたいです」
宮城先生は穏やかに微笑みました。
「私は三月で定年退職するんですよ」
「…でも、再任用とか」
「色々あってね」
それ以上は語りませんでした。澄羽子さんは残念に思いましたが、それ以上追及することはしませんでした。
年が明け、三学期が始まりました。澄羽子さんは教育相談の仕事にさらに深く関わるようになっていました。宮城先生がいなくなる前に、できるだけ多くのことを学びたいと思っていたのです。
しかし、三学期が始まって間もなく、宮城先生は入院しました。
「体調を崩されたそうです」
校長からの説明は、それだけでした。
二月、訃報が届きました。
宮城先生は末期ガンでした。
すべてを知っていて、最期の時間を澄羽子さんの指導に費やしていたのです。
葬儀の日、宮城先生の娘さんが澄羽子さんに封筒を手渡しました。
「父が、池野先生にと」
自宅に戻り、澄羽子さんは手紙を開きました。几帳面な字で、びっしりと文字が綴られていました。
『池野澄羽子先生
私の病気を知って驚かれたことでしょう。実は、余命を告げられてからずっと、教育相談の後継者を探していました。
近い将来、教育相談は学校の中心的な役割を担うようになります。今はなかなか日の目を浴びていませんが、子どもたちの多様性が認められ、個別の支援が求められる時代が必ず来ます。その時に備えて、あなたは力をつける必要があります。
同封した資料に、心理職や特別支援教育の資格取得方法を詳しく記しました。臨床心理士、公認心理師、特別支援学校免許――これらの資格を取得し、専門性と説得力を身につけなさい。資格があっても目・耳・頭の代わりにはなりません。しかし、資格があれば、あなたの言葉に耳を傾ける大人が増えるはずです。
忘れないでください。あなたには味方が必要です。チームワークこそが、教育を変える力となります。私が教えた振る舞いは、あなたが孤立しないための道具です。使ってください。居場所を作り、味方を増やしなさい。
あなたには、教育界のトリックスターになる素質があります。凝り固まった社会を掻き回して、子どもたちの未来に繋げなさい。
最期にあなたのような救世主に出会えた奇跡に感謝します――教育相談は、本当に面白い』
読みながら、澄羽子さんの目から、生まれて初めてといっていいほどの涙が溢れました。
胸が締め付けられ、息ができなくなるほど泣きました。感情というものがよく分からなかった澄羽子さんが、初めて心を激しく揺さぶられた瞬間でした。
宮城先生は、自分の命が尽きようとする中で、澄羽子さんが生き延びるための道具を、一つ一つ丁寧に手渡してくれていたのでした。
宮城先生の信念を、必ず継ぐ。
澄羽子さんは、固く決意しました。
三月、春の陽気の中、澄羽子さんは玲王君とひさしぶりに公園でデートしていました。
「玲王君、元気だった?今日はいい天気で嬉しいね」
玲王君は、最近、澄羽子さんが自分を気遣ったり、他愛のない会話ができるようになったことが好ましい反面、複雑な思いを抱いていました。なぜか、澄羽子さんが、自分の知らないどこかへ行ってしまうような不安に駆られるのです。しかし、そんな気持ちを振り払い、明るく答えました。
「お前も元気になったみたいでよかった。悩み事はなくなったのか?」
「それが…困ってることがある」
「何?」
「最近よく合コンに誘われるんだけど、行きたくなくて」
澄羽子さんがため息混じりに悩みを打ち明けました。
「ご、合コン!?」
想定外の悩みでした。出会って以来、今まで全く男の気配がなかった澄羽子さんです。玲王君は衝撃を受けました。
「男女のやりとりが面倒くさくて。恋人がいるって言っても、強引に誘ってくるし」
『男女のやりとりって、何だよ!?』
玲王君は焦りました。澄羽子さんは普通にしていれば、黙ってニコニコしてさえいれば、仮に「いれば」の話ではありますが、可愛い人なのです。
「婚約者がいるからって、断ればいい」
「婚約者……」
玲王君は決意を固めました。
「澄羽子、俺――」
「そうか!」
澄羽子さんの顔が輝きました。
「既婚者になれば、合コンに行かなくていいんだ!」
彼女は玲王君の手を取りました。
「お願いします、私と結婚してください!」
「……え?」
「それが一番合理的でしょ?玲王君、だめ?」
玲王君は呆れましたが、すぐに笑いました。これが澄羽子さんなのです。
「……まあ、俺もそのつもりだったし」
「本当に? じゃあ、今から入籍しに行こう」
「今!?それは、いくらなんでも、ほら、親への報告とか」
「じゃあ、今から報告に行こう」
「おい、だからそんな急に!」
「問題ある?」
「いや、ないけど……」
こうして二人は、周囲を驚かせながら結婚しました。職員室では「池野先生、電撃結婚!」と話題になりましたが、澄羽子さんは涼しい顔をしていました。
玲王君は、たくさんの女性ファンを泣かせることになりました。
新年度、澄羽子さんは宮城先生の遺志を継いで、教育相談の道を歩み始めました。資格を取得し、実績を積み、少しずつ力をつけていきました。
その後、宮城先生の予言通り、阿比留澄羽子さんは行く先々で議論を巻き起こすことになるのですが、またそれは別のお話です。




