表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/23

ロミオとジュリエットのいじめ対応

 きっかけは、中学二年の体育祭でした。


「絶対におかしいって。あの最後の得点、審判が間違えたんだよ」


 A組の男子生徒、真樹まきは、怒りに興奮した様子でSNSに書き込みました。優勝はB組。僅差での敗北でした。


「まあまあ、真樹まき。結果は結果だろ」


 親友のみおが宥めましたが、真樹まきは勢いよく反論しました。


「でもさ、明らかにB組びいきだったぜ。B組の千穂ちほって女子、審判に何か言ってたし」


 投稿を見たB組の生徒たちは、すぐに反応しました。千穂ちほは特に激しく反論しました。


「A組、負け惜しみひどすぎ。実力不足を認めなよ」


 SNS上での応酬は日を追うごとに激しくなり、やがてクラス全体を巻き込んだ対立へと発展していきました。


 さて、 A組のみおとB組の樹里じゅりは、以前から同じ学習塾に通っていました。二人は塾の帰りに時々話をする間柄で、お互いに淡い恋心を抱いていました。


みおくん、最近クラスの雰囲気、変だよね」


 ある放課後、図書室の奥の席で、樹里じゅりが小さな声で話しかけてきました。


「うん……正直、疲れた。なんでこんなことになったんだろう」


 みおは苦笑いを浮かべました。クラスメイトの手前、B組の生徒と仲良くすることはできません。でもこの図書室では、二人だけの時間がありました。


「みんな、止まらないんだ。一度始まったら、誰も引けなくなっちゃって」


「私も同じ。千穂ちほちゃんとか、すごく攻撃的になってる。あんな子じゃなかったのに」


 二人は週に数回、図書室で会うようになりました。お互いのクラスの様子を報告し合い、この不毛な争いを終わらせる方法はないか、密かに考えていました。

 しかし、これが最悪の結果を招きました。


「裏切り者がいる」


 真樹まきのSNS投稿は、瞬く間に拡散されました。図書館で二人を見かけた誰かが、みお樹里じゅりの関係を暴露したのです。


みお、お前B組のやつと何してんだよ」


樹里じゅり、まさかスパイのつもり?」


 両方のクラスから非難を浴びた二人は、孤立しました。そして、攻撃はさらにエスカレートしていきました。


 真樹まき樹里じゅりの家族のことをSNSに書き込んだのは、ある月曜日の朝でした。

 

 樹里じゅりの父親の職業、母親の旧姓、住んでいる地域。個人情報が次々と晒されました。中学生にとって、それがどれほど危険なことか、まだ十分には理解していませんでした。


「やめろよ、真樹まき! そこまでやる必要ないだろ!」


 みおは必死に止めましたが、真樹まきは聞きませんでした。


「うるさい。お前が樹里じゅりを庇うからだろ!」


 翌日、今度は千穂ちほが反撃に出ました。みおの小学校時代の出来事を、どこからか調べ上げて投稿したのです。友人とのトラブルで一時期不登校になっていたこと、それが理由で少し離れた学区のこの中学校を選んだこと。みおが新しいスタートを切ろうとしていた過去でした。


千穂ちほ、お前……」


 その日の放課後、廊下で二人は鉢合わせしました。


「何よ、文句ある? 先にやったのはそっちでしょ」


 千穂ちほの言葉に、みおは怒りを抑えきれませんでした。押し問答の末、みお千穂ちほを突き飛ばしてしまいました。千穂ちほは転倒し、手首を軽く打撲しました。


 通りかかった先生がすぐに二人を引き離しましたが、もう後戻りはできませんでした。その日のうちに、保護者が呼ばれました。そして、聞き取りをするうちに、深刻ないじめの状況が学校と保護者の知るところとなりました。

 

 樹里じゅりは学校に来なくなりました。SNS上での誹謗中傷に耐えられなくなったのです。

 

 そしてみおも同様に、登校できなくなりました。


 真樹まきは、自分のしたことの重さに気づき、教室で泣き崩れました。


 学校では、警察の少年課、スクールカウンセラー、そして教頭先生を中心とした調査チームが結成されました。SNSのログが詳細に分析され、関与した生徒の数は、A組B組合わせて五十名近くに上ることが判明しました。


 書き込みをしていない生徒も、それを見て「いいね」を押したり、グループ内で話題にしたりしていました。


 緊急保護者会は大荒れでした。


「うちの子は被害者です! まだ中学生なのに、こんな目に遭わせて!」


「そちらのお子さんが先に手を出したんでしょう! うちの娘は怪我をしています!」


 互いに責任をなすりつけ合う保護者たち。その混乱を静めたのは、担任の先生が持ってきた二通の手紙でした。

 

 一通は樹里じゅりが書いたもの。もう一通はみおが書いたもの。担任の先生がその内容を読み上げました。


「私は、A組のみんなも、B組のみんなも、好きでした。修学旅行も文化祭も、みんなで楽しかった。でも、誰も争いを止めようとしなかった。私とみおくんが止めようとしたら、私たちが攻撃された。みんなが正しいと思ってやっていることが、こんなに人を傷つけるなんて……生徒のみなさん、先生たち、保護者のみなさん、お願いします、皆が仲良くなれるよう、助けてください」


「僕は争いを止めたかった。でも、誰も理解してくれなかった。僕は樹里じゅりさんを守れなかった。真樹まきも止められなかった。そして、千穂ちほさんを突き飛ばしてしまった。僕は自分のしたことに、責任を持たないといけない。でも、ごめんなさい。もう、僕はどうすればいいかわかりません。みなさんの力を貸してください。」

 

 保護者会の会場は、静まり返りました。

 

 そして、樹里じゅりの母親が口を開きました。


「私は、学校を責めることばかり考えていた。でも、それじゃ何も変わらないんですね」

 

 みおの父親も、重い口を開きました。


「…実は、私たち夫婦は離婚の話をしていました。息子には言っていませんでしたが、子どもは敏感です。きっと、気づいていた。家庭が不安定な中で、息子は必死に学校で戦っていたんですね」


 それから、長い道のりが始まりました。

 

 みおには、千穂ちほへの暴力の指導として、毎日、先生やスクールカウンセラーとの面談が義務づけられました。真樹まき千穂ちほにも同様の対応がされました。加害生徒への指導であるとともに、支援という意味合いもありました。


 面談の中で、千穂ちほの家庭には深刻な問題があることが明らかになりました。母親からの精神的虐待、過度な期待とプレッシャー。スクールカウンセラーにより、千穂ちほの攻撃性との関連性が見立てられました。学校は児童相談所とも連携し、千穂ちほと母親の両方への支援が組まれました。

 

 A組とB組を含む全生徒には、外部から専門家を招いてのSNSリテラシー講座が実施されました。


「皆さんは、画面の向こうに本物の人間がいることを、忘れていませんでしたか」

 

 講師の方は、優しく、しかし厳しく語りかけました。


「いじめは、加害者と被害者だけの問題ではありません。見ているだけの人、『いいね』を押した人、話題にして笑った人。みんなが、加害者になり得るのです」

 

 そして三ヶ月後、新学期が始まる少し前に、樹里じゅりが教室に戻ってきました。春休み中の補習という形での、静かな復帰でした。


「おはようございます」

 

小さな声でしたが、はっきりと聞こえました。教室にいた数名のクラスメイトたちは、一斉に頭を下げました。


「おはよう、樹里じゅりさん」


「ごめん、本当に」

 

 新学期が始まると、みおも登校を再開しました。三年生への進級を前にした、新しいスタートでした。

 

 真樹まきが真っ先に駆け寄りました。


みお、ごめん。本当に、ごめん」


「いいよ。僕も、もっと早く止めるべきだった」

 

 千穂ちほも、カウンセラー同席のもとでみおに謝罪しました。そして初めて、自分の家のことを話しました。母親からの暴言、「完璧でなければ意味がない」と言われ続けた日々、その怒りをぶつける相手を探していたこと。

 

 学校は、継続的な取り組みを開始しました。月に一度、学年全体でのホームルーム。生徒が主体となった対話の場です。最初は誰も発言できませんでしたが、次第に、小さな声が上がり始めました。


「私も、本当は止めたかった」


「でも、自分も標的にされるのが怖かった」


「ごめん、って言っていいのか分からなかった」


 中学生たちは、不器用ながらも、言葉を紡ぎ始めていました。


「僕は、みんなに『まあまあ』って言うだけで、本気で止めなかった。それも、加担したのと同じだったんだと思います」


 生徒全員が、今回の騒動を振り返りました。

 

 桜の季節が巡ってきました。


 みお樹里じゅりは三年生になり、別々のクラスになりましたが、今も図書室で時々話をします。でも今は、隠れる必要はありません。

 

 完全に元通りになったわけではありません。心の傷は、そう簡単には癒えません。樹里じゅりは今も、大勢の人がいると緊張してしまいます。みおも、時々フラッシュバックに悩まされます。千穂ちほは、母親との関係修復に苦しんでいます。

 

 しかし、確実に変わったことがあります。

 対話をすること。相手の痛みを想像すること。助けを求めていいのだということ。そして何より、自分の行動に責任を持つこと。


 みお樹里じゅりの傷つきによって、皆、大きな学びを得たのでした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ